月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第22話 努力と根性

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 落ちこぼれ主人公が血の滲むような努力を重ねて強くなる。良くあるストーリーだ。自分もそんな主人公になろうとして努力をした覚えは、実はほとんどない。これまでまったく努力をしてこなかったわけではない。それは自分の評価が甘いわけではなく、事実だ。
 ただ自分の場合は、強くなる為というよりは生きる為。食料を確保する為には狩りが出来なければならない。魔物や魔獣を倒せる強さを身に付けなければならない。それ以前に、自分とは比べものにならない高い身体能力を持っていたブラザーたちと共に暮らすには、彼らに付いていけるだけの動きを身につけなければならなかった。そこに血の滲む努力なんて感覚はなかったのだ。
 こう思えるのは義母とブラザーたちのおかげだ。自分は家族に守られて育った。苦労知らずとは言わない。走るブラザーたちに付いて行くだけで、酸欠を起こして、ぶっ倒れてしまうことも一度や二度ではなかった。でも、それは全て日常。本当にピンチの時は家族が助けてくれる。こういう安心感がある暮らしだった。元の世界とは、まったく異なる、穏やかな毎日だった。
 師匠に、養父に出会ってからも、実際はそれ以前から会ってはいたそうだが、それほど変わらない。鍛錬は厳しくはあったが、生死の境を彷徨うなんてことがあった記憶はない。常に今よりも少し上。この微妙な目標を師匠は設定し、自分を鍛えてくれた

 

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 

 パトリオットが自分に剣を教えるように求めてきた。ランクBがランクDに教わってどうする、とは思ったけど、総合評価での比較に意味がないことは、もう分かっている。実際に試してみて、剣術に関しては、自分のほうが上であることが分かった。

 

「パトリオット様。動けなくなると、そこで鍛錬が止まってしまいます。ですから、常に動ける状態でいてください」

 

 これは師匠の教えをパクった言葉。ぶっ倒れるまで頑張っても、そこから目が覚めるまでの時間はサボっていることになる。だから気絶は非効率。そう言われ続けていた。どれほど厳しい鍛錬も気絶まで行かないところでとどめておかなくてはならない。限界突破なんて考えては駄目なのだ。

 

「……つ、常に……そ、それが……出来たら……」

 

 苦労はしない。自分もそう思ったことがある。でも出来るのだ。今よりも少し上を達成するには、限界に届かないところをどこまで攻めることが出来るか。振り切らない状態を保ち続けることで、限界のラインがいつの間にか上に行っている。これを繰り返すことだ。

 

「さあ、続けましょう」

 

 とはいえ、パトリオットは頑張っている。どうしてここまで頑張れるのか不思議だ。パトリオットは公爵家の次男という立場。アッシュビー公爵家は色々と問題を抱えているようではあるが、その全てを自分で背負う必要はない。悪いのは今の当主、パトリオットの父親だ。パトリオットではない。
 自分はこう考えてしまう。だから自分は駄目なのだ。分かっている。分かっているけど、他人の為に頑張ろうという気持ちは理解出来ない。ではその他人は自分に何をしてくれるのか。こんな風に考えてしまう。この辺は家族愛を知った後も、変わっていない。

 

「行きま~す。はい!」

 

 今行っている鍛錬は、自分が投げた小石を地面に落ちる前に取るというもの。前後左右に次々と小石を投げていく。バランスを崩さないように、すぐに次の動作が出来るように保ちながら、前後左右に動く鍛錬だ。投げる高さも変える。地面ギリギリに投げられた小石をすくうように取ったり、高く投げられた小石を伸びあがって取ったりと、かなりの全身運動。これをひたすら続ける。
 これは自分が持つスキル<立体軌道>を意識して考えたもの。自分がスキルを得たのはこのやり方ではないけど、協力してくれるブラザーがいなければ、別の方法を考えるしかない。
 最初の一歩と方向転換の速度を高める。スキルの効果から逆に考えて、この方法を思いついた。実際のスキル<立体軌道>は上下の動きもあるのだけど、それはスキルを得られた後に鍛えること。剣での戦い、平面での移動となると、速度を緩めず方向転換を行えるだけで、かなり有用なのは、剣術対抗戦で証明された。

 

「……あれ? 大丈夫ですか?」

 

 パトリオットは地面に倒れて動かなくなった。生きていることは大きく上下している胸を見れば分かる。限界が来たようだ。それを責めるつもりはない。理想は理想。自分だって酸欠でぶっ倒れたことは何度もある。仕方がないことだ。
 休憩時間が出来た。この時間で何かやれることはないか。他人の頑張りを見ていると、自分も何かしなくては思う。

 

「次は私。お願いしますわ」

 

「クリスティーナ様……えっと……大丈夫ですか?」

 

「もう大丈夫です。お願いします」

 

 クリスティーナまで鍛錬に参加している。ランクAの彼女まで。パトリオットの鍛錬をただ見ているだけでは気が済まなくなったみたいだ。

 

「……じゃあ、始めます」

 

 正直、クリスティーナに鍛錬に参加されるのは、あまり嬉しくない。でも、これを口にするわけにはいかない。パトリオットにも言えない。
 クリスティーナは、やはりというか、鍛錬に妥協しない。それこそぶっ倒れるまで行おうとする。今日もすでに一度、動けなくなっている。それでもまだ、続けようというのだ。
 すぐに息遣いが激しくなる。流れ落ちる汗。それに構わず、クリスティーナは動き続ける。美少女が息を切らせ、大汗をかいている様子は、何故か卑猥だ。こんなことを考えてしまう自分が嫌なのだ。
 延べ年齢三十超えの男が半分の年齢の美少女に見とれてしまうと自己嫌悪に陥る。だから鍛錬に参加されるのは困る。こんなことは絶対に口にしてはいけない。誰にも言わずに胸に秘めておくべきだ。

 

(……本当に彼女が悪役令嬢だったら……俺は彼女の為に何かしようと思うの……ば、馬鹿か、俺は)

 

 駄目だ、駄目だ、と思っているのに、こういう鍛錬には関係ないことを考えてしまう。誰かの為に、なんて考えることは、とっくの昔に捨てている。考えても自分には何も出来ない。自分にとって、とても大切な人だったと分かっても、その人の為に自分は何も出来なかった。勇気を持てなかった。
 クリスティーナに鍛錬に参加されると困る。思い出したくない、でも忘れられない人のことを思い出してしまうから。

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