
各地の有力者に会って、歓待を受けるだけ。そんな今の状況に不安を覚えていたのは私だけではなかったようだ。それはそうだろう。変わってしまった彼らだが、強くなるという想いまで失ったわけではないはず。食べて飲んでの日々を過ごしていて、強くなれると思えるはずがない。
とにかく実戦の場を作る。こういう話になってそれが出来る場所を探すことになった。探すと言っても、ほぼイーサンに丸投げだ。彼が鍛錬するに適した場所を調べ、移動計画も立ててくれた。移動計画については護衛の都合もあり、王国騎士団の手を借りたようだが。
向かった場所は森の中にある洞窟。ダンジョンではないが、森も含めて多くの魔獣が生息している場所。本来の野外授業の目的に合った場所だと思えた。目的を遥かに超える危険な場所になるとは、まったく想像出来ていなかった。
「殿下……何やら怪しげな気配を感じます」
護衛責任者のマントルが警告してきた。言われなくても私も気付いている。気付けるくらいの強い気配なのだ。
「……結界を張られた?」
彼の言う通り、おかしな気配は全方位から漂ってきている。周囲に結界を張られた可能性を考えた。魔獣の仕業であるはずがない。魔獣にこんな真似が出来るなど聞いたことがない。では何者の仕業か。考えられる可能性はひとつ。悪魔だ。
「イーサン! 調べろ!」
「言われなくても始めている!」
アントンとイーサンも反応した。何が起きているのか。イーサンに調べさせるのは良い判断だ。彼であれば、もっと詳しいことが分かるかもしれない。詳しいことは、彼ら相手でも聞けていないが、この手のスキルに長けていることは知っている。
「囲まれている!」
「そんなことは分かっている! 囲まれているなら、さっさとそれを壊せ!」
焦っているのか、冷静なのか。アントンの状態は良く分からない。イーサンへの指示は間違っているようには思えないので、判断力は鈍っていないのだろう。
「あいつらを倒したほうが早そうよ!」
「あいつら?」
エミリーは誰のことを指しているのか。この疑問はすぐに解けた。私の視界にもその「あいつら」が入ってきた。二人とも黒い大きなマントを纏い、フードを深くかぶって顔を隠している。一人は大柄。もう一人はマントも含めて、いかにも魔術士といったところ。人族の基準で言えばの話だ。彼らは間違いなく人族ではない。
「女は一人……そいつが聖女か。さて、勇者はどれだ?」
「殿下、お下がり下さい」
名乗りをあげようとした私をマントルが制した。それが彼の仕事。分かっているが、納得は出来ない。護衛の後ろに隠れるような者が勇者になれるはずがない。
「なるほど。隠れたそいつが勇者か」
「隠れたつもりはない」
現れた者たちの目的は勇者と聖女、私とエミリーだ。王国が予想していた通り、悪魔は刺客を送ってきた。マントルを護衛にした甲斐があったというものだろう。私自身には彼に頼るつもりはないが。
「勇者パーティーが勢ぞろいというところだな。まあ、そうであることが分かっていて来たのだが」
「お前たちは何者だ?」
「それを聞いても意味はない。それに聞かなくても分かっているだろう?」
「悪魔か」
考えていた通り、相手は悪魔。相手の言葉そのまま。聞かなくても分かっていたことだ。
「下劣な奴等と一緒にするな。我らは悪魔などと呼ばれる下等な存在ではない」
だが相手は悪魔であることを否定してきた。これは驚きだ。この言い方だと魔王国の魔族だと認めたことになる。魔族が私を、ミネルヴァ王国の王子を襲撃したことを。
「魔王国の者と認めるのだな?」
「だとすればどうする? 尻尾を巻いて逃げるか?」
「何故、我々が逃げなくてはならない?」
「……口だけでないことを願っている。そうでなくては、わざわざ腕試しに来た甲斐がないというものだ」
