
王都に帰還した。たった一人での帰還だ。同期たちとは現地で別れた。退魔兵団の本拠地に戻るには、現地からのほうが近いからだ。彼らには本来の仕事には関係がないことに付き合ってもらった。奴らが強引に付いてきたので自分のせいではないけれど、それでクズ中年オヤジ共に怒られるのは可哀そう。直接帰還すれば、王都から帰還するのと日数に大きな差は出ないはず。誤魔化せるはずなのだ。
一人になってから何度かこのまま逃げ出そうかと思った。現地で過ごした数日が、割と快適だったのだ。
現地では転移魔法を何度も実際に試してみた。細かいところは、相変わらず解析出来ていないけど、座標さえ変えれば、一方通行だけど、転移が成功することが分かった。一方通行でも、二セット用意しておけば、往復出来る。不都合はない。転移先に魔法陣を用意しておくのは、それも誰にも見つからないように隠しておくのは、中々難しいと思うので、今は使い道は考えていない。それでも魔法の実験をしているだけで楽しかった。
新しいスキルの練習もした。<立体跳躍>とはどういうスキルなのか。<立体軌道>との違いを考えていたが、意外な相手がそれを教えてくれた。町を襲おうとしていた魔獣だ。<立体跳躍>は<立体軌道>とは異なり、足場を必要としない。正しくは足場を魔力で作れる。空中を跳ね回ることが出来る。
「やった! 空を飛べるのと同じだ!」と浮かれたが、これは間違いだった。空中での跳躍は一歩しか出来ない。方向展開に使えるか、より高く跳べるくらいだ。ただ魔獣はもっと跳べていた。レベルの問題ではないかと考えている。スキルがレベルアップすれば、歩数は増やせると。
ただ何度試してもレベルアップしてくれない。かなりハードルが高そうだ。跳躍だけに……これはなしで。
魔法やスキルの研究。自分はこれが好きなのだと、改めて思った。これだけを行って生きていきたいとも思った。それで逃げ出そうかと思った。でも止めた。あの同期たちから逃げ切れるとは思えない。無影なんて、気付いたら縛られて動けなくなってしまうかもしれない。自分の同期は優秀過ぎるのだ。
ということで、大人しく王都に帰還した。
「えっと……もう一度、説明してもらえますか?」
到着してすぐに、また王子様に捕まった。この人は自分を何だと思っているのだろう……臣下か。
「クリスティーナの悪い噂が広まっている。君と、その、関係を……」
「それが男女の関係のことを言っているのであれば、ないです。絶対にありません。というかそれを俺に伝えて、どうしろと?」
王子様の考えが良く分からない。噂されている当事者にこれを伝えてどうするつもりなのだ。
「それは……どうにかならないかと……」
「……まさかと思いますけど、疑っています? やましいことがあるなら白状しろなんて思っています?」
「それはない! 二人のことはまったく疑っていない。クリスティーナにもはっきりと伝えた」
「伝えた……どう?」
もう一人の当事者にも伝えていたようだ。ただ、どう伝えたのか気になる。この王子様は、ある部分で、コミュニケーション能力が乏しいのではないかと疑っているのだ。
「どうって……カイトとの関係を私は疑っていないと」
「……恋愛経験がほぼ皆無の俺ですが、それって疑っている人の言葉ではありませんか?」
あえてそれを言葉で伝える。それは違うのではないだろうかと思った。「僕は君を信じている」なんて言われたら、自分だったら、「ああ、疑っているな、こいつ」と思う。担任にもこういう奴がいた、確か、「僕は君を信じている。だから何でも話してくれ」なんて言ってきた。翻訳すると「君が犯人なのだろ? 隠していないで、さっさと白状しろ」だ。
「それは私も思った。だが疑っていると思われたくないから、はっきりと伝えようと思ったのだ」
「そうだとしても、言葉にする……まあ、正解を知りませんから、別に良いですけど。それで……何でした? 俺は何を?」
「噂を消せないかと」
「それは、もう二度と彼女に近づくなと言っているのですか?」
相談する相手を間違っていると思う。ただ相談ではなく、これを伝えたかったのであれば分かる。結局、疑っているということになる。
「違う……というか、どうしてそういう捻くれた考えしか生まれないのだ?」
「性格が捻くれていますので」
余計なお世話だ。どうして王子様にこんな言われ方をしなければならない。自分がどれだけ人間が腐っていても、王子様には関係ない。
「……真面目な話だ。噂を消す為に協力してくれ」
「クリスティーナ様に近づくな、ではないということでしたら、俺に出来ることはありません。問題は殿下とクリスティーナ様にあるのですから」
協力を求められても自分に出来ることはない。食堂で大声で「あれは嘘です!」と叫べなんて馬鹿なことを思っているのでなければ。万一そうであっても拒否させてもらう。いくら王子様の命令であっても出来ないことがある。
「私とクリスティーナに?」
「そんな噂は根も葉もないデタラメだと周囲に思わせるくらい、仲良くしていれば良いのではありませんか?」
「それは……クリスティーナの協力が必要だな」
「あの……周囲が恥ずかしくなるくらい仲良くしろと言っているわけではありません。普通に、なんというか、とにかく普通にしていればそれで良いはずですけど……」
いきなり皆の前でイチャイチャし始めたら、それはそれで疑われる。自分との仲ではなく、王子様はおかしくなってしまったのではないかと。それにかなりの確率で、クリスティーナに嫌がられる。彼女はそういうことを喜ぶタイプには思えない。
「普通で噂は消えるのだろうか?」
「この手の話を喜ぶ人はいるでしょうから、少し時間はかかるかもしれない。ですが、嘘を気にしてどうするのですか? 何かと話題にされるお二人なのですから、いちいち反応していては疲れてしまいます」
「確かに……それもそうだ」
「では、そういうことで」
この王子様は、きっとクリスティーナのことが本当に好きなのだ。彼女のことになると、途端に情けなくなるのはそういうことだろう。だったら尚更、普通にしていれば良い。本気であることは、見ているだけで分かるものだ。自分の勝手な想像でしかないけど。
「……カイト、今回は、今の話ではなく、クリスティーナの冤罪の件は、本当に感謝している」
「自分は何もしていません。現地の領主が真面目な人だったのでしょう。御礼をするならその人に」
まず最初にこれがあるべき。とは思わない。どうでも良いことだ。どうでも良いのではなく、無用なことだ。自分は何もしていない。現地にもいなかった。こういうことにしているのだ。
「そうか……でも……これからもクリスティーナを支えて欲しい」
「……その約束が出来ないことは、すでにご承知だと思っていました」
王子様は自分が退魔兵団であることを知っている。パトリオットの騎士にはなれないことを。成り行きでパトリオットの騎士候補見習いとなり、なんとなくクリスティーナの為にも働いているが、自分にとってそれは最優先事項ではない。本来の仕事を優先せざるを得ない事態になれば、そうする。
「卒業までだ。卒業すれば、すぐに私はクリスティーナと結婚する」
「……分かりました、と今はお答えしておきます」
卒業までという約束も出来ない。それまで今の仕事をやり遂げるか分からない。別の仕事に移る可能性は、当たり前にある。約束なんて意味はない。自分はそれを知っている。