
アークとミラがパーティー会場に入った途端に周囲にざわめきが広がった。入口近くにいるのは勇者ギルドの関係者ばかり。それなりに皆、きちんとした服装で来ているつもりだが、王家主催のパーティーに相応しいかと問われれば、そうは言えない装いの人が多い。恐らくはこれが最後の舞踏会への出席の為に大金を使うのは躊躇われる。その気があっても揃えられる店を知らない。そもそも王国貴族は店で服を買わない。王国貴族が求める上質の生地で作られた服など売っていない。たとえ、王国貴族の服を仕立てている仕立て屋が分かっても、上客を相手にしている彼らは平民である勇者候補など相手にしない。
そんな中でアークとミラの装いは際立っている。アークは元々、このような場で着る為に用意されていた騎士服のシルエットに似せながらも最上級の生地と技術で仕立てられたウィザム将爵家の正装。ミラも祖母が用意したものではあるが、仕立てを頼んだ先はウィザム将爵家出入りの仕立て屋だ。良い生地、技術で作られているだけでなく、ウィザム将爵家の正装と合わせたデザインにもなっている。そんな二人が並んで入れば、それだけで注目を集めるには充分。その上、ミラの美貌だ。輝いているかのように見える白い肌。わずかに赤く色づいている頬。つややかなピンク色の唇。そして神秘的な赤い瞳。
赤い瞳に違和感を覚える人はいるが、美しいという事実の前では感嘆の念がそれを上回る。誰もがミラから目を離せなくなった。
「……なんか、すごい注目」
「そ、そうだね」
他人にこのように注目されることはミラにとって初めての経験。嬉しいという思いはない。気恥ずかしさのほうが強かった。
「……ちょっと後悔。ミラの美しさは隠しておくべきだったかな?」
「えっ……そういうこと口にするんだ?」
アークには似合わない気障な台詞。ミラは嬉しくはあるが、戸惑いも覚えた。
「ああ……こういう場に来たせいだな。ティファニーに、じゃなくて、王女殿下に女性を褒めろとうるさく言われていたから、その時のあれだ、癖?」
「…………」
ただティファニー王女に言われるがままに気障な誉め言葉を口にしていただけ。女心が分かっていたわけではないから、こういうことになる。
「……えっ? 何?」
「何でもない」
何でもなくはない。大きく頬を膨らませているのは怒っている証だ。怒っていることを分からせたいからだ。
「ちょっと良いかしら?」
「良くない」
割り込んできたのは招かざる客。カテリナだ。彼女と話しても、間違いなく、不快な思いをするだけ。それが分かっていて話す義務はアークには、ミラにもない。
「ちょっとアーク?」
「話すことはない。以上」
「そういうわけにはいかないわ。どうして、彼女を連れてきたの?」
分かっていたことだが、不快になる内容だ。カテリナはミラがこの場にいることに文句を行って来た。
「招待されたから」
「いくら招待されたからって、魔族をこんな場に連れてくるなんて良くないわ」
予想されていたことだ。魔族に悪感情を持っている人は多い。ミラが魔族だと分かれば、何か言ってくる人がいるのは分かっていた。もっとも言ってきそうな者が予想通りに言ってきた。アークとミラにとってはこういうことだ。
「……俺たちを招待したのは主催者である国王陛下だ。お前は陛下の決定が間違っていると言うつもりか?」
屁理屈、ではない。招待客に対して文句を言うことは招待した主催者を非難することと同じなのだ。
「そんなことは……彼女が魔族であることを知らなかったからよ」
「勇者候補への登録に種族の制限はない。これは常識。お前はこの常識を知らないほど陛下は愚かだと言いたいのか?」
「だから私は陛下の話をしていない! 彼女のことを言っているの!」
この場で、直接見てはいないが、陛下本人がいるだろう場で批判しているなんてことにされては堪らない。焦ったカテリナは声が大きくなってしまう。
「同じことだと俺は言っている」
「……アーク、私は貴方の為に忠告しているの。彼女から離れたほうが良いわ」
