
手と手をつないで会場の中央に進み出る二組の男女。楽団の演奏が舞踏会の始まりを参加者に知らしめた。アルファイド王子とティファニー王女がそれぞれパートナーを選んでのダンス。ファーストダンスの始まりだ。
だがそのパートナーに対しては多くの出席者が戸惑っている。アークが何者かを分かっている人も、アルファイド王子のパートナーとなった女性、ミラが何者かを分かる人は少ないのだ。素性を知っていても戸惑うのは同じだろう。婚約者が、候補はいても、正式には決まっていないアルファイド王子の相手は社交界デビューの貴族令嬢か、高位貴族家の令嬢が務めてきた。国王が考える適任者がいない場合はティファニー王女が務めることもある。だが、今横にいるのは魔族。爵位などあるはずがない女性なのだ。
「今日、皆さんに私とティファニーの新しい友人を紹介します。幼き頃より我々の大切な友であるアークトゥルス・ウィザムのパートナーでもあるミラ嬢です」
繋いだ手を少し高く上げてミラを紹介するアルファイド王子。その彼の目くばせを受けてミラは、自分が知る限りで、もっとも優雅と思える礼をしてみせた。
会場に広がるどよめき。ミラはアルファイド王子とティファニー王女の友人として紹介された。アークが二人の古くからの友であり、ウィザム将爵家の人間であることを伝え、その彼のパートナーであることも伝えた。
これで、内心はどう思っていようと、表立ってミラに何かしようとする者はいなくなる。ミラの身分など関係なく、王家の友人と認められた彼女を傷つけることは貴族であっても許されない。まして、さらにウィザム将爵家まで後ろにいるのだ。
「そんな馬鹿な……彼女が王子様の友人なんてあり得ないわ」
「静かに。王子殿下と王女殿下への批判と受け取られる」
カテリナたちも四人が踊る場所に近づいて来ていた。彼女たちだけではない。多くの勇者候補が四人を見ている。アークとミラ、ブレイブハートの二人が王子王女とダンスをすると耳にして、見ないでいられるはずがない。
「……なんというか、アークは本当にウィザム将爵家の人間なのだな」
踊っている姿を見てフェザントはようやく事実を受け入れられた。ティファニー王女と踊る姿はフェザントが知るアークとは別人。上流階級の人間の立ち居振る舞いが身についていることが、自身はそんな礼儀など知らなくても、分かるのだ。
「わ、私はどうすれば……?」
動揺しているのはセーヴィング。アークに何度も無礼を働いた自覚が彼にはある。ウィザム将爵家に睨まれて、ただで済むとは思えない。
「絶対とは言えないが、心配は無用だ。その気があれば、とっくにお前に何か起きている。それにヘルブレア家は剣術対抗戦の件があってだろうが、ウィザム将爵家から離れているだろ?」
「……そうか」
ヘルブレア家はすでにウィザム将爵家の従属騎士家ではなくなっている。これもセーヴィングは知らない。知らされていない。
「実家を離れて勇者候補として生きていれば、王家や将爵家と関わる必要はなくなる。俺はこれを機会に完全に実家との縁を切るつもりだ。お前もどうするか、覚悟を決めるべきだな」
勇者候補として生きるのであれば、家と家との関係性など気にする必要はない。あえて対立するような真似をしなければ、恐れるようなことは起きない。ピジョン、エラキスはこう考えている。彼はそういう関りが煩わしくなって、アークの監視任務を捨てて、勇者候補として生きることを選んだのだ。自立できる算段がついたからこその決断ではあるが。
「……そうだね? そうするべきだね?」
実家に拘っていても良いことなどない。居場所がないから、与えられても屈辱を覚えるような立場に決まっているから、セーヴィングは勇者候補になったのだ。このまま勇者候補としての上を目指す方が未来は明るい。セーヴィングもそう思った。ただ問題がないわけではない。
「…………」
一度、不満を口にしたきり、ずっと黙り込んでいるカテリナ。彼女が何を考えているか。おおよそのことは仲間には分かる。アークはウィザム将爵家の人間で、王子王女に友人と認められている。しかも近頃は勇者候補としての評価も高い。逃した魚の大きさを考えているはずだ。
しかもアークを追い出して仲間に入れたセーヴィングは、ウィザム将爵家の関係者ではなく従属騎士家の人間。従属騎士家も関係者と言えなくはないが、意図して自分の立場を誤認させようとしたのは間違いない。カテリナは騙されたとまで考えているかもしれない。セーヴィングとしては、気が気でない。
