
運が良かった。こう思うべきかもしれない。あるはずのない魔族の里にたどり着いてしまい、さらにそこは竜に襲われていた。竜との戦いになってしまったことは、とんでもない不運。だがそんな不運に襲われて、生き残ることが出来た。これはやはり幸運だ。
竜との戦いのあとも危険が去ったわけではなかった。魔族に殺される可能性もあった。その可能性のほうが、普通に考えれば、高かった。だけど、あの場所で暮らしていた魔族たちは、とんでもなくお人好しだった。
自分が魔族の立場であればどうしていたか。殺していただろう。いつかは戦うことになるかもしれない相手。戦って自分を殺すことになる相手だ。生かしておく理由はない。生への執着は薄いほうである自覚はあるけど、自殺願望はないのだ。
魔族の側はいつでも殺せる相手と考えたのかもしれない。戦いの前に借りを返しておく。それで心置きなく殺せる。自分とは違い、心に余裕があるのだ。羨ましいことだ。
先に不安は残るけど、とりあえずは生き延びた。今回のことはこれで良しとしよう。それに得られたものもある。加護、ではなく称号だ。パトリオットと同じ≪竜殺し(ドラゴンスレイヤー)≫ではない。≪竜の庇護者≫だ。
なんのことか分からない。心当たりがあるとすれば、ひとつだけ。それを確かめてみることにした。
「……あれ? ない?」
収納魔法から取り出そうとしたけど、目的の物が出てこない。心に念じるだけで勝手に手の中に来るはずなのに、なんの手応えもない。どこかで落としたのか。そんなはずがない。収納魔法に格納していた物がなくなったことなんて、これまで一度もなかった。
「あっ……痛っ!」
手応えがあったと思ったら、すぐに痛みに変わった。慌てて収納魔法から手を抜く。
「……きゅう」
「えっ? 何?」
可愛らしい鳴き声。ただその姿は、可愛らしいと言えなくもないけど、竜だ。小さな竜が自分の人差し指に噛みついていた。
「竜の核……じゃなくて、竜の卵だったってこと?」
誰もいない場所で確かめて良かった。他には誰もいないところで独り言を呟く羽目になったけど。
「……なんか……ありがちな設定のような気もするけど……竜なんてどうやって飼えば良い? こいつどれだけの速さで成長する?」
あんな大きさの竜を隠しておけるはずがない。学院が飼うことを許してくれるわけもない。どうすれば良いのか。こっそりどこかに捨てて、なんて真似をして竜が暴れたらどうするか。
「自分が捨てたと知られなければ大丈夫か?」
(……お前……まあまあ駄目な奴だな?)
「おっ? 念話。まあ、当然か」
自分の家族も念話を使えた。恐らくは竜のほうが魔獣としての格は上。念話くらい使えて当然だろう。
(驚かないのか……つまらないけど、時間は無駄にしなくて済んだ)
「とりあえず、確認させてくれ。お前は死んだ竜の子供で間違いないな?」
(いや、間違いだ。僕は死んだ竜本人だ)
「……どういうこと?」
倒した竜が小さくなって生き返った。どういうことか分からない。そもそも竜についての知識は、前世のフィクションでの知識以外に、ない。
(僕たち真竜は子孫を残すのではなく、再生を繰り返す。死んで、生き返って、また死んで。延々と繰り返す)
「……良く分からない。どうしてわざわざ死ぬ必要がある?」
何度も生き返るのであれば、それは不死。竜が言う「死ぬ」の意味が分からない。解りやすく「死ぬ」という言葉を使っているだけで、実際は違うのだろうと思った。
(長い生の中で、体も心も老いて損耗していくから。だから核となる部分だけを残して肉体を滅ぼす。その時に心、精神も若返る)
「……だから僕」
(これはお前のせいだ)
「はっ? 俺が何をした?」
軽い冗談のつもりで口にした言葉に竜は真剣に反応した。念話では普通の会話よりも、より感情が伝わりやすいのだ。
(お前の魔法で精神を削られた。強制的なので、必要以上に幼児化が進んでいる)
「ああ……いや、それを責められても」
戦いの結果だ。文句を言われる筋合いはない。そもそも襲ってきたのは竜のほう。悪いのは竜だ。
(責めてはいない。むしろ感謝している)
「感謝? それもおかしいけど?」
感謝されて嬉しい、とはならない。どうして殺したことを感謝されるのか、まったく理解出来ない。理解出来ないことは喜べない。
(事情を説明する。僕はある男に心を支配されていた。逆らえないように縛られていた)
「ああ……俺たちと同じか」
自分たち、退魔兵団の兵士たちも魔法で従属させられている。命令に逆らえないようにされている。
