
卒業するまで学業に専念、なんてことは仕事の為に王立騎士養成学校に潜り込んでいる自分が求めて良いことではない。それは分かっている。ただ、もう少し落ち着いた学校生活を送らせてもらえないものだろうか。
また野外授業が行われる。犠牲者はいなかったとはいえ、前回の事件から、まだ半年も経っていない。それでまた野外授業を行うなんて、王立騎士養成学校は強気だ。本音を言えば、危機意識がないのかと思う。
これを馬鹿正直に口にしてしまった自分に、王子様が事情を説明してくれた。
王立騎士養成学校では三年間のカリキュラムが組まれている。学校なのだからそれは当然だと思った。ただ、授業のほとんどが実戦形式。野外授業であることは、その時に初めて知った。どうも今回の仕事は段取りが悪い。必要な情報を与えられていない。
当たり前だけど、学年が進むのと比例して、野外授業の難易度は高くなる。ちょっと聞いただけでも後半は、「冒険者ギルドのパーティーですか?」なんて思うような自由度が高く、だからこそ、難易度が高い課題になる。
そうであるから、一学年の間の野外授業も、きちんと消化しておかなければならない。それほど脅威とは言えない魔物や魔獣との戦いに苦戦するような学生は、進級させられない。無理に進級させては、より厳しい授業で命を落としてしまうかもしれない。王立騎士養成学校として、そういう事態を避けるように務めなくてはならない。王立騎士養成学校では日々の授業が進級試験のようなものなのだ。試験を行わないという選択は難しい。
という話だ。まあ、納得である。では未解決事件に対しては、王立騎士養成学校としてどうするつもりなのか。その答えは今日得られた。
「今回の野外授業においては、学校側の護衛を増強しました。ですから、安心して課題に取り組んでください」
学年主任の教授が伝えた、護衛の増強だ。とはいえ、詳しい説明なしで、学生の皆さまは「安心して課題に取り組む」ことが出来るのだろうか。それとも、これでも悪魔にビビるような学生は用無しということだろうか。
「護衛の増強なんていらないよね? 君がいるのだから」
「……無影(ムエイ)さん、持ち場を離れて良いのですか?」
いきなり話しかけてきた。こいつの場合はいつものことだ。気配を消す、どころか姿が見えない状態が通常なのだ。無影、影さえ無いという通り名をつけられるのも当然だな。
「ちゃんと仕事中。黒炎こそ、こんな離れた場所に立っていて良いの?」
「その名で呼ばないでもらえます? 今の私はカイト=メルです」
離れた場所に立っているのは、お前らが来たからだ。来るにしても事前の知らせはないのか。事務担当は誰だ。仕事が雑過ぎるだろ。
「何、その口調? 変」
「田舎貴族の三男の口調。成り行きで偉い人たちと話す機会が増えて、こういう口調にもかなり慣れた」
「僕たちが来ることになったのは、そのせいなの?」
「知らない」
王立騎士養成学校で悪魔の襲撃に備えるのが自分の仕事。でも野外授業にあたって、彼らが増員された。必要なことだとは思う。野外授業では広範囲に散らばってしまう。一人では対応が遅れてしまうのは確実だ。前回は運が良かったのだ。
「くそ団長の点数稼ぎだろ?」
「お~い。俺はカイト=メル。分かっているか?」
姿を隠すことなく、無影の真似が出来ないのは分かっているが、近づいてきた奴がいる。俺は素性を隠している。こいつらはこれを聞いていないのか。
「問題ない。俺は怪しい奴を見つけたので様子を探っているだけだ」
「怪しい奴って?」
「お前に決まっているだろ? 平気だ。ちゃんと視線を外して、話している」
会話をしているように周囲に思われないように、自分もこいつもまったく違う方向を向いて話をしている。話し方も仕事の時に使う、個人行動ばかりの自分は滅多に使わないが、周囲に声が広がらない話し方。
ただ、近づいてくることだけで怪しまれる。それくらい、こいつらは分かっているはずだ。
「……っで、他に誰が来ている?」
「俺たちの他には、暴威(ボウイ)と夢魔(ムマ)」
