月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第15話 想いの向き先

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 婚約者というものの、ウィリアム王子殿下とはそれほど親しいわけではない。幼い頃から知ってはいた。でもウィリアム殿下と年が近いのは私だけでなく、兄のパトリオットとアントン、イーサンもいる。私だけが女性だった。私以外の四人が遊んでいるのを少し離れた場所で見ている。それが幼い頃の思い出だ。
 だからウィリアム殿下との婚約が決まったと聞いた時は驚いた。喜びよりも戸惑いが大きかった。アッシュビー公爵家は、その一員である私から見ても、王国に何ら貢献していない。過去の栄光、といっても王家との血の繋がりだけだけど、を頼みにするだけの、「骨董アッシュビー」と陰口を叩かれる通りの家だ。ウィリアム殿下は第二王子とはいえ、私は婚約者に相応しくない。こう思った。
 この思いは今も変わらない。アッシュビー公爵家は相変わらずだ。だから変えなくてはならない。家臣や領民に望まれる領主家にならなければならない。その為にパトリオットが次期領主になるべきだと思った。弟は同い年の中では出来が悪いと見られている。それは加護のせい。パトリオットの加護は神ではなく御使いの加護。他の三人の加護よりは格下と見られるものだ。
 でも、領主に加護の格なんて関係あるのでしょうか。領主は加護を受ける存在ではなく、領民たちに加護を与える存在だと私は思う。
 パトリオット兄上は少し臆病なところがあるけど優しい人だ。良識もある。家臣や領民に対して、ちょっと見栄を張ることはあるけど、横柄ではない。勉強は飛び抜けて出来るわけではない。たまにサボったりする。自家の騎士団、領地軍を率いる軍才もないかもしれない。でもそれは、それが得意な家臣に任せれば良い。私もパトリオット兄上の手助けをするつもりだ。
 だから、私はウィリアム殿下との結婚は望まない。パトリオット兄上の為、領民の為に働きたい。


「……入学してからも、あまり話す機会が持てなかった」


「そうですわね。学校生活は思っていたより、忙しいですわ」


 パトリオット兄上を支える騎士候補を探すのは大変。入学時に高評価を受けた人たちには、いくつもの貴族家から誘いが来ている。その中でアッシュビー公爵家を選ぼうという人は悔しいけどいない。自ら応募してきた人は、失礼だけど、誰にも相手にされなかった人たちだった。


「パトリオットの下にも人が集まっているようだな」


「……はい」


「どうした? 喜んでいるようには見えない」


 思いが顔に出てしまった。私はまだ未熟だ。パトリオット兄上の代わりに交渉役を務めることもある。相手に考えを読まれるようでは、きちんと役目を果たせない。

「兄が心から信頼できる方に仕えていただきたいと思っておりますわ」


「そういう者はそう簡単には見つからないか……彼はどうなのだ?」


「彼……カイト殿ですか?」


 ウィリアム殿下が気にする人。それが誰かとなればカイト殿しかいない。他の人たちは恐らく、ウィリアム殿下の眼中にはないでしょう。

 

「彼は……変わっているな。良く言えば、気概がある」


「悪く言えば、身の程知らずですか?」


「ふっ、そうだな」


 強張った表情だったウィリアム殿下の顔に笑みが浮かんだ。久しぶりに見たような気がする。ほとんど話をしていない、どころか会ってもいないのだから、そう思うのも当然ですか。
 これだから実感がない。私は本当にこの方の婚約者なのだろうかとさえ、思ってしまう。


「兄には、少し彼を見習って欲しいと思っています」


「パトリオットに? それはどういうことだろう?」


「間違っていることは間違っていると、誰にでも言える勇気ですわ」


 上の兄上はもちろん、父上にも「それは違う」と言える勇気。パトリオット兄上にはそういう強い気持ちを持って欲しい。そうでなければアッシュビー公爵家は変えられない。
「……クリスティーナは厳しいな」


「厳しい、ですか?」


「そうだ。正論を貫き通す力を持つというのは大変なことだと私は思う。私も……そう、私もその勇気を持てないでいる」


「殿下が……」


 正道を突き進む方。ウィリアム殿下のことはこう思っていた。でも殿下自身がそれを否定する。さきほど浮かんだ笑みは、自嘲の笑みに変わっていた。
 私はパトリオット兄上に厳しい。難しい要求を突き付けている。殿下から見て、そう思えるのでしょう。でも、アッシュビー公爵家を変えることが簡単であるはずがない。どれほど困難でも前に進むしかないのです。


「……野外授業のことについて聞きたい」


「私は関わっておりませんわ」


「君を疑ってはいない。ただ……コクエンが誰か知っているか?」


「……コクエン。それは……分かりません」


「本当に?」


 また失敗。動揺が顔に出てしまったのが自分でも分かる。ウィリアム殿下がコクエンと呼ばれている人が襲撃に関わっているのだと考えているとすれば、私も疑われることになるかもしれない。
 「分かりません」は嘘ではない。はっきりしたことは私も分からない。「コクエン」という言葉もその時は良く聞こえなかった。ウィリアム殿下に今言われ、そうだったのかと分かったくらい。
 でも悪魔が口にした言葉にまったく心当たりがないかと言えば、嘘になる。もしそれが私が知る人の中にいるのだとすれば、一人しかいない。


「……憶測で話して良いことだと思えません」


「それは……私にも?」


「……申し訳ございません。今は殿下にお話して良いものかも分かりません」


 憶測でも話すべきなのかもしれない。ウィリアム殿下にご相談すれば、何か分かるのかもしれない。でも、私はまだ私自身で何もしていない。信頼を得ようという相手に、疑いを向けさせるようなことから始めるなんて真似はしたくない。


「そうか……そういえば、最初に聞くべきだった。君たちも襲われたのか?」


「学校側からは何も聞いていらっしゃらないのですか?」


「今の私は一学生。特別な配慮を受けるような立場ではない。まあ、どうしても必要と思えば、特別待遇を求めることもあるだろうけど」


 でも今はそうしていない。悪魔に襲撃されたという大事件。これに対しては権限を行使しても良いのではないかと私は思う。
 今回は犠牲者が出なかった。でも次はどうか分からない。二度と同じ事件を起こさせてはいけない。
 それにきちんと調べた結果が分かれば、私への言いがかりもなくなる。真実が分かっていないから、濡れ衣を着せられそうになるのだ。

 

「襲われました。でも、まともな戦いにはなっておりませんわ」


 鬼人族を一人倒した。でもあれは戦いなんてものではない。相手は為す術もなく倒され、あとは逃げた。


「そうか……結局、あれは何なのだろうな?」


「私とパトリオット兄上を狙ったのは間違いないと思いますわ。でもあの者たちに何か予期しない事態が起きた。だから戦うことなく去った」


「そうだな。私も同じ考えだ。問題は、その予期しない事態か……」


 その予期しない事態と「コクエン」という言葉が繋がる。「コクエン」がいた、もしくはあった。だから悪魔は逃げ出した。「コクエン」は悪魔が恐れる存在ということ。


「……少し間をおいて、聞いてみようと思う。分かったことがあれば、君にも伝えよう」


「ありがとうございます」


「……クリスティーナ。たとえ聖女が現れようと、私の婚約者は君以外にいない。君以外は考えられない。この言葉を忘れないでいて欲しい」


「殿下……」


 想定外の言葉。こんな言葉をウィリアム殿下から向けられるとは思っていなかった。それだけ周囲が婚約破棄に向けて動いているということかもしれない。そういう動きがあることは、私も耳にしている。
 でも殿下は。こんな言葉を口にされるとは、思っていなかった。

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