
魔族の犯罪組織。意外にも、その存在はこれまで確認されていない。数人で群れている魔族の犯罪者はこれまでもいた。だが、それは組織と呼べるようなものではない。ただの共犯者だ。種族を超えて魔族を統べることが出来るのは魔王という絶対的な強者のみ。それだけの力を持つから魔王と呼ばれるのだ。
はたして今回の誘拐事件には、どれほどの魔族が関わっているのか。調査が進むにつれて恐怖は安堵に変わった。アジトらしき場所に出入りする魔族は、それほど多くないと分かったのだ。
もちろん、全ての関係者を洗い出せたという保証はない。アジトにずっと籠っている仲間がいる可能性もある。また数が少ないというだけで個の実力が跳び抜けている可能性もある。安堵は、最初に想像していたよりはマシ、という意味での安堵だ。
誘拐犯の討伐には、勇者ギルドのパーティーが複数、動員された。その中にはポラリスもいる。ハイランド王国支店で、素行不良は無視すれば、実力を認められているパーティー。当然のアサインではある。別の依頼で魔族と戦った経験があるという点も評価されてのことだ。
「確認出来ている魔族の数は四人だ。当然、それよりも多い可能性はある」
「こちらは三パーティー、十五人。楽な戦いとは言えないわね?」
いつも自信満々なカテリナも、魔族相手の戦いということで、いつものようではいられない。敵が想定通りの四人だとしても、どれかひとつのパーティーは二人の魔族を相手にしなければならなくなる。それがポラリスになる可能性だってあるのだ。実力不足のパーティーがいて、一人の魔族も倒せない可能性だって否定出来ない。
「突入部隊が十五人ということだ。それ以外にも動員されている。まあ、そうであっても厳しいのは変わらないか」
後詰めはいる。だがその救援が間に合うかは分からない。外からでは建物の中の様子は分からない。救援を求められないうちに、やられてしまう可能性をフェザントは考えている。
「それでもやるしかない。大きな事件だ。ここで結果を出せば、また一歩、Sランクに近づける」
セーヴィングは、不安がないわけではないが、やる気満々。今回の依頼は複数パーティーでの合同作戦。それもフェザントの話では、三パーティーを超える数だ。これだけの規模の依頼はそうあるものではない。勇者ギルドも注目しているはずで、結果を出せば、評価がかなり高まるのは間違いない。
「まずは生きて帰ることだ。無茶はするな」
「分かっている」
死んでしまってはどれだけ活躍しても意味はない。フェザントに言われなくても、セーヴィングは分かっている。パーティー全体でSランクになることがどれほど困難か。ハイランド王国支店にSランクパーティーが存在しないことがそれを示している。セーヴィング自身もパーティー解散を経験している。
「生きて、結果を出して、帰ってくるわ」
「……意気込みは否定しない。動くぞ」
他のパーティーはすでに動き出している。三方向からの同時突撃。タイミングを合わせないと中にいる敵を分散出来ない。遅れるわけにはいかない。
セーヴィングとカテリナを先頭に動き出すポラリスのメンバー。攻撃重視の陣形だ。最後方のミレットはすでに詠唱を始めている。敵を攻撃する為ではない。扉を吹き飛ばすつもりだ。
ミレットの攻撃魔法がカテリナとセーヴィングを追い越していく。扉に激突。それと合わせて、カテリナとセーヴィングも魔法を放つ。それなりに頑丈そうな扉がそれで粉砕された。
「行くわよ!」
駆ける足を緩めることなく、建物の中に飛び込んでいくカテリナ。セーヴィングもすぐ後に続く。
「急ぎ過ぎるなよ!」
フェザント、ピジョン、ミレットも二人に遅れないように建物の中に駆け込んでいく。先行する二人を孤立させるわけにはいかないのだ。
「左右の扉を確認しろ!」
不意打ちを警戒し、二人一組で左右の扉を開けていく。ミレットはいつでも魔法を放てるような体勢をとって廊下で待機、待機といっても油断は出来ない。いつ敵が現れてもおかしくないのだ。
「前へ進むわ!」
ひとつひとつ部屋の中を確認しながら奥に進んでいく。この作戦の為に訓練してきた動きだ。砦などではなく、町中に建っている建物の中での戦闘を、これまで経験してこなかった。これはポラリスだけではない。多くの勇者候補がそうだ。
「階段だ!」
セーヴィングが地下に続く階段を発見した。
「どうする?」
「行くしかないでしょ?」
地下室なんて、いかにもという感じ。それは危険であることも意味する。
「私が前を進む。フォローを頼む」
「分かったわ」
セーヴィングが先に階段を下りていく。カテリナはその後ろ。後方から魔法での攻撃を行うつもりだ。さらにピジョンが続き、その次はミレット。最後尾はフェザントの担当だ。後方からの不意打ちを防ぐ役目だ。
警戒しながら階段を下りていく、地下室に出て、すぐのところで、セーヴィングが足を止めた。
「……どうしたの? 何かあった」
「見るな」
「えっ、何があるの?」
「見るな、カテリナ!」
後ろから除き込もうとするカテリナを制止しようとするセーヴィング。だが、言葉だけでは止まらないのがカテリナだ。
「……そ、そんな……酷い……」
目に入ったのは無残な光景。鉄格子がはめられた牢の中には、多くの人がいた。全裸で鎖につながれた女性たちだ。そのほとんどは手か足か、両方がない。生きている人がいるとは思えない。
「これは……」
「なんと……?」
ピジョンもフェザントもその光景を見て、絶句している。
「これが魔族のやり方ですか……許せませんね」
ミレットは怒りに震える声で、魔族の所業を非難した。
「そうね……許せないわ。絶対にこの人たちの無念を晴らしてみせる」
