
ダンジョンを盗掘から守る立場の駐留騎士団が盗掘を行っていた。王国騎士団にとって、大きな不祥事が明らかになった。王国騎士団だけではなく、王国の信用も傷つける事件。王国騎士団と王国の官僚たちは対応に追われている。
どうしてこのようなことになってしまったのか。これが私の本音だ。藪をつついて蛇を出す。このことわざ通りの事態であることを私は知っている。止めるべきだったのか。これを考えても今更だ。その時はこのような結果になると思ってもいなかった。それに。
「……この訴えが事実であるか、きちんと調べる必要がございます」
止めても止まらなかっただろう。この期に及んで悪あがきをしようという相手なのだ。
「宰相。これ以上、何を調べるというのだ? 自供もある。それも一人、二人の自供ではない」
「強制されたものである可能性があります」
「王国貴族が王国騎士団を嵌めようとしているというのか? それも領地を守ってもらっている立場の領主が」
あり得ないことだ。何かの理由で関係が悪化して、このような訴えを起こした。これはあるかもしれない。実際、不正を行った駐留騎士団のせいで、領地である町が魔物の大群に襲われた。恨んでいるだろう。だが、これはそれが事実だからだ。虚偽の訴えを起こして、領主に何の得があるというのか。ダンジョンが近くにある限り、王国騎士団の助けを必要するのだ。
「……可能性は完全に否定出来るものではありません」
「完全など、この世にはない。それでも虚偽であることを主張するというのであれば勝手にしろ、と言いたいところだが……証明出来るのか?」
虚偽であることを証明出来なければ、王国は王国騎士団を守る為に真実を捻じ曲げようとしたということになる。さらに信用を失う。宰相にはこれが分かっているのか。
「証明してみせます」
どうしてここまで頑ななのか。その理由が分からない。理由は知っている。だがここまで無理するほどの理由ではないはずなのだ。
「その結果、王国騎士団と貴族の間の溝が深まることになってもか?」
「それは……」
優秀な騎士候補の取り合いが長く続き、王国騎士団と貴族家の間には対立感情が生まれている。今はまだ大きな問題になるほどではない。だが。何かのきっかけで王国騎士団への反感が強まったら、貴族がひとつにまとまって反発するような事態になったら。
この件がそのきっかけにならないという保証はない。
「宰相は何を焦っているのだ? 勇者と聖女が結ばれてこそ、王国の繁栄がある。これは分かる。私も同意だ。だが、やり方があまりに強引過ぎる」
ウィリアムとクリスティーナの婚約を解消させ、聖女を新たな婚約者に、妃にする。これは分かる。国民感情もこれを支持するだろう。だが、やり方が酷すぎる。クリスティーナに罪を着せ、それで婚約破棄に持ち込むなんて方法は、ほぼ犯罪だ。
「ウイリアム殿下が頑ななのです。国と民のことを思えば、正しい選択は何か分かるはず。なのに殿下はこれを考えようとなさりません」
「だからといって……まさかと思うが、企んだのはクリスティーナの暗殺か?」
「まさか。さすがにそこまでのことは致しません。ダンジョンの罠にかかった事実を利用したまで」
本当だろうか。本当にクリスティーナはたまたまダンジョンの罠にはまってしまったのだろうか。その罠も宰相が仕掛けたものではないのか。それではただの殺人犯。結果、クリスティーナは助かったが、それでも殺人未遂だ。
「その言葉信じよう。ただ、アッシュビー公爵家が、どこで耳にしたものか、文句を言ってきている。王子の妃となる女性を罪に落とそうという企みはあってはならないものだと」
追及は止めた。ここで「実はそうです」などと認められても困る。更なる不祥事が露わになってしまう。
「言わせておけば良いではありませんか」
「アッシュビー公爵家に同情する者が増えてもかまわないと?」
「そのような事実はありません」
、やはり、この件になると宰相の視野は狭くなる。状況を正しく把握出来ていない。これで策略を進めようというのが間違いなのだ。
「まだ王立騎士養成学校の中での評判だ。私が耳にした限り、宰相とウォーリック侯の息子の評判はかなり悪い。あそこでは貴族家の者も多く学んでいる。学校での評判は親の耳にも届いているだろう」
それと比例してクリスティーナへの同情の声が大きくなっている。二人の横暴に正面から立ち向かうクリスティーナの強さは、同情ではなく賞賛を集める結果になっている。同情だけでは人は集まらない。負け組に乗ることなどせず、遠くから眺めているだけだ。だが賞賛もあるとなると話は変わる。明確にクリスティーナを支持する者が増えるかもしれない。
「……申し訳ございません。人を貶める為でなく、人の信頼を集めることに頭を使えと、いつも言っているのですが」
宰相と王国貴族で最も力を持つウォーリック侯爵家の跡継ぎが二人とも問題児。頭の痛い話だ。父親を超える逸材などという話もあったが、どうやら作り話だったようだ。出来の悪い息子であることを隠すため、宰相とウォーリック候がそれぞれ動いたのであろうことは想像できる。
「反省がないようであれば退学させたらどうだ? 元々必要のない学校だ」
宰相職を継がせたいのであれば、王立騎士養成学校で学ぶ必要はない。宰相に自ら戦う力まど求めていない。このまま評判を落とし続けるよりは、いっそのこと退学してしまったほうが良い。
「……ウィリアム殿下のお力になる為ですので」
「英雄と称えられることを望むか」
「英雄と称えられるのはウィリアム殿下です。我が息子はそれを支える立場です」
はたしてそうだろうか。宰相として国を支えることと何が違うのか。王位継承権第一位である第一王子のアーサーではなく、ウィリアムに近づこうとするのはどうしてなのか。
「それに、ウィリアム殿下のお考えを変えていただくのにイーサンはお側にいる必要があります」
「今のところ、逆効果としか思えないがな」
「……勇者と聖女の二人が揃ってこそ、他国はミネラウヴァ王国の価値を認めるのです。それがなくては我が国は他国から捨て石にされてしまうかもしれません。これを殿下にも良く理解してもらわねばなりません」
宰相の言う通りなのだ。我が国を守る必要性を他国に分からせないと、カンバリア魔王国との戦いが始まった時に見捨てられる可能性がある。魔王国と真っ先に衝突するのは、国境を接している我が国だ。我が国に時間稼ぎを求めるのではなく、支えなければならないと思わせなければならない。そうでないと他国の救援は期待出来ない。
その為には、魔王と対抗しうる戦力である勇者と聖女の存在は役に立つ。勇者と聖女を死なせてはならないと他国に思わせることで、我が国も守られるのだ。
一度他国に生まれた我が国への不信感は、簡単には消えない。過去の国王を恨みたくなる。
「……その件は私からウイリアムに話しておく。宰相も息子の手綱をしっかりと握っておけ」
「御意」
国王と宰相の二人で、言うことを聞かない子供について話している。なんとも情けないものだ。子供を思うように動かせなくて、一国の政治を動かせるのか。考えても意味のないことが頭に浮かんでしまう。
勇者がこの世界に生まれた。しかもそれは自分の息子。初めて知った時から複雑な思いだった。これは罰なのか。これも考えるべきではないことだ。