月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第23話 これも我がままなのか

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 幼い頃はよく五人で遊んでいた。それぞれの立場なんて意識したことはなかった。大人たちは子供同士でも関係性を厳しく見るようで、何度か小言を言われたが、そのようなものは気にしなかった。兄弟に近い意識を四人に対して持っていた。
 それが崩れ始めたのは、いつからか。記憶にある最初のきっかけは七歳頃だ。私自身は生まれてすぐに鑑定が行われたそうだが、通常は六、七歳で行われる。それまでは安定しないらしい。何が安定しないのかは分からない。とにかく鑑定結果が正しくならないことがあるとのことだ。
 その鑑定でパトリオットだけが<御使いの加護>だと分かった。<神の加護>よりも格下と見られている加護。そこで子供だった私たちの中に、上下の意識が生まれた。パトリオットだけが格下。こういう残酷な意識だ。
 貴族では当たり前の意識。それが貴族の爵位を意識していなかった子供の私たちにも生まれてしまう。今更だが、人とは残酷なものだと思う。当時、今もだが、パトリオットはどう感じたのだろうか。
 パトリオットとの距離が出来たことで、妹であるクリスティーナとの間にも溝が出来た。確実に会う機会は減った。それに気付き、焦り、子供ながらになんとかしようと足掻き、その結果かどうかは分からないが、彼女との婚約が成立しても、溝が埋まったとは言えなかった。それに思い悩む私をアントンは彼なりに慰めてくれていた。そうであったはずなのだ。
 どうしてこうなってしまったのか。アントンと改めて話をしてみた。クリスティーナとパトリオットに向ける態度を改めるべきだと、はっきりと告げた。だが彼には私の思いは通じなかった。もしかするとイーサンの同席を許したのが間違いだったのかもしれない。イーサンはアントンを擁護し、アントンも自らの非を認めようとしなかった。
 彼らの主張は相変わらずだ。勇者である私と聖女であるエミリーが結ばれてこそ、ミネラウヴァ王国の繁栄がある。民もそれを望んでいる。クリスティーナは王妃に、彼らは何故か私の妻が「王妃」になると決めつけている、相応しくない。陰で謀略を弄ぶような女性とは、すぐに関係を絶つべきだというものだ。
 私にはまったく理解出来ない。勇者と聖女が共に戦う、は分かる。どうして夫婦にならなければならないのか。どうして私の妻が王妃なのか、この国を継ぐのは兄だ。そして、いつクリスティーナが悪だくみを行ったというのか。王立騎士養成学校内でそのようなことが行われていれば、私の耳に入る。学長のフェリクスは、それくらい、当たり前に、気が回る男だ。
 私には逆にアントンのほうが謀略を楽しんでいるように見える。剣術対抗戦はその典型的な例だ。

 

「ウィリアム殿下。お待たせしており、大変申し訳ございません」

 

 やや焦った様子で部屋に飛び込んできたのはカイト。これは意外な応対だった。今、パトリオットの騎士候補はこのカイトとコルテスの二人。剣術対抗戦ではもう一人いたが、その彼は完全な人数合わせであったことは後から聞いた。
 二人しかいないのであるから彼が応対してもおかしくない。ただ、なんとなく、こういうことには向かないと感じているだけだ。

 

「いや、気にするな。前触れなく訪れた私が悪いのだ」

 

 ここはアッシュビー公爵家で借りている部屋。自分が借りている部屋は二つ隣なので戻っていても良かったのだが、そこにいるとアントンたちがやってきそうなので、ここで待つことにしたのだ。

 

「クリスティーナ様は今、お着換えをされておりますので、もう少しお待ちください」

 

「わざわざ着替えを?」

 

「つい先ほどまで鍛錬を行っておりまして、かなり汗を……あっ、王子殿下の為と申し上げたほうが良かったですか?」

 

 この男もこういうことを言うようになった。これも驚きだ。ただ、私との距離が縮まったということではない。縮まったのはクリスティーナとの距離だ。きっと。

 

「そうあって欲しいが、我が婚約者殿がそういう方ではないことは分かっている」

 

「さすが、あっ。これも駄目か……申し訳ございません。こういうことは不慣れなものですので」

 