(そうなのか? そうは思えないけど……まあ、良い。僕たち真竜は本来、その手の精神に干渉する魔法への耐性がある。魔法を使われても、自力で跳ね除けられる)
「でも魔法で支配されていた?」
(その男の魔法は長い年月をかけて仕掛けられた。じわじわと、僕が気付かないくらい、ゆっくりと僕の心に浸透していた。それに気付いた時はもう遅かった。守ってくれるはずの相棒を失ったせいもある)
そういう魔法もある。今初めて知ったことだ。魔法というより呪い。この世界には呪術の類もあるのかもしれない。
(お前の魔法はその浸透された僕の心を削り取った。僕が完全に、本当の意味で死んでしまうぎりぎりまで削った。結果、僕は解放された)
「まさか……わざと俺の魔法を受けていた?」
(そう。正しくは途中から。戦っているうちに僕の意識は徐々にはっきりしていった。本来の僕に近づいていった。それがお前の魔法のせいだと気が付いた)
「そういうことか……そうだよな? 俺に竜を倒せるはずがない」
おかしいと思った、いくら幸運が味方してくれたとはいえ、竜を倒せるはずがない。倒したのはパトリオットだとしても、自分が生き延びられたはずがない。この世界の竜の知識は乏しいけど、まず間違いなく最強生物のひとつ。人族が一人で対抗できる存在じゃないはずだ。
(いや、かなり手強かったと思う。攻撃は手加減していない。魔法の影響で出来なかった)
「慰めは良い。話を続けてくれ」
(もう話した。お前は僕を解放してくれた。だから感謝している)
そういうことか。殺した恨みはない。そもそも自分は殺していない。恩だけを感じているのなら、「このまま大人しくどこかに行ってくれ」と頼めば、言うことを聞いてくれるだろうか。
(それは無理)
「心読むの禁止」
(お前が念話の為に心を開放しているからだ。さっきも言った通り、僕は真の死を迎える直前の状態になった。自分の身を守る力がない)
「だから俺に力がつくまで守れと? あっ……称号はそういうことか?」
得た称号≪竜の庇護者≫の意味。そのままの意味だ。この竜を独り立ちできるようになるまで守れということなのだ。こういうことって強制されることなのだろうか。自分の了承なしに庇護者に指名し、だから守れ。ちょっと違う気がする。
(それは僕のせいじゃない。今の僕にその力はない。称号を得たようだけど、それは偶然。いや、必然か。お前にその資質があったからだ)
「そう言われても……」
どうしろというのか。巨大な竜を飼う場所なんて自分は持たない。養成学校を離れるわけにもいかない。
(その心配は当面いらない。大きくなるにはかなりの月日が必要。ここまで小さくなった経験はないけど、感覚で一年、二年では無理なのは分かる)
「ああ、それは良かった……って、その後は?」
養成学校にいる間は大丈夫。でもその後はどうなるのか。ここでの任務が終われば、退魔兵団の拠点に戻ることになる。また別の仕事が与えられることになる。それは今のような自由は与えられない仕事のはずだ。
(いつもの状態に戻れば庇護者は必要ない。お前に頼らないで生きていく)
「なるほど。そういうことか……とりあえずは解決かな?」
(まあ、そうだ)
竜が見つかる心配は、油断していると危ないけど、あまりない。二年くらい経って大きくなる時は、自分の庇護は必要なくなっている。どこかで勝手に生きていくはずだ……あれ……逃がして良いのか?
(暴れないから。僕があの場所を襲ったのはそれを強制されたから)
「それを信じろと?」
(僕の他にも真竜はいる。彼らが暴れているか?)
「俺は聞いたことはない」
自分は聞いたことがないだけで、実際には暴れているかもしれない。ただ、知らない以上は嘘をついているとは言えない。暴れる理由がなければ大人しく暮らしている。これも否定は出来ない。
「……ん? お前って何を食べる?」
目的なく暴れることはない。では目的があれば、どうか。食を得る為に人を襲うことはあるのではないか。そうであれば問題だ。庇護するにしても食事を調達するのは難しくなる。
(お前な、僕を何だと思っている? 真竜は人を食べたりしない)
「じゃあ、食事は?」
(お前と一緒にいる間はお前の魔力を頂く)
「はい?」
(それが一番早く成長するはずだ。それにお前も楽だろ? 狩りに出る必要がない)
竜の言う通りではある。食料調達の手間は省ける。ただ魔力を奪われる。どれほどの魔力なのか。全て吸い取られてしまったらどうするか。
(だ・か・ら・失礼なことを考えるな。お前を殺したら庇護する者がいなくなるだろ?)
