
聖女が認定された。これでミネラウヴァ王国には勇者と聖女が揃ったことになる。勇者であるウィリアム第二王子が正式に勇者として認定されたという話は聞かなかったけど、今更、それに拘る必要はないのだろう。何に基づいて勇者と聖女が認定されるのか分からない。基準がないのであれば、ミネラウヴァ王国が勇者だと言えば勇者、聖女だと言えば聖女だということだ、なんてことを言葉にすると問題発言だと責められそうなので、心の中にとどめておくことにした。
さらにお披露目旅行、これは問題発言と言うより嫌味だと思われそうだけど、に何の意味があるのかとも思っている。王立騎士養成学校の野外授業を利用して、各地を訪問し、勇者と聖女が揃った姿を人々に見せる。それで人々は喜ぶのだろうか。安心して暮らせるようになるのだろうか。自分には理解出来ない。
そもそも、自分は戦争経験のない世代だけど、たった二人で戦争の結果が変わるものなのだろうかと疑問に思う。この世界の戦いでは一般兵士が勝敗を左右することなどまずなく、ずば抜けた力を持つ騎士同士の戦いが、全体の勝敗を決めるだろうことは想像できる。特別な力を持たない一般兵士が百人集まっても、優秀な騎士一人に敵わない。それだけ加護、スキルの力は大きいのだ。
でも一定水準以上の実力者が十人と二人であれば、十人が勝つだろう。結局、勝敗は勇者と聖女がいるかいないかではなく、一定水準以上の戦士をどちらがより多く抱えているかだと自分は思ってしまう。勇者だ、聖女だと騒ぐ理由が分からない。思いつく理由は、この世界がゲーム世界だから。勇者と聖女の役割を果たす登場人物が主人公だからだ。
「カイト……何を呟いているの?」
「えっ? 私、声を出していました?」
無意識の内に、考えていることを呟いてしまっていた。クリスティーナの問いかけはそういうことだ。
「はっきりと声にはなっていなかったけど……」
「あっ、そうですか」
一安心。「ゲーム世界」なんて言葉を聞かれてしまうと、変に思われてしまう。クリスティーナに変に思われるのはかまわないけど、これが王子様に伝わり、さらに奴等に知られると面倒だ。自分が転生者であることがバレてしまう。
「何か不満があるのかしら?」
「不満……クリスティーナ様は不満ではないのですか?」
今ここに王子様はいない。聖女に認定されたエミリーとその取り巻き共と一緒に野外授業という名目のお披露目旅行中だ。結局この形に戻った。これが強制力というものなのかと思うと、不満よりも不安が強い。
「私は別に……」
「そうなのですか? 護衛もつけてもらえないのですよ?」
王子様たちには特別な護衛がついた。七星将という厨二将軍が護衛として同行しているそうだ。一方でクリスティーナには厨二将軍の護衛はいない。これは差別というものだと思う。
「私にはカイトがいるから」
「……ま、まあ、そうですけど」
クリスティーナは悪役令嬢ではなく、小悪魔令嬢なのではないだろうか。微妙な言い回しで男心を揺さぶってくる。実際はそんなつもりはなく、自分が退魔兵団の兵士であることを知っているから出た言葉だと分かっているけど。
「カイトがいてくれたほうが心強いわ」
「お任せください。今回は不便を感じさせることを減らす為に、さらに準備を整えてきました」
野宿の準備は完璧。今回は料理にもこだわることにした。調味料を惜しむ必要がないくらい大量に仕入れただけでなく食材も、こちらは大量というわけにはいかなかったけど、準備。調理法も学食の料理人からレシピを入手済みだ。
「……準備。そう楽しみだわ」
「あれ?」
クリスティーナの反応は、期待に反して、今ひとつ。自分が何を準備してきたのか分かっていないからだろうか。
「あっ、何を準備してきたのかしら?」
「いつも以上の調味料。さらに食材と料理のレシピです。足りないのは私の料理の腕くらいですね?」
「さすがのカイトも料理の鍛錬はしていなかったのね?」
「必要がなかったので。捌いて焼く。これで十分でした」
家族は捌くことも必要なかった。でも自分は魔獣の生肉はさすがに厳しかった。食べられなかったわけじゃない。最初はチャレンジした。ただ顎の力が家族に比べて弱すぎて、食べるのに時間がかかる。だったら焼いてしまえということで、火炎魔法で焼いていた。火加減が難しくて、上手く焼けなかったが、それでも生で食べるよりは食べやすかった。
「捌けるだけで十分だわ。私はそれも出来ない」
「必要ないでしょ?」
クリスティーナは公爵家令嬢で、将来は王子様の妃になる身。調理場に立つことなど一生ないだろう。包丁を持つこともないのかもしれない。果物ナイフくらいは使うのだろうか。使わないだろうな。
「そんなことないわ。私だって料理が出来るようになって……その……カイトだけにお任せするのが申し訳ないから」
「……じゃあ、下手同士で挑戦してみますか?」
「するわ!」
「あっ、じゃあ」
一生縁がないはずだった料理。野外授業でそれに触れる機会が出来た。二度とない機会なのだから、ここで体験するのは悪くないことだ。クリスティーナは、きっと、こういうことが好きなのだ。決められた人生を生きる身だから、そこから外れる経験をしてみたいのだろう。これだけ食い気味に反応されれば、感情を読めなくても分かる。
「どういう料理に挑戦するのかしら?」
「それが、どういう獣が狩れるかで作れるものが変わります」
「魔狼系か魔熊系だったかしら?」
「魔獣だと。でも今回は洞窟の中ではなくて、森の中での実戦訓練ではないですか。普通の獣、猪や鹿。兎なんかも狩れることを期待しています」
今回の野外授業は洞窟ではなく、森の中で行う。前回よりも簡単、かどうかは現地で実際に魔獣に出会ってみないと分からない。前回の野外授業は模擬ダンジョンで行われた。学生たちの実力に合わせた魔獣が放たれていた。飼い魔獣とまでは言わないが、管理された魔獣だ。
それに比べれば、今回遭遇するのは野生の魔獣。ある程度、生息種は調べてあるようだけど、実際に何が出てくるか分からない。
「普通の狩りも行うつもりなの?」
「そのつもりです。皆さんを煩わせるつもりはありません。私に任せてください」
自ら襲い掛かってくる魔獣とは異なり、普通の獣は逃げる。狩りとしては、普通の獣のほうが難しいのだ。
「……私もやる」
「えっ? 普通の狩りですけど?」
「私もカイトと一緒に狩りをするわ」
「……意外と難しいですよ? 気配を消したり……分かりました。では手伝ってください」
気配を殺すスキルなんて、きっとクリスティーナは持っていない。正直、足手まといになると思う。そうなのだけど、じっと見つめられると断りづらい。なんだろう。彼女は時々、我が儘になる。良家のお嬢様なのだから、そういうところはあるのだろうと思うけど、最初は違ったような気もする。
でも、これくらいの我が儘は気にならない。元の世界で女子に相手にされることのなかった自分は、やはり甘い。自覚はあっても、受け入れてしまうのだ。