
戦っているというより、拷問を受けているかのよう。竜の攻撃は全てが致命的なダメージを与えられるもの。尾や腕の一撃でこちらはすぐに骨折。炎をまともに受ければ瀕死の大火傷だ。その度にクリスティーナが治癒魔法で回復してくれるが、それが何度も続くと助けられているのではなく、虐められているように思えてしまう。瀕死、回復、瀕死、回復、瀕死。これが何度も何度も繰り返されるのだ。
竜のほうはどのような状態にあるか分からない。ダメージは確実に蓄積されている。鈍くなっている動きがそれを示している。だが、倒すまでにはあとどれくらい戦い続けなければならないのか。あと何度、死を感じなければならないのか。死ぬ前に絶望で動けなくなりそうだ。
それでも自分は動いている。戦い続けている。何故なのか。何故ここまで自分は頑張るのか。守らなければならない人がいるから。もう二度と守ることが出来なかった苦しみを味わいたくないから。
(……ああ……もしかして俺はこの時の為に転生したのかもしれないな)
元の世界で抱き続けていた後悔の念。どれほど乞い願っても後戻り出来ないあの瞬間。いなくなって分かったその人の大切さ。
今拷問のように感じているのは、その罪に対する罰。償いであれば、いくらでも耐えることが出来る。耐え続けなければならないと思う。今回は、今回こそは守る。こう想えば何度死ぬ目に遭っても戦い続けることが出来る。
「……力のあるなしは関係ない。持っている全てを吐きだして、戦わなけれならなかった……ごめん……ごめん、美玲(みれい)さん」
彼女に謝罪を告げたのはこれが初めてのような気がする。心の中では何度も何度も謝っていた。でもきっと何に対する謝罪かを自分は分かっていなかった。助けられなかったことではなく、助けようとすることを放棄したのが自分の罪なのだ。
「ただ……全てを吐きだして……と言ってもな……」
余力はわずか。自分でそれは分かる。自分を助けてくれていたクリスティーナも、もう力は残っていないようだ。涙を流しながら魔法を唱えているけど、効果は感じられない。彼女の魔力が尽きたのではなく。自分の回復力が残っていないのかもしれない。
それでも戦うしかない。守るべき人がいるのだ。
「……そうか。あいつがいた。いつも存在を忘れるな」
クリスティーナの側にはアレクがいる。彼女の影の中に潜んでいるままであるのは周囲を気にしてのことだろう。だけど、本当に彼女が危険な状況になれば奴も動くはずだ。竜は倒せなくても、なんとかしてクリスティーナを逃がすはずだ。そうであれば、自分は竜を倒すことだけを考えれば良い。全てをそれに向ければ良い。
「……い、行けぇええええっ!!」
叫ぶことに意味はない。それで魔法の威力が上がるわけではない。それでも、叫ばないではいられなかった。気力を振り絞って、最後の戦いに挑むために。
空中に魔法陣が展開される。竜の四方を囲む四つの魔法陣が、一斉に黒い炎を噴き出し、竜の体を包み込む。これで駄目ならもう無理。その光景を見て、こう思ってしまった。
「……まだ動くか……くそったれ」
だが悔しいことに竜を倒すことは出来なかった。竜は、かなり鈍いが、それでも動いている。それに比べてこちらは指一本持ち上げられない。仮に動かせても、その瞬間、地面に倒れることになりそうだ。
竜の瞳は自分を見つめている。勝利を確信した瞳なのか。それとも「人族にしては良くやったな」くらいは思ってくれているのか。竜の気持ちを読み取る術なんて持っていないので分からない。それでも自分はどこまで出来たのか。足掻くことに意味はあったのか。最後に知りたいと思った。
「――我が敵を討て! エアリエッジ(風刃)!」
(……えっ?)
魔法の詠唱が耳に届いた。風魔法が竜の体を切り刻む。といっても固い表皮に傷をつける程度のダメージ、にしか見えなかったのだけど。
「……ええっ!?」
竜はゆっくりとその巨体を地面に倒していった。それを見た自分も、地面に崩れ落ちた。
動かなくなった竜。どうやら戦いは終わった。あくまでも竜との戦いは。
「……先ほどまでの戦い……お前、退魔兵団の黒炎だな?」
竜との戦いで魔族に自分の素性が知られたようだ。ワンパターンの戦いしか出来ないので、すぐに分かってしまうのだろう。
「……仮にそうだとしたら?」
完全に否定するのも白々しい。否定したからといって奴らが見逃すとも思えない。竜との戦いに全力を使い切った自分の失敗だ。ここが魔族の隠れ里であることを、竜との戦いに精一杯で、すっかり忘れていた。
覚えていたとしても結果は同じだ。余力を残して戦うなんて真似は出来なかったのだから。
「お前は多くの仲間を殺した」
「それを言うお前らも多くの人を殺している。お互い様だ、では済まないのは分かっている。だけど無関係な人を巻き込むな」
すでにクリスティーナは俺を庇おうと動いている。魔族の前に立ち、俺を守るつもりで両手を広げている姿は、こんな時でも、可愛い。
「……彼女か」
「彼女と俺を除くその連れたちだ」
「カイト!?」
何を恰好つけているのだと自分でも思う。だが、ここでクリスティーナを巻き込むようなことになれば、この戦いの意味を失ってしまう。自分が勝手に意味を持たせているだけだけど、元の世界での過ちを少しは償えたように感じているのだ。
「愚かな真似は止めよ」
「長老?」
長老、と言われればそうかもしれない。魔族は総じて外見だけでは年齢が分からない。どういうDNAなのか誰か教えて欲しい。
「地位も名誉も失った我らが誇りまで捨ててなんとする?」
「しかし、この男は退魔兵団の」
「何者であろうと恩を仇で返すわけにはいかん。それとも我が一族の誰かがその者に殺されたのか?」
この問いの答えを自分は知らない。獣人種であることは分かるけど、獣人種にはさらにいくつもの種族がある。犬猫、狼、熊、虎、ライオン等々。魔族ではなく、獣としての生息地のあり方はまったく無視されているところが異世界だ。それとも自分が知らないだけで、元の世界にもライオンと虎の両方がいる地域はあったのだろうか。
なんてことを考えている場合ではないか。でも、それが出来る心の余裕は生まれた。現れた長老さんのおかげだ。
「……いえ、ありません」
「では義を通さなければならん。その者に危害を加えることは許されん」
「承知しました」
どうやら期待した通り、助かったみたいだ。と思わせて、過激な連中が長老の意向を無視して行動を起こす、なんて展開も良くある話なので油断は出来ないけど。
「礼を申す。我が一族を救ってくれてありがとう」
「それは俺ではなく、クリスティーナ様に。俺は彼女の意思に従っただけだ」
「もちろんだ。クリスティーナ殿、そしてお連れの方々。我らが里の危機を救ってくれたことに感謝する。ライアン族の長老として、我が命と我が一族の誇りに賭けて、貴殿らに危害を加えないことを誓う。安心してくれ」
クリスティーナたちに頭を下げる長老。それを見て、他の魔族たちも頭を下げてきた。それとは異なり、成り行きを見守ってきた魔族の子供たちは笑顔で集まってきている。
その笑顔で報われる。なんて思えるほど自分は善良な人間ではない。
「……カイト……ごめんなさい。私のせいで……」
謝罪を口にするクリスティーナ。彼女の温もりが感じられた。耳をくすぐる彼女の吐息で抱きしめられているのだと分かった。全てが報われた。こう思えた。
もしかすると自分は。この想いを否定すると同時に、目の前が真っ暗になった。