
魔族の問題は数の少なさとまとまりのなさ。魔族とひとくくりに呼ばれていても実際はいくつのも種族が存在している、魔族のまとまりは、せいぜいその種族の単位。いくつもの種族がまとまって、ひとつの国を造るなんてことにはならない。それが実現するとすれば、魔王のような圧倒的な強者が現れた時。否が応でも従わなければならない存在が現れた時だ。だがそういった存在がいなくなれば、また魔族はバラバラになってしまう。これが人族との争いにおいて、魔族の致命的な弱点となるのだ。
魔族が国というものを持たない為に世論は人族にとって都合の良いものが形成される。先の大戦が人魔大戦と呼ばれていることもそう。これにより当時を知らない人々は人族と魔族の戦いだったと認識してしまうのだ。
二百年たった今でも魔族にはまだ、数は少なくなったが、その時代を生きていた者がいる。一方で人族にそんな長命な者はいない。真実を伝える者などおらず、施政者が作っ捏造を信じるしかない。
これが今の人族による魔族の迫害という状況を招いている。もっとも人族に「招いている」なんて思う者は少ないだろう。自分の考えが正しいと信じているのだから。
その最たるものがADU、反魔族連合だ。
「エリアナ様。ハイランド王国での計画ですが、失敗に終わったようです」
「失敗というのは? もっと具体的に報告してもらえるかしら?」
言葉遣いはまだ丁寧だが、表情には苛立ちが表れている。いつものことだ。自らの優秀さを誇っている彼女にとって部下たちは誰もが使えない者ばかりなのだ。
「申し訳ございません。計画に利用した魔族は全滅。さらに仲間が死にました」
「仲間というのは?」
さらに詳しい説明を求めるエリアナ。だが苛立ちの表情は消えている。眉間に皺が寄っているが、これは苛立ちではなく不安からだ。
「計画を遂行していた責任者の一人です」
「……捕まったということかしら?」
「いえ。捕まる前に自害したことは確認出来ております」
「そう……最悪の事態は免れたということね?」
捕まってADUが関与していたことを自白されることは避けられた。誘拐事件、さらに殺人事件の黒幕がADUだったという事実を知られるわけにはいかない。ADUへの支持を、こんなことで失うわけにはいかないのだ。
「証拠を押さえられることは免れたというところだと考えます」
「……何が違うの?」
「仲間の死は勇者ギルド内で公にされておりません。依頼に参加したパーティーに対してもです。これは隠す必要があると勇者ギルドに思わせた理由があることを示しております」
エリアナが思うほど、部下たちは無能ではない。勇者ギルドで事件の全容が明らかにされていない点を疑問に思うくらいの能力はある。
「……参加したパーティーが知らないのなら、誰が仲間を追い込んだのかしら?」
ADUのメンバーを自殺に追い込んだ勇者候補がいるはず。部下の説明はおかしいとエリアナは考えた。
「勇者候補は二つのグループに分かれていたようで、仲間が捕らえられそうになったのは別動隊のほうです。その別動隊は当然知っているはずですが、その情報が漏れておりません。ギルドの指示だと考えております」
「つまり、その別動隊の存在を把握できていなかったせいで、仲間を失ったということね?」
「……はい。申し訳ございません」
この部下の責任ではない。彼は報告しているだけで現場に関わっていたわけではないのだ。それでも謝罪を口にしたのは、それで話が終わるから。反論しても倍返しで怒られるだけであることを知っているのだ。
「……勇者ギルドに関与を疑われているとなると面倒ね」
「今後の活動が難しくなる可能性がございます」
ADUは反魔族感情を広げる為に様々な策略を行ってきた。今回のように魔族による犯罪を、正確には魔族による犯罪と世間に思わせるような事件を、いくつも起こしてきた。
だが勇者ギルドに背後関係を疑われ、それを前提とした対応をされると、これまで上手く行っていたことが上手く行かなくなってしまうかもしれない。さらに事件はADUが起こしたものであることが明らかにされてしまうと、反魔族感情が薄れてしまう可能性もある。
「……そろそろ潮時かしら?」
ここまでの活動は本来の目的を果たすための下準備に過ぎない。いよいよ次の段階に進む時が来たのかもしれないとエリアナは考えている。
「計画は順調に進んでいるものと考えます」
「そうね……各地の状況について最新の情報を集めてもらえるかしら? それを基に考えてみるわ」
「承知しました」
いよいよその時が来た。こう考えた部下の表情には緊張が表れている。
「他に何かある?」
「……そういえば、ハイランド王国の特別自治区の件ですが」
「また何かあったの? あの周辺には今、人を集めていないはずだけど?」
