
今更だけど、王国は妹とウィリアム殿下の結婚を意地でも阻止したいのだろう。今回の野外授業でも王国の力が働いた。調べなくてもこれくらいのことは分かる。
このタイミングで聖女を認定したのがそれを示している。聖女を認定した上で、その彼女とウィリアム殿下を一緒に行動させる。それによって国民に二人の関係を誤解させる。ウィリアム殿下の妃は聖女。こんな風に国民の考えを固めさせようという企みだ。
正直、王国がここまでのことをするのであれば、さっさと婚約解消してしまえば良いと思ってしまう。婚約を解消されるなんて辱めを受ける妹が可哀そうだとは思うが、今されていることも、それと同じくらいの辱めだ。正式な婚約者である妹の存在をないものとされているのだから。
少し前までは、こんなことは考えなかった。妹がウィリアム殿下との結婚を望んでいないことは分かっていた。でも、それは私のせい。私をアッシュビー公爵家の当主にする為に、その私を支える為に妹は結婚を諦めている。そう思っていた。自分の犠牲にはしたくないと思っていた。
でも最近、少し考えが変わった。妹はウィリアム殿下との結婚を望んでいない。これは変わらない。変わったのはそれを望まない理由だ。勝手な妄想だと妹は怒るかもしれないけど。
「カイト……何を呟いているの?」
「えっ? 私、声を出していました?」
カイトの声は私には聞こえなかった。聞こえたのは妹だけだろう。カイトのすぐ隣を歩き、彼の様子を気にしていた妹だからこそ聞こえた声だ。
「はっきりと声にはなっていなかったけど……」
「あっ、そうですか」
「何か不満があるのかしら?」
「不満……クリスティーナ様は不満ではないのですか?」
妹に不満はない。カイトの問いへの答えを聞かなくても分かる。不満どころか、出発前から機嫌が良かった。ウィリアム殿下が同行しないことを喜んでいるようだった。さすがにこれは考えすぎか。
「私は別に……」
「そうなのですか? 護衛もつけてもらえないのですよ?」
ウィリアム殿下と聖女には特別な護衛がついた。七星将の一人が同行している。それは別に構わない。ウイリアム殿下の身に何かあっては一大事。王国は万全を期しているのだろう。だが妹はそのウィリアム殿下の婚約者。婚約者に相応しい待遇というものがあるはずだと思ってしまう。
「私にはカイトがいるから」
「……ま、まあ、そうですけど」
でも、やはり妹は七星将の護衛なんて求めていない。妹はカイトがいてくれればそれで安心なのだ。護衛として安心ということであれば良い。でも、今の言葉は本当にそういう意味で口にしたのだろうか。
根拠はないけど、違うように思える。妹はウィリアム殿下に邪魔されることなく、カイトと一緒にいられることを喜んでいる。そう思えてしまう。
「カイトがいてくれたほうが心強いわ」
「お任せください。今回は不便を感じさせることを減らす為に、さらに準備を整えてきました」
「……準備。そう楽しみだわ」
「あれ?」
救いはカイトが鈍感であること。妹の気持ちにまったく気づいていない。妹の思わせぶりな台詞にも正しく反応しない。
仮に私の勘違いであるとしても、彼のこの鈍感さはやはりありがたい。彼にその気になられても困るのだ。
「あっ、何を準備してきたのかしら?」
「いつも以上の調味料。さらに食材と料理のレシピです。足りないのは私の料理の腕くらいですね?」
「さすがのカイトも料理の鍛錬はしていなかったのね?」
カイトの軽い冗談に笑みで応える妹。妹の本心は分からない。でも間違いなく、ウィリアム殿下と話している時よりも、カイトを相手にしている時のほうが気持ちが緩んでいる。
一国の王子と男爵家の三男を比べるのは間違いだ。ウィリアム殿下を相手にする時に緊張するのは当然のこと。考えすぎだとも思う。でも否定も出来ない。
「必要がなかったので。捌いて焼く。これで十分でした」
「捌けるだけで十分だわ。私はそれも出来ない」
「必要ないでしょ?」
「そんなことないわ。私だって料理が出来るようになって……その……カイトだけにお任せするのが申し訳ないから」
料理になんて興味がなかったはず。妹の頭の中は私を当主にすることで一杯だった。でも今は違う。違っていて欲しいと思ってしまう。私の気持ちは矛盾している。
「……じゃあ、下手同士で挑戦してみますか?」
「するわ!」
即答。妹の、ずっと隠してきた無邪気さが表に出ている。私のせいで、いつも張りつめていた妹の心が今は緩んでいる。これは嬉しいことだ。本当に、心から嬉しいと思っている。
「あっ、じゃあ」
「どういう料理に挑戦するのかしら?」
「それが、どういう獣が狩れるかで作れるものが変わります」
「魔狼系か魔熊系だったかしら?」
魔獣を食べる。妹はこれに抵抗がない。理由は知っている。すでに経験しているからだ。カイトに助けられ、危険なダンジョンから妹は無事に帰還した。その時からだ。妹が時折、年相応の素顔を見せてくれるようになったのは。
そうなった理由は分からない。聞けない。カイトの態度から恐れているようなことはなかったのだと思っている。でも、妹の心に変化を与えたのは間違いない。
「魔獣だと。でも今回は洞窟の中ではなくて、森の中での実戦訓練ではないですか。普通の獣、猪や鹿。兎なんかも狩れることを期待しています」
「普通の狩りも行うつもりなの?」
「そのつもりです。皆さんを煩わせるつもりはありません。私に任せてください」
「……私もやる」
まただ。妹はカイトに対しては我が儘を言う。これが甘えでなくて何なのか。その甘えはどこから生まれているのか。
「えっ? 普通の狩りですけど?」
「私もカイトと一緒に狩りをするわ」
「……意外と難しいですよ? 気配を消したり……分かりました。では手伝ってください」
相手がカイトでなければと思う。妹とカイトが結ばれることはない。ウィリアム殿下との婚約が解消しても、それは同じだ。これは妹も分かっているはず。それとも自覚がないのか。妹は自分のカイトへの想いに気が付いていないのか。
もしそうであれば、永遠に気付かないでいて欲しい。辛い想いをすることはない。させたくない。出来ることなら、これは私の勘違いであって欲しい。そうでなければ、二人が楽しそうであればあるほど、辛くなってしまう。