
学校は学びの場。これは間違いではないけど、これだけで全てを示しているわけではないことは元の世界ですでに学んでいる。ただ、これもまた学びなのだとすれば、学校は学びの場という言葉は正しいことになる。
そうかもしれない。社会は平等ではない。ヒエラルキーの上位にいる人は良い思いが出来、自分のように底辺にいた人間は全ての権利を奪われる。上位者は何をしても許され、底辺にいる人間は何もしていなくても罪を着せられる。学校で教わる自由平等なんて嘘であることを学べる。
貧富の差がない社会、格差のない社会の実現なんて、本気で誰も目指していない。そういう社会の中で自分が勝者の側に、少しでもそれに近い位置にいられることを求めているだけだ。
学校はそれを教える場だ。制度上、身分制度を認めていない元の世界でそうだったのだ。王がいて、貴族がいて、平民がいて、奴隷もいる。そんな、この世界であれば、これくらいのことは当たり前。そういうことだろう。
「出場を辞退するのが正しい選択だというのに。そんなことも分からないのか?」
パトリオットのチームから王子様は抜けることになった。王子が臣下の騎士という立場になるなんてことはあってはならない。こんな横槍が入ったせいだ。余計な真似をする奴は誰だ、と思っていたけど、きっとこいつが関わっているのだろう。アントンの実家は王国貴族の中でもっとも力を持っている。これくらいのことは出来るはずだ。
それとも宰相か。どちらであっても子供の為に権力を行使するような奴らは、ろくでなしだ。元の世界にも、そういう奴がいた。異世界に転生することが分かっていたなら、殺してやったのに。
「剣術対抗戦に参加する資格は王立騎士養成学校に学ぶ全ての学生にあります。貴方にどうこう言われることではありませんわ」
王子様が抜けたことで定員割れになってしまったが、急遽、リーコ先輩に頼み込んで名前を貸してもらった。クリスティーナが言う通り、参加資格は学生全員にある、学年は関係ないのだ。
「公爵家の人間として恥ずかしくないのかと私は言っているのだ」
「恥と思うことなど一つもありませんわ」
「あるだろ? おぞましい暗殺者を仲間に引き込むなど、ありえない」
「なんですって……?」
アントンはコルテス君をメンバーに入れたことに文句を言いたいようだ。この可能性を自分は考えていなかった。パトリオットとクリスティーナであれば、コルテス君がコルレオーネ子爵家の人間であることなんて気にしないと思った。実際にそうだった。だがクリスティーナに悪意を持つ奴らには攻撃のネタを与えることになってしまった。
「血で汚れた仕事で爵位をかすめ取ったコルレオーネ家など貴族ではない。盗みに殺し、なんでもやる野盗同然の奴と同じ建物で息をしているのも――っ!」
なんと見事な右ストレート、ではなく、平手打ち。クリスティーナの右手がアントンの頬を叩いた音が響き渡った。
「な、何をする!?」
「お黙りなさい! 貴方の無礼な物言いは王国貴族の一員として許すわけにはまいりませんわ!」
こういう人なのだ。公爵家という、爵位だけなら王国貴族の最上位に位置する貴族家の御令嬢でありながら、下位の人間に対して、限りなく公平であろうとする。上位貴族だからこそ、こうなのかもしれない。そうだとしてもそれを正しく、真っすぐに行えるこの人は、特別だと思う。
「……コルレオーネ家は血で汚れている! それを知らないわけではあるまい!」
「貴方の言うその汚れは誰の為ですか!? 王国の為、王国の平和の為、王国の民の為ではないのですか!?」
「なんだって……?」
「ウォーリック侯爵家は陽の当たる場所を歩いている! 確かにそうでしょう! でも、そうでいられるのは何故ですか!?」
これから剣術対抗戦があるというのに、コルテス君はちゃんと戦えるだろうか。涙で対戦相手が見えないのではないだろうか。これくらいのことで泣きそうになるなんて、コルテス君はかなり涙もろいようだ。
「ウォーリック侯爵家の代わりに影の中を歩む方たちがいるからではないのですか!?」
