
新年の賑わいも落ち着き、王立騎士養成学校は平常運転に戻った。入学して、もうすぐ一年という時期になって思ったのは、この世界の学校は結構、ハードということだ。夏休みがない。冬休みも大晦日から二日までの三日間しかなく、春休みも同じ三日らしい。長期休暇というものがないのだ。
そういう制度になっているのは、必修科目のようなものがないから。極端に言えば、強さが基準以上であれば進級出来るので、出席日数なんてどうでも良いのだ。自信がある学生は、休みたい時に休めば良いという考えだ。
一般学生にとってはそれで良いだろう。でも自分の場合は成績そのものが関係ない。三年間、学生の振りをしながら悪魔の襲撃などから学校を守ることが仕事。だから長期休暇があって欲しい。学生が皆、帰省して誰もいなくなれば、自分は仕事を忘れて遊んでいられるのに。という夢の生活は与えられない。それでもこれまでの仕事に比べれば楽で、時間に余裕があるのだから贅沢は言えない。
ということで授業。二回目の野外授業だ。自分にとっては二回目ということで、学校としては四回目。不在だった間に二回行われていたようだ。別に困ることはない。クリスティーナもサボったようだけど、彼女も気にしていないだろう。彼女の場合は、優秀だから。
第四回の野外授業は編成が変わった。全生徒、誰かの騎士候補になっているとかは関係なく、でのシャッフル。その結果は、この国には国王よりも権限を持つ人がいるのだろうかと思ってしまうような状況だ。
「カイトさん、いえ、もう仲間なのだからカイトで良いですよね?」
「いえ、カイト様でお願いします」
何故、この女が同じチームなのだろうか。偶然とは思えない。思えない理由は他の四人が、ある意味、いつものメンバーだから。王子様とクリスティーナ、そしてコルテス君だ。パトリオットだけが弾かれ、そこにエミリーが割り込んできた。
「……様はちょっと……じゃあ、カイト君」
「まさかと思いますけど、その調子でウィリアム殿下まで、君付けで呼ぶつもりではないですよね?」
「えっ……いやだ。そんなことしないわ」
こいつ、絶対にそのつもりだった。一国の王子を君付けで呼ぶ非常識。元は異世界人だとしても、この世界で十五、六年、貴族として育てられてきたはずなのに、どうしてこうなのだろう。
「でも、クリスティーナ様はクリスティーナさんと呼ばせてもらいたいわ。良いかしら」
「ああ、良いのではないですか? これまでの呼び捨てよりは、ちゃんとしています」
「カイト君、ちょっと黙っててもらえないかしら?」
俺は君付け確定なのか。許した覚えはないのだけど。どうでも良いけど、この女は何の目的で一緒にいるのだろう。また何かを企んでいるのは間違いない。
「私は……この間も話したけど、本当に仲直りがしたいの。カイト君ともクリスティーナさんとも……そうね。まずは謝らないとね」
クリスティーナとの関係修復。これは本気なのか。本気だとすれば何の為か。これは簡単だ。王子様の機嫌をこれ以上、損ねないため。一緒にいる時間が長くなったから分かる。王子様はこの女、彼女だけでなくアントンとイーサンとも話をしていない。顔を合わせることも、ほぼないはずだ。
「クリスティーナさん……その、ごめんなさい。本当に反省しています」
「それは何に対する謝罪なのかしら?」
「……色々と?」
クリスティーナは意外と厳しい態度を見せた。「ごめんなさい」で許せるようなことではないのは分かっている。でもなんとなく、許してしまうのではないかと思っていた。
「貴女の行った全てを私は知りませんわ。だから許すとは言えません」
「……ごめんなさい」
「今は学校の授業中。この話は止めましょう。それにそろそろ無駄口を叩いている場合ではなさそうだわ」
許す気はないようだ。この女がどこまで絡んでいるのかは自分も知らない。でも全てだとすれば、クリスティーナを殺そうとしたということ。そんな相手を許せるはずがない。いくらクリスティーナが<慈愛の神の加護>を与えられているとしても、
