月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第36話 裸心

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 生命力の違い。加護やスキルはまったく関係がないとは言わない。でもそれを超える力が、ダンジョンで戦うには必要。それが生命力。こう思った。王立騎士養成学校の評価では私はランクA。カイト殿はランクD。でもここでの戦いは全てカイト殿が主導している。私が攻撃系ではなく支援系だからというのは関係ない。ここは戦う、ここでは逃げる。どう戦う。どう逃げる。私は正しい判断が出来ない。時間が必要になる。カイト殿のように即断即決出来ない。
 戦闘だけではない。戦闘以上にダンジョン内で生きるという点で、カイト殿との差を思い知らされる。水場を見つける。これについては、今はアレクが活躍しているけど、私が役立たずなのは変わらない。
 食料調達もそう。食事は全てカイト殿が用意してくれる。はたして私は何を食べさせられているのか。こう不安に思うこともあるけど、あえて聞かなければ、味気なくはあるけど、普通に食べられる食事。以前にも見せられた<焚火>魔法は、ほんとうに便利。何かの肉を焼くだけでなく、お湯も沸かせる。スープも作れる。調味料を節約しているということで、味はかなり薄いけど。
 ただ生きるということに対して、自分がここまで役立たずだとは思っていなかった。考えてみれば当たり前。家事なんて行ったことはない。身の回りの世話は全て侍女がやってくれている。そうであるのに、自分は出来る女性だと思いあがっていた。生活というものを私は自分の意識から外していた。出来ないことを、自分を評価する範囲に入れていなかったということ。
 ここではアッシュビー公爵家という肩書は何の意味もない。貴族であることも何の役にも立たない。一人の女性としての価値が試される。これは少し大げさかもしれない。
 恥ずかしいところも隠せない。ずっと我慢していたけど、我慢しきれなくなった。すぐ側にカイト殿がいる。きっと背中を向けてくれていると思うけど、そのすぐ側で、私は水の中に裸体を沈めている。

 

(……もう、お願いだから記憶から消えて)

 

 これくらいはもう、それほど気にならない。だって私は、洗濯までカイト殿に頼ってしまった。あれは恥ずかしかった。何一つ身に着けず、カイト殿のマントだけを羽織って、自分の服が乾くのを待っている。下着も見られた、というか洗わせてしまった。
 あの時の私はおかしかった。下着は自分で洗う。いくら普段から侍女任せとはいえ、こんなことも考えられなかった。カイト殿に何もかも頼るのを、無条件に、正しいと思い込んでいた。

 

(……きっと貴方のこれまでの人生は……私には想像も出来ないものなのでしょう)

 

 ずっと一緒にいると、少しずつカイト殿の過去が見えてくる。でも、わずかに垣間見れるという程度。洞窟育ちという言葉を聞いても、それがどういう状況なのか分からなかった。今はこの数日の経験から、これと似た暮らしをずっと続けていたのだろうかと想像出来るようにはなった。でもそれだけ。

 

「えっと……少し近づきます」

 

「あ、はい……大丈夫です」

 

「お湯を置いておきます。お湯のほうが冷たい水で体を洗うより気持ち良いと思うので。ああ、熱いので水で調整してください」

 

「……ありがとう」

 

 沸かしたお湯を持ってきてくれた。大きめの鍋に入ったお湯。この鍋も魔法で収納していたもの。カイト殿は何をどれだけ持っているのかが、気になる。
 ゆっくりと、カイト殿の様子を探りながら、鍋に近づき、立ち上がる。今、カイト殿が振り返ったら私は裸を見られる。こんなことを考える自分は、なんてはしたないのか。私はどうしてしまったのか。

 

(心を飾ることに疲れていた……か)

 

 カイト殿に言われた言葉。自分らしくない、子供みたいなところを何度も見せてしまった。こんなのおかしい、自分はどうにかしてしまったのかと、思わず、呟いてしまった私にかけてくれた言葉。「心を飾ることに疲れていたのではないですか? 別に良いじゃないですか。ここには気にする人はいません」と言われた。そうかもしれない、と思った。
 危機的状況なのに、逆に心が緩む。命の危険とは違う、それもまた重いプレッシャーを受けながら、自分は暮らしていたのかもしれない。

 

(でも……私はまたそこに戻る)

 

 戻らなければならない。戻れると確信している。カイト殿、そしてアレクがいれば、私たちは絶対にこのダンジョンを脱出できる。ここで命を落とすという不安は、今はもうない。

 

「……カイト殿?」

 

「えっ、はい……」

 

「あっ……きゃあああああっ!!」

 

 違う。私はカイト殿を誘ったでのはない。自分の裸を見せたいなんて思っていない。ただ彼が何をしているか聞きたかっただけ。

 

「み、見えてません! 全然見えていませんから!」

 

 嘘だ。見えていないはずがない。私は完全に裸体を晒していたのだから。

 

「べ、別にかまいませんわ。それよりも……何をなさっているのです?」

 

「ああ……術式の確認を」

 

 カイト殿は術式を展開していた。発動させることなく、空中に魔法陣を浮かべている。私には出来ない。周囲に術式魔法を使う人がいなかったので、見たこともなかった。

 

「どういう魔法なのですか?」

 

「俺たちをここに送り込んだ魔法です」

 

「えっ……?」

 

「そのまま覚えただけなので、何が描かれているかまでは分かっていません。今は他にやることはないので、少し調べてみようと」

 

 またカイト殿の言葉が理解出来ない。「そのまま覚えただけ」というのはどういうことなのか。私が光に包まれて、ここに転移させられるまで、それほど長い時間ではなかったはず。あの短い時間で、覚えたということなのか。それ以外、考えられない。でも出来るとも思えない。

 

「……分かるのですか?」

 

「転移魔法を見るのは初めてなので。詳細を理解するのは難しそうです」

 

「そうですか」

 

 術式を理解出来ているわけではない。「そのまま覚えただけ」という言葉の通りということ。それだけでも信じがたいですけど。

 

「でも、これをこのまま発動させたら、最初の場所に戻れそうな感じで。試しみようかと、悩んでいるのですけど」

 

「やめてください!」

 

「へっ?」

 

「危険です。何かあったらどうするのですか?」

 

「ああ……そうですね。クリスティーナ様を王都まで送り届けないと」

 

 彼にはこういうところがある。これも数日一緒にいて知ったこと、死を恐れない、というのとは違う。死にたくないという気持ちがあるのは、必死で戦っている様子を見れば分かる。もしかすると私がいるから、なんて考えは思い上がりだ。
 生死に対して無頓着。こちらのほうが近い表現かと思う。平気で危険に飛び込んでいく。それで私が救われたこともあるのかもしれない。相手が誰であろうと間違っていることは間違っていると言えるのも、こういうところに関係しているのかもしれない。
 不思議な人だ。私では永遠に理解出来ない人。そうだとすれば、少し、寂しい気もする。

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