「そんなことは……」
「アントン、貴方は感謝すべきですわ! 陽の当たる場所にいることが許される理由に! 貴方の代わりに苦しんでくれる人の存在に!」
日向で生きている人がそうでいられるのは日陰で生きる人がいるから。これは違うだろう。二つに関係性はないと自分は思う。クリスティーナは間違ったことを言っている。そうであるのに正しいと思える。理屈がどうかなど関係ない。この人の心根が正しいのだ。
「……詭弁だ。だが、勝手にしろ。恥をかかないようにと忠告してやったというのに、無視したことをせいぜい後悔しろ!」
捨て台詞を吐いてアントンは退場。これで一件落着、ではない。まだ続きがある。
「……では、クリスティーナ様。そろそろ対戦を始めませんか?」
対戦相手はアントンのチーム。いざ対戦が始まるというところで、あの男はコルテス君の参加に文句を言ってきたのだ。恐らくは、パトリオットの騎士候補にコルレオーネ家の人間がいることを知らしめようという嫌がらせだ。クリスティーナに言い負かされたけど。
ただ嫌がらせはまだある。アントンのチームといっても第二チーム。騎士候補の数が多いので二つのチームを参加させている、というのは、きっと嘘だ。第二チームのメンバーはパトリオットの騎士候補だった奴ら。寝返った奴らと戦わせるという嫌がらせだ。
「ええ、かまいませんわ」
「クリスティーナ様とパトリオット様に刃を向けるのは大変心苦しいのですが、勝負となればそうも言ってもいられません。お許しを」
そしてこいつは副官気取りだった奴。アントンに乗り換えても、変わらず人をイラつかせる奴だ。なんとか叩きのめしてやりたいのだけど、どうやら敵チームの大将。対戦するには四勝しなければならないので無理。パトリオットに任せよう、その前のクリスティーナがやってくれるかもしれない。
「先鋒、前へ!」
ということで先鋒の自分は、審判の声で前に出る。
対戦相手は、正直、名前を憶えていない。辞めていった奴らとは数えるほどしか会っていない。それも会っただけで、ろくに会話をしていない。見覚えがなくても仕方がない。
「……始め!」
開始の合図と共に相手が動いた。びっくりするほど速い、けど、自分も速さだけは自信がある。四つ足のブラザーたちに鍛えてもらった動きは、自分で言うのも何だが、かなりのものだ。
スキル<獣速>と<立体軌道>は四つ足のブラザーたちに鍛えてもらって身につけたスキル。この機動力で逃げ回り、隙を見て魔法で攻撃。これが自分の悪魔との、ワンパターンな、戦い方なのだ。
「……し、勝者、赤!」
相手の背後に回って、剣で殴り飛ばす。確かな手応え。相手は対戦場を転がっている。
勝つには首に剣を軽く当てるだけで良かったのだが、自分もムカついていたのだ。対戦相手にとっては、八つ当たりだ。
これで一人勝ち抜き、では満足しない。第二戦の敵の次鋒は、なんとなく、覚えていた。だからといって手加減はしない。そんな真似をして勝てるほど戦いは甘くない。自信もない。
「勝者、赤!」
それでも勝利。これで二勝。リーコ先輩が不戦敗になる分を、なんとか稼げた。ここまでは自分の責任だと、リーコ先輩に無理を言ってメンバーになってもらった時から考えていた。なんとか果たせて、ホッとした。
「次、棄権します」
「えっ?」「なっ?」
自分の役目は終わり。三戦目は棄権する。クリスティーナとパトリオットは驚いているけど、考えは変わらない。
「コルテス君に任せます……大丈夫だよな?」
「……ああ……ああ、任せておけ!」
自分の親友は強い。<鑑定>を使って確かめたわけではない。でも強いと思う。結局、学校の判定はかなり大雑把なものなのだ。総合力の判定では剣で強いのか、魔法で強いのか、それ以外で強いのか分からない。戦いの相性の良し悪しも分からない。判定結果だけで、勝敗が決まるわけではない。そういうことだと自分は思っている。
そして、やはり、コルテス君は強かった。残り三戦を全勝。歓声の声に、少し躊躇いながらも、手を上げて応える親友が誇らしかった。