月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

継ぐ者たちの戦記 第53話 特別ということ

異世界ファンタジー 継ぐ者たちの戦記

 指名依頼の仕事場はサークル王国の王都から、また翼竜を飛ばして五日ほど移動した場所。大陸でも有数の険しい山岳地帯で発見されたダンジョンだ。ここ数年、新たなダンジョンの発見数が飛躍的に増えている。それもこんな場所にあったのかと人々が驚くような場所で。
 何かの予兆を感じさせる状況であるが、サークル王国のこのダンジョンに関しては、アークはそれとは違う感想を持った。逆に、これまで見つからなくて当たり前。どうやって発見したのかと驚くような場所に、そのダンジョンはあるのだ。

「……余計なお世話だと思いますが、ここ開放出来たとしても人が来るのですか?」

 翼竜を使わなければ訪れることが出来ない断崖絶壁にこのダンジョンはある。開放出来たとして潜る勇者候補はいるのかとアークは思った。

「探索と並行して道の整備も行っている。崖下までそれなりに整備された道が出来る予定だ」

 シンシアがアークの疑問に応えてきた。彼も最初にここを訪れた時、同じ思いを抱き、勇者ギルドのグラシアール支店長に尋ねたのだ。
 道はダンジョン探索を行う勇者候補たちだけが使うものではない。ダンジョン内で得た様々な部材や採掘した鉱石などを運ぶ為にも必要。サークル王国の決断は早かったのだ。

「ここまで道を……大変な工事ですね?」

「偉そうなことを言わせてもらえば、我ら魔族がいるから出来ることだな」

「ああ、確かに人族の普通の労働者だけで出来ることではないですよね? なるほど、そういうことでも力を発揮しているのか」

 小国であるサークル王国は魔族を国の発展の為に活用している。魔族の力を活かすことで国を富まそうとしている。その一例だとアークは考えた。確かに土木工事などの力仕事では魔族のほうが生産性は高いはずだ。人族でも何倍もの数を揃えれば同じことは出来るかもしれないが、それでがより多くのコストがかかってしまう。

「特定の国に加担することへの批判はあるがな」

「そうなのですか?」

「サークル王国が発展すれば、それを妬む国も出てくる。発展の力になった我ら魔族への敵意を強める者も増えるだろう」

 それが魔族排斥の機運を高めることに繋がるリスクもある。国を支配しているのは人族。そんなことになってしまった場合、魔族は生きる場を失ってしまうのだ。、

「……そういうこと話して良いのですか?」

「アークはサークル王国の人間ではないからな」

「……なるほど」

 サークル王国の人間であるかどうかは関係ない。シンシアは、アークはこういう話をしても何も変わることはないと思っているのだ。そうであるからグラシアール支店長やアプリコット王女には言えない愚痴のような話をしたのだ。

「さて、現れたようだ。任せても良いか?」

「わざわざ俺にですか?」

 自分が戦わなくてもシンシアたち、アウローラだけで対応出来る。仕事をサボるつもりはアークにはないが、全てを押し付けられるのは違うと思った。

「アプリコット王女からはアークを見極めろと言われている。短期間で見極められるほど人は単純な生き物のではないと俺は思っているが、戦う力くらいなら出来るだろ?」

「それ納得する理由になりませんけど……でも任されます。思うように鍛錬出来ていなかったので、実戦で取り戻さないと。ミラ、行く!」

「分かった」

 前方に向かって駆け出していくアーク。ミラも次々と魔法を展開していく。現れた魔獣は魔狼種。上位ではないが、数は多い。その群れの中にアークは迷うことなく、突入していった。

「……なるほど。これが千刃乱舞と呼ばれる所以か」

 魔族であるシンシアの目でも追うのが容易ではないアークの動き。振るわれる剣は閃光となってアークの周囲に軌跡を描いている。魔獣の血しぶきが宙に舞う。アークの圧倒的な速さに魔獣が対応出来ないでいるのだ。
 千刃乱舞の通り名についてはシンシアも聞かされていた。アークの戦いを見て、納得の通り名だと思った。

