
こう立て続けにあり得ない出来事が起きると勘違いしてしまいそうになる。自分はこの世界における重要人物、ゲーム世界であるならば主要キャラなのではないかと。だがそれはない。師匠は自分に「お前は凡人として平凡な人生を送ることになる」と告げた。実際に奇跡の成長は実現しなかった。
退魔兵団の兵士であることが平凡な人生かというとそれは違うと思うが、そうなったのは自分が選択を誤ったせいだ。家族と大きな変化のない暮らしを続ける選択肢もあった。それを選んでいれば、生きる為以外の戦いを行うことなく、家族と暮らし続けられたのだ。
では今の状況は何なのか。考えられるのは巻き込まれ。主要キャラのイベントに巻き込まれたという可能性が考えられる。クリスティーナのイベントだ。悪役令嬢としてのイベントにしては、かなりおかしな状況ではあるが。
「……これは……どういう状況だ?」
マイルズの気持ちは良く分かる。目の前の光景はこんな呟きを漏らすのが当然のものだ。
「見ての通り。悪魔の隠れ里が竜に襲われている」
これは分かる。だが自分も理解出来ない。何故、こんな場所に悪魔の隠れ里があるのか。どうして竜に襲われているのか。この世界では竜が実在する。これは知っていたけど、その姿を見たのは初めて。出現の噂さえ聞いたことがなかった。その竜が今、目の前にいるのだ。
「隠れ里?」
「知らないのか? 王国にはいくつか同じような場所がある。悪魔が、戦闘要員以外の悪魔も隠れて暮らしている場所だ」
他にも退魔兵団で隠れ里と呼んでいる場所がある。ミネラウヴァ王国内にいる悪魔、魔族はスパイ活動をしている者だけではない。非戦闘員である魔族もこのような里で暮らしている。非戦闘員といっても普通の人族とは比べものにならない戦闘能力はあるのだろうけど。
どうしてそんなことをするのかと疑問に思っていたが、鬼人族に転生した瀬名の話を聞いて、理由が分かった。魔王国から一族が追放されているのだ。スパイ活動を行わない魔族も魔王国で暮らすことが出来ないので、ミネラウヴァ王国内に隠れ住んでいるのだ。
「そのような場所が……」
「話は後だ! クリスティーナ様を連れて逃げろ!」
こんな話をしている場合ではない。早くこの場から離れなくてはならない。
「えっ? あ、ああ……分かった!」
「急げ!」
マイルズに頼むのではなく、自分が逃がすべきだったか。こんなこと考えている場合ではなかった。それにより生まれたわずかな間が事態を悪化させることになった。
「クリスティーナ様!」
クリスティーナの名を叫ぶマイルズの声。予想通りの展開、なんてことを考えている場合でもない。前に駆け出していくクリスティーナを引き留めるという選択は諦めた。それでは間に合わない。竜の口からは炎が吐きだされようとしている。クリスティーナではなく、彼女が助けようとしている魔族の子供に向かって。竜など見るのは初めてだけど、何故かそれが分かった。
魔法を展開。黒い炎が竜を襲う。
「分が悪そう……」
出来たのは竜の意識を逸らすことだけ。黒炎魔法は竜にほとんどダメージを与えられていないみたいだ。竜も炎を吐く。炎魔法に強いのかもしれない。そんな敵は、出来ることなら、相手にしたくない。
ダメージはほぼなし。それでも目的は達したことになる。竜の顔が自分を向いた。
「嘘!?」
炎を警戒していたところに真横からとんでもない衝撃が襲ってきた。自分の体が宙に浮いたのは分かったが、そこから先はなんだか分からない状況。とにかく体のあちこちから痛みが襲ってくる。地面を転がっていたことは止まってから分かった。
「痛っ……俺、何にやられた?」
竜はどんな攻撃をしてきたのか。それも分からない。
「竜の尾だ」
独り言のつもりの問いに答えてきた声があった。聞き覚えのない声。あるはずがない。初めて見る顔。頭の耳と鋭い牙が獣人種の魔族であることを教えてくれた。この隠れ里の住人であることは間違いない。
「それはどうも御親切に」
「どうして我らを助ける?」
「それは俺ではなく、彼女に聞いてくれ。聞かなくてもなんとなく分かるだろうけど」