「ここにはいないということは、上だ。他のパーティーが心配だ。急いで戻ろう」
地下室に魔族がいる様子はない。牢の他に部屋もない。この残忍な行いをした魔族は上にいる。二つのパーティーがその相手をしているはずだ。
この場所でもたもたしている時間はない。急ぎ戻って、魔族を討たなければならない。絶対に逃がすわけにはいかない。裁きを与えなければならない。
強い怒りを燃え上がらせポラリスのメンバーたちは駆けだしていった。
◆◆◆
作戦は建物の三方向からの同時突入。それでは一方が空いている。その方向から敵が逃げてしまうかもしれない。こんなことは、当たり前に考えられている。一方を空けたのは、わざとだ。追い詰め過ぎて、思わぬ反撃を食らわないため、というのが理由のひとつ。もう一つは建物の外に出てくれば、敵戦力の把握が出来る。その上で待機させている勇者候補に攻撃させるか、一部を見逃すかを決めることが出来る。こう考えての作戦だ。
その待機組はホープ、そして戻ったばかりのブレイブハートも任されていた。
「……おかしいですね?」
「何のことだ?」
「建物から逃げ出してきた男。人族だと思います」
建物から出てきた男。ミラは人族だと判断した。
「逃げ出してきたのか?」
「捕らわれていたにしては、綺麗な服装です。それに焦っている様子がまったくない」
「ミラ……お前、目が良いな?」
実際にミラは目が良い。それが戦いに役立っている。離れたところで戦っているアークの様子、敵の様子を正確に把握し、魔法を選択出来るのは、この視力のおかげだ。
「じゃあ、俺が確かめに行ってきます」
「どうして、お前が?」
「はっ? 当たり前でしょ? この次、逃げてくるのは魔族かもしれない。それを討つのはホープさんの役目です」
Sランク勇者候補であるホープが、より強いであろう敵の相手をするのは当たり前。アークの言い分は正しい。
「弟子である、お前のほうが楽をすることになる。おかしいだろ?」
ホープの考えの基準がおかしいのだ。
「俺、いつ弟子になりました? 仮にそうであっても今はギルドの依頼遂行中。師弟関係を持ち出すべきではありません」
「はあ、理屈っぽいやつだ」
「そういう問題ではなくて……逃げられると困るので、もう行きます」
アークたちが待機していたのは、標的となる建物を見下ろせる場所。より高い建物の屋根の上だ。そこから隣の建物に飛び移り、さらに下に飛び降りていくアーク。
「躊躇いなし。アークのやつ、人族止めたのか?」
「ホープさんだって同じでしょ?」
屋根から飛び降りるくらい、ホープだって当たり前にやるはず。怪我をする心配などするはずがない。実力ではアークよりホープのほうが上なのだ。
「そうだけど、ミラの魔法なしだ」
ホープが驚いたのはミラの強化魔法なしでアークがそれを行ったからだ。魔法が使えないはずのアークが強化魔法なしでも屋根から飛び降りることを躊躇わなった。素の状態でも怪我をしないという確信があるということだ。
「かなり鍛えられたので」
「誰に?」
自分を差し置いて誰がアークを鍛えたのか。指導なんて、きちんとしていないくせにホープは本気で彼の師匠のつもりなのだ。
「特別自治区の人たちに」
「……何を?」
特別自治区の人たちが魔族であることは、教えられなくても知っている。魔族からアークは何を学んだのか。それがホープは気になった。
「主に魔力の使い方です。使い方を教わったと言っても、死にたくなければ魔力で体を守れ的な?」
「なるほど。俺好みの鍛え方だ。許そう」
「許すって、何を……?」
と言ったものの、なんとなく意味は分かる。理屈ではなく本能で、体系など関係なく、ただただスパルタでの指導。ホープもそういうやり方になるであることは想像できる。実際、ホープと一緒の依頼では、ほぼ丸投げされているのだ。
「あの野郎、また強くなったのか」
「近々、さらに強くなる予定です」
「予定って、何だよ?」
「戻る途中、エルギン王国で剣術の稽古をする機会があって、そこでまた何か掴んだみたいです」
エルギン王国での鍛錬は、とても為になった。新しい剣術を知り、その特徴を理解し、自分の剣に応用できる手応えを掴んだ。実際は、ミラが言うように「近々」というわけにはいかない。新たな技や型を取り込み、自分の物にするには辛抱強く、地味とも思える鍛錬を繰り返し続けなければならない。それは「近々」なんて言ったミラも分かっている。ホープを焦らせようと考えただけだ。
「その調子で全国を回れば、いつか剣聖の称号も手に入れられるかもしれないな」
魔法の才能はない。だが剣に関してはアークは天才だとホープは考えている。これは勇者ギルドの指導員、ドレイクの評価からの考えだ。魔法での強化はなしで剣の技だけで戦えば、それこそドレイクは剣聖と呼ばれてもおかしくない実力。その彼がアークの才能を認めているのだ。
「珍しく、べた褒め」
「かもしれない、だ! さて、俺も行くからな。魔族が逃げてきた」
また一人、建物から飛び出して来た。今度は魔族で間違いない。外見が明らかに人族とは違っている。
「あの姿で町中で活動を?」
「……確かにおかしいな。一撃で殺さないで、知っていることを白状させよう。じゃあ、言ってくる」
結果、ホープも屋根の上から飛び降りていった。
「魔族を一撃……ホープさんこそ、とっくに人族を止めているのでは?」
Sランク勇者候補という存在は、前から知っていたが、普通ではないのだ。普通の人から見れば化物と同じ。魔族と変わらない存在。人族もそこまで強くなれる。ごく限られた特別な何かを持つ人族だけだとしても。