「コルテス、状況は?」
王子様は会話に加わらないまま、授業に集中。コルテス君に周囲の気配を探るように指示を出した。もしかすると口を利く気もないのかもしれない。クリスティーナにべたぼれの王子様だ。本人以上に怒っている可能性はある。
「前方に……三、いや、四体」
「戦闘態勢!」
王子様の指示で一斉に動き出す人々。学生としては五人だけど、全体としては三倍の数がいる。護衛騎士を十名も揃えているのだ。すでに二回、問題が起きている。三度目は許されないということなのだろうけど、ちょっと邪魔だ。
「……エミリーさん、前に」
「えっ? 私?」
「ウィリアム殿下が前衛に出ると面倒だから。私とエミリーさんで前に出ましょう」
王子様が最前線に出ると護衛騎士も前に出る。あくまでも護衛に徹するつもりだとしても、魔獣にそれが分かるはずがない。授業として成立しない。
「……分かったわ」
「殿下、代わります」
「……分かった。任せる」
王子様も分かってくれた。それはそうだろう。前衛に護衛騎士が六人も並べば、他の人たちは何もすることがなくなることくらい、分からないはずがない。分からないのは、それをする護衛騎士たちくらいだ。
「五頭です。二頭、任せて良いですか?」
「えっ、でもさっき、四……分かったわ。二頭ね……何が来るの?」
「魔獣です。熊かな? 魔熊種……残すのが一頭だけだと怒られるかな? 二頭にしよう」
現れたのは魔熊種の魔獣。それほど巨体には見えない。魔熊種の中でも下位の魔獣だろう。そうであれば、王子様とコルテス君に回すのは二頭でも余裕。三頭でも平気だろうけど、最初は慎重に。
「二頭ですから。それ以上は倒さずに後ろに任せるように」
「あっ、そういうことなのね」
「では……行きます」
「ちょっと!?」
まずは自分のノルマを果たすこと。そこからは状況に合わせて動くことにする。まず問題にはならない相手だけど、油断は良くない。見えた五頭で全てとは限らない。もっと強い魔獣が現れる可能性もある。
先行して、狙いを一頭に絞る。<獣速><立体跳躍>を使って、先頭の魔獣を躱し、その後ろにいた魔獣に斬りかかる。
「硬っ」
硬い手応え。一撃では倒しきれなかった。魔獣の反撃。振り下ろされた腕はかなり速い。でも、焦るほどではない。冷静に躱して、死角に回る。
「げっ!?」
だがそこに後続の魔獣からの攻撃。一撃で倒せなかったのが痛かった。敵に囲まれる前に移動。狙っていた魔獣に再び襲い掛かる。攻撃を躱しながら、間合いを詰めたところで、魔獣の目に剣を突き立てる。
「ギァアアアアッ!!」
魔獣の叫び声。すぐ目の前で叫ばれると耳が痛くなる。目の前だけでなく、背中からも魔獣の叫び声が聞こえた。
「さすが……あれは……魔法剣ってやつか」
硬い魔獣の体に、あっさりと刃を通すエミリー。単純な力の強さではなく、魔力の力。魔力で剣の切れ味が増しているのだ。
「俺も練習しようっと」
でも今は地味に普通の剣で魔獣を倒すしかない。さらにもう片方の目も潰し、ただ腕を振り回すだけの攻撃になったところで、止め。喉元から深々と剣を突き刺す。
別の魔獣の攻撃を躱して、前線を離脱。すぐにエミリーも追いかけてきた。速い。
「平気だと思うけど、何かあったら支援」
「了解」
残り二頭は王子様とコルテス君にお任せ。実際、苦戦するようなことになっても出番はないだろう。周囲の護衛騎士が動くはずだ。
「……意外と手強いのかしら?」
クリスティーナが話しかけてきた。
「これは授業ですから。学ばないと」
「そういうことなのね」
彼女は自分の戦い方を知っている。魔獣並みの動きで敵の攻撃を躱し、まず外さない近距離から魔法で攻撃。これが、ワンパターンと言われようが、自分の戦い方。
でも今回は、出来るだけ、魔法を使わないつもりだ。エミリーが見ている前で本気の戦いを見せたくないというだけでなく、剣での戦いをもっと鍛えたいという思いがあってのことだ。これは授業。学びがないと意味がない。