自分は別に魔族を助けたいわけではない。魔族の子供を助けようとしたクリスティーナを助けただけだ。魔族とはいえ幼い子供が殺されるのを見過ごすことは出来ない。彼女はそういう人だ。どう考えてもクリスティーナが聖女だろ。
「そうか……」
「後は任せると言ったら引き受けてくれるのか?」
「当然だ」
「じゃあ、あとは……と言いたいところだけど無理そうだ」
あとは自分たちでなんとかしろ。こう言って、この場から去りたいところだけど、そうはいかなさそう。クリスティーナは、懲りもせず、魔族の子供たちを助けようとしている。彼女の周りにいる子供の数が増えている。
混乱している大人たちに子供たちを守る余裕が出来るまでは、この場を離れようとしないだろう。
「俺はないけど、竜と戦ったことは?」
「ない」
「戦えるのか?」
「もちろん」
いくつもの種族があるくせにプライドが高いという点は共通している。魔族が戦えないなんて言うはずがない。実際には戦えなくても。
「じゃあ、邪魔しないように戦ってくれ。こちらはこちらで勝手にやらせてもらう」
「……分かった」
この獣人種はどうやら素直なほうだ。「自分たちがやるから余計な手出しはするな」くらい言ってくるかと思っていた。少し期待していた。竜相手では強がっていられないということかもしれない。それは自分も同じだ。
「さて……やる気満々な感じだな」
竜は獣人種の男と会話している間、ただじっと自分を見ているだけだった。暴れるのを止めたわけではないことは、なんとなく分かる。まず自分を殺す。そう決めたのだろう。そうするべき敵と認められたのだとすれば、黒炎魔法は少しは効いているのかもしれない。
「じゃあ、行く」
今度は術式魔法を展開。魔法は同じ黒炎魔法だが術式を空中に展開することで敵の背後からでも攻撃が出来る。今回は竜の顔の真下。柔らかそうな口を狙った。
「速い?」
だが竜は羽を軽く羽ばたかせることでそれを回避。重そうな体がどうして、こんな軽々と宙に浮くのか。重力の常識を外れていると思うが、異世界だからだと言われてしまえばそれまでだ。
「逃がすか」
敵は空を飛べる。戦う上でこの差は大きい。ただ自分にはその差を、少しだけど、埋める能力がある。立体跳躍のスキルがそれだ。
空中に足場を展開。それを使って高く跳びあがる。そこから再び黒炎魔法。狙いは頭ではなく、羽に決めた。飛行能力を奪うことで攻撃手段を増やせる。同じく飛べない、恐らくは魔法も苦手な獣人種も地上の敵であれば攻撃に参加出来るはずだ。
「げっ!?」
ただ立体跳躍には致命的な弱点がある。連続展開出来る足場の数だ。今のところ三つまでが限界。それを上に昇るのに使ってしまうとあとは落ちるだけになる。そこを竜に狙われた。
竜の尾が向かってくるのは分かっていても避けられない。足場の展開はまだ出来ない。出来るのは頭部を守る為に体を丸めることくらい。そこに先ほど以上の衝撃が襲ってきた。
「……ヤ、ヤバい」
竜の奴は頭が良い。落下しているところに更に上から尾を振り下ろしてきた。地面に叩きつけられたダメージはすぐには起き上がれないほど。骨が折れたような痛みもある。
「カイト!」
クリスティーナの声が耳に届く。
「……く、来るな」
自分では叫んでいるつもりなのに、声が出ない。動けないでいる自分に竜は炎を吐こうとしている。クリスティーナまで巻き添えにするわけにはいかないのだ。
焦りの中で体の痛みが薄れるのが分かった。恐らくはクリスティーナの治癒魔法。それを確かめている時間はない。
「この……クソォオオオオッ!!」
魔法を展開。自分にはこれしかない。とにかく全力で黒炎魔法を放つしかない。竜の口から吐きだされる炎と自分の魔法が激突。明らかに押されているが、それで諦めるわけにはいかない。黒炎魔法の連続展開。無我夢中でそれを続ける。
≪規定値に達しました。黒炎魔法がレベル10になりました≫
≪条件を満たしました。スキル:並列術式展開を入手しました≫
頭の中に流れる天の声。ただ今はそれを気にしている余裕はない。迫りくる竜の炎を回避することで精一杯。魔法を打ちまくっていた。