
図書館まで付いて来るべきではないと分かっていたが、欲求を抑えられなかった。クリスティーナも同じ気持ちなのだろう。カイトは何をしようとしているのか。どう今の問題を解決しようと考えているのか。詳しい説明がないまま、別れることなど出来るはずがない。この問題は私とクリスティーナが抱える問題なのだ。
カイトが助けを求めたリーコという学生。「先輩」と呼んでいたので上級生であることは分かる。だが何故、彼の助けが必要なのか分からなかった。私が名を知らない学生。その彼にカイトは何を求めているのか。
図書館に来て、二人が会話を始めたところで、答えは得られた。カイトはもう一度、転移魔法で現地に跳ぼうとしているのだと分かった。
無謀。こう思っても声を出せなかった。止められなかった。私は卑怯だ。問題を解決するためにカイトが犠牲になるリスクに目をつむった。同行しようとした私にカイトが向けた「クリスティーナ様を守るのはウィリアム殿下の役目です」という言葉を言い訳にして、安全な場所にとどまった。
後で後悔するのは分かっていた。すでに後悔している。
「……クリスティーナ……私は……カイトに嫉妬しているのかもしれない」
「えっ……?」
「君とカイトの間に何かあったなんて疑っているわけではない」
私は何を言っているのか。こんなことを伝えては、クリスティーナを怒らせてしまう。否定だとしても、言葉にしてしまうことが、彼女への侮辱だ。でも、すでに言葉は発せられてしまった。
「本当だ。ただ……カイトは君をずっと守り続けてきた。守りきった」
「……はい。カイト殿には、どれほど感謝しても感謝しきれません」
「そしてまた君を守る為に、彼は危険を承知で飛び込んでいった。本当は……私が彼の役目を果たさなければならないのに。君を守るのが私の使命なのに」
クリスティーナを守る。心の奥底からこう強く思っている。この気持ちに偽りはない。婚約者の建前ではなく、私の本心だ。婚約者だからクリスティーナを守りたいのではなく、彼女を守りたいから婚約したのだ。
だが、実際の私はどうだ。何もしないで待っているだけ。全てをカイトに預けている。
「……殿下の使命は私を守ることではありませんわ。王国と王国で生きる民を守ることが殿下の使命です」
「知っている……でも、私は……」
王家の一員としての使命。国王である父上にも言われた。優先すべきは私情ではなく、国益。その結果、クリスティーナとの結婚を諦めなければならないのであれば、受け入れなくてはならない。
知っている。だが、知っているだけ。私は受け入れることが出来ない。
「カイト殿は不思議な方です」
「……そうだな」
クリスティーナは続きを言葉にさせてくれなかった。話題を変えようとしている。
「このひと月ほど、一緒にいて分かったことがあります」
「それは……興味深いな」
クリスティーナが望まないのであれば、これ以上、自分の想いを吐露するのは止めよう。そもそも、これは恥ずかしいことだ。本当は、クリスティーナの前では常に強く、そして大人な男でいたい。
「加護やスキルを比べての戦闘力であれば、殿下はカイト殿を大きく上回るのだと思います」
「そうだろうか……私は鑑定の結果は無意味なのではないかと、近頃思っている」
学校の評価でいえば、カイトは優秀にはほど遠い。落第する生徒の最有力と見られることになる。だが、実際のカイトは違う。評価値とはまったく異なる強さを見せる。学校の評価は何の意味があるのかと思ってしまう。
「鑑定では見えないものがあるのかもしれません。たとえば、生命力」
「生命力……どういうものなのかイメージが沸かない」
「カイト殿を見ていて思ったのです。私と彼では生命力が違うのだと。洞窟での生活をカイト殿はまったく苦にしていませんでしたわ。むしろ、楽しそう」
「……そういえば退魔兵団の者が洞窟はカイトの故郷のようなものだと言っていた」
断空が言った通りなのだ。カイトにとって洞窟、ダンジョンは脅威ではない。もちろん、彼が危険視する魔物や魔獣はいるだろう。だが、戦闘以外のことで彼は疲弊しない。我々とは違う。
「カイト殿も自分は洞窟育ちだと言っていました」
「本当の故郷なのか? いや、それは……」
たとえだと思っていた。だが本当に洞窟で長く暮らしていたということなのだとしたら、そんなことがあり得るのだろうか。
「あの……怒らないで聞いてください」
「君に何を言われても私は怒らない」
「それはそれで問題です」
「あ、ああ」
ようやくクリスティーナが笑みを見せてくれた。張りつめた雰囲気が少し和らいだ。もっと自然に、いつもこんな表情を見せてもらえるようになりたい。どうすれば、そうなれるのだろうか。
「もし、私といるのが殿下であったら……助からなかった可能性が高いです」
「……そ、そうか」
怒りは沸かない。ただ、気持ちは深く沈んだ。立ち直れないほどのショックになりそうだ。
「さきほどの話です。戦闘力だけでは生き残れない。水、食事、それ以外の諸々。全てをカイト殿に頼ってしまいました」
「……生きる力。だから生命力か」
クリスティーナの言う通りだ。納得できる説明を聞いて、深く沈んだ気持ちが、かなり浮上した。戦闘以外の生活の諸々。それは日常でも全て人任せ。それを調理場もまともな食材もないダンジョンで、私が出来るはずがない。
そういえば、食事はどうしていたのだろう。
「食事というのは何を?」
「……カイト殿は私に見せないようにしていたのですけど、間違いなく、魔獣だと思います」
「魔獣を……そ、そうだな。ま、まあ、獣だ。狩りで得た鹿や猪を……同じはずがないか」
鹿や猪を狩って食べるのと同じはずがない。滅多に行わないが、狩ってすぐに、その場で焼いて食べても私は美味しいと思わない。きちんと調理された食事に慣れているから。これはどうにかしたほうが良いかもしれない。
「殿下が考えておられるほど酷い食事ではありませんわ。味が薄いのが最初は気になりましたけど、贅沢は言っていられません」
「そうか」
「あまり人のスキルを話すのは良くないと思いますけど、夜寝ている間、襲われないようにする魔法なども使われていました」
「それも生きる為の力だな。私は……狭い世界で生きてきたのだな」
王子という特殊な立場だ。接する者も限られている。自分の世界が狭いことは分かっていた。ただなんとなくそう思っているのと、具体的な比較対象がいるのとでは感じる強さがまったく違う。強く実感させられる。
「私もそう思いましたわ。貴族だからなどではなく、見えているものの違いを感じました……良くも悪くも」
「良くも悪くもというのは?」
「……カイト殿は強い生命力を持つ一方で、自らの命を顧みることをしません。命を粗末にしているのとは違うと思うのです。でも……言葉では上手く説明できない何かを感じます」
「……今回のこれもか……無事であると良いが。こんなことしか言えない私は……無力だ」
またここに戻ってきてしまう。クリスティーナの為に私は何も出来ていない。私には何が足りないのだろうか。足りないものがあるのであれば、補わなければならない。同じ思いをしない為に。
こんなことを考えたのはいつ以来か。不自由は感じていても、自分は恵まれていると思っていた、加護を始め、多くのものを与えられて生まれてきた。そうであったのに、この思い。贅沢な考えなのだろうか。