月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第34話 新たな家族

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 目が覚めた。生きている。地獄に堕ちたと思ったところから始まった新たな人生にも、少しは幸運があるようだ。考えてみれば、スライムとの死闘を勝ち抜いたのも幸運だ。神様のお助けがなければ、あれで自分は死んでいた。新しい人生が、あの時点で終わっていた。
 ということで、今の状況はどうなっているのか。温度が上がっている気がする。気のせいか。いや、気のせいではない。間違いなく温かい。

 

(……ん?)

 

 温度が上がっているのではなかった。自分は何か温かいものに挟まれている。温かく、少しくすぐったいものに。それが何かと、体を揺らして左右を見てみれば。

 

(子犬……何故?)

 

 子犬に挟まれていた。状況が分からない。今度はさらに大きく体を揺らして寝返り。うつ伏せになって様子を見てみる。寝返りは出来るようだ。これはレベルアップのおかげだろうか。わずかな成長。スライム一匹でのレベルアップなのだから、こんなものかもしれない。
 左右にいる子犬は三匹。どれも夢中になって母親のおっぱいを吸っている。こういう状況だった。

 

(……あれ……どうして俺はここに?)

 

 自分はどうやってここに来たのか。思い出そうとするが、何も思い出せない。それはそうだろう。さっきまで気を失って(寝て)いたのだから。気絶し(寝)ている間に、何故かここに移動していたのだ。

 

(……いや、まずいだろ。この状況は助かったとは言えないのでは?)

 

 「何故、子犬が?」ではない。こんな場所に普通の犬がいるはずがない。子犬に見えるだけで、実際は魔獣だ。子魔獣だ。恐らく自分は魔獣の巣にいる。「温かくて気持ち良い」なんて、眠ってしまいそうになっている場合じゃない。気付かれないうちに逃げなければ、と思ったけど。

 

(気付かれた……)

 

 右隣の子犬、ではなく、子魔獣が自分を見ている。魔獣でも子供は可愛い。尻尾を振っているのが、また愛らしい。

 

(ん? 尻尾……好意だと思って良いのだろうか?)

 

 子魔獣は尻尾を振って、自分を見ている。害意がないと考えて良いのか。それとも、これは甘い考えか。

 

(……えっと……もしかして……いやぁ)

 

 頭の中で音が、かすかだけど、聞こえる。神様の声とは違うノイズのような音。不快というほどではない。それよりも今の状況だ。子魔獣は母親のおっぱいを譲ろうとしているのか。そんなはずがないと思う。でも、そんな風に感じる。この直感を信じるべきか、否か。

 

(……だとすれば……善意を無視するのは……そうだよな)

 

 信じることにした。善意であるのに、それを無視して、子魔獣を怒らせては大変なことになる。ここは素直に甘えるべき。こう考えた。とはいえ。

 

(魔獣の乳……いや、狼に育てられた少年だか、少女が昔いたと聞いた。それと同じだ)

 

 魔獣のおっぱいを咥えることに抵抗を覚えたけど、乳は乳だ。覚悟を決めて、口を近づけ、咥えた。

 

(ん? これは……)

 

 意外といける。美味しいとは言わない。でもスライムに比べれば、比べものにならない上等品。美味しいとまで思えないのは、甘さがないせい。大人の口の感覚が残っているせいだと、勝手に、思った。
 これは、もしかして、助かったのかもしれない。食料問題が解決したのかもしれない。

 

(ん? 子魔獣……じゃあ、母親は? 魔獣……)

 

 当たり前のことに気が付いた。ここは魔獣の巣。自分が吸っているおっぱいの持ち主は大人の魔獣だ。そこに自分がいるのは、どういうことなのか。

 

(俺が食料か……)

 

 自分が食料なのだ。魔獣は自分を食べる為にここに運んできたのだ。逃げなければならない。でも、どうやって。

 

(……ああ……駄目だ……)

 

 顔をあげたところで母魔獣と目が合った。万事休す。そもそも目が合う合わないに関係なく、逃げられない。ハイハイもままならない自分が魔獣から逃げられるはずがない。

 

(……餌……私は餌なのですねえ?)

 

 母魔獣の顔が近づいてきた。魔法で攻撃、はこの時、思いつかなかった。思考が停止するくらい気持ちが追い詰められていた。結果として、それで助かった。

 

(……い、いや、俺、美味しくないですから……美味しくないよね?)

 

 自分の顔を舐めてきた母魔獣。ただ、ずっと舐めているだけ。ざらざらした舌が少し痛いといえば痛いけど、それだけ。いつまで経っても噛まれない。

 

(……えっと……これは……)

 

 母魔獣に自分を食べる意思はない。こんな期待が心に沸いた。舐められているのは、子魔獣が尻尾を振るのと同じなのではないか。そうあって欲しいと願った。

 

(……まさか……愛……これは愛なのですね?)

 

 自分の次に子魔獣にも同じことを始めた母魔獣。これで確信出来た。母魔獣は、義母は自分も子供のように扱おうとしている。自分も愛されている。

 

(……これは……そういうことですね、義母? 義母の愛に俺は包まれている! ブルースを……!)

 

 なんて浮かれた気持ちは一瞬で真っ白になる。

 

(……すべった。おかしいな、ぼっちは慣れているはずなのに。転生しておかしくなったか?)

 

 心は真っ白。顔は恥ずかしさで真っ赤だ。自分は、こういう性格ではなかった。浮かれる性格ではなく、何に対しても冷めきっていた。転生して性格が変わったのだろうか。生まれたばかりで、性格って形成されるものなのか。

 

(本当に……考えても仕方ないか。これで駄目なら死ぬだけ。ここから逃げても死ぬ。結果は同じだ)

 

 本当にこの魔獣は自分を生かすつもりがあるのか。これを考える意味はない。ここから逃げられても、どうせ死ぬ。そうであれば、この状況に賭けるしかない。

 

(ん? さっきから何だ?)

 

 またノイズが聞こえてきた。やはり不快ではない。でも、気になる。何かの病気の兆候なのかもしれない。それであっても、やはり死ぬだけだ。この先、自分はどうなるのか考えることに意味はない。今の自分は全てを成り行きに任せるしかない。抗う力はないのだから。
 義母の母乳で少し腹が満たされたせいか、眠たくなってきた。こんな状況でも眠いのだ。もうそれで良いと思った。

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