「少し違います。まだアークは剣の型を使っていませんから」

 だがミラはそれを否定した。まだアークは剣の型、「乱舞」を使っていない。千刃乱舞は「乱舞」を使って戦っている様子からつけられた通り名であることをミラは知っている。その場にいたのだから、知っていて当然だ。

「まだ速くなるのか?」

「多分です。ハイランド王国の特別自治区で鍛えられて、アークはまた強くなったみたいです」

 実際に型を使った場合にどうなるのか、ミラも知らない。ハイランド王国の特別自治区で魔族たちに鍛えられた後、これが初めての実戦なのだ。それ以前より速くなっていることしか今は分からない。

「……ただ速いだけではないのだろ?」

「あの魔獣に力は必要なさそうですから」

「下の階層に行ってからのお楽しみか」

 下の階層に行けば、また違った魔獣がいる。力が強い魔熊種。そして魔馬種も速いだけの魔獣ではない。そうであれば、とっくにシンシアたちだけで突破している。速くて硬い、馬に近い魔獣という分類は間違いだろうという魔獣がいるのだ。

「ずっとアークに戦わせるつもりですか?」

「ああ、そのつもりはない。まったく自慢にならないが、彼一人でなんとかなる魔獣しかいないのであれば、我々はもっと奥深くに進んでいる」

「……それはそうですね? まさか……魔獣ではなく魔族、ケンタウロス族がいるのではないですよね?」

 ケンタウロス族は半人半馬の魔族。人族と姿が違い過ぎるので、人里に出てくることはなく、出会うことはまずない。機動力を活かした集団戦が得意で、五人だけのパーティーでは勝つのはかなり難しいだろうとミラは思っている。

「そうであれば話し合いでなんとか……いや、なんとかならないか。とにかく違う」

 魔族であれば話は通じるとシンシアは言おうと思ったのだが、その話し合いは「住処を明け渡せ」という内容になる。ケンタウロス族が受け入れるはずがない。ただこのダンジョンにケンタウロス族がいるわけではないので、どうでも良いことだ。

「では、ツインホーンアーマーホースですか?」

「ギルドの資料には載っていない」

「それ、最初に言ってください。どういう魔獣なのですか?」

 ミラたちがギルドの資料で敵を調べていたことはシンシアも知っていたはず。彼がいる場で資料についてはグラシアール支店長と話をしているのだ。

「ユニコーンを知っているか?」

「ユニコーンって実在するのですか?」

 ユニコーンは神話に出てくる伝説の生き物。魔獣として実在する生物ではないというのが、ミラが持っている知識だ。

「おとぎ話のユニコーンを五倍くらいの大きさにして、体を真っ黒にするとその魔獣だ」

「五倍?」

「何が、五倍?」

「アーク、もう終わったの?」

 いつの間にかアークが戻って来ていた。背中を向けていたミラが気付いていなかっただけで、他の人たちは気付いていたが。

「それは酷くない? なんか俺一人で頑張っていた感じ」

「ごめんなさい。ちょっと魔獣の話が気になって」

「魔獣? 五倍の魔獣って、何?」

 どんな話をしていたのかアークには、さっぱり分からない。ただ五倍の魔獣という言葉から、気になるのは確かだと思った。何が五倍かも分かっていなくても。

「ユニコーンを五倍にした、黒くて硬い魔獣がいるみたい」

「ユニコーンを見たことがない。普通の馬と同じだと考えれば良いのか? だとすると……五倍?」

「体当たりされただけで死にそうね?」

「それ冗談にならないから。なるほどな……そんなのがいるのか」

 それであればシンシアたち、アウローラを始めとした多くの魔族の勇者候補がいて、ダンジョン開放に手間取っているいうのも納得出来る。自分がその魔獣と戦わなければならない状況は、まったく納得出来ないが。

