
王都に戻れたのは拘束から逃れて、二十日後。クリスティーナとはすぐに合流出来た。自分も脱獄してくるものと考え、ある程度離れた後は、急がないようにしていたそうだ。とりあえず、アレクを責めた。自分を置き去りにして、先に逃げ出したことを。クリスティーナには文句を言えないから。
アレクの言い分はこうだ。自分が何も伝えなくても逃げ出すと考えていた。逆に置いて行かれる可能性を考えていたくらいだと。
そうであれば尚更、自分がどうしているか確かめるべきだったと文句を言ったが、それはクリスティーナの側を離れられなかったからだと言い訳された。それはそうかもしれない。追われているだろうクリスティーナを一人にしておくことは、自分でもしない。ただ、理解は出来るけど納得は出来ない。置いていかれるのは寂しいのだ。
とにかくクリスティーナと合流出来た。すでに追われる身ではないことは分かっている。観光を楽しみながら、ゆっくり、とはいかない。急いで無事を伝えること。その為に大きな町を探し、そこで今度は話の分かる人に会えて、素性を伝え、王都に早馬を飛ばしてもらった。伝書鳩がいれば、とクリスティーナは言っていたが、その町にはいなかったのだ。
それで一安心。だからといって王都に戻る足を緩めることはしなかった。特に理由はない。あえて挙げれば、ゆっくりする理由がないからだ。クリスティーナの体調を考えながら、可能な限り、急ぐ。そんな感じだ。
ただ途中からはそれを考える必要もなくなった。王都からの出迎えと合流したのだ。王子様は中々、手際が良い。婚約者の為なのだから、当然かもしれないけど。
迎えに来た馬車もかなり急いだ。王子様が早く会いたいからだろうと勝手に考えた。そしていよいよ涙の再会、のはずだったのだけど。
「急ぎで話し合いたいことがある」
いや、最初に話しかけるのは自分ではない。婚約者だ、と思った。
「……クリスティーナ。無事で良かった」
「あっ……で、殿下……」
王子様は忘れていなかった。熱い抱擁を。
これを見て、「帰ってきたな」と何故か思った。この自分の心境は良く分からない。王子様が喜んでいるのを見て、「自分の役目は果たした」という感じなのだろうと自分のことながら、想像するしかない。
想像以上に長く抱きしめている。もしかして、先に自分に用があることを伝えておかないと、クリスティーナとイチャイチャしている間に帰ってしまうと思ったのかもしれない。
「……待たせた。一緒に来てくれ。クリスティーナも疲れているだろうが頼む」
長く抱き合っていた自覚はあるようだ。ちなみに自分もまあまあ疲れている。別に良いけど。
なにやら周囲の様子を窺いながら歩く王子様。到着してすぐに相談があるというのだ。何かあるのは分かっているが、この様子だと王立騎士養成学校内の誰かが関わっているようだ。まあ、誰を警戒しているのかは分かる。
「あれ?」
「無事だったか。まあ、無事なのは分かっていたが」
退魔兵団の奴らがいた。それも自分が良く知る奴らが全員。珍しく無影も姿を見せている。隠れる必要のない場所だろうから、それで普通だ。ただ、人見知りなのだと思っていた。
「まだ残っていたのか?」
「公爵家のご令嬢が行方不明になって戻れるわけないだろ? クソ団長にしてみれば、自分の責任問題になるかもしれないのだ」
「そうだとしても、この学校にいる意味はないだろ?」
転移魔法でどこかに飛ばされたのだ。校内にいて見つかるはずがない。仮にその可能性を考えたとしても、こんな長く捜索に時間がかかるはずがない。
「俺たちがやることと言えば、のんびりとお前が戻ってくるのを待っているだけだろ?」
「サボっていただけじゃないか」
なんのことはない、仕事している振りをしていただけだ。闇雲に全国を探しても徒労に終わるだろうことは、自分も分かる。でも、何かあるだろう。一応は同期なのだから。
「正しい選択だ。ただ、思っていたよりも時間がかかったので、少し心配になった」
「ああ、色々あって。一番はダンジョン、ダンジョンに飛ばされたのだけど敵が多くて。脱出に時間がかかった」
「悪いが再会を喜ぶのはここまでにしてくれ。そのダンジョンについて話がある」
自分はたっぷりと再会を喜んでいたのを棚に上げて、王子様が割り込んできた。時間を空けて考えてみれば、あれは中々だな。人前でこの王子様は、ああいうことが出来るのだ。少し意外だ。
まあ、キスしなかったのは自制心が働いているのか。それともこの世界の人たちの貞操観念は元の世界とは違うのか。
(……この世界の人じゃないな。毛も生えそろっていなかった子供の俺のファーストキスを奪った奴がここにいる)
