月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第39話 これもまた不運

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 ウィリアム第二王子が自ら署名した通達が届いた。地方の小領主である私のところにだ。ウィリアム第二王子と言えば、王位継承権は二番目でありながら、次期国王と目されている御方。勇者になることが約束された加護を持つ御方だ。
 そのような方からどうして私のところに通達が届いたのか。心当たりはまったくない。何か問題を起こした覚えもない。もしあるとすれば、それは領地近くにあるダンジョンの異常。魔物が外に出てきている。ダンジョンサチュレーションの前触れと見られている。
 だがダンジョンは王国の直轄地。私は近くに領地があるというだけだ。それを責められるのはおかしい。そもそも、何故、ウィリアム第二王子がそれを気にするのか。

 

「……すまん。もう一度、読んでもらえるか?」

 

「はっ」

 

 通達の内容を家臣に読ませた。重臣たち、といっても小領主では大勢いるわけではない。内政の責任者と軍事の責任者である騎士団長の二人だけだ。その二人にも聞かせなければならない。こう考えたのだ。
 内容は恐れていたものではない。だが、一度聞いただけでは理解出来なかった。

 

「クリスティーナ=アッシュビーとカイト=メルの二人を見つけ次第、保護するように。扱いは王家を遇するがごとく、丁重であるように」

 

「……どういう意味だろう?」

 

 クリスティーナ=アッシュビーは分かる、分かるといっても会ったことがあるわけではない。アッシュビー公爵家の評判を知っているだけだ。悪評ばかりのアッシュビー公爵家ではあるが、爵位は公爵。男爵である私とは比べものにならない上位貴族だ。

 

「保護するようにということですので、その二人に何かあったのでしょう」

 

「そうだろうな……ウィリアム第二王子の直々の要請だ。なんとしても応えなければならないな」

 

 これをきっかけにウィリアム第二王子に名を知ってもらえるかもしれない。次期国王と目されている第二王子に。この機会を逃すわけにはいかない。
 強い出世欲があるわけではない。だが、領地を豊かにするには、それを行える資金力を得なければならない。我が領地は貧しいとは言わないが、近くにダンジョンがあることで軍備を疎かに出来ない。同程度の小領主と比べて、かなり多くの軍事費を使っている。
 この事実を知ってもらい、少しでも支援を頂ければ。領民の暮らしを豊かにする為の資金に回せる。

 

「すぐに捜索隊を編成します。騎士団長……騎士団長?」

 

「……そ、それが」

 

「どうした? 顔色が悪いぞ。具合が悪いのか?」

 

 騎士団長は顔面蒼白。明らかに具合が悪そうだ。捜索隊の指揮を任せたい立場だが、病気とあれば仕方がない。他の者に任せることにしよう。

 

「そ、そのお二方ですが……探す必要は、ないかと」

 

「それは……すでに見つけているということか? お手柄ではないか?」

 

 すでに探し人は見つかっていた。騎士団長の大手柄だ。こういうことを考えてはいけないのだろうが、他家に手柄を取られなくて済んだ。

 

「あ、あの……」

 

「どうした? お二人はどこにいるのだ? 保護しているのであれば、すぐに連れてまいれ。いや、宴の用意が必要か。すぐに準備を」

 

 ウィリアム第二王子の通達には「王家を遇するがごとく」とあった。我が家で出来るもてなしはたかが知れているが、出来るだけのことはしなければならない。

 

「牢におります!」

 

「……なんだと?」

 

 聞き間違いだろうか。そうであって欲しい。

 

「牢に囚われております」

 

「どうしてそんな真似をした!?」

 

 あってはならない事実。ウィリアム第二王子が「王家を遇するがごとく」を要求した。その相手を牢に入れているという真逆の待遇。こんなことで名を知られることになっては、当家は終わりだ。すぐに死を命じられるかもしれない。

 

「私ではなく、王国騎士団の駐留騎士団が」

 

「……詳しい事情を」

 

 二人を牢に入れたのは王国騎士団。ダンジョン管理の為に駐留している騎士団だ。そうであれば当家に非はない、と言いたいところだが、牢は当家の施設。駐留騎士団は盗掘者の摘発も仕事のひとつ。捕まえた盗掘者の拘束に当家の牢を貸すことになっているのだ。
 当家は何も知りませんでしたは通用しないかもしれない。

 

「ダンジョンから出てきたところを拘束したとのことです。容疑はダンジョンサチュレーションを引き起こしたこと」

 

「……容疑は間違いないのか?」

 

 そうであれば完全に非はない。ウィリアム第二王子の不興を買うかもしれないが、当家は犯罪者の拘留に施設を貸しただけ。間違ったことはしていない。

 

「間違いないということになっております……が」

 

「はっきりしろ! 事実なのか、間違いなのか!?」

 

「……私は間違いだと思っております。根拠はダンジョンサチュレーションが起きていないこと。それとダンジョンの中に多くの魔物の死体が放置されていたと聞いております」

 

「……どういうことだ?」

 

 根拠が良く分からない。ダンジョンサチュレーションが起きていない。これは分かる。だが、”まだ”起きていないだけかもしれない。魔物の死体が放置されている。これはどうして根拠になるのか、まったく分からない。

 

「あくまでも推測ですが、そのお二人が倒したのではないかと。ダンジョンの入口近くには現在、ほとんど生きている魔物や魔獣の姿が見えません。ダンジョンサチュレーションどころか、普段よりも少ない。多くの死体があるので当然でしょうが」

 

「ダンジョンサチュレーションを仕掛けたどころか、防いだ可能性がある?」

 

「そうです。同じ考えの者が駐留騎士団の騎士にもいます。ですが……駐留騎士団の団長が聞き入れてくれないと……」

 

「どうして、もっと早くそれを伝えなかった? 第二王子に関係なく、それは駐留騎士団が冤罪を作り上げているということではないか?」

 

 犯罪だ。犯罪者を無理やり作り上げるのは犯罪行為。許されることではない。冤罪は、正直、珍しいことではない。証拠集めは難しい。状況から判断されることが多い。結果、捕らえた者が実は犯罪を起こせない場所にいた、なんてことが後から分かることもある。避けなければならないことだが、完全に防ぎきれるものではないのだ。
 だが冤罪だと分かっていて、犯罪者を作り上げるのは、それとはまったく話が違う、明確な犯罪行為だ。

 

「申し訳ございません。王国騎士団内での問題ですので、口出しするのは……どうかと思ってしました」

 

「……そうか」

 

 つまり、私に力がないせいだ。駐留騎士団の団長の不興を買えば、後々、どんな嫌がらせをされるか分からない。相手はいつか王都に帰る。王都で好き勝手なことを言える。それが王国に耳に入れば、どうなるか。良いことなど何もない。

 

「とにかくすぐにお二人を牢から出すのだ」

 

「まだお伝えしていないことが」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「女性のほうは脱獄しております。探しておりますが、見つかっておりません」

 

「……引き続き捜索を。分かっていると思うが、丁重に」

 

 最悪だ。ここでの出来事がそのままウィリアム第二王子の耳に入る可能性がある。その後で言い訳しても通用しないだろう。
 仮に王都にたどり着けなかったら。それで当家が助かるわけではない。事実を消すには今まだ捕らえられているもう一人も、ということ。それを行っては、我々も犯罪者だ。
 逃げたクリスティーナ様を探し、本当の意味で保護すること。残っているもう一人、カイト殿に事情を説明して、納得してもらうこと。我々がすべきことは、これしかない。

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