
圧倒的な敗北感。これを感じたのは、いつ以来か。アントン様の騎士候補となり、彼とエミリーにその実力を見せつけられた時もこれほどではなかったように思う。与えられている加護が違う。この言い訳があったからだ。
敵は、単体では恐らく、この世界における最強の生物である竜。自分の力がまったく通用しなくても仕方がない。こうは思えなかった。カイトはその竜に、ほぼ単独で挑んで、倒しているのだ。つまり、私はカイトに対して敗北感を覚えているのだ。
カイトは加護を与えられていないと聞いている。加護を言い訳には出来ない。剣術対抗戦では直接対決して負けている。彼は間違いなく私よりも強い。それも、思っていた以上に、圧倒的に。何が私と違うのだろう。
鍛錬を怠っていたつもりはない。加護に劣る自分は人一倍努力しなければならないと考え、それを実践してきたはずだった。だがその努力は、今は無意味に思えてしまう。
それでも鍛錬を続けるしかない。これまでの鍛錬が無意味であれば、それ以上に厳しい鍛錬を続けるしかない。
「移動中まで……マグナスは相変わらず真面目だな?」
そんな私に向かって、カイトはこんなことを言ってくる。
「……努力するしかないからな」
努力を馬鹿にされているようで、少しイラッとした。逆恨みみたいなものだ。カイトもまた人一倍努力していることを私は知っている。そんな彼に刺激を受けて、私も以前より、頑張るようになったのだ。
「そうか……その努力だけど……いや、良い。頑張れ」
「おい? 途中で話を止めるな」
カイトは何を言おうとしたのか。恐らくは私が嫌がるような内容。そうであれば尚更、最後まで聞きたい。何か間違っているのであれば、正さなければならない。今よりも強くなる為に。
「……魔法剣は剣術じゃないって理解してる?」
「何だって?」
魔法剣は私が得意とする、今は得意と言える自信を失ったが、技。カイトはそれについて話してきた。魔法剣の鍛錬をしていたところだから、そういう話になるのは当然だろうが。
「だから、魔法剣は剣術じゃなくて魔法だってこと。当たり前だと言われるかもしれないけど」
「……出来れば、もう少し分かりやすく言ってもらえるか?」
カイトにはこういうところがある。相手の気持ちを考えすぎて、直接的な言い方を避けるのだ。結果、言われた側は何を言いたいのか分からなくなる。
「魔法剣の鍛錬しているけど、それ、あまり意味なくないかってこと」
「……意味がない?」
私が考えていたことをカイトが言葉にしてきた。私の鍛錬は無意味だと。
「えっと……まったく意味がないわけじゃないけど……もっとやるべき鍛錬があるかも?」
「もう良い。私のことは気にしないで、はっきりと何が駄目で、どうするべきかを言ってくれ」
カイトが正しいと思う鍛錬法があるのであれば、それを知りたい。元々、私はこういうことを期待してパトリオット様の騎士候補見習いになることを決めたのだ。私よりも評価ランクの低いカイトにどうして負けたのかを知りたかったのだ。
「じゃあ……まずは、魔法剣は剣術じゃなくて魔法だってことは理解しているか?」
「剣術と魔法を融合した技だと思っていた。この考えは間違いなのか?」
「融合と言えば融合だけど……俺は、魔法剣は魔法を確実に敵に当てる為の技だと教わった」
「……普通の魔法よりも命中……接近して戦えば当たり前にそうなるか……しかし……中距離での攻撃に魔法剣の利点があるのではないのか?」
離れた場所から魔法を放てば、回避不能な広範囲魔法でも使えれば別だが、相手に躱される可能性は高い。魔法剣で接近戦を挑めば、それだけ相手との距離が近くなのだから命中率は上がるだろう。当たり前の話だ。
魔法剣の利点は、中距離で魔法を放てることにある。つい先ほどまで私が鍛錬していたのもこれだ。剣を振るい、少し離れた場所に立っている木に向かって魔法を放っていた。
「中距離での攻撃にあえて魔法剣を使わなければならない理由は?」
「何?」
だがカイトはその利点を否定してきた。
「魔法剣の魔法は通常の詠唱魔法よりも威力が劣る。そうであれば、短い詠唱で済む低位魔法を使うのと何が違う?」
「低位魔法でも剣を振る方が速い」
魔法の威力としては変わらないかもしれない。だが短くても詠唱が必要である以上、魔法剣のほうが発動は速い。あらかじめ発動させている状態なので、剣を振るだけなのだ。