夢魔がニヤニヤと笑っている。帰還を喜んでくれているのだと思いたいが、そう見えないのがあいつの怖いところだ。
「カイト、良いか?」
「あっ、はい。どうぞ」
「君たちが飛ばされただろうダンジョンで、ダンジョンサチュレーションが起きている」
王都に戻って来てまで、この話。ダンジョンサチュレーションというのは、そんなに大きな問題なのだろうか。まさにそのダンジョンの中にいた身としては、それほどの脅威には思えない。
「それは現地で聞きました」
「実は、クリスティーナがその原因を作った犯人にされている」
「ああ、それですか」
ダンジョンサチュレーションの脅威ではなく、冤罪の話。これが分かっただけでウンザリだ。嫌なことを思い出してします。「やっぱり、殴り返しておけば良かった」と思ってしまう。
「知っているのか!?」
「はい。それで牢屋に入れられました」
「なんだって……? それは……クリスティーナもか?」
「……いえ、クリスティーナ様はなんとか逃がしました。捕まったのは俺だけです。でも無罪であることが明らかになって釈放。クリスティーナ様を追いかけて合流しました」
クリスティーナに目線を送る。これから少し嘘をつくという合図のつもりだ。事実を話すと、どうやってクリスティーナは脱獄したのかという話になるかもしれない。アレクの存在を話すわけにはいかない。王子様がどう反応するか分からない。
合図が分かったのか、クリスティーナは何も言わない。表情もほとんど変えなかったので、自分の意図は伝わったのだろう。
「……無罪にはなっていない」
「はい?」
「現地の駐留騎士団から訴えが届いた。クリスティーナが犯人だという訴えだ」
あの野郎。手の平を返したようにヘコヘコしていたくせに、こんなことをしていやがった。殴るだけでなく、殺しておけば良かった。
「……俺たちは何人も見ている中で転移させられました。どこに自分が仕掛けた罠に自分で飛び込む馬鹿がいるのでしょうか?」
その訴えが嘘であることはすぐに分かる。転移させられた事実を知っていれば。現地のクズ騎士はそれを知らない。だから、こんな訴えが通用すると思ったのだろう。そうであっても甘いと思う、きちんと調べれば、事実は明らかなのだ。
「……それでも問題になっている。実際にダンジョンサチュレーションが起きているという事実だけで」
またクリスティーナに視線を送った。彼女は賢い。王子様の言葉の意味を理解出来てしまう。王都にも彼女に罪を着せようという奴がいる。冤罪だと分かっていて、それを行おうとする奴が。
「それで……どうするのですか?」
「……解決策は見つからない。とりあえず、なんて言い方は正しくないが、ダンジョンサチュレーションを私の手で解決しようと思っている。クリスティーナと一緒に」
この国の王子様でも解決出来ない。冤罪を晴らせない。そういう相手が動いている。吐き気がしそうだ。そういう奴等が偉そうにしている。人の痛みが分からない奴らが、人の上に立っている。この世界もこんな世界だ。
「……ダンジョンサチュレーションは本当に起きているのですか?」
「事実だと思う。近隣領主からの救援要請も来ている」
「そいつもグルである可能性は?」
「可能性はなくはない。だが、このような真似をする人物ではないと私は思っている。不正を行うような人物にダンジョン近くの領地は与えられない」
ダンジョンから得られるお宝で、いくらでも私腹を肥やせる。そういうことだ。でも、自分の地位が失われる危機ではどうか。アッシュビー公爵家の令嬢を、王子様の婚約者を無実の罪で牢に閉じ込めた。この国の法律に詳しくないけど、死刑になってもおかしくない罪ではないか。
「二十日。今すぐ向かっても二十日後です。それに……クリスティーナ様も手伝ったからといって、それで疑いは晴れるでしょうか?」
「それは……」
疑いは晴れない。その程度で無罪が証明出来るのであれば、そもそも疑われていない。これは謀略なのだ。
「……半日下さい。あと、リーコ先輩の助けが必要です。俺は目立たないように図書館に移動しますから、誰か連れてきてください」
「それで何を?」
「事態を解決、いえ、解決できるように努力します。俺のやり方で」
事態を解決できるという保証はない。ただ何もしないではいられない。苛立ちが収まらない。元の世界では、自分に降りかかることであっても、冷めた目で見ていられた。なるようになれと思うだけでいられた。でも、今はそれが出来ない。
正しいことなのか。正しくはない。これは正義ではない。憂さ晴らし。自分を虐めていた奴等と同じだ。