
国内に潜む悪魔の掃討作戦が進行している。カンバリア魔王国を刺激することになるかもしれない作戦だが、実行しないわけにはいかなかった。王立騎士養成学校の野外授業でウィリアムが悪魔に襲われた。それ以外にも、悪魔による王立騎士養成学校侵入未遂事件もあった。命を狙われているのだ。
このような事態は予想出来ていた。ウィリアムの加護は<勇者の器>。もうひとつ<戦神の加護>もあるが、やはり勇者であることを示す加護を与えられたことが大きい。カンバリア魔王国を統べる魔王にとって、勇者は天敵。脅威に育たたないうちに殺そうとするのは、敵の立場では、当然の考えだ。
こちらとしては断固阻止。絶対に殺させるわけにはいかない。ウィリアムを守る為には国内に潜む悪魔を排除しなければならないのだ。それは今のところは順調。大きな問題は起きていない。
「掃討作戦は順調と言えば順調。大きな問題は起きておりません」
ただ王国騎士団長の言い方には含みがある。まだ私の耳に入っていない問題が発生しているのかもしれない。
「懸念点は?」
「力のある悪魔が発見されておりません」
「逃げたということか?」
そうであれば騎士団長の「順調と言えば順調」という言い方も理解できる。出来れば討ち取りたい。だが、全滅など最初から出来るとは思っていない。とにかく国内での悪魔の活動を許さないこと。逃げたのであっても、目的は果たしている。
問題はいつでも戻ってこられるという点だ。
「その可能性が高いと考えております。一時的には活動を止められても、我々の行動次第で、また動き出すのは間違いありません」
国内に展開させた王国騎士団、貴族家の騎士団が撤収すれば、また悪魔は活動を再開させる。これでは一時的な成功に過ぎない。
「国内への再侵入を防げないのですか?」
宰相の言う通り、再侵入を防ぐことは出来ないのか。国境の警備体制を強化することで実現出来るのであれば、絶対に行わなければならない。
「魔王国との国境だけであれば、警備体制を強化することで、ある程度は防げるかもしれません。ですが、悪魔が逃げたのは魔王国とは限りません。国内の山中などにも残っているものと考えます」
逃げたと言ってもカンバリア魔王国まで逃げ去ったわけではないということだ。次は山狩り、というわけにはいかない。全てを探しつくすことなど不可能。王国騎士団の多くが山中に入ってしまえば王国の守りが手薄になる。やはり完全な掃討は不可能なのだ。
「それでは国内の……いえ、元々、限界があることが分かっていての作戦ですか」
作戦実行前から分かっていたことだ。それでもやらないよりは良いということで、王国騎士団は動いた。予想通りの結果で王国騎士団を責めるわけにはいかない。それは宰相も分かっているようだ。
「問題はウィリアムと聖女候補の女性の安全確保。大人しくしているということではない。自由に国内を動き回れるかだ」
ただ襲われなければ良いということではない。これから彼らは実戦経験を積むために頻繁に王都を出る。国内各地で魔獣や魔物の討伐を行う。そこを、前回やられたように、悪魔に襲われることを防ぎたいのだ。
もちろん倒せる相手であれば、かまわない。それもまた実戦経験だ。
「王立騎士養成学校の授業はあくまでも平常通りにとお考えですか?」
「騎士団長。お主は悪魔を恐れて王都にこもっている勇者と共に戦いたいと思うか?」
ウィリアムの安全だけを考えるのであれば、王都から出さないことが一番。だがウィリアムは勇者。魔王との戦いの切り札と見られる立場だ。しかも国内だけでなく、他国の信頼も得なければならない。臆病だと見られるわけにはいかないのだ。
「そうなりますと、護衛体制を検討する必要があると考えます」
「退魔兵団か……」
本音を言えば、あまり退魔兵団には頼りたくない。彼らは、兵士たちではなく、上層部は欲深い者ばかりだ。そのような者たちに功績を上げる機会を許せば、何を要求してくるか分からない。
王国は兵士だけでなく、上層部の忠誠も疑っているのだ。
「王国騎士団が護衛任務を担うことも検討しております」
「その余裕があるのか?」
「恐れながら、掃討作成に比べれば護衛任務の負荷は無いに等しいかと」
「なるほど」
それはそうだ。ウィリアムと聖女候補を守るだけであれば、動員する数は百名にも届かないだろう。選抜する騎士次第では、もっと少なくても問題ないはずだ。もちろん、悪魔側が人数を揃えての活動が出来ない状況という前提で。
「護衛対象はウイリアム殿下だけでよろしいでしょうか?」
「そうだな……聖女候補も共に行動させれば護衛を分散させる必要はなくなる。ふむ。それが良かろう」
クリスティーナを引き離す口実にも出来る。近頃はウォーリック侯爵家のアントンと宰相の息子とも溝が出来ているという話だ。二人との関係改善にも良い機会になるだろう。
「宰相。学校側との調整を頼む」
「承知しました。お任せください。ただ、陛下」
「何か問題があるか?」
「いえ。ただ、そろそろ聖女の認定を考えるべき時期かと」
「今それが必要なのか?」
聖女の認定はそれほど急がなければならないことではないと思っている。候補とされている女子学生が<聖光神の加護>を与えられているというのは大切なことだ。だが聖女は一度認定してしまうと、やり直しは難しい。実は間違いでした、というわけにはいかない。ミネラウヴァ王国の恥を晒すことになってしまう。
「国内を移動するのであれば、お披露目を兼ねるのも良いのではないかと考えました」
「……それはあるか……ただ、間違いは許されないぞ?」
「彼女の能力は、ずっと側にいて確かめております。ウィリアム殿下をお支えするのに充分な実力を有していると断言出来ます」
実際に確かめたのは宰相の息子だろう。その目が曇っていないことを願うばかりだ。ただお披露目の機会にするというのは悪くない提案だ。広く国民に勇者と聖女の存在を知らしめることには意味がある。貴族たちも頼もしく思うことだろう。思わせなければならない。カンバリア魔王国との戦いでは、貴族家の戦力も頼りにしなければならないのだから。
「……良いだろう。手続きを進めろ」
「御意」
これで良いのか。不安がないわけではない。カンバリア魔王国の具体的な軍事行動はまだ確認されていない。そうであるのに我が国は悪魔掃討作戦を実行に移しただけでなく、聖女を認定し、国民にそれを知らしめようとしている。我が国のほうが行動を起こしていることになる。
我が国にカンバリア魔王国と戦う力はあるのか。ウィリアムは本当に魔王に対抗出来る力を与えられているのか。我々はすでに間違っているのではないか。考えなくても良いことまで考えてしまう。
こんな時代に一国の王である運命を少し恨めしく思った。