「それは低位魔法を素早く放つことが出来ないから。それが出来れば魔法剣はいらない。言い方を変えると魔法が苦手と考えている剣士の為の技だ」
「それはそうだ。魔法剣は剣士の……これも間違った考えだと言うのか?」
カイトの考えは常識から、あくまでも私が常識だと考えていることからだが、外れている。今のこれもカイトが言葉にしたことをそのまま受け取るべきではないのかもしれない。魔法剣を剣士の技だと決めつけるのが間違いなのかもしれない。
「ようやく質問の答えにたどり着いた。魔法が苦手なら得意になるように鍛えれば良い。それで魔法剣は鍛えられる」
「だがカイトは魔法剣は無用だと考えているのではないのか?」
魔法が得意になれば魔法剣は無用になる。カイトはこう言ったはずだ。
「低位魔法とはいえ、剣を振るよりも速く発動出来るようになるには、結構な鍛錬が必要だ。それに比べれば魔法の威力を高める方が簡単。魔法を苦手としている人の場合は尚更、成長が速い」
「カイトは無詠唱で魔法を使える」
これは大きな武器だ。カイトの持つ技を身につけることが出来れば、飛躍的に強くなれる。
「ああ、俺のはスキル」
「スキルか……」
スキルが必要となると、それを得なければならなくなる。私の加護≪武神の御使いの加護≫で得られるスキルとは思えない。
「少し説明すると術式魔法の術式は本で学べる。でもそれを使って魔法を発動させるには鍛錬、魔道具師の場合は修行というのかな? それが必要。でも俺の場合はスキルでその修行を省けた」
「そうか」
こういう話を聞くと、努力だけではどうにもならないことがあると思ってしまう。だがカイトはきっと違うのだろう。努力でなんとかなることは多い。こう思えることがカイトの強みなのだ。
「とういうことで魔法の威力を高める鍛錬をした方が良い」
「……それで?」
「それで?」
「どういう鍛錬を行えば良いのだ?」
魔法の威力を高める鍛錬。調べれば色々とあるのだろう。だが私が知りたいのはカイトのやり方だ。
「ええ……そこまで聞く?」
「それが一番大切な話だろう?」
「それはそうだけど……かなり良い情報だから、何かで返せよ?」
「分かった。借りはかならず返す」
教えることを渋るような方法。これを知って、ますます聞きたくなった。何で返せば良いのか分からないが、これを考えるのは後だ。今は鍛錬方法を知ることが重要なのだ。
「マイルズの場合は意識を変えたほうが良い。魔法剣は剣術ではなく魔法であるという意識に」
「どうしてそれが必要なのだ?」
「魔法は意識が重要だから。考え方はこうだ。剣は触媒……触媒が分からなければ……依り代。神の力、魔法を宿らせる依り代だと考える」
「神の力って……」
話が大きすぎる。魔法は神が与えた力とされてはいるが、私に神の力を使えるはずがない。
「疑問に思うことが間違いなのだけどな。なんでも良い。魔法を宿らせるただの道具。魔道具と同じだ。これは剣から意識を逸らす為だから、無理にでもこう思え」
「分かった」
剣をただの道具と見ることには少し抵抗がある。剣は武神の力を、そうか。神の力を宿す依り代という考えはおかしくないのだ。
「ということで、ここに石がある」
「ああ……それが何だ?」
カイトが持っているのは今、地面から拾った石。本当にただの石ころだ。
「これに魔力を宿らせろ」
「はっ!?」
「魔法剣の威力は魔力量も関係する。多くの魔力を剣に流せばそれだけ威力は増す。もっと言えば、流す量を調整することが出来るようになることで効率的に戦える」
「それは分かるが、どうして石?」
言っていることは分かる。だがどうして鍛錬に用いるのは石なのか。これはまったく理解出来ない。魔道具に使う魔石ではない。そこに落ちていたただの石なのだ。
「ただの石は精錬された鉄よりも魔力の伝導効率が悪い。だから石で上手く魔力を調整できるようになれば剣では余裕になる。それともう一つ。壊れにくい」
「壊れにくいって……ただの石だ」
技量があれば剣で石を砕ける。さらに高い技量を持っていれば、石でも斬れる。剣よりも壊れにくいというのはおかしい。
「面倒だな……これもあとで返せよ?」
「何の話だ?」