アークに決定的に嫌われたくない。こんな思いがカテリナにはある。アークがまたポラリスに戻ることなどあり得ないのだが、カテリナは何故かそう思わないのだ。すでに決定的に嫌われていることも分かっていない。
「無意味な忠告だ」
「正気に戻ってアーク。貴方はたぶらかされているのよ。私は貴方を魔族の洗脳から解放したいの」
「……正気で言っている?」
ミラの種族が持つ魅了の能力についてはアークも話を聞いている。だが、その影響を受けたとはアークはまったく思っていない。アークの知るミラは分厚い眼鏡をかけた、前髪はぼさぼさで、ひきずるほどの大きなマントをいつも纏っている、おしゃれには程遠い容姿の女の子。それでも愛おしいと思える女の子なのだ。
カテリナの忠告はただの妄想。正気でないのはカテリナのほうだと思ってしまう。
「私の言葉を信じて。私はもう一度、貴方とやり直したいとさえ思っているの。一緒にSランクを、勇者を目指したいの」
「……やっぱり、正気じゃない」
アークの視線はカテリナではなく、彼女に付いてきたポラリスの仲間たちに向いている。彼らがいる場でカテリナはこんなことを口にした。ポラリスは定員五人で補充の必要などないのに。アークと同じように誰かが追い出されなくては、新しいメンバーを加えることなど出来ないのに。
アークに視線を向けられたポラリスのメンバーは皆、俯いてしまった。アークが何を言いたいか彼らは分かっている。唯一、ミレットだけはアークではなく、ミラを睨みつけている。
「よろしいでしょうか?」
「えっ、あっ、侍従次長」
「殿下がすぐにお話をしたいそうです。ご同行願えますか?」
「もちろんです。じゃあ、ミラも行こう」
良いタイミングでシャッテン侍従次長が呼びに来てくれた。カテリナとの話を続ける理由はアークにはない。シャッテン侍従次長の先導でアルファイド王子がいる会場の奥に向かった。
「……えっ、どういうこと? 今来た男の人は何て言ったの?」
咄嗟のことで、カテリナは何が起きたのか分かっていない。信じられない内容だったせいでもある。
「殿下と言っていたのでアルファイド王子殿下かティファニー王女殿下に呼ばれたのだろう」
カテリナの問いに答えたのはピジョン。他のメンバーもカテリナ同様に事態を理解出来ていないことが分かったからだ。
「……どうして? どうして、アークが呼ばれるの?」
「どうしてって……アークは、いや、アークトゥルス様の本名はアークトゥルス・ウィザム。ウィザム将爵家の三男だからだ」
セーヴィングに視線を向けながらアークの素性を話すピジョン。ウィザム将爵家の関係者は嘘でも世襲騎士家出身であろうセーヴィングであれば、知っているだろう情報。それをカテリナに話していないことをピジョンは意外に思った。
「う、嘘……?」
「嘘ではない。ああ、俺のことも白状しよう。元々はアーク様の監視の為に俺は勇者候補になった。実家はウィザム将爵家の従属騎士家。エラキス・リンクウッドが本名だ」
「リンクウッド!?」
ピジョンの素性を知って驚きの声をあげたセーヴィング。リンクウッド家を、当然だが、セーヴィングは知っている。自分の実家、ヘルブレア家よりも格上であることも。
「……お前、何も分かっていないのだな?」
「アークがウィザム将爵家の人間なんて嘘だろう? そうであれば剣術対抗戦の時、あんな真似……」
実家のヘルブレア家はアークを困らせるような真似をしないはず。何も知らない自分がアークに恥をかかせようと思って考えた策略に協力などしないはずだ。
「ああ、あれはお前も関わっていたのか。つまり、お前はヘルブレア家の関係者だな?」
「えっ?」
セーヴィングの嘘を未だに信じていたカテリナにとっては驚きの事実。
「それは……その……」
「もう誤魔化せないだろ? アーク様はウィザム将爵の子。そのアーク様をお前は知らなかった。もっと言えば、お前はヘルブレア家のことも分かっていないようだ。ヘルブレア家がウィザム将爵家に叛心を抱いているというのは有名なのに」
「そんな……」