「しかも群れを率いている。他のは普通の馬とそう変わらない大きさだが、統率の取れた動きは、ミラと話していたケンタウロス族の手強さと変わらないくらいだ」

「この手の仕事をするようになって、ずっと思っているのですけど、どうして数に拘るのでしょう?」

「数というのは?」

「パーティーの人数です。危険な敵とどうしても戦わなければならないのであれば、数の力も使えば良い」

 パーティー単位での行動。最大五人という制約が勇者候補を危険に晒すことになる。実際に他のダンジョンでは犠牲者が出ている。勇者ギルドがどうして制約をかけるのか、アークには理解出来ない。

「勇者候補がそれを望まないからだ」

「えっ? そんなことないでしょ?」

「手柄を挙げて、ランクを上げ、大金を稼ぐ。本気で勇者になろうと思っている者もいるだろう。競争を求めているのはギルドだけではないのだ」

 評価されるのは自分だけ、自分たちだけで良い。多くの中の一人では稼ぎが減る。栄光も独占出来ない。勇者候補にはこういう思いがある。まだ将来に希望を持てている低ランク勇者候補ほど、そういう思いが強かったりする。Sランクが見えた、気がしているだけがほとんどだが、Aランク勇者候補などもそうだ。

「……確かにそうですね?」

 出世欲が強い人物をアークも知っている。その彼女は手柄を皆で分け合うなんてことは望まないだろう。皆の手柄を自分一人のものにしてしまうくらい平気でやりそうだ。

「勇者ギルドの考えもそれほど間違ってはいない。魔王と戦う戦力を育てるという点においては」

「……どういうことですか?」

「魔族は誇り高い。人族一人を大勢で叩きのめすなんてことは、よほどのことがないとしない。逆に人族が五人くらいでも一人で相手しようとするだろう。だが百人相手となると話は違ってくる」

「乱戦になると勝ち目はない、ということですか……」

 個の戦闘力では人族は魔族に遠く及ばない。だから数を揃える。だがただ数を揃えただけだと、魔族の側も数で対抗してくる。それでは勝ち目は薄れる。勝つ確率を高める為に一対一、ではなく一対少数の戦いに持ち込むのだ。少数の精鋭で魔王一人に対峙するという形を作るのだ。

「馬鹿げていると思うことでもそうする理由があったりするものだ」

「勉強になります」

「さっきお前の実力を見極めると言ったのは勇者云々とは関係ないことでもある。まずは実際に戦ってみること。このメンバーだけでは難しいとなれば、ギルドに対応を考えてもらうことになる」

「特例を認めさせるにも理由が必要ということですね? 分かりました。行きましょう」

 最初から大人数での攻略を求めても勇者ギルドとしては了承し難い。実際にルール通りに行ってみて、どうしても無理だという結果を出して、初めて検討出来るのだ。こういうことだとアークは理解した。そうであればすぐに動かなければならない。勇者ギルドの検討に時間がかかるような事態になれば、さらに帰還が先に伸びることになる。
 ということで話題となった魔馬種の魔獣がいる階層に向かった一行。

「……確認ですけど、彼は本当に勇者になるつもりはないのですか?」

 まさかの結果にアウローラのメンバーたちは驚くことになった。

「ああ、そう言い切っていた」

「本人にその気がなくても……選ばれるべき人が選ばれるべきでしょう?」

「勇者ギルドにどう説明しろと? アークは魔獣にも勇者として選ばれました、なんて俺に言わせるつもりか?」

 実際に勇者として選ばれたわけではない。だがアークは戦うことなく、実際は少し戦ったが、魔獣を従えてしまった。従えたというのも正しくはないだろう。認められたのだ。友達としてかどうかは分からないが、背に乗せても良い相手として。
 アークとミラを背に乗せて、物凄い速さで駆けまわっている魔獣。乗っているアークたちも楽しそうだ。

「……シンシア。これは任務を達成したことになるのか?」

 魔獣を倒したわけではない。戦いを回避出来ているだけだ。アークはそれが出来た。だが他の勇者候補はどうなのか。この階層を魔馬種の魔獣と戦うことなく突破させてもらえるのか。それが出来なければ、この任務は達成とはならないはずだ。

「俺に聞くな。アークに聞いてくれ」

「……そうだな。そうする」