カイトは、今度は短剣を取り出した。特別な短剣であるようには思えない。
「鍛錬を続けると……こうなる」
「なっ!?」
短剣は黒い炎に包まれたと思った瞬間、溶け落ちた。黒い炎はカイトの魔法で間違いはないだろう。鉄を一瞬で溶かす威力があるということだ。
「普通の剣だとこうなる。炎系の魔法だから溶けたように見えたけど、砕ける場合もある。ただ魔力を流し込むだけだと砕けるな」
「……カイト、お前」
カイトは魔法剣を使えないのだと思っていた。実際に使えないだろうが、思っていたのとは理由が違った。剣が彼の魔法に耐えられないのだ。耐えられる剣があれば、どれほどの威力の魔法剣になるのか。
「石だとここまで反応しない。砕けることは砕けるけど」
「砕けるのか?」
「いちいち証明が必要? じゃあ、見てろ。あっ、クリスティーナ様たちも気を付けて」
周囲にいる仲間たちにも注意を促すカイト。何を気を付けるのか。その理由はすぐに分かった。カイトが投げた石は、地面に落ちたかと思った瞬間、爆発した。周囲に広がる黒い影は、恐らくカイトの魔法。それと共に砕け散った石の破片が飛び散った。
「…………」
驚きで言葉が出ない。これは私だけでなく、皆がそうだ。カイトは地面に落ちている石で魔道具を作った。今見せられたのは、こういうことなのだ。
「今みたいな感じ。ちなみに俺が不得手な土属性だと、こんな感じになる」
カイトは今度は石を投げなかった。地面に落しただけの石。丸かった石は、まるでハリネズミのようなとげとげの形に変わっていた。
「砕けるまでにはならない。これ面白いだろ?」
「面白い?」
「石が大きくなったように見えたけど、魔法が解ければ元通りになる。尖った部分は石のように見えても石じゃない。魔法が石の攻撃的なイメージに合った形になっただけだってことが、これで分かる」
カイトが何を面白いと言っているのか、私には分からない。
「これが魔法の本質。人は火には攻撃的なイメージを持つ。石は固い。強く当たれば痛い。でも攻撃を防ぐ壁にもなる。水は攻撃的なイメージはあまりない。人が水から思うイメージは癒し。それが魔法になる」
「…………」
カイトの言う通りではある。火属性魔法は攻撃系がほとんど。土属性は攻撃も防御もある。水属性魔法は治癒。風は攻撃と治癒がある。風はどうしてか。かまいたちのような鋭い風は人を傷つける。心地よい風は癒しを感じさせる。カイトの言っていることはこういうことかと、少し、理解出来た。
「だから魔法は……これから魔法を鍛えようという人に言うことじゃないか。俺のを見て、何をすれば良いか分かっただろ?」
「ああ、なんとなくだが」
カイトはまた話すのを止めた。だが今度のは私の為にならないから止めたということのようだ。そうであれば無理して聞き出すべきではない。
「じゃあ、続けろ。この鍛錬の良いところはいつでも出来ることだ。俺は寝ている時以外、ずっと石を持たされていた時期があった」
「……前から気になっていたのだが、お前は誰からこのようなことを学んだのだ?」
カイトのこういう知識はどこから来ているのか。彼の話には教えてくれた人物がいることを示すような言い方が何度も出てくる。今もそうだ。彼は「持たされた」と言った。
「師匠。ああ、直接教わりたいかもしれないけど、それは無理。師匠はもうこの世にいないから」
「そうだったのか……すまない」
どのような人物であったのか。知りたい気持ちはある。だが亡くなってしまったことを聞いてしまうと、これ以上、話を掘り下げることは躊躇われてしまう。
ちょっとした違いなのだ。養成学校で学ぶこと、教え方との違いは恐らく少しなのだ。「魔法剣は剣術ではなく魔法」とカイトが言ったのはその少しの違いだ。言われれば、それはそうだと思う。だが、実際にどうだったのか。剣術として認識し、鍛錬を行ってきたように思う。実際に魔法を鍛えることはせず、剣を振り続けてきた。それでは剣術は上達しても魔法剣は伸ばせない。カイトのような真似はいつまで経っても出来ない。
カイトはこの少しの違いをもっと知っているのだろう。それが結果に大きな差を生んでいる。彼と私の差になっている。まだまだ知らないことばかりだろうが、今回これは知れた。敗北感に打ちのめされていた私の心に、また希望の光が灯った。