月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第17話 同じ転生者なのに

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 甘い考えだった。愚かな行動をしたと、今更だけど、後悔している。王立騎士養成学校に久住はいる。それが分かっていても、会えるはずがないんだ。会えるはずがないのに、会いに来てしまった。どうしても衝動が抑えられなかった。
 結果はこの通り。標的だった奴らに追われることになった。仲間がいれば、なんとかなったかもしれない。でもこれは俺が勝手にしていること。当たり前だ。俺は転生者で元の世界の同級生がいたから会いに行くなんて、誰にも言えない。転生者であることは、誰にも話していない。
 身体能力は鬼人族である俺のほうが上。この考えは甘かった。追ってくる奴らを振り切れない。走る速さはほぼ変わらないか、相手のほうが速い。身体強化魔法。元の世界で生きている時から知っているこの情報を、今になって思い出した。本当に俺は愚かだ。
 こんなところで殺されてしまうのか。切実な死の恐怖を味わうのは、これが二度目。一度目は黒炎に遭遇した時。黒炎がこの世界に転生した久住だと知らなかった時だ。
 俺以外にも転生者がいた。可能性は考えていたけど、実際に存在することが分かると、やはり嬉しかった。自分は特別。この思いは慰めでもあった。周りに人とは違うということは、孤独感のほうが強かった。久住の存在を知って、それに気付いた。
 もう駄目かもしれない。追いつかれる。俺はここで死ぬ。


「おい。こっちだ」


「なっ!?」


 いきなりかけられた声。その声の主を見て、驚いた。求めていた姿がそこにあった。


「だから、こっち」


「……久住か?」


「……どうでも良いけど、急いでくれるか? 追いつかれる」


 俺の問いに対する答えはない。でも否定もしない。こんなやりとりはをしている場合ではない。呆れ顔がそれを教えてくれている。


「分かった」


 二人で路地を駆ける。


「屋根、跳べるか?」


「えっ……?」


 不意の、それもまさかの問いに戸惑うことになった。


「嘘だろ? お前、これまで何をしていた? もう、良い!」


 また相手を呆れさせることになった。当たり前に彼は出来るのだ。もしかすると自分も出来るのかもしれない。ただやってことがない。
 なんてことを考えている間に体を抱えられて、跳びあがることになった。屋根にあがると今度は近くにあった煙突に飛び込む。まるで何かのアトラクションみたい、なんて言ったら怒られそうなので黙っている。


「……お前もやれよ」


「あ、ああ」


 自分も足を使って、下に落ちないように体を支える。ここまででどれだけの時間が経ったのか。ほんの数秒という感覚だ。判断が速いのだろう。
 魔法が展開された。何の魔法かは俺には分からない。


「しばらく黙っていろよ」


「ああ」


 追っ手の声が聞こえてきた。「いない、いない」と騒いでいる。このままここにいて逃げ切れるのか。不安で汗が滲み出てくる。
 だが追っ手は去って行った。少なくとも声は聞こえなくなった。

 
「念の為に聞くけど、二、三時間はこのままでも大丈夫だよな?」


「……正直、分からない。こういう経験は初めてだから」


 二、三時間このまま。普通の人に出来ることじゃない。ただ俺も今は普通の人ではない。鬼人族だ。体力は元の世界の自分よりも遥かにあるのは分かっている。


「ああ……悪魔は殺る側だからな。殺されないように逃げる側じゃない」


「……お前だって同じだろ?」


 悪魔と呼ばれる俺たちの側から恐れられる存在。それが黒炎だ。俺たち悪魔は彼に狩られる側だ。


「はあ? 俺は何度も逃げ回ったことがある。おかげで身につけたスキルもある。今のこれは違うけどな」


 ただ、彼も最初からそういう存在ではなかったようだ。それはそうかもしれない。転生していきなり強い。良くありがちな設定だが、この世界の転生は違う。それは自分自身の経験で知っている。元の自分に比べれば遥かに強靭な肉体を得ているが、この世界の鬼人族では当たり前。凡人のレベルだ。