意外と相手が慎重であるようだ。言葉を選んでいるように思える。襲撃、暗殺を試みているのではなく、ただの腕試し。こういうことにしたいのだろう。
「ふざけたことを申すな。他国に来て、その国の王子を襲うなどという真似が許されると思うのか?」
マントルも慎重だ。魔王国との開戦に繋がらないように戦いを回避しようとしているようだ。相手もそうであるのか。これは知りたい。魔王国は戦争の準備が出来ているのかどうか、これで分かるかもしれない。
「……お前は何者だ?」
「私はミネルヴァ王国七星将、第三位のマントルだ」
「第三位だって。同じ第三位、そいつの腕試しは任せる」
もう一人がここで初めて口を開いた。この話を聞くと、これまで話していた相手も第三位ということ。魔王国における第三位とは何なのか。
「貴様ら……まさか、魔王国の八芒星将か?」
マントルは第三位の意味を知っていた。魔王国には八芒星将という存在がいるようだ。その中の第三位。魔王を含めて魔王国で四番目に強い魔族ということになるのだろうか。
「失礼な。魔王国に八芒星将なんてものはいない。八芒星王だ」
「王、だと?」
「違いを説明するのは時間の無駄だ。我らは話しに来たのではない。腕試しに来たのだ」
「では、来い」
自らを魔王国の八芒星王第三位だと言う魔族の気が一気に高まった。戦闘態勢に入ったのだ。マントルもそれを感じて、剣を構えた。他の護衛たちも同じだ。魔族との戦いが、まったく予定外の時期、場所で始まることになった。
「さて、君たちの相手は僕がしよう」
「……貴様も八芒星王などと名乗る一人か?」
「その通り。ああ、序列を聞きたい? 僕は八位だ」
八芒星王の中で第八位であれば最下位ということ。だからといって油断は出来ない。魔王国で八番目、魔王を入れると九番目に強いとなれば、それはかなりの実力者だ。
「舐めるな! 一人で我ら全員を相手にするつもりか!?」
アントンは私とは違うように受け取ったようだ。危険な兆候だ。
「どう聞いてもそう言っていると思うけど? それともこれさえ分からないほどの馬鹿か?」
「ふざけるな!」
「アントン! 早まるな!」
相手の挑発にまんまと乗って、アントンは攻撃を仕掛けた。だが、挑発に乗ったにしても、その動きはかなりの速さ。この攻撃を避ける力が相手にあるのか。
「取ったっ!」
「……そういうのを早とちりと言う」
「馬鹿な……」
相手はあっさりと避けてみせた。魔術士のように見えるが身体能力もかなり高い。魔族なのだから当然だろう。
「……我らの敵を地に縛れ! バインド!」
物理攻撃を避けられたのであれば、次は魔法。イーサンが魔法を放った。敵の動きを止める、完全に止められなくても鈍くする魔法であることを私は知っている。それで十分。次の一撃は避けさせない。
一足飛びに敵の懐に入る。視界の隅にエミリーの姿をとらえた。彼女も私と同じ狙い。動きが鈍った瞬間を狙ったのだ。
「なっ……?」
「嘘!?」
だが我々の攻撃もまた敵に避けられた。
「良い連携。でも、それだけでは僕は倒せない」
「……どうやらそのようだ」
かなり強い。当たり前ではある。上位魔族の実力がこれよりもずっと下であれば、ミネルヴァ王国は魔王国に脅威など感じないで済む。他国も同じだろう。勇者なんて存在は必要ない。
「落ち込まないように教えてあげる。僕が第八位なのは新入りだから。実力ではもっと上のつもり」
「そうか……何の慰めにもならないな」
「そう? 気を使ってあげたのに……」
エミリーの放った光の刃が敵に襲い掛かる。だが、それも当たらない。私との会話を続けながら、軽く避けてしまう。単独の攻撃は通用しない。ではどう連携して攻撃を仕掛けるか。
