
勇者と聖女。近い将来、肩を並べて魔王と戦う二人が今、共にいる。こんな風に思える人は今この場にはいないだろう。王子様は完全に聖女候補を無視している。無視というより、クリスティーナしか見えていないが正しいのかもしれない。あくまでも女性の中では、なので、やはりエミリーを無視しているが正しいのか。どちらにしても仲直りなど、夢のまた夢という状況だ。
当たり前といえば当たり前。人前でも気にせず口説けるくらいぞっこんの婚約者に嫌がらせを続け、さらに殺そうとした相手なのだ。そういう態度にもなる。悪いのはエミリーのほうだ。
こうなるのが分かっていて、今回、よくもまあ同じチームで課外授業に参加しようと思ったものだと思う。あまりの図々しさに、呆れるのを通り越して、感心する。自分には出来ない。厚顔無恥という言葉を地でいける自信はない。
ただ、本当にそうなのか。この女は実際のところ、どこまで関わってきたのか。多くは侯爵家のアントン、宰相の息子であるイーサンが動かなければ実行に移せなかったこと。エミリーだけだと男爵家の娘に過ぎない。聖女になれる資質を持っていても、権力はないのだ。
「……ちゃんと見ていてあげますから、早く体を洗ってください。私も忙しいので」
「あのね……貴方に見られていて、洗えるはずないでしょ?」
「自分が、きちんと見張っていてと言ったのではないですか?」
王子様には相手にされない。クリスティーナも分かりやすい壁を作っている。コルテス君も、これが意外で、この女の相手をするつもりはないようだ。クリスティーナ推しのコルテス君としても、エミリーを許せないのだろうか。
「それは魔獣が近づいてこないか見張っていてという意味」
「だから見張っています」
「その見た目で、どうしてこう変態なの?」
「見た目……見た目と変態に何の関係が? それに私は変態ではありません。貴女が見張れというから見張っているだけです」
エミリーは時々、意味不明なことを言う。変態は分かる。嫌がらせのつもりで、わざとやっているのだから、そう言われても仕方がない。でも、どうして見た目が関係するのか。変態の見た目には、何か固有のものがあるのか。
「……見張らなくて良い」
「そうですか。でも危険ですよ。水の中にも魔物がいるから、いきなり襲われるかもしれません」
「……わざとでしょ?」
その通り。わざとやっている。確認しなくても分かると思うけど。
「当たり前ではないですか? 貴女を困らせる為にやっていることです。それとも貴女の裸に興味があるとでも?」
「それは嘘だわ」
「……そういう誤解をされるのは不本意です。分かりました。何か起きたら教えてください」
嘘だと断言された。これは納得がいかない。本当に女性としてエロい目で見ていると思われるのは、イラっとする。嫌がらせはここまでにして、背中を向けることにした。
今回の課外授業はダンジョン探索。実際にはダンジョン、もしくは迷宮と呼べるような場所ではなく、ただの洞窟らしい。訓練用に作られた洞窟だ。それなりに魔獣がいるので、危険な真似をするものだと思っている。理屈では、普通の洞窟でも数が増えればダンジョンサチュレーションは起きるはずなのだ。
「……慣れているのね?」
「自分では女性の扱いに慣れているとは思いません」
背中を向けても話しかけてくる。嫌われていることが分かっていて、これが出来るのは、やっぱり少し感心する。自分が同じ立場であれば、相手と同じか、それ以上に無視するだろう。
だからといって、自分もこうなろうとは思わないけど。
「違うから。ダンジョン探索のことよ」
「ああ、以前、転移魔法で飛ばされて。その時の経験が活きているようです」
「ああ、あれは大変だったわね? 入口に近い場所に、あんなトラップがあるなんて誰も思わないものね?」
背中を向けていると表情が見えない。この台詞をどういう顔で口にしているのか。これを確かめたかった。惚けているに決まっている。敵中に一人で飛び込んでくるくらいだから、演技力にも自信があるのかもしれない。
「あの時は、結局、どこに飛ばされたの?」
「……だから今言った通り、ダンジョンです」
「そうだった……カイトには悪いけど、おかげで今回は助かった。今回の課題がダンジョン探索と聞いて、少し不安だったの」
「カイト……」
また呼び捨て。前回は自分が転生者であるか、元の世界で久住海斗という名前だった自分であるかを確かめる為だった。今回も同じか。まだ疑いは解けていないということだ。
「ごめんなさい。同じ名の幼馴染がいて」
「北部の出身ではないですよね?」
同じ名前の幼馴染がいる。今回はここからどう展開させるつもりなのか。すでに、呼び捨てされる前から警戒し続けている。少しくらい揺さぶられても反応することはない。
「ええ、違う。別の人。呼び慣れているから、つい呼び捨てしてしまっただけ」
これは明らかな嘘だ。自分を「カイト」なんて呼ぶ同級生はいなかった。「クズ」、「クズの身」、「ゴミ箱」、他にも色々呼び方はあったけど、「カイト」と呼ぶ生徒はいなかったはずだ。
「あのさ……私は聖女になると言われているの」
「知っています。まだそう呼ばれていないことも」
「そうだね。でも……もし、そう呼ばれる時が来たら、一緒に戦ってもらえないかな?」
「……誰を誘っているか分かっています? 私のランクはD。仮に貴女が聖女と呼ばれる存在になった場合でも、一緒に戦う資格はありません」
この女は何を考えているのだろう。もしかすると、この世界はやはりゲーム世界なのだろうか。この女はハーレムゲーム世界の主人公で、とにかく一人でも多くの男とやることを目指しているのだろうか。女性主人公で、そういうゲームあったかな。エロゲーは、興味は山ほどあったけど、空しくなりそうな気がして手を出していなかった。
「ランクは……私はランクはあまり意味のないものだと思い始めている。実際、カイト君は自分よりも上のランクの人に勝ったもの」
「ああ、相性もありますから。でも絶対的強者には相性なんて関係ないのでは? 聖女が戦う相手はそういう敵だと思います。私では秒で死ぬだけです」
「……そうか……そうだよね? 強いよね? なんたって魔王だもの」
聖女は勇者を支えて、魔王と戦う。彼女がもし、もしではなく、実際に聖女と呼ばれる存在になるのだろう。彼女は魔王と戦うのだ。そういう運命を、この世界にゲームストーリーなどなくても、聖女となる加護を与えられた時点で、彼女は背負ったのだ。
「それは、まあ、魔王ですから……もしかして……もしかしなくても怖いか」
「あっ……」
「誰だって怖いのではないですか? ウィリアム殿下は、自分の立場を考えて、絶対に認めないと思いますけど、王家の人間ではない貴女は無理する必要はないと思う。怖いものは怖いと言って良いと思う」
「……ありがとう」
聖女の役回りは彼女が求めたものではないのだろう。それはそうだ。自ら転生したわけではない。転生先を選べたわけでも、これは恐らくだけど、ない。彼女も強制的に転生させられ、聖女なんて役割を与えられて、この世界で生きることを押し付けられた身。ただの高校生だった女の子が、世界を救うなんて使命を背負わされたのだ。この点については同情する。
ただ彼女となれ合うつもりはない。なんとなく彼女が何者かは分かってきた。自分が何者かを知れば、こんな風に普通に話さないだろう。自分も、今の王子様たちのように口を利かない、どころか目も合わせない。そういう相手だ。
よりにもよって、どうして彼女なのか。どうして彼女とこんな風に話しているのか。虐められた恨みの強さを別にすれば、もっとも会いたくなかった相手が彼女だったのに。