月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第35話 家族との暮らし

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 自分はまだ生きている。魔獣の義理の息子として生きることになった。魔獣の子なのだから魔獣として生きる。そうするしかないのだけど、これが難しい。ブラザーたち、シスターもいるけど、の成長は早く、自分は完全に落ちこぼれ。家族に頼りっきりの毎日だ。
 それでもやれることをやる。家族で協力して生きていく。これを続けていくことで自分の役割も、少しずつだけど、増えていく。

 

(カイト、そろそろ)

 

(オッケー。こちらの準備は出来ている)

 

 家族とは会話が出来るようになった。言葉での会話ではない。頭の中に直接意思が伝わってくる。スキルでいうと<念話>だ。最初の頃はノイズにしか聞こえなかった音が、徐々に何らかの意思だと分かるようになった。今でははっきりと言葉として聞こえるようになっている。
 今は狩りの時間。自分は義母やブラザーたちのように動けない。そんな自分でもやれることがある。

 

(……来た。来た)

 

 魔獣が、家族ではない魔獣が近づいてくる。小さく、柔らかそうな体の自分は、魔獣から見て魅力的な獲物。こうして座っていると向こうから近づいてくる。
 この瞬間は何度経験しても体が震える、冷や汗が流れる。タイミングを間違えると自分は殺されるのだから、当たり前だ。

 

(……いまだ!)

 

 ブラザー、長兄のアイン兄からの指示。まさに魔獣が自分に飛びかかろうというタイミングだ。

 

(燃えろ!)

 

 火炎魔法を放つ。とにかく火が出るだけの魔法。魔獣に致命傷を与えることはない。それほど甘い敵ではない。それでも迷わせることは出来る。今まさに跳びかかろうというタイミング。その出鼻をくじかれた形の魔獣は動きを止めた。そこからまた動く体勢を作るまでには、わすかな隙が生まれる。
 ここからは攻守交替。相手が獲物に代わる。ブラザーたちが動きの止まった相手に一斉に襲い掛かかる。まだ子供の体のブラザーたちだけど、動きは速い。三匹、三人がそれぞれ相手の急所に噛みついていく。

 

「ぐおぉおおおおおっ!」

 

 食いついたブラザーたちを振りほどこうとする獲物、だが動けば動くほど、ブラザーたちの牙が深く食い込んでいく。ブラザーたちも必死だ。絶対に振りほどかれないように、顎に力を込める。
 そして、決着の時。アイン兄の牙が獲物の喉元を食いちぎった。

 

(さすが、アイン兄)

 

(カイトもよくやった)

 

(がんばった)

 

(やったな)

 

 アイン兄、ツバイ姉、ドライ兄が次々と、ほぼ座っているだけだった自分を褒めてくれる。愛されている。元の世界で失った家族の愛というものを思い出させてくれた。

 

(また来た)

 

 狩りの時間はまだ終わらない。今日の分の食事としてはすでに十分なのだけど、相手が許してくれない。この場所では誰もが狩人で、誰もが獲物。弱い者は、そう見える者は、常に狙われる。自分がそうなのだ。

 

(……カイトのでばんだ)

 

(スライム?)

 

(そう)

 

 この頃はまだブラザーたちのように遠くまで見えなかった。ダンジョンの中は真っ暗、ではない。あちこちに透明な、ガラスのように見える石が埋まっていて、それが光っているのだ。
 そのまま蛍光灯のように見える石だ。勝手に蛍光石と名付けた。名付けた通り、光は弱い、実際には、蛍の光に比べれば明るいけど、それでも自分の目では、遠くの何かをはっきりと識別するのは難しかった。

 

(スライムか……血がたぎるぜ!)

 

 宿命の敵、スライム。この世界で最初に戦った相手というだけでなく、その後も数えきれないくらい戦っている。それは何故か。まだ完全に大人になっていないブラザーたちの牙では、スライムの急所に届かないからだ。
 ということで唯一、魔法を使える自分の出番になる。

 

(……燃えろ!)

 

 狙いを定めて火炎魔法を放つ。自分としてはそうしているつもりなのだけど、まったく狙いは定まっておらず、スライムの体をかすめて終わり。それではスライムは倒せない。
 一撃目を外されたのなら、すかさず次撃と行きたいところだけど、敵はそんなに甘くない。全身を使って大きく跳びあがった。

 

(くっ)

 

 飛びかかってきたスライムを躱そうと大きく体を揺らす。その勢いを使って地面を転がり、大きく移動するのだ。

 

(今度こそ! 燃えろ!)

 

 スライムが地面に降りた瞬間を狙って、また魔法を放つ。今度は先ほどよりも近い。スライムの体を大きく削った。

 

(外した!)

 

 だがそれではスライムは倒せない。スライムを倒すには弱点にダメージを与えなければならない。それは、自分の感覚では、弱点という言葉通りの点。針の穴に命中させる感覚だ。といっても、火炎魔法が当たった範囲内にその点があれば良いだけなのだけど。

 

(次は外さない)

 

 一応、言っておくけど、自分はようやくハイハイが出来るようになったばかりの赤ん坊だ。魔法を当てるだけで、それなりに大変なのだ。誰にも分かってもらえないけど。

 

(燃えろ!)

 

 三発目の火炎魔法は、宙を跳んだスライムに向けた。難しい的だったけど、見事に命中。スライムの弱点を打ち抜いた。

 

(……げっ?)

 

 ただ、降り注ぐスライムの死体を頭から被ることになってしまった。

 

(みごと、みごと)

(やったね!)

(カイト、やったな!)

 

 ブラザーたちの賞賛の声。ブラザーたちは優しい。まだまだ満足な戦いが出来ない自分でも、こうして褒めてくれる。自分の家族たちは褒めて伸ばそうというタイプ。元の世界を通じても、生まれて初めて出会ったかもしれない。
 そして、この時が元の世界での人生を含めても、もっとも充実した幸せな毎日だった。

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