
王立騎士養成学校の新年祝賀会。ここでもアントンたちは仕掛けてきた。この執念はどこから生まれるのだろう。ここまでとなると怒りを通り越して、恐怖さえ感じる。
王立騎士養成学校の学生たちによって、クリスティーナの新年祝賀会への参加反対の署名が学校側に提出された。腹立たしいだけなので、具体的な署名の数は聞いていない。だが、それなりの数になっているようだ。学校側が動かざるを得ない状況に持っていったのだから、それが出来る数になっているということだ。
参加反対の理由は全て馬鹿馬鹿しいもの。これまでずっとクリスティーナが否定し、結果、事実だと証明されたものがひとつもない理由だ。こんなものに署名した学生に怒りを覚える。このような者たちが王国騎士団を、貴族家の騎士団の将来を担うのかと思うと、目の前が真っ暗になる。
クリスティーナの参加を認めないというのであれば、私も欠席する。こう主張したが、これは認められなかった。王家の人間が個人の感情で、職務を放り出すべきではないという、こじつけによって。王立騎士養成学校では私は一学生。王家としての職務などないのだ。
こうして新年祝賀会に参加していることに何の意味があるのか。王家の一員として果たす義務もないこのイベントで、煮えくり返る思いを隠して笑みを浮かべている必要性は感じない。不機嫌さを隠すことなく、会場の隅に立ち、時間が過ぎていくのを待つだけだ。
「……ウィリアム。せめて一曲くらいは踊ったらどうだ?」
アントンは良くもまあ、こんなことを言ってこられるものだと思う。そうしたくなくなる原因は誰が作ったのか。それを私が気付かないと思っているのだろうか。
「そうですよ。ウィリアムがそのようでは周囲も気を使います」
この口も同じ。イーサンも関わっていることは明らかなのだ。これまでは二人とも思い込みが激しすぎて、少しおかしくなっているのだと思っていた。エミリーに騙されている可能性も考えた。だが、そうではない。彼らは彼らの意思で、冷静に、クリスティーナを攻撃している。
クリスティーナの敵は私の敵だ。
「ウィリアム。聞いているのか?」
「…………」
口を開く気にもならない。こういう者が将来、ウォーリック侯爵家の当主となる。もう一人は宰相になってしまうかもしれない。そうだとすれば兄上は、信頼出来る臣下を見出し、その者たちに権限を与えるべきだ。こんな者たちを国政に関わらせてはならない。
「ああ、ここにいらっしゃいましたか」
「カイト……どうした?」
会場にカイトが姿を現した。彼はてっきりクリスティーナと一緒にいるものだと思っていた。辛い思いをしている彼女を慰めてくれていると考えていた。
「お迎えにあがりました。ここは、もう良いですよね?」
「迎え……構わないが」
「「ウィリアム!」」
会場から去る口実が出来た。カイトが何を考えているか分からないが、この場所にずっと留まっているより酷いことはないはずだ。クリスティーナが待っている可能性もあると思えば、付いて行かないという選択はない。
「では、行きましょうか?」
「ちょっと待て! ウィリアムをどこに連れて行くつもりだ!?」
「それを説明する義務はないと思いますけど?」
アントンが文句を言って来ても、いつものことだが、カイトはまったく動じない。
「それともウィリアム殿下の行動を制限する権限をお持ちなのですか? ちょっと想像出来ない権限ですけど」
「それは……」
ただ言い方は少し工夫しているようだ。この問いを投げかけられるとアントンは邪魔しづらくなる。カイトではなく、私に向かって文句を言うことになる。仮に文句を言って来ても、従うつもりなどないが。
歩く足を緩めることなく、そのままカイトの先導で会場を出る。
「……どこに行くのだ?」
廊下を少し歩いたところで、行先を尋ねた。
「場所としては訓練場です。そこでも新年祝賀会を行っています。後で何か言われても別会場の会に参加していたと言えますね」
「別会場……ああ、平民の学生たちか?」
先ほどまで参加していた新年祝賀会の参加者は皆、貴族の学生。会の中身はいわゆる舞踏会だ。踊れない、ドレスも用意出来ない平民の学生は参加しない。参加出来ない会を開いているのだ。
「そうです。クリスティーナ様もいますので」
「クリスティーナが平民の学生たちと?」
「私がお誘いしました。部屋で塞ぎこんでいるよりは、かなりマシだと思いましたので。それに私を誘ってくれた人たちも喜ぶので」
パトリオットの騎士候補として勧誘する為に、平民の学生たちとの交流を深めていることは聞いていた。かなり難しい状況であることも。
だが、彼らの新年祝賀会に誘われるくらいの関係性は築けている。カイトも本当は平民だから、というだけではないのだろう。彼は学校内では貴族の学生として振舞っているのだ。
訓練場に近づくと賑やかな音が聞こえてきた。当たり前なのだろうが、かなり違った新年祝賀会になっているようだ。
「はい。到着です」
