
ジタバタしても何も解決しない。分かっていても、じっとしていられない。焦っても物事は進まない。分かっていても気持ちが抑えられない。クリスティーナとカイトがどこかに転移させられてから、すでに五日。二人の所在を示す手がかりは見つかっていない。
転移であるのは間違いなかった。アントンたちが魔法陣を荒らしたが、それでもなんとか術式の解析が出来た。さすがは王国が誇る魔道研究所というところ。彼らには感謝しかない。
だが、転移魔法の術式だと分かっても、転移先は分からない。術式には記されている。でもそれは地名ではない。転移先にもまた魔法陣があって、その魔法陣を示しているということだ。記述だけでは、まったく分からないのだ。そもそも転移魔法の術式は完全には解明されていない。元はダンジョンで発見された古の魔法。解明出来たところだけを書き換えて、使われている。それも誰でも使えるものではない。悪事に利用できるので、禁呪指定なのだ。
退魔兵団の兵士たちは、水中や火山の火口に転移させられたのでなければ、なんとかなると言っている。彼らの黒炎、カイトへの信頼はかなりのものだ。同じように私も信頼したい。だが、クリスティーナへの想いが強すぎてか、信頼しきれない。それとも自分が助けたいという想いが強いのか。
離れ離れになると考えなくて良いことを考えてしまう。
退魔兵団はクリスティーナたちが消えた洞窟の奥も調べてくれた。彼らにとっては何でもないことのようだ。数日でダンジョンの隅々まで調べ終えた。ダンジョンにある物としては、それほど貴重ではないが、お宝まで見つけてきた。魔法攻撃への耐性をあげる首飾り。彼らの物にして良いと伝えたが、いらないと言われた。
今彼らが行っているのは、五日では人里に出られない場所の洗い出し。ミネラウヴァ王国全土となると、どれだけの数があると思っているのか。無駄な作業だと伝えたが、日が経てば経つほど対象は絞られると言われた。
彼らはカイトが絶対に無事で、どこからでも戻ってこられると思っている。これまで消息が不明なのは人がいる場所に行くまで、その日数が必要な場所に飛ばされたから。こういう考えなのだ。
この彼らの考えが正しいことを願う。カイトだけでなく、クリスティーナも無事であることを心から願う。どの神でも良いから彼女を守って欲しいと思う。
「まだ全然絞られていないのだけど、ダンジョンがある場所には連絡しておいた方が良いと思うのですが?」
「そうだな。すぐに手配しよう」
「それよりもあいつ等を絞り上げて、白状させたほうが早くない?」
この女性兵士は過激なことばかり言う。ただ私もそうしたい。そうしたいが、何の証拠もなく、彼を拘束することなど出来ない。侯爵家と宰相の息子なのだ。私がそれを求めても拒否されるに決まっている。
「証拠が見つかれば、それも出来る」
「あら? 王子様も意外とその気」
「証拠がなければ何も出来ないと言っている」
その気はあっても実行出来ない。クリスティーナを助ける為であるのに、私は何も出来ない。
「その証拠を集めるのが得意な人いないの?」
「……俺が、一応、その得意な人だけど、そうであることが学校中に知られている。少し調べれば、校内で下手なことを口に出来ないのも分かる」
コルテスが自ら、自分がそうだと答えた。コルレオーネ子爵家の、その家の人間であるコルテスの能力を私は知らない。今の話を聞く限り、情報収集は得意なようだ。
「あらあら。そういうの隠しておくものじゃないの?」
「隠したかったけどな。貴族って噂好きだから。それが俺みたいな人間には助かるのだけど、今回は裏目」
「まったく無理?」
「しつこいね。じゃあ、話そう。個人的にはかなり怪しいと思っている、奴らはまったくこの件について話をしていない。現場にいてこれは異常だ。俺を警戒してそうしているのだとすれば?」
アントンとイーサンを「奴ら」呼び。仕方がないことだ。コルテスは公衆の面前で、アントンに貶められた。恨むなというのは無理な話だ。
「やましいところがある証拠ね?」
「そう。でも、これは証拠にならない。証拠がなくてもやることをやるのが、コルレオーネ子爵家なのだけど、この件に関してはな……殿下のご命令があれば許されるかな?」
コルテスもかなり苛立っているのだ。言葉遣いが荒いのや、危うい発言をするのはそのせいだろう。
「悪いが、命令は出せない。私にはその権限がない」
何の証拠もないのでは、私情でコルレオーネ子爵家を動かすことになる。それではコルレオーネ子爵家も罪を問われる。私の命令でコルレオーネ子爵家が動くはずがないので、無用な心配だ。
「そうでしょう……そういえば、ダンジョンの話をしていたけど、ダンジョンでも大丈夫なのか? かなり危険な未踏のダンジョンもあるのでは?」
「転移先にも魔法陣が必要、つまり、人が行ける場所ということだ。誰かが行ける場所であれば、黒炎も行ける。戻ってこられる」
「……コルテス、今の話は」
退魔兵団の兵士、断空という通り名の兵士は当たり前に黒炎の名を出した。カイトと結びつく話の流れで口にしてしまった。コルテスがこの場にいるというのに。
「ああ、申し訳ございません。聞こえてしまいまして……その……殿下とクリスティーナ様のお話が」
「……そういうことか」
周囲に聞こえないように小声で話をしたつもりだ。すぐ近くに人はいなかった。そういう状況でもコルテスは盗み聞きが出来る。そういうスキルを持っている。さすがはコルレオーネ子爵家というところだが、少し気まずい。何を聞かれているか分からない。
「しかし……そこまで信頼する根拠ってあるのか? 評価に関係なく、強いのは知っている」
「ダンジョンは黒炎にとって故郷のようなものだ。これ以上は話せない」
「故郷……なんだか分からないけど、凄いな。分かっていたけど、俺の親友はとんでもない奴らしい」
コルテスはカイトを親友と呼んだ。二人はそこまでの仲だったのか。パトリオットの騎士候補に推薦するのだから、親しい仲であるとは思っていたが、そこまでとは思わなかった。
「親友……黒炎もそう思っているのか?」
「認めてくれたはずだけど……不満?」
「不満というか……羨ましいな。あいつは他人との間に壁を作る。俺たちは深い付き合いだと思っているのに、黒炎は遠慮を見せるのだ」
あまり、そういう風には私は感じない。より親しいはずの彼らにはそういう態度で、出会って一年も経たない我々には親しみを感じさせる。何故だろうか。
「……俺も不安になってきた。もしかして、別人格を被って、俺の親友を演じているなんてことは?」
「悪い……否定は出来ない」
「ええ……」
この可能性があった。カイトは任務中。それも潜入任務。地方貴族の息子、カイト=メルとして行動している。本来の彼ではない彼を見せている可能性は充分にある。
「大丈夫だよ。私たちに素っ気ないのは、私たちが恨まれているからだから」
「夢魔……」
「その……恨まれているというのは?」
「俺たちのせいで、あいつは平穏な暮らしを失った。退魔兵団なんて糞みたいなところで、働かされることになった。恨まれていてもおかしくない」
夢魔という女性兵士ではなく、断空が話してきた。余計な発言が多い彼女に話させないようにしたのだろう。それでも、かなり突っ込んだ話をしてくれた。
なんとなく気持ちは分かる。それだけ彼らはカイトに申し訳なく思っている。そういう思いは抑えられない。ここで話してどうするというところで、口に出してしまうものだ。関係ない人にこそ、話してしまうものだ。その場限りの話になるから。