ウィザム将爵家に従う世襲騎士家の人間であれば多くが知っていること。従属騎士家だからといって絶対の忠誠を誓っているわけではない。利があるから従っているだけで、もっと大きな利を得られるとなれば躊躇わずに背く。ヘルブレア家はそういう家のひとつなのだ。
この事実を、ヘルブレア家の人間であるにも関わらず、セーヴィングは知らない。それが彼の実家での立場を示している。王国騎士でも自家の騎士団に入るでもなく、勇者候補になった理由だ。
「何故、ウィザム将爵の子息が勇者候補になった?」
セーヴィングもこの事実には驚きだ。ただまだ半信半疑。ウィザム将爵家に生まれて、勇者候補になるはずがないと思っている。
「それは……悪いが話せない。俺はもうリンクウッド家を捨てたつもりだが、かつての主家の秘密を漏らすわけにはいかない」
「そうか……お前が言っていることは事実なのだろう。しかし、俄かには信じられん」
「すぐに証明される。アーク様はティファニー王女殿下とは幼馴染と言える関係。アルファイド殿下とも親しい。だから呼ばれたのだ」
「王女様と幼馴染……い、いや、ウィザム将爵家なのだから、それはそうか……」
アークの存在が一気に遠くなったような気持ちになったフェザント。彼にとっては、今日こうして王家の人々と同じ部屋にいるだけでも奇跡的な出来事だというのに、アークは幼い頃から当たり前に会って話をしていたのだ。
そもそもウィザム将爵の息子であるアークが勇者候補になったことが普通ではない。出会うはずのない人々と出会うことになったのだ。
◆◆◆
シャッテン侍従次長の先導でアルファイド殿下の下に向かったアークとミラ。行く途中も注目の的だ。王家の人々がいる場所に近いほど、地位の高い人々がいる。その人たちはアークの装いがウィザム将爵家の正装であることを知っている。アークに会ったことがなく、家出の事実を知らない人でも、表舞台に姿を現さないウィザム将爵家の三男であることは想像出来るのだ。
さらに同行しているミラの美しさが人々の視線をくぎ付けにする。地位の高い人となると美貌に見惚れるだけでは終わらない。何故魔族がウィザム将爵家の三男と一緒にいるのか。こんな疑問を頭に浮かべていた。
「ああ、来た来た」
アークの姿を見てアルファイド王子が笑みを浮かべている。その彼に軽く会釈するアーク。ミラもそれに倣った。
「お時間を頂き申し訳ございません」
「謝る必要はない。こちらは挨拶しないで帰ってしまうのではないかと心配していたくらいだ」
「いえ、さすがにそれは……」
用件がなければそうしていた。アルファイド王子に親し気に話しかけられている今の状況も周囲の視線を集めている。こういうことになりたくはなかった。
「さて、彼女の紹介をしてもらえるかな? 私はすでに会っているけど」
「はい。王女殿下、ご無沙汰しております」
アルファイド王子はすでに勇者ギルドの支店でミラに会っている。ここで初顔合わせなのはティファニー王女。国王もいるが、それは改めて許しを得てから。今はアルファイド王子と話す為に近くにいることを許されているという形だ。王国の重臣を差し置いて、割り込んで挨拶するわけにもいかない。
「固い」
「えっ?」
「固いわ。もう少しあるでしょう? 久しぶりに会うのだから、もっと感激しなさい」
「い、いや、感激って……公式の場でもあるから」
アークにとっては相変わらず。ミラのほうは、アークからなんとなく聞いていたが、ティファニー王女の態度に驚いている。ミラから見て、ティファニー王女はその見た目も高貴な女性。金髪に青い大きな瞳。肌はミラと同じように白く、陶磁器のような滑らかさ。美しくあるが、ぷっくりとした赤みのある頬が可愛らしさも感じさせる。ついさきほどまで黙って動かないでいた時は人形かと思うほどだった。
そんな上品な雰囲気を醸し出しているティファニー王女であるのに、口から出た言葉はこれだったのだ。
「貴方がミラさんね? 噂は聞いていたわ。外見は噂とは違ったけど」
「は、初めまして。ミラと申します」
「……アーク?」
ぷっくりとした頬がさらに膨らんだ。ミラの感情表現と同じだ。その表情を見てミラは、少しだけだが、心が緩んだ。ティファニー王女に子供っぽさを感じ、可笑しく思ったのだ。