特別自治区への襲撃も、最終的には現地の者たちの暴走で終わったが、ADUが仕込んだこと。どのような形でも良いから魔族に人族を殺させる。それによって反魔族感情を高めようという策略だ。どのような理由で殺されたかなど、いくらでも捏造出来るのだ。
「いえ、以前の話です。襲撃を防いだのはブレイブハートというパーティーだったようです」
「どうして今頃、そんな話が出てきたの?」
「今回の事件で別動隊として活動していたパーティーを調べた結果です。Sランク勇者候補と共にブレイブハートというパーティーが参加していたらしく、その素性を調べた結果、分かりました」
ブレイブハートは、ハイランド王国支店所属の勇者候補からは、悪い意味で注目されていた時期はあるものの、それほど評価されていない。活躍の場がハイランド王国支店の管轄外であることと、ほとんどが指名依頼だからだ。元から気にしていた勇者候補以外は、どこで何をしたか、あまり知られていないのだ。
ただ今回、情報入手が遅れたのは、たんにその為の活動に力を入れなかったからだ。
「ブレイブハート……ランクは?」
「それが……はっきりしていません。Sランク勇者候補と共に行動するくらいですから、Aランク以上は間違いないと思うのですが」
勇者候補のランクは原則は公開されていない。ただどの依頼を引き受けているかなどで同じ支店内で働いている者たちは分かる。支店の受付け窓口でランクアップを喜んでいるところを見て、知る時もある。だが、ブレイブハートはここ最近、ハイランド王国支店で依頼を引き受けていないので、勇者候補では分からないのだ。
「Aランク以上の勇者候補については情報を集めておくように指示していたはずだけど?」
またエリアナの顔に苛立ちが浮かんだ。命じたことがきちんと行われていない。実際にそうであれば怒るのは当然だ。
「これは現場の言い訳ですが、Aランクに上がったという事実が公になっておりませんでした。またブレイブハートは落ちこぼれが二人、集まっただけのパーティーで、AランクどころかBランクにも上がれないと見られていたようです」
「二人って……まさか、今も二人なの?」
「そのようです」
「それでランクはなんであれ、ギルドはSランク勇者候補と共に依頼を受けさせているというの?」
通常のパーティーは五人。これくらいの知識はエリアナも持っている。普通よりも少ない数のパーティーで、Sランク勇者候補と行動させられると勇者ギルドに評価された。これは驚きだ。
「それは……なんといっても:千人の襲撃を退けたくらいですから、実力は相当なものなのだと思われます」
「そうだったわね……でも……どうして二人……?」
二人でも並みのパーティーを遥かに超える力を持つパーティー。実力者が揃ったのだろうと思われるが、そういうパーティーで何故、二人のままなのか。加入を求める勇者候補は大勢いるはずだ。
「ですから落ちこぼれと見られていたからです。一人は魔法が使えません。もう一人は仲間が全滅したことが二回。それが原因で仲間に入れようというパーティーなどいなかったようです」
エリアナの問いの答えとしては、少しずれている。
「魔法が使えない……?」
だが彼女はそのズレを指摘することはしない。そんなことよりも気になることが出来た。
「はい。そう聞いております」
「……名前は分かっているのかしら?」
「はい。アークとミラの二人です」
「…………」
二人の名を聞いて黙り込むエリアナ。彼女には珍しく動揺が顔に出ている。弱みを見せたがらない彼女は、怒りの感情以外は、あまり表に出さないのだ。
「……何か?」
「……そのパーティーについてもっと詳しく調べなさい。特にアークという名の勇者候補については徹底的に」
「もしかして、知った名なのですか?」
各支店の有力パーティー、有力勇者候補の情報は常に集めていた。だが、このように個別の勇者候補について詳しく調べろなんて命令は初めてのこと。何かあることは、容易に想像出来る。
「知った名ではあるわ。でも、本人かは分からない。恐らくは違うと思うけど、念の為」
「承知しました」
エリアナは嘘をついた。実際は、人違いの可能性のほうが低いと彼女は考えている。ハイランド王国に暮らす、アークを名乗る、魔法が使えない勇者候補。彼女の知る人物に重なる部分は多い。魔法が使えないのに勇者候補になろうなんて人物は、しかも勇者ギルドに実力を認められるような人物となると、一般人ではないはずなのだ。
信じがたい。そんなことはあり得ないと思う。事実だと認めたくない。でも否定しながらも彼女は確信している。その人物は自分の弟、アークトゥルス・ウィザムだと。
◆◆◆
アークは久しぶりに実家を訪れている。二度と足を踏み入れることなどないと思っていた実家。本当は来たくなかった。