イーサンの魔法から始める。私の考えは他の者たちも分かっているはずだ。関係が悪化する前は、連携訓練をそれなりに行っていたのだ。
「……イーサン!?」
だがイーサンはいつまで待っても魔法を放とうとしない。それでは我々は動くきっかけが掴めない。
「魔法が効果を発揮しない! 恐らく結果のせいだ!」
「しまった……」
イーサンは魔法を封じられていた。迂闊だった。最初に気付いた結界は何のためのものなのか。考えるどころか、戦闘に入って、その存在さえ忘れていた。彼の魔法なしに、どう戦えば良いのか。すぐに思いつけない。我々の動きは完全に止まってしまった。
「……何だ?」
別の動きが生まれた。戦闘の場には相応しくないものが現れた。蝶だ。何匹もの蝶が我々の周りを飛んでいた。
「敵の攻撃だ! 気をつけろ!」
「ちっ!」
アントンの警告で我に返った。このような状況で多くの蝶が回りを飛ぶはずがない。あり得ないことが起きているのだとすれば、それは敵の攻撃だ。だがこれをどう避けるのか。ここからどういう攻撃が襲ってくるのか。
「……あれ? いない。ええ、無駄足ってこと?」
「……君は」
さらにあり得ないことが起きた。目の前に現れたのは見覚えのある女性。この場にいるはずのない退魔兵団の夢魔そっくりだ。
「ねえ、カイトくんは?」
「カイトはいない。我々とは別行動だ」
間違いなく彼女。どうして彼女がここにいるのか。まったく見当がつかない。
「なんだ、そうなの? じゃあ……帰ろうかな?」
変わった女の子。そうであることは知っている。だがこの状況で姿を現し、カイトがいないと知ると去ろうとする。この行動はまったく理解出来ない。
「そこの邪魔者。君は誰だ?」
「私? 内緒。あんたたちに自己紹介なんてするはずないでしょ?」
「これは何だ!? この蝶は!?」
蝶は魔族の仕業ではなかった。夢魔がやったことだと相手は思っている。
「可愛いでしょ? 蝶は好きなの」
「……退魔兵団……確か……夢魔と呼ばれているやつか」
「教えな~い」
いつもと同じ。戦闘の場だというのに、まったく緊張感がない。
「……お前、一人か?」
「だから、教えな~い」
「ちっ……まあ良いか。僕は負けていない。負けてないから僕の責任にはならない」
言葉の意味が分からない。今この状況で何故、責任について考えるのか。夢魔だけでなく、この魔族も理解不能な存在かもしれない。
「殿下! 今参ります!」
「……勝ったのか?」
マントルが駆け寄って来ようとしている。もう一人の魔族と戦っていたマントルが。
「じゃあ、今回はここまで。もう少し一緒にいたかったけど……残念だ」
「待て! 逃げるのか!?」
もう一人の魔族は倒した。そうであればこの魔族も倒せる。マントルとその部下たちも一緒に戦う。夢魔も、役に立つか分からないが、いることはいる。
「ああ、去る前に教えておく。仕掛けてきたのは君たちだから」
「何だって?」
「最初に攻撃したのは、襲ってきたのは君たち。僕たちが魔王国の国民だと知った上で、君たちは僕たちを襲ってきた。そういうことだから」
「そんな……馬鹿な……」
そんなはずはない、とは言えない。確かに剣を抜いたのはこちらが先だ。相手の挑発に乗った、乗らされた。我々は嵌められたのだ。
これがどういう影響を与えるのか、今は分からない。分からないが嵌められたのは間違いない。
「じゃあ、私も帰ろっっと。カイトくんに会えると思ったのに……残念」
「あっ、待て。待ってくれ!」
だが夢魔は、私の制止を無視して、消えた。消えたとしか思えなかった。いきなり視界から消えたのだ。
訳の分からないうちに事が始まり、そして終わった。分かっているのは我々は失敗したということ。これだけだ。
◆◆◆