「えっ……?」
「夢魔も来ている、夢魔も」
「しつこい!」
無影とこいつ、断空(ダンクウ)、さらに暴威と夢魔。面倒くさい奴らが勢ぞろいだ。ただここまで揃える意図が分からない。くそったれ団長は何を考えているのか。
「久しぶりに勢ぞろいだな? 今晩、飲みに行くか?」
「お前な……さっきから言っているけど、俺は潜入任務中。学生だと偽っている」
こいつは何を浮かれているのか。確かに全員揃ったのはいつ以来か覚えていないくらい。そうだとしても仕事中だ。別に自分が真面目過ぎるわけじゃない。クソ団長をはじめとした、くそったれ中年オヤジどもに、躾という名目の、暴力を許す口実を作りたくないだけだ。
「僕もその任務が良いな。代わらない? 女の子と仲良くしても僕なら夢魔に怒られない」
「俺も怒られる筋合いはない」
無影も浮かれている。姿を見せないお前が学生の振りをする意味がどこにある。姿を見せなければ、女子学生と仲良くなれるはずがない。
「そうだ。夢魔に頼んでここにいる奴ら全員、眠らせてもらう?」
「出来るかっ? それに数だけじゃない。ここ、とんでもない奴らが何人もいるからな」
夢魔のスキル。一種の精神攻撃魔法だ。当然、誰にでも有効なわけではない。自分も持っている精神攻撃耐性が高い相手には通じない。とはいえ、夢魔は悪魔相手にそれを使う。人族よりも遥かに耐性がある悪魔に。だから夢魔なんて通り名をつけられるのだ。
「ああ……たとえば、あの、少しクールビューティーな女の子とか?」
まあ、さすがと言えばさすがか。クリスティーナに気が付いた。
「あれは放っておけ。女子学生のことじゃないからな」
クリスティーナ本人ではなく、彼女の影に潜んでいる悪魔の存在に。自分は最初、気付けなかったのに。姿を隠すことが得意な無影は、姿を隠している奴を見つけるのも得意。そういうことだ。
「良いの?」
「あれは強い。名持ちだ。それに害がない。女子学生の従魔になっている。ああ、彼女は気付いていないから、そのつもりで」
「へえ……それが出来る彼女ってことか……」
力ある悪魔を従えている。それが出来るだけの強さをクリスティーナは持っている。悪魔について知っていれば、その実力の高さは分かる。
「クリスティーナ=アッシュビー。アッシュビー公爵家の御令嬢、それと俺は今、彼女の兄の騎士候補見習いという立場だ」
「彼女じゃなくて、兄?」
「そうだ。っていうか、どうしてお前ら?」
「だから言ったろ? 点数稼ぎだって。たまには表に出られる仕事で存在感を示したいってことだ」
「ああ……」
断空の話は理解できる。自分たちの仕事は基本、表に出ない。活動を知るのは、王国のごく一部の人だけだと聞いている。それでは中年オヤジともは満足出来ないのだろう。早々と仕事を離れ、金と女と酒に溺れているくそオヤジどもは。クソ団長なんかはさらに上の爵位を狙っている可能性がある。
「もうひとつ理由があるかもね?」
「何?」
「君、六人の悪魔を追い払ったそうじゃないか。王国からその成果を称える書状が届いたと聞いたよ」
「何もしていないけどな?」
追い払ったのではなく、勝手に逃げて行ったが事実だ。わざと逃がしたことは、誰にも言えないけど。
「お前にとってはな。でも役立たず共はそれで済まない。これ以上、お前だけに活躍させたくない。これがこんなに人数を揃えた理由だな」
「……意味分からない」
「分からないのがお前の良いところであり、悪いところでもある」
「はっ?」
「いつか分かる。分かってもらわなければ俺たちが困る……さて、さすがにそろそろ行くわ。じゃあな」
思わせぶりな台詞を残して、去って行く断空。奴らとはそれなりに長い付き合いだ。悪魔の迷宮で一年以上、一緒に暮らしただろうか。迷宮の中は昼夜が分からないので、時の経過が分からない。それでも、数か月とか半年ではないはずだ。
奴らに出会わなければ、自分は悪魔の迷宮を出なかったかもしれない。もし、迷宮で家族と生きることを選んでいたなら……それはないか。師匠の遺言を無に出来たはずはない。