「……アークと話してくるわ」
「今日はもうやめておけ。何を話したいのかは知らないが、碌な結果にはならない」
今この状況でアークと何を話すというのか。カテリナのこういうところがエラキスはまったく理解出来ない。フェザントも同じ。カテリナの最大の理解者である振りをしているセーヴィングも、内心では呆れている。
きっかけはセーヴィングだとしても、アークを切り捨てることを決めたのはカテリナだ。しかも、アークと二人で始めたパーティーであるのに情け容赦なく追い出したのだ。恨まれていると思わないほうがおかしい。そしてカテリナは、その「おかしい」人なのだ。
「でも……」
カテリナにも言い分はある。ここで話をしておかないと二度と機会はないかもしれない。アルファイド王子とティファニー王女に自分たちの悪評が伝わる可能性だってある。彼女は勇者候補として生きれば王家との関りは必要ないとは考えられない。具体的に考えてはいないが、アルファイド王子の妃になれる可能性があれば喜んで飛びつくだろう。
彼女は勇者になりたいのではなく、勇者になった結果、得られる栄光や名声を求めているのだ。将来の王妃がそれを超えるのであれば、そちらを選ぶ。アルファイド王子が彼女を選ぶ可能性は限りなく無に近いので、実現しない夢だろうが。
「アーク殿! ミラ殿!」
カテリナが仲間に引き留められている間に、ダンスを終えたアークとミラに声をかけた者がいた。
「……ああっ! ご無沙汰しております。来ていらしたのですね?」
誰だろう。そんな表情で相手を見つめていたのは、わずかな間。アークは相手の素性を思い出した。ブレイブハートが初めて洞窟探索依頼を行ったクラテリアンの領主、マッキンレー伯爵だ。
「招待されたのも御二人のおかげです。勇者ギルドと縁があると思われたようで。助けてもらっただけなのですが」
「いえ。助けただけなんてことはありません。マッキンレー伯爵にはとても良い装備を頂いて。本当に助かっています」
「そうですか。そう言っていただけると助かります」
「……えっと……敬語? もしかして俺がウィザム将爵家の人間だと分かったからですか? それでしたら無用です。今の俺はただの勇者候補ですから」
伯爵位にある人に敬語を使われるのは、なんとなく気まずい。こう感じるくらい勇者候補としての自分にアークは馴染んでいるということだ。ウィザム将爵家に居た頃であれば、こうは思わなかっただろう。
「そうですか……? 分かった。だが、ただの勇者候補は違うだろう? 千刃嵐舞の活躍は今も私の耳に届いている。通り名のきっかけが我が領地での依頼であることを誇らしくも思うのだ」
マッキンレー伯爵の言葉に周囲にざわめきが広がった。勇者候補たちの戸惑いの声だ。千刃嵐舞はアークの通り名であることを、ハイランド王国支店の勇者候補は知らない者が多い。カテリナの通り名だと思っていたのだ。カテリナ本人も。
「恥ずかしくありますけど、そう思っていただけることは嬉しいです」
「ミラも、近頃は四彩(しさい)の魔女なんて通り名で呼ばれているそうだな?」
「えっ、私?」
そんな通り名があることをミラは知らない。アークも同じだ。そんなものだ。現場で活躍や実力を認められて、誰かが思いついた通り名で呼ばれ始める。その時には本人は別の場所にいるものだ。アークとミラは特に他の国にまで出張している身だ。
「二人の活躍は自分事のように嬉しい。また領地にも来てくれ。仕事はあるからな」
この言葉には、少し政治も含まれている。アルファイド王子とティファニー王女に友と認められた二人だ。親密さをアピールしておく利はあるかもしれない。ウィザム将爵家との縁にもなる。
このように二人に話しかけられる繋がりを持つマッキンレー伯爵は、他の貴族たちからも羨ましく思われている。
「…………」
ただその行動は、その利を手にしていたはずのカテリナの心を刺激することにもなってしまう。それを自ら手放した愚かさを思い知らせてしまう。
◆◆◆
アルファイド王子とのダンスを終えて、ホッと一息。あとは会場でアークと話をするなどして時間を潰して、閉会の時間を待つのみ。ということにはならなかった。もしかするとアルファイド王子とダンスをした時よりも緊張しているかもしれない。そんな時間がミラを待ち構えていた。