「そうだけど……」
殺し合いをした相手を信用しろと言われても、すぐには信じられないのが普通だ。自分の場合は殺し合いをした相手でなくても信用しないけど。
(面倒な男だな……じゃあ、信用される為に情報をひとつ。お前は自分も同じだと言ったけど、確かに魔道は施されているみたいだけど、まったく効いていないな)
「はい……?」
(お前、誰にも支配されていない。まあ、僕のおかげもあるけどな)
この竜は、本来は精神支配系の魔法に強い耐性があると言った。庇護者となったことで、その耐性が自分にも影響しているということか。
「それだと、お前がいなくなったら……あっ、そうか。解析すれば良いのか」
支配されていないのであれば、施されている魔法の術式を解析し、解除することが出来るかもしれない。以前試みた時には術式を覗くことも出来なかった。禁止事項として術式に組み込まれているのだろう。だけど、竜の言うことが本当であれば、今は出来るはずだ。
(どうであっても僕が側にいる必要があるだろ?)
「……なんか、まんまと嵌められている気がする」
竜の思う通りに進もうとしている。策に嵌められている気分だ。
(嵌めていない。魔法を施したのは僕じゃない。庇護者になったのも、必然とは言ったけど、僕が決めたことじゃない)
「確かに……」
(ただお前は僕が……まあ、良い。そういうことだから、よろしくな)
「ああ……よろしく」
腑に落ちない。そんな気分だ。でも、竜の言う通り、一緒にいる理由が自分にも出来た。二年くらい一緒に暮らすことは、大きな問題ではない。本当にそうなのか。
(それで名前は?)
「はっ? それ俺が決めることか? それに生まれ変わりならすでに名はあるだろ?」
(生まれ変わったら新しい名前になる。これも老いた精神を若返らせることになる。だから、名前を寄越せ)
「急に言われても……」
名前を考えろと言われても、すぐに思いつけるはずがない。竜に関係する名前……八岐大蛇、ヤマタ。
(却下)
「ええ……」
却下ってありなのか。選ぶ権利が竜にあるのか。それはあるか。自分の名前だ。自分だってヤマタは嫌だ。
(もっとあるだろ? お前の心の中で印象に残っている)
「そういうけど、俺とお前は殺し合いをしたのだからな。それからの印象なんて良いものじゃない」
(確かに……じゃあ、出会ったあとで印象的な何かなかったか? それで良い)
「それで良いって……気に入らなかったら却下するくせに……」
印象的な出来事、はある。でも竜とはまったく関係ない。まったく、ではないかもしれない。それでも、あの出来事からって。
「……じゃあ、ルナ。月の意味だ」
(月……ああ、あの女と抱き合っていた時か? 月明りが綺麗だったな)
「お、お前! どうして知っている!?」
(どうしてって、すぐ側にいた。それに見学者は僕だけじゃないだろ?)
「あっ……」
また忘れていた。アレクもあの場にいたはずだ。あの男が見ているところで自分はクリスティーナと。
(気に入った。じゃあ、僕はルナを名乗る)
「あっ、えっ? これって、まさか?」
アレクもクリスティーナに名付けられた。名付けると魔力を持って行かれると聞いている。この竜に名を付けた自分はどれほどの魔力を持って行かれるのか。
(心配するな。僕は、僕たち真竜はそんな未熟じゃない。魔力を奪うことはしない。繋げるだけだ)
「そうなのか?」
(そう。魔力奪われていないだろ?)
「ああ、そうかも?」
竜の言う通り、魔力を奪われた感覚はない。繋げる、というのは良く分からないけど、その感覚もない。何も変わっていないということだ。
(よし。じゃあ、改めて、よろしくな、カイト)
「ああ、よろしく……ルナ」
同居人が出来た。何がどうしてこうなったのか。自分の意思ではない。流されるままでいたら、今の状況になったということだ。どう考えれば良いのか。いや、考えるべきではない。自分は特別な存在ではない。特別だと思いあがってはいけない。
(いや、特別だろ? 普通の人は浮気はしない。いや、浮気したのは女のほうか)
「心読むの禁止! って、どうしてそこまで知っている!?」