月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第25話 どの世界でも同じだ

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 王子様が鍛錬に、頻繁に参加するようになって、さらに自分の時間が少なくなった。強者との立ち合いはそれなりに意味がある。特に剣術は、個人の鍛錬ばかりで、あまり実戦では使っていない。剣術レベルは上がっても、強くなれた実感が得られていなかった分野だ。
 王子様はとんでもなく強い。自分の剣はまったく届く気がしない。あの反応速度は何なのか。スキル<第六感>でも持っているのだろうかと思ってしまう。聞いたこともないスキルだけど。
 どうやったら勝てるのか。せめて一太刀入れるには、どうすれば良いのか。単純に考えれば相手の反応速度を上回る速さを手に入れるのが一番。ただ、それはどうすれば実現するのか分からない。
 こんなことを考えている時間は無駄という思いもある。相手は世界最強になるであろう、この世界の主人公。そんな存在に勝てるはずがない。
 それでも考えてしまう。きっとパトリオットとクリスティーナ、それに王子様にも影響を受けているのだろう。彼らは強くなる為に必死だ。背負っているものが違う。側で見ていて良く分かる。そんなこの世界の主要登場人物たちと、何かの間違いであっても関わってしまった自分も、少しは頑張らなくてはいけない。こんな風に思うのだ。

 

「……君……カイト君……カイト君、聞いている?」

 

「えっ、あっ、すみません。考え事をしていました」

 

 今は図書館でリーコ先輩と一緒に術式魔法の勉強中。これも大事な時間だ。自分の好きな時間でもある。術式魔法には様々な可能性がある。それを考えていると時間がいくらあっても足りない。

 

「考え事って?」

 

「……ついこの間、焚火の術式魔法を見てもらう機会がありまして」

 

 術式魔法とは全然関係ないことを考えていました、とは言えない。それにまったく嘘でもない。焚火魔法については考えていることがある。

 

「焚火?」

 

「ええ、野宿の時に便利なのです。燃やせるものが見つからない時って良くあるじゃないですか? そういう時に使います」

 

「……野宿の経験はないけど、まあ、分かるよ」

 

 リーコ先輩はあまり野宿をしないようだ。もしかすると、貴族の家に生まれたのだろうか。貴族であれば、いつも野宿なんて人はいない。野宿するにしても従者がいるので、自分であれこれ準備をすることもないのだろう。

 

「地面に書いた術式に自分の魔力を流したのですけど。それが結構驚かれて」

 

「ああ……詠唱魔法しか使わない人はそうかもね。詠唱が必要魔力量を決め、それを抽出してくれるから魔力操作を意識する必要はないから」

 

「そうみたいです。それで考えたのは詠唱のそれを術式魔法に組み込めないか」

 

「えっと……それに何の意味があるのかな?」

 

 リーコ先輩の疑問は分かる。決められた魔力量を必要に応じて抽出するのであれば、それは魔道具。術式魔法は術者の技量が必要になるが、魔力量をその時々で調整出来るメリットがある。それはそのまま効果、威力に反映させられる。あえて魔道具にせず、術式魔法を使う理由があるのだ。

 

「誰でも使えるようになります。魔道具でもそうだと思われるかもしれませんが、魔道具は高価なものです。そしてその価格のかなりの部分は魔石の値段です」

 

「……魔石を必要としない魔道具か」

 

「具体的なアイディアもあります。焚火の術式魔法を描いた石板を作ります。それぞれ強火、中火、弱火に設定。それを並べれば、三ツ口コンロの出来上がりです」

 

「えっと……ミツクチ……何?」

 

 失敗。この世界に三ツ口コンロという言葉はなかったみたいだ。

 

「鍋を乗せて、煮たり、焼いたり、蒸したり、色々」

 

「ああ、なるほど……」

 

「始めチョロチョロ、中、ぱっぱっの火力の石板を用意すれば、お米も炊けます」

 

 様々な火加減の石板を用意し、それを入れ替えることが料理が楽になる、はず。我ながら良いアイディアだと思う。家事を楽にする魔道具がひとつ出来上がることになる。

 

「火加減調整の為に、ずっとかまどの前に張り付ている必要はなくなるね。そうか……素敵だね。素敵だけど……」

 

 問題があるみたいだ。技術的には出来ると思うのだけど、見落としている問題点があるのだろうか。

 

「何か?」

 

「まず、人の魔力を強制的に吸い上げるという機能の倫理的な問題」

 

「えっ? でも、強制ではなくて、その人の意思で」

 

「うん。でも強制にも出来るよね? 術式はほぼ変わらないはずだ。僕はその術式はすでにあると思っている。でも、これまで見た文献のどれにも載っていなかった」

 

 つまり、公には出来ない術式ということ。魔法でいう禁呪に指定される機能になっている可能性がある。魔力を強制的に吸い取る魔道具。たしかにこういう言い方をすると、かなりヤバいものに聞こえる。使い道も分かる。魔力を失うことは、戦闘力の喪失とほぼ同じだ。量によっては、気絶させることも出来る。

 

「人の暮らしの役に立つ。そういう魔道具を作りたいよね? 僕もそう。でも……誰にでも使える魔道具は、おそらく作れない」

 

「どうしてですか? 確かに魔力を随時補給する機能は問題だと思いますけど、コストダウン、もっと安くすることは出来るはずです」

 

「……言い方を変えるね。作らせてもらえない」

 

「そんなこと……あるの……あるのか……」

 

 魔道具を誰でも使える物にする。これを望まない人がいる。そうなることを阻止できる力を持つ人たちだ。リーコ先輩の言っているのは、こういうことだ。持つ者はより豊かに、持たざる者は持たざるままに。
 そう言えば「百姓は生かさず、殺さず」という言葉を聞いたことがある。詳しい意味は忘れた。でも生きるだけで精一杯であれば、他のことを考える余裕なんてない。豊かになればなるほど不満が増える。支配する側の考えであることは間違いない。
 この世界は支配者が圧倒的に強い。自然とそうなるわけではない、そうあり続けるようにしているのだ。この世界に来て、実は何年か分かっていないけど、十年以上は確実に経っている。そうであるのに、今更、こういう世界であることを思い知らされた。
 自分の生きる世界は狭い。異世界に来ても同じなのだ。

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