 意外と面白い。爵位が上のアントンにも驚くほど強気。それ以外はなんだか得体の知れない不気味な男だと見ていたが、素はこんな感じなのかもしれない。

 

「いや、かまわない。それくらいの態度でいてくれたほうが、こちらも気が楽だ」

 

「そういうものですか……だからといってお言葉に甘えて馴れ馴れしくすると、あとでお咎めがあるパターンですか?」

 

「ない。約束する。これは建前ではない。四六時中、全員に畏まれていては息苦しくなる。私だって気を緩めたい」

 

 これは本音。アントンとイーサンは気が許せる相手だった。だが今の二人は以前とは変わってしまっている。今の私に王子という仮面を外して、話が出来る相手はいないのだ。クリスティーナがその人であって欲しいが、彼女は建前を大切にする人だ。悲しいことだが、私に気を許していない可能性もある。

 

「……私などには理解出来ないお気持ちです」

 

「まったく出来ないことはないだろう? 今の君は素の君ではない。言葉遣いに気を付けるのは疲れないか?」

 

「……なるほど。少し理解出来ました」

 

「そういえば剣術対抗戦での戦いは見事だった。相手の先鋒はかなりの実力者。周囲も驚いていた」

 

 これも意外だが、話しやすい。彼は完全に素の自分を見せていない。それは明らかだが、それでも何故か、こちらが気を使わずに話せる。何がというわけではないが、そう感じる。

 

「そうだったのですか? あの人が……おそらく相性でしょう」

 

「相性?」

 

「対戦相手は速さに自信を持っていたのだと思いますけど、私のほうが少しだけ上回っていました。相手が得意とする部分で上に行けていた。それが勝因だと思います」

 

「……そうか。あの動きはどうやって身につけたのだ?」

 

 説明は納得できる。だが、はたして速さだけの問題なのか。そうではないだろうと思うが、具体的なことは何も分かっていない。話を続けるには、カイトが言う速さについて話題にするしかない。といってもあの速さには驚いた。速さ”だけ”の話、という内容にはならないだろう。

 

「他の方には説明しづらい内容で……ただ、ちょうど、さきほどまでパトリオット様とクリスティーナ様が同じ動きが出来るようになる鍛錬を行っておりました。正直、上手く行く保証はないのですが……」

 

「クリスティーナも? それはどのような鍛錬なのだ?」

 

「私が投げる小石を地面に落ちる前に拾うだけです。一度きりではなく、いくつも小石を投げ続けます」

 

「……それで何を鍛えられる?」

 

 なんとなく何をしているのかは分かる。だが、それであの動きが出来るようになるとは思えない。本当に意味のある鍛錬方法なのか疑ってしまう。

 

「最初の一歩と方向転換の速さをあげます。そうですね……こんな感じです」

 

 そう言ってカイトは前後左右に動き始めた。彼の言う最初の一歩と方向転換の速さ。方向転換は分かりやすい。切り返すタイミングで彼はほとんど速度を落とさない。それが結果として、見る側の感覚とのズレを生み出し、目で追えなくなるのだと分かった。

 

「これが、もっと速くですけど、出来るようになったら魔力を乗せます。それで更に速くなりますが、まずはそれに耐えられるバランス感覚を養うことが大切だと考えています」

 

「さらに魔力か……」

 

 魔力はさらに加速させる為、その加速した状態でも、方向転換の時に速度を落とさない。それが出来る土台となる体づくりが今、クリスティーナとパトリオットがやっている鍛錬だと理解した。

 

「……明日から私も参加させてもらおう」

 

「はっ?」

 

「この学校に通っているのは自分を鍛え直す為。強さを思い求める者として、やれることは何でもやってみたいのだ」

 

「……パトリオット様とクリスティーナ様がお決めになることですので、私からはなんとも」

 

 予想していた反応。カイトでなくても、こういう返事になるだろう。王子という立場にある者と一緒に汗を流す。これを本心から喜ぶ者は、滅多にいない。皆、断りたくても断れなくて、仕方なく付き合うのだ。自分の鍛錬を疎かにして。
 パトリオットとクリスティーナはどうか。違うと思いたい。クリスティーナには本気で私に向き合って欲しいと思う。

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