
この世界に来てから、意外と幸運に恵まれている。なんてことを考えたのは、ついこの間。撤回しよう。自分に幸運はない。かろうじて悪運に助けられてきただけだ。
無事にダンジョンを抜けられた。外に出ると完全武装の騎士たちが待っていた。出迎えかと思ったけど、自分たちがあのダンジョンにいることがどうして分かったのかと疑問に思った。案の定、出迎えではなかった。
ダンジョンから出てきた自分たちに槍を突き付けてきた騎士たち。こちらの説明にはまったく耳を貸さない。自分たちを、ダンジョンサチュレーションを起こした犯人だと決めつけて、拘束した。
ダンジョンサチュレーション。初めて聞いた言葉だ。ダンジョンに魔物や魔獣が大量発生して、外に出てくる現象のことを言うらしい。元の世界の小説などでは他の言葉を使っていたような気がするけど、それはそれ。この世界ではこう呼ぶということだ。
まったく心当たりがない。あるとすれば、ダンジョン内の魔物や魔獣の数は確かに多かった。でもそれは自分たちのせいではない。最初からそうだった。
「黙っていないで、白状しろ!」
取調官は容赦なく暴力を振るってくる。元の世界であれば、告訴出来そうなのに。それも無罪放免となってからの話だけど。
「お前たちが犯人であることは分かっている! さっさと認めろ!」
こいつには真相を究明しようという思いがまったくない。とにかく自分たちを犯人に仕立て上げたいようだ。とんでもなく酷い待遇。取り調べの度に殴る蹴るの暴力を受ける。食事も、ゴミとどう違うのだろうと思うような、怪しげなもの。ダンジョンの中で食べていた魔獣の肉のほうが、遥かに美味しい。
しかし、こんな待遇にクリスティーナは耐えられるのだろうか。
(……いや、逃げているか。アレクなら彼女がいても余裕だろうな)
この状況をアレクが受けれいるはずがない。クリスティーナを連れて、とっくに逃げ出している可能性のほうが高い。だからなのか。こいつが意地でも、自分に罪を認めさせようとしているのは。
すでにクリスティーナを逃がしたという失態を犯しているので、とにかく犯人を捕まえたという結果が欲しいのだ。
「……そういえば俺の仲間は?」
「お前がそれを知る必要はない!」
また殴られた。でも図星だな。クリスティーナは逃げた。
(……そういえば、俺はどうして大人しく殴られている?)
何故、自分は我慢しているのか。元の世界で、理不尽な扱いを何も考えずに受け入れてしまうなんていう悪い習性が身についてしまったのか。
(俺も逃げるか……でも、念のため、クリスティーナが本当に逃げたか確かめたほうが良いな)
ここの奴らは、自分たちは王立騎士養成学校の学生だと言っても信じない。つまり、自分たちの素性を知らない。逃げてしまえば追いかけようがない。ここで自分の無実を証明する必要性はないのだ。
今晩逃げる。まず自分が閉じ込められている牢を抜け、クリスティーナを探す。いれば、一緒に逃げる。いなければ先に逃げたものとして、自分も逃げる。こうすることにした。
(それまでは我慢するか)
牢を抜けるのも、手足の拘束を外すのも難しいことではない。ここがどこか、未だに分かっていないけど、それほど大きな町ではない。スキル持ちを拘束する施設としては、色々と問題があると思う。これくらいの施設、抜け出せなくては退魔兵団の兵士なんてやっていられない。
「団長。少しよろしいですか?」
自分を尋問している男は、どうやら騎士団長だったようだ。パワハラ騎士団長。部下の人たちは大変だろう。その部下の人たちが深刻な顔をして、やってきた。怒られるようなことを仕出かしたのか。だとしたら、お前も殴られろ。
「そんな……馬鹿な」
騎士団長は怒らなかった。怒るどころか、顔が青ざめている。部下が何かをやらかしたのではなく、何か大きな問題が起きた。きっとそういうことだろう。
「……失礼ですが、貴殿はカイト=メル殿ですか?」
「……何度もそう言ったと思いますけど?」
今更、何を。ただ態度が変わったのは気になる。
「王立騎士養成学校の学生で、ウィリアム王子殿下のご学友?」
「ご学友……そんな風に呼ばれるような間柄ではありません」
「では、あの……女性はクリスティーナ=アッシュビー様。ウィリアム王子の婚約者であらせられますか?」
「あら……あらせ…………まあ、そうです。それは正解です」
クリスティーナも自分がアッシュビー公爵家の人間であることを伝えていた。それを鼻で笑っていたくせに、今更、何なのだろう。王子様の名が出てきたことにヒントがあるはず。可能性としてあるのは、自分たちがここで拘束されていることを王子様が知った。でも、可能性は低い。王都からこの場所の距離は分からないけど、往復三日ということはないと思う。ここで拘束されて、三日した経っていないのだ。
「大変失礼いたしました! 何卒、お許しください!」
何だか分からないけど、冤罪は晴らせたみたいだ。
「クリスティーナ様を拘束したほうが問題だと思いますけど? 今どのような状態に置かれているのですか?」
「それが……ここにはいらっしゃらなくて……」
「つまり、逃げたと?」
「……はい」
やはり逃げていた。こいつにとっても良かっただろう。これでクリスティーナを殴っていたら、王子様が許さない。ギロチン台、がこの世界の刑罰としてあるか知らないけど、行きになるところだった。
後を追わなくてはならない。ただ、どうやって見つけよう。王都への近道を進めばいるのだろうか。
(……あの野郎……俺に何も言わないで逃げやがった)
考えてみれば、アレクであれば俺に伝えることが出来たはずだ。牢への出入りなど余裕だろう。そうであるのに奴は、俺に一言もなく、クリスティーナを連れて先に逃げた。わざと置き去りにしたとしか思えない。
「この地の領主であるマコウ男爵が直接お詫びしたいと申しております。部屋にご案内します」
「そういうのいらないです」
「えっ? い、いや、そういうわけには参りません」
「いえ、結構です。拘束を外してくれたら帰りますから。外してくれなくても帰りますけど」
勘違いでした。ごめんなさい。これで済むと思っているところが驚きだ。人に散々暴行を加えておいて、頭を下げればそれで許されると、どうして思えるのだろう。
同じような目に遭って、謝られただけでそれを許す。許すだけでなく、なんともタイミング良く訪れた危機から救ってしまうなんて物語があった記憶がある。主人公ともなると、やはり心が広い。人間が出来ている。だから主人公なのだろう。でも自分は主人公ではないので、心が狭い。殴り返さないだけでもありがたく思え。
「せ、せめて、マコウ男爵に会ってから」
しつこい。顔を見ているとイライラする。このイライラを暴力に変えないようにしてやっているのに、こいつは自分の都合を押し付けようとする。お前が自分を連れて行けなくて、そのご領主様とやらに怒られても、こちらの知ったことではない。
まあまあ重い手足の拘束を、黒炎魔法で焼ききる。無罪放免。自分がどこに行こうと、こいつらに文句を言う資格はない。