
魔物の脅威は去った。それは喜ぶべきことだ。だが新たな恐怖が私の心に広がっている。本来は。このような思いを抱くべきではない。彼らには感謝しなければならない。我々を、町を救ってくれたのは彼らなのだ。
私の正面に立つ黒髪の男。灰色の瞳のせいか、感情が読みづらい。この彼が彼らのリーダー。そう教えられたわけではないが、少なくとも交渉役は彼のようだ。他の者たちが、なんとなく、一歩下がっているように見えるのも、彼がリーダーだと思う理由だ。
カイト=メル。彼の名は知っていた。会うことは出来なかったが、クリスティーナ様と共に牢に入れてしまった王立騎士養成学校の学生だ。謝罪を伝えようとしたが、それは拒否された。無実が明らかになってすぐ、彼は領地から消えた。正に消えたという状況だったと家臣が報告してきた。
本当に彼は無実だったのか。今となっては疑ってしまう。逃げたはずの彼がここにいる。どうしてか。ダンジョンサチュレーションが起き、我々が絶体絶命の状況に追い込まれたところで、また彼は現れた。我らは救われた。
彼の自作自演である可能性を疑わないではいられない。あまりにもタイミングが良過ぎる。
「お願いがあります。証人になってもらえないでしょうか?」
「証人というのは……駐屯騎士団の団長が訴えたという件だろうか?」
ダンジョンサチュレーションの原因はクリスティーナ様にある。つまり、共に行動していたこの男も関わっている。彼が望むのは、そうではないという証人。私に自分が無実であることを証言しろということだ。
「強制するつもりはありません。そんなことをしても意味はない。俺がいなくなれば、貴方は約束を破るでしょう」
「私は……正しい約束を破ることなどしない」
約束する内容が正しいものであれば、それを破ることなどしない。私はそんな卑怯ではない。だが、正しい内容であればだ。偽証の約束は守るべきものではない。
「約束に正しいも正しくないもありません。どのような約束であっても約束は約束。守るか、守らないかです。そして人は裏切る。だから約束に意味はありません」
「私は裏切らない」
「その言葉を信じろと? こういう言葉を平気で裏切るのが人だと。今言ったつもりですけど?」
「……では、どうしろと言うのだ?」
彼の言葉にも一理ある。人は裏切るという点を除けば、全てを否定出来ない。守ると約束したものは、中身が何であれ守る。これも誠実だ。約束すべきではなかったという問題はあっても。
「一緒にダンジョンに入ってもらいます。ああ、貴方でなくても結構。事実を事実として認め、それは正直に話してくれる人であれば」
「ダンジョンに何があると言うのだ?」
彼はこちらに誠を求めている。なにやら良く分からなくなってきた。これではこちらが悪者のようだ。
「駐屯騎士団の団長が今回の件を引き起こした証拠です」
「な、何だって?」
「前回、俺がダンジョンから脱出した時、かなりの数の魔物、魔獣も殺しています。ダンジョンの中の魔物と魔獣の数は、かなり減ったはずなのです」
これは家臣から聞いている、元情報は駐屯騎士団の騎士だということだが、かなりの数の死体がダンジョン内に放置されていたと聞いた。放置されていたということは、餌として殺したのではないということだ。
「そうであるのに今回、ダンジョンサチュレーションが起きた。しかも、前回は見た覚えがない魔物ばかり」
「……何故、そのようなことが起きたと考えているのだ?」
我々も存在を知らなかった魔物だ。それはつまり、これまで一度も姿を見せていなかったということ。彼の説明は辻褄が合っている。彼は真実を語っているのか。こう思い始めた。
「ここ最近、ダンジョンの奥深くまで潜った人がいる。これまで到達出来なかった場所まで。その結果、今までダンジョンの奥深くで大人しくしていた魔物を刺激してしまった。今回の件はダンジョンサチュレーションではなく、住処を荒らされた魔物が怒って、ダンジョンを出てきただけです」
「……そんなこと……いや、否定は出来ないか」
町を襲ってきた魔物には知性があった。人と同様に、考えられた攻め方をしてきた。予想外の攻撃に不意を突かれた面はあるが、こちらの上を行っていた。
我々の町が魔物に襲われれば、襲ってきた魔物を討伐しようとする。これと同じことを魔物が行った。そういうことを彼は言っているのだ。
「あの騎士団長が一人でダンジョンの奥に行ったとは思えません。部下も一緒だったのでしょう。だから部下を尋問すれば、俺の説明は証明されます」
「そうだな。事実であれば」
「でも証言なんて何の意味もない。自分が安全なところにいると分かれば、罪を逃れる為に平気で覆します」
またこれだ。彼は人を信用していない。裏切るのが当たり前だと思っている。確かに罰を受けるのが嫌で嘘をつく者はいる。だが彼の場合は人そのものを信用していないような言い方だ。
「だから証拠が出ても困らない人に確認してもらいます。ここで問題がひとつ」
「どのような問題だ?」
「貴方は罪を犯していますか?」
「なっ……私は犯罪者ではない!」
「自分で自分は犯罪者と言う人は滅多にいないと思います」
やはり彼は言葉を信じない。確かに彼の言う通りではある。誤魔化しきれないという状況に追い込まれなければ、自分の罪を白状する者はほとんどいないだ。罪の意識に追い込まれた場合も例外だ。
「……では、どうしろと言うのだ?」
「自ら無実であることを証明してください」
立場が逆になっている。無実を証明したいのは彼であるはず。だが彼は私に自分自身が無実であることを証明しろと言う。これはどういうことなのか。まんまと論点をずらされている。こういうことだ。だが、本当にそうなのか。安易に決めつけて良いのか。
何かある。彼には勝算がある。確実に無実を証明できると考えて、私に交渉を持ち掛けてきた。こういうことではないか。彼は切り札に何を持っているのか。考えろ。考えろ。考えろ。
「……駐屯騎士団の団長は?」
「我々で無事保護しています。怪我の治療が必要なので、今は動かせませんが」
無表情だった彼の顔に笑みが浮かんだ。わずかだが、間違いなく笑みだ。私の問いは正しかった。そう受け取って良いのか。
「……君の目的は何だ?」
これに答えてもらえるか。答えてもらえれば、多くが分かるはずだ。
「俺の目的はクリスティーナ様の無実を証明すること。これだけです」
答えを得られた。彼はクリスティーナ様以外が犯人であれば良いのだ。その犯人が実は無実であろうと関係ない。真実はどうであれ、クリスティーナ様以外の真犯人を作り出そうとしている。いや、作り出すまでもなく、真犯人は駐屯騎士団長だ。だが、それに拘っていないのだ。
私が協力を拒否すれば、私が真犯人にされる。駐屯騎士団長がその証人になる。罰を逃れる為に。彼は最初からそう言っていた。証言なんて意味はないと。
私が真犯人に仕立て上げられない為には駐屯騎士団長の罪を暴くこと。私は彼の為ではなく自分の為にそれを行わなければならないのだ。
「……分かった。君たちに全面的に協力しよう」
こうするしかない。悪いことをするわけではない。真実を真実として暴くのだ。むしろ正義だ。ただ、その正義を行うのに、彼に嵌められることになった。これについては納得いかない。まだ若い彼が上手だったと認めるのは、癪だ。