「これは……賑やかだな?」
軽快な音楽に合わせて踊っている学生たち。私の知るダンスとはまったく違うものだ。料理もそう。数えるほどしか見たことはないが、たしか露店と呼ばれる料理を振舞う店が、いくつもあるようだ。
「今年は特別です。パトリオット様が学校側に交渉して予算を確保しましたので、料理も豪華。殿下のお口に合うかは分かりませんけど」
「そうか……その……クリスティーナは?」
「ああ、えっと……あっ、あそこで踊っています」
「踊って?」
クリスティーナはこの音楽で踊れるのか。誰と踊っているのか。驚きと不満が同時に心に湧く。私を差し置いてダンスを、などというクリスティーナにとっては理不尽で、愚かな思いが湧いてきてしまう。
視線の先には確かにクリスティーナがいた。満面に笑みを浮かべて、楽しそうに踊っている彼女が。
「踊りには苦戦しているみたいです。でも楽しそうではないですか?」
「……そうだな。あんな笑顔を見たのはいつ以来だろう? いや、初めてかもしれないな」
「それは良かった。殿下に見て頂きたかったので。クリスティーナ様は笑っていると知って頂きたかった」
「カイト……ありがとう」
嫌がらせに落ち込むことなく、クリスティーナは笑っている。落ち込んではいたのだろう。だが、ここに誘われ、踊りを楽しみ、笑えるようになったのだ。カイトのおかげで。
「殿下もどうぞ」
「わ、私もあれを?」
「いや、クリスティーナ様が踊って、殿下が踊らないはないというのはどうでしょう? ご一緒にと言いたいところですけど、いきなりは無理かもしれないので‥‥…リンリンさん! ちょっと良いですか!?」
カイトに呼ばれて近づいてきた女性。王立騎士養成学校の学生ではないように見える。良く見れば、女性が割といる。学生以外も参加しているのだと分かった。
「どうしたの? この人は?」
「ウィリアム第二王子。こういう踊りは初めてだからリンリンさんに教えてもらおうと思って」
「…………」
明らかに固まっている。自分で言うのもあれだが、それはそうだろう。私はこの国の王子。王立騎士養成学校の学生でもない平民の女性では、この距離で会うことなど、一生なかったはずの存在だ。
「あれ? どうしました?」
「どうしましたって……カイトくんは馬鹿なの? どうして私なんかが王子様の相手を出来るのよ?」
カイトの耳を引っ張って口を寄せて話しているリンリンと呼ばれた女性。声をひそめているつもりなのだろうが、全て聞こえている。地声が大きいのだろうか。
「殿下!?」
「嘘だろ!?」
「カイト! お前、誰を連れてきた!?」
周囲の者たちにも私の存在が気付かれた。皆が一斉に跪いてしまう。音楽も鳴りやんでしまった。会の雰囲気を壊してしまった。こういう時、自分の肩書が煩わしくなる。
「リンリンさんのせいですよ。気が付いたら踊っていた状態を狙っていたのに」
「私のせいではないでしょ? ていうか、どうするのよ?」
「そうですね……こういう時はやはりクリスティーナ様ですか。殿下、クリスティーナ様と踊りを。リンリンさんにもサポートしてもらいますので大丈夫です」
クリスティーナを誘う。そのクリスティーナはこちらに向かって歩いてきている。皆が動けなくなってしまったので、なんとかしようというところだろう。そうであれば、私も動かないわけにはいかない。
「殿下、どうして……もしかしてカイトが?」
「クリスティーナ。君に会いたくて来てしまった」
確かにカイトに誘われてきた。だが、クリスティーナがいると思ったから誘いに乗ったのだ。彼女に会えれば、鬱々としていた気持ちが晴れると思って。実際に晴れた。彼女の笑顔が私の心を明るくしてくれた。
「あ、あの、それは……」
「楽しそうな宴だ。出来れば私も楽しみたい。協力してくれるだろうか?」
どうせなら、もっと楽しくなりたい。これまで経験出来なかったことを、彼女と二人で経験したい。
「……喜んで」
私の手をクリスティーナはとってくれた。舞踏会のような振る舞いで前に進み出るが、はたして踊れるのだろうか。
「音楽を鳴らせ! ぼうっと立っていないで皆、踊れ! ウィリアム第二王子のご命令だ! 今日は無礼講! 思う存分、祭りを楽しめ!!」
「「「「うぉおおおおっ!!」」」
カイトの掛け声で会場はまた賑やかさを取り戻した。軽快な音楽。私とクリスティーナを気にしながらも踊り始める者たち。やがて笑顔が広がった。慣れない、というか、まったく分からない踊り。周囲の真似をして、なんとか踊ろうとするが、なかなか上手く行かない。
それはクリスティーナも同じ。ぎこちなく二人で踊ることになった。二人揃って上手く出来ない。なのに何故かそれが楽しい。不格好な姿を笑われても、恥ずかしくはあるが、楽しい。飾らないクリスティーナを見て、飾れない自分を見られるのが、たまらなく楽しかった。生まれて初めての感覚だった。
ちなみに、パトリオットもいたことに気が付いたのは、かなり宴を楽しんだ後だった。