「……どうして俺を助けてくれた?」


 こういう状況だが、聞きたかったことを尋ねてみた。どうして彼は俺を助けてくれるのか。しかも二度目だ。


「お前が捕まると困る。捕まるだけなら良いけど、嘘の証言をされると知り合いが罪に落とされるからな。俺も巻き込まれるかもしれない」


「……久住だよな?」


 同じ転生者だから。予想していた答えとは違っていた。それが少し寂しかった。繋がりを否定されているように感じた。


「違う。俺はカイトだ」


「だから、久住海斗だろ?」


「そいつは死んだ。俺はこの世界で生まれたカイト。カタカナでカイトだ。そいつのことなんて思い出したくもない。この理由は分かるだろ? お前だって久住(ヒサズミ)なんて呼んでいなかった。クズの身と呼んでいた」


 理由は分かる。ずっと酷い虐めを受けていた。俺だったら耐えられない。死を選らんでいたかもしれない酷い扱いを受けていた。元の世界のことなど忘れたいと思うのは当然だ。ただ彼の名はカイト。発音は元の世界のままだ。


「……すまない。でも、この世界のカイト……お前はそう言えるのか……」


 それでも彼にとっては別の名。そういうことのようだ。彼は転生を、この世界で生きることを受け入れられている。


「お前は違うのか?」


「俺は……この世界では名前もない。何のために存在しているのか分からない」


 名は与えられていない。この世界で名を持つのは貴族だけ。特別な力を持つ貴族の魔族だけだ。鬼人族では、今は、一人しかいない。


「……そうか……でも名前はあるだろ? 誰かに名付けてもらう必要なんてない。お前は名前を持っている。お前がそれを望むのであれば、だけどな」


「俺が望めば?」


 この世界で魔族は親から名を与えられることはない。自分で名乗っても誰も認めない。転生してすぐに知った。名がないことを不思議に思って聞いた時だ。何を聞いているのかと、怪訝な顔をされた。


「お前がお前でありたいならな。俺はこの世界でカイトでいることを望んだ。誰にもらった名前でもない。自分で自分をそう決めた」


 自分で決めたとカイトは言う。どういう意味なのか。「この世界でカイトでいることを望んだ」と彼は言う。それは。この世界での存在証明という意味か。
 俺は何のために自分がこの世界に転生したか分からない。どうして存在しているのか分からない。でもきっとそういうことじゃない。そう言っているんだ。この世界で俺が何者であるかは俺が決める。カイトは決めた。彼がそうしたのなら、俺もそうしたい。
 俺の名は、瀬名俊樹は捨てよう。では何にするか。カイトと同じ。新しく生を受けた俺はこの世界の俺。それでも俺は俺。だから、セナにしよう。俺はこの世界のセナだ。そう決めた。


≪条件を満たしました。空白(本名:瀬名俊樹)はセナ(本名:瀬名俊樹)になりました≫


≪加護<鬼神の怒り>を取得しました。各種能力値が上昇しました≫


≪スキル<鬼迫>を取得しました≫


≪スキル<鬼力>を取得しました≫


≪スキル<鬼功法>を取得しました≫


≪スキル<魔法攻撃耐性>がスキル<炎熱耐性>とスキル<寒冷耐性>に分割されました≫


≪スキル……≫


 誰かの声が聞こえてくる。初めて聞く声。しかもこれは……この世界はこういうシステムがある世界なのか。


「……こ、声が?」


「はい?」


「声が聞こえる。お前は聞こえないのか?」


「……まさか……嘘だろ? お前、これまで神様の声を聞いたことがないのか?」


 カイトはこの声を知っている。すでに何か特別なスキルを得ているということ。これがカイトの強さの秘密。そういうことなのかと思った。


「<鬼神の怒り>……これって……」


 加護を得た。加護については知っている。自分も何かを持っているものだと思っていた。だが違った。今初めて加護を得た。俺は、きっと強くなった。


「……じゃあ、もう平気だな。あとは自力で何とかしろ」


「えっ。おい? 待ってくれ、久住!」


 もっと話したいことがある。何を、というものはないが、とにかく話をしたかった。だがその機会は得られなかった。慌てて追いかけたが、煙突を出た時には、すでに姿が見えなくなっていた。
 俺は救われた。二度、ではなく三度。加護を得られたのもカイトのおかげだ。その御礼を伝えることも俺は出来ていない。

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