腕試しは終わり。実際は腕試しなんてものにはなっていない。退屈なやり取りが少しの時間、続いただけだ。こんなことに何の意味があるのか。我にはまったく分からない。魔王の命であるから大人しく従っただけだ。
「お待たせ」
この者も追いついてきた。追いつけるように移動していたのだから当たり前だ。
「今更だが、これに何の意味がある?」
この男であれば答えを持っている。魔王の命令ではあるが、考えたのはこの男だ。八芒星王の一員になって、まだ数年。生まれてからも十数年しか経っていないと聞いている。魔族では赤子と見られてもおかしくない年齢のこの男を、何故か魔王は信頼している。
「真正面からの力勝負を挑んでは、勝っても味方の犠牲が多くなる。一時的に勝利を得ても、数を減らせば、いずれひっくり返される」
「それはもう知っている。納得もした。分からないのは今回の任務だ。どうして殺さない?」
本音を言えば力勝負を挑みたい。そうでない戦いは戦いと思えない。だが魔王国全体の為にそれは我慢すると決めた。先人たちの失敗を繰り返すことはしたくなかった。
ただ今回の任務は意味が分からない。どうして負けた振りをしなければならないのか。七星将とやらだけでなく勇者も殺せた。この勘に間違いはないはずだ。
「敵に僕たちを過小評価させる為。それと勇者を殺してもそれで勝利が決まるとは思えない。まだ知らない強者はきっといる」
「ミネルヴァ王国だけが敵ではないか……」
ミネルヴァ王国には勇者がいる。だがだからといって人族の中で最強国かとなると、そうではないというのが魔王国の評価だ。総合力では他国のほうが上。個の力でも勇者と互角かそれ以上の強者がいる可能性は否定出来ない。
「正直、負けた振りが出来ると思っていなかった」
「……本当の強者が相手であれば難しかっただろう」
戦う相手が真の強者あれば、本来の欲求は抑えられなかったに違いない。だが、退屈な戦いだった。早く終わらせたいと思った、だから、負けたと思われることに何も感じないでいられた。
あれで第三位。考えはいけないことだが、第一位と第二位はもっと手ごたえがある敵であって欲しいという思いが湧いてきてしまう。
「僕のほうは少し失敗。邪魔者が入った」
「邪魔者だと?」
「退魔兵団の夢魔だと思う。確かあの女も精神支配系だと聞いている。僕の魔法に悪影響を与えたかもしれない」
「勇者たちの精神への干渉は失敗か?」
今回の任務にはもうひとつの目的がある。我らを過小評価させるということが主目的だが、再戦に備えて、少し細工をしておくはずだった。勇者とその仲間たちの精神に干渉する。それがどういう効果を及ぼすのか我には分からないが。
「完全に失敗したとは思わない。でも……もう一回機会が欲しいな」
この男の話では勇者と聖女は精神干渉の魔法に対する耐性が強い。精神干渉に限らず、全ての魔法への耐性があるということだ。今回、その守りに小さな穴を空けるはずだった。その小さな穴が次の対戦時に勇者たちの隙となるはずだった。
「……問題ない。あれらからは恐怖を感じなかった。次は我が力で叩き潰してくれる」
「実力を測れたことで良しとするか。じゃあ、帰ろう」
魔王国に帰る。次、魔王国を出る時は長い旅になるであろう。いよいよ戦争が始める。始まってしまえば勝つまで止められない。魔族が安心して暮らせる場所を得るまで。それを邪魔する者たちを完全に排除するまで。
正直言えば、決して言葉には出来ないが、今の魔王のやり方には疑問がある。本当に安寧の地を得る為に戦おうとしているのか、自分の欲の為ではないのか。こんなことを考えてしまう。
だが、もう我らに負けは許されないのだ。勝つしかない。勝たなければ生き残れない。次の戦争はそういうものになる。