「えっ、何?」
「貴方、何を言ったのかしら? 彼女、怯えているように見えるわ?」
「別に。ああ、どういう人か聞かれたから、教えた」
アークも畏まった態度は最初だけ。ティファニー王女に以前と変わらぬ態度をとられると、それにつられてしまうのだ。
「だ・か・ら、何を言ったのかしら?」
「えっと……美人で可愛い。あと……あっ、優しくて面倒見が良い」
「……嘘で誤魔化すことを覚えたのね? でも、まあ良いわ。この件については後でゆっくり、ミラさんに聞くわ」
「ええ……」
困った表情のアーク。表情には出していないがミラも困っている。「後でゆっくり、ミラさんに聞く」という言葉がどこまで本気なのか気になる。
「とりあえず用件を済ませましょう。お兄様、ミラさんと踊ってください」
「はい?」「はあ?」「えっ……」
三者三様の声、ではあるが、気持ちは同じだ。ティファニー王女は何を言い出したのかと思っている。
「アークが何を考えているかなんて、すぐに分かるわ。ミラさんを偏見から守ること。内心はどう思っていようと手出しをさせないようにすること」
「さすが……良く分かっている」
アルファイド王子に相談したかったのは、正にこれ。ミラは自分が魔族であることを公にした。アークはミラの祖母に、なんとしても守ると誓った。その為であれば、捨てたつもりのウィザム将爵家の人間という立場も利用しようと思った。それしかアークには有効な力はないのだ。
「アークの大切な人は私にとっても大切な友人。お兄様にとってもそうであることを示して欲しいの」
「さすがだね。私に代わって王太子になるかい?」
「それはお兄様が背負うべきものだわ。では、ダンスを」
「ち、ちょっと待った。ティファニーの考えは分かった。でもどうしてアルファイド様とミラがダンスを?」
ティファニー王女の考えは理解できる。良い考えだと思う。ただどうして踊らなければならないのかが分からない。ミラにはパーティーに参加すると決めた段階で、万一を考えて教えているが、付け焼刃に過ぎない。皆が注目するアルファイド王子のファーストダンスの相手が務まるとは思えない。
「アークの下手なダンスではミラさんが恥をかくから。お兄様であれば、上手くリードしてくれるわ」
「……それはその通り」
「いきなり紹介を始めるよりも自然な流れでしょ? ミラさん、大丈夫。アークが私と踊るから上手く踊れなくても問題ないわ。アークはもっと下手だから」
「えっ? 俺も?」
何故か自分まで踊らなくてはならなくなっている。ティファニー王女の言う通り、アークはダンスが下手だ。自覚もある。注目を集める中で踊りたくはない。
「お父様はこれで説得したの。私たち四人が踊ることで、元々の目的である王国と勇者ギルドの連携だけでなく、王国とウィザム将爵家との結びつきの強さ、それと人族と魔族の融和も示せるわ。一石二鳥どころか一石三鳥ね」
王子王女のファーストダンスの相手を誰が務めるか。普段の舞踏会では、これは政治に関わることにもなる。本人たちだけで決められない。国王の意向にも沿わなければならないのだ。
ティファニー王女はあらかじめ国王の許可を得ていた。納得してもらえる理由を用意して。
「王太子に」
「違うから。では、行きましょう。私たちが踊らないと始まらないわ」
アークに手を伸ばしてティファニー王女は皆を促した。一度大きくため息をついて、その手を取るアーク。慣れた様子でティファニー王女をエスコートして、前に進み出ていく。なんだかんだ言って、アークは場慣れしている。ティファニー王女のパートナーを務めたのも一度や二度ではないのだ。
「では、私たちも行こうか?」
「……はい」
覚悟を決めてアルファイド王子に手を伸ばすミラ。心臓はバクバク。油断すると緊張で吐きそうだ。それでもやらなくてはならない。これはアークが、そしてアルファイド王子と、ミラには意外だったが、ティファニー王女が自分の為に用意してくれたもの。恥ずかしいなんて言っていられない。好意に報いなければならない。
四人二組が前に進み出る。楽団の演奏が始まった。