嫌々ながらも実家を訪れたのは王家主催のパーティーの準備の為。パーティーに参加するに相応しい服装を取りに来た、というのがおまけで、嫌でも来なければならない理由が出来たからだ。パーティー絡みであることは同じだが。
「……それで?」
「えっと……それでと言いますのは?」
蛇に睨まれた蛙、ではないが、似たような心境のアーク。
「私の孫娘とはどこまでの関係かを聞いているの」
何故かミラのパーティー準備もアークの実家で行われることが決まっていた。しかもそこにはアークの祖母が待ち構えていたのだ。
「……仲良くさせてもらっています」
予想外のミラの家族との出会い。心の準備がまったく出来ていなかった。
「惚けるんじゃないわ。そういうのを聞きたいわけじゃないのは分かっているわよね?」
「えっと……それは……」
さすがに「結婚を考えています」という言葉は出ない。ミラがいない場で言うことではないと思うだけでなく、そもそも彼女の意思を確認していない。それ以前にプロポーズもしていない。しようと考えることもまだしていなかった状態なのだ。
「出来ました」
救いの声、というほどではないがミラの祖母との会話は中断。ミラの準備が出来たことをウィザム将爵家の侍女が伝えてきた。
扉が開いてミラが姿を現した。キラキラと輝く装飾が散りばめられた黒いドレスを身に纏ったミラ。普段は大きすぎるマントで隠されていた体のラインがはっきりと分かる。露出した肌まで白く輝いているように見える。
ドレス以上に印象的なのは、これもまた普段は眼鏡と前髪で隠されている瞳。赤い瞳は黒い髪と黒いドレスに合わせた装飾品のようだ。
「……綺麗だ」
その彼女の姿を呆然と見つめていたアーク。ようやく漏れ出した言葉はこれだった。
「悪い反応ではないけどそれだけ? 予想はしていたけど、知っていたのね? それとも私で分かった?」
赤い瞳は魔族の証。ミラは自分が魔族であることを隠していたはずだった。だがアークは魔族であることに驚いていない。以前から知っていたのか。ミラと同じように前髪で隠していたつもりだったが、祖母の自分に会って分かったのか。これをカミーユは知りたかった。
「それは……ずっと一緒にいるので」
「ははあ……さてはもう男女の関係ね?」
「「「「「えっ!?」」」」
重なる驚きの声はアークとミラの声、だけではない。この場には当たり前だが、アークの家族もいる。両親も兄も。もっと言えば使用人も。彼らも驚きの声を抑えられなかったのだ。
「いえ、決して、その男女の……いや、どこまで行ったら男女の関係と」
「ち、ちょっと、アーク!? 何を言っているの!?」
アークの言葉に焦るミラ。彼の言葉は何かはあったことを白状しているようなものだ。
「両親が揃っている場ではっきりさせよう……というつもりじゃないの。ミラはこの姿でパーティーに出る。この意味を分かっているの?」
魔族であることが多くの人に知られることになる。その覚悟を決めてミラは参加を、それもパーティーに出席にするに相応しい装いで参加することを決めた。その意味をカミーユはアークに知ってもらいたいのだ。
「……分かっているつもりです。ミラのことは、俺が、私が持つ全ての力を使って守るつもりです」
「……そう。それで良いわ。でも今はパーティーの仲間に対する思いとして受け取っておく」
「えっ、いや、それは」
そんなつもりはない。アークはミラを一人の女性として想っていることを、守り続けることを誓ったつもりだ。
「そうじゃないと貴方の御父上と御母上が卒倒してしまうかもしれないから。兄上は一人で楽しそうだけど」
「あっ……」
家出した息子が、ようやく久しぶりに姿を見せたと思ったら、お嫁さんを連れてきた。それを何事もなく受け入れるほどアークの両親は心が広くない。心が狭いというのは少し違う。将爵というハイランド王国で高い地位を得ていても、こういう件においてはただの父親と母親。心配もするし、簡単に息子が離れていくのを認めたくないという思いもある。
「……とりあえず、パーティーが終わったらゆっくりと話そう。それまではこの話はなしで」
ウィザム将爵はカミーユの考えに賛成。家出したとはいえ、アークはウィザム将爵家の人間。結婚は簡単に決められるものではない。一人の父親としてミラのことをもっと見極めたいという思いもある。時間が必要なのだ。
「いや、パーティーは関係ない」
「関係あるだろ? アーク、彼女とこのまま結婚するにしても、王女殿下のお許しを得ないと。我が家の両親よりも説得は難しいかもしれない殿下のね?」
「あ、兄上……」
動揺するアーク。その様子を見てミラはふくれっ面だ。またティファニー王女が出てきた。前回はティファニー王女の兄であるアルファイド王子。今度はアークの兄から。これでアークとティファニー王女の関係が気にならないわけがない。何事もないはずがないのだ。