
自分はまだ生きている。魔獣の義理の息子として生きることになった。魔獣の子なのだから魔獣として生きる。そうするしかないのだけど、これが難しい。ブラザーたち、シスターもいるけど、の成長は早く、自分は完全に落ちこぼれ。家族に頼りっきりの毎日だ。
それでもやれることをやる。家族で協力して生きていく。これを続けていくことで自分の役割も、少しずつだけど、増えていく。
(カイト、そろそろ)
(オッケー。こちらの準備は出来ている)
家族とは会話が出来るようになった。言葉での会話ではない。頭の中に直接意思が伝わってくる。スキルでいうと<念話>だ。最初の頃はノイズにしか聞こえなかった音が、徐々に何らかの意思だと分かるようになった。今でははっきりと言葉として聞こえるようになっている。
今は狩りの時間。自分は義母やブラザーたちのように動けない。そんな自分でもやれることがある。
(……来た。来た)
魔獣が、家族ではない魔獣が近づいてくる。小さく、柔らかそうな体の自分は、魔獣から見て魅力的な獲物。こうして座っていると向こうから近づいてくる。
この瞬間は何度経験しても体が震える、冷や汗が流れる。タイミングを間違えると自分は殺されるのだから、当たり前だ。
(……いまだ!)
ブラザー、長兄のアイン兄からの指示。まさに魔獣が自分に飛びかかろうというタイミングだ。
(燃えろ!)
火炎魔法を放つ。とにかく火が出るだけの魔法。魔獣に致命傷を与えることはない。それほど甘い敵ではない。それでも迷わせることは出来る。今まさに跳びかかろうというタイミング。その出鼻をくじかれた形の魔獣は動きを止めた。そこからまた動く体勢を作るまでには、わすかな隙が生まれる。
ここからは攻守交替。相手が獲物に代わる。ブラザーたちが動きの止まった相手に一斉に襲い掛かかる。まだ子供の体のブラザーたちだけど、動きは速い。三匹、三人がそれぞれ相手の急所に噛みついていく。
「ぐおぉおおおおおっ!」
食いついたブラザーたちを振りほどこうとする獲物、だが動けば動くほど、ブラザーたちの牙が深く食い込んでいく。ブラザーたちも必死だ。絶対に振りほどかれないように、顎に力を込める。
そして、決着の時。アイン兄の牙が獲物の喉元を食いちぎった。
(さすが、アイン兄)
(カイトもよくやった)
(がんばった)
(やったな)
アイン兄、ツバイ姉、ドライ兄が次々と、ほぼ座っているだけだった自分を褒めてくれる。愛されている。元の世界で失った家族の愛というものを思い出させてくれた。
(また来た)
狩りの時間はまだ終わらない。今日の分の食事としてはすでに十分なのだけど、相手が許してくれない。この場所では誰もが狩人で、誰もが獲物。弱い者は、そう見える者は、常に狙われる。自分がそうなのだ。
(……カイトのでばんだ)
(スライム?)
(そう)
この頃はまだブラザーたちのように遠くまで見えなかった。ダンジョンの中は真っ暗、ではない。あちこちに透明な、ガラスのように見える石が埋まっていて、それが光っているのだ。
そのまま蛍光灯のように見える石だ。勝手に蛍光石と名付けた。名付けた通り、光は弱い、実際には、蛍の光に比べれば明るいけど、それでも自分の目では、遠くの何かをはっきりと識別するのは難しかった。
(スライムか……血がたぎるぜ!)
宿命の敵、スライム。この世界で最初に戦った相手というだけでなく、その後も数えきれないくらい戦っている。それは何故か。まだ完全に大人になっていないブラザーたちの牙では、スライムの急所に届かないからだ。
ということで唯一、魔法を使える自分の出番になる。
(……燃えろ!)
狙いを定めて火炎魔法を放つ。自分としてはそうしているつもりなのだけど、まったく狙いは定まっておらず、スライムの体をかすめて終わり。それではスライムは倒せない。
一撃目を外されたのなら、すかさず次撃と行きたいところだけど、敵はそんなに甘くない。全身を使って大きく跳びあがった。
(くっ)
飛びかかってきたスライムを躱そうと大きく体を揺らす。その勢いを使って地面を転がり、大きく移動するのだ。
(今度こそ! 燃えろ!)
スライムが地面に降りた瞬間を狙って、また魔法を放つ。今度は先ほどよりも近い。スライムの体を大きく削った。
(外した!)
だがそれではスライムは倒せない。スライムを倒すには弱点にダメージを与えなければならない。それは、自分の感覚では、弱点という言葉通りの点。針の穴に命中させる感覚だ。といっても、火炎魔法が当たった範囲内にその点があれば良いだけなのだけど。
(次は外さない)
一応、言っておくけど、自分はようやくハイハイが出来るようになったばかりの赤ん坊だ。魔法を当てるだけで、それなりに大変なのだ。誰にも分かってもらえないけど。
(燃えろ!)
三発目の火炎魔法は、宙を跳んだスライムに向けた。難しい的だったけど、見事に命中。スライムの弱点を打ち抜いた。
(……げっ?)
ただ、降り注ぐスライムの死体を頭から被ることになってしまった。
(みごと、みごと)
(やったね!)
(カイト、やったな!)
ブラザーたちの賞賛の声。ブラザーたちは優しい。まだまだ満足な戦いが出来ない自分でも、こうして褒めてくれる。自分の家族たちは褒めて伸ばそうというタイプ。元の世界を通じても、生まれて初めて出会ったかもしれない。
そして、この時が元の世界での人生を含めても、もっとも充実した幸せな毎日だった。