パーティー会場よりもずっと奥。平民が立ち入れるはずのない場所にミラはいる。ティファニー王女と二人きりで。
「やはり、最初はアークが私についてどう話したか聞くべきかしら?」
「えっ、えっと……そ、それは……」
「そんな風に緊張してしまうようなことをアークは言ったということでしょう? あとで御説教ね」
ミラが緊張しているのはアークのせいではない。パーティーが終わった後に部屋に呼ばれてティファニー王女と二人きり。自国の王女と二人きりの場でどうすれば良いのか、まったく分からなくて、パニック状態なのだ。
「お茶を飲んで」
「は、はい」
「……本当に緊張しなくて良いから。普通に、こう飲めば良いのよ」
こう言ってティファニー王女はカップのお茶を一息に飲み干してしまった。
「私も喉が渇いていたから。会場でこんな真似したら周囲に怒られるけど、今はミラさんと二人きりだから平気」
「……そうですね」
自分の緊張をほぐそうと気を使ってくれている。それが分かったことでミラの緊張は少しほぐれた。さきほどまで震えていた手が止まり、音を立てる心配なく、カップを口に運べた。一口飲むとさらに心が落ち着いた。
「アークが邪魔しに来る前に本題に入るわね? ミラさんはアークのことが好きなのよね?」
「…………」
直球の問い。それを受けてまたミラは固まってしまう。
「あっ、また緊張させてしまったかしら? 心配しないで。私はミラさんを応援したいの」
「……そうなのですか?」
意外な言葉。応援なんて言葉がティファニー王女の口から出るとは、ミラは予想していなかった。
「そういう返事なのね? では、分かっているわね? 私もアークが好きなの。子供の頃からずっと」
「…………」
これは予想していた言葉。はっきりと口にするとは思っていなかったが。
「でも私の気持ちが報われることはない。これも子供の頃から分かっていたこと。だから嫉妬することに意味はないの」
「どうして……い、いえ、どうしてという問いはおかしいかもしれませんけど……」
「私が誰に嫁ぐかは国が決めることだから。私の気持ちは関係ない」
王女であるティファニーに恋愛結婚は許されない。国にとって利となる相手と結婚させられるのだ。王女として生まれた時から分かっていたこと。今更それを恨む気持ちはティファニー王女にはない。
「……もし……いえ、何でもないです」
「きちんと話して。その為に二人だけの時間を作ったの。ミラさんと本音で話をしたいから」
「……もし、アークが家に残っていたら……その……」
ティファニー王女に政略結婚が義務付けられていることはミラにも分かる。そうだとしても、アークが家を出なければ、ウィザム将爵家に残ったままであれば、二人は結ばれたのではないか。こんなことを思ってしまった。聞くべきではないと思った。だが、聞いてしまった。
「そうね……可能性が、かろうじて無ではなかったくらいかしら? 今の時代、王家と将爵家の結びつけを強める必要性はないから」
「そうですか……」
本当にそうなのか。これもまた自分に気を使っているのではないかと、ミラは思った。ハイランド王国の事情など、ミラは想像することも出来ないのだ。
「私は他国に嫁ぐわ。すでに相手も決まっている。だから……その前に貴方に会えて良かった」
「…………」
ティファニー王女が口にした「良かった」の意味がミラには分からない。もし自分がティファニー王女の立場であれば悲しくて、悔しくて、「良かった」なんで絶対に言えないと思った。
「自分の気持ちに区切りをつけることが出来たわ。アークが好きになる女性がどういう人かも分かった」
「王女、殿下……」
自分と同じなのだ。本当はティファニー王女も悲しくて、悔しくて、それでもその思いを心の奥に押し込んで見えないようにしている。これが分かるとミラは涙が零れそうになった。自分に泣く資格はないとも思ったが、堪えきれなかった。
「アークをお願い。二人で幸せに生きて。これを伝えたかった。これを伝えることを許されるのは、私だけでいたいから」
「……はい。王女殿下のお気持ちを心に刻んで生きていきます。アークと二人で」
ティファニー王女の想いにどう応えれば良いのか。余計なことは考えず、素直な気持ちを伝えることにした。恥ずかしさも、後ろめたさも、心から消して、正直な想いを伝えることにした。
アークと共に生きる。ティファニー王女に誓うことにした。