
王立騎士養成学校に入学した目的は自己研鑽の為。王家の人間である私に私的な騎士を集めなければならない理由はない。王立騎士養成学校に入学することも本来は必要ないのだ。
そうであるのに入学することにしたのは、アントンとイーサンがしつこく勧めるから。同い年で幼い頃から良く知る彼らの勧め。一緒に学校生活を送るのも悪くないと考え、入学を決めた。
父上も兄上も賛成してくれた。賛成してくれた理由は分かる。私が持っている加護≪勇者の器≫だ。いつか勇者として立ち上がる日が来るかもしれない。その時に備えて、同世代の優秀な者たちと知り合う機会を作っておくのは悪いことではない。こう考えたのだと思う。
だがそれは今のところ、学校生活はまだ始まったばかりだが、上手く行っていない。多くの学生たちと語り合うどころか接する機会もほとんど持てない。正直、アントンとイーサンが煩わしい。彼らが他の者たちを寄せ付けないのだ。
例外がエミリー。彼女は優秀だ。聖女の資格とされる<聖光神の加護>を持つ、とも聞いている。彼らと彼女の考えは、私が勇者として立つ場合、自分たちが共に戦うというもの。だから他の仲間は必要ないというものだ。
三人とも優秀だ。共に戦ってくれるのはありがたい。だが、だからといって他の学生との関わりを遮断されるのは、どうかと思い始めている。共に戦うかどうかは別にして、色々な考えを聞いてみたいと思うようになったのだ。
そのきっかけは、勇者は戦乱の予兆という話を聞いてからだ。いずれカンバリア魔王国はまた戦乱を引き起こす。そう言われて、すでに二百年。先の大戦での敗北から完全に立ち直ったであろうカンバリア魔王国は、いつ侵攻を始めてもおかしくない。それに対抗する力を持つ勇者が現れたこと、それが自分であることは喜ぶべきことだった。
だが勇者の存在が魔王を刺激し、戦乱を引き起こすかもしれない。こういう見方もあることを知った。正しい見方とは限らない。あくまでも、こういう考えもあるというだけのことだ。
それでも勇者という存在が、絶対的に、歓迎されているわけではない。それを知った。
「スライムだ!」
スライムが現れた。正直、戦う気になれない。スライムとの戦いは、すでに自分に何も与えてくれない。核を正確に突く。この技量はかなり前に取得している。
眩い光がスライムに降り注ぐ。エミリーの光属性魔法だ。幾筋もの光がスライムの体を貫いていく。過剰攻撃。分かっていてやっているのだろう。入学して初めての実戦訓練はかなり難易度が低い。私たちには物足りないものだ。
初めから分かっていたこと。元々乗り気でなかったのだが、やはり参加を後悔することになった。
「エミリー、気をつけろ!」
アントンの緊迫した声が響き渡った。スライム相手に出す声ではない。新たな魔物、それも脅威を感じる何かが現れたのだ。
「……違う……悪魔か?」
魔物ではなかった。一見すると人族と変わらない容姿。だが前頭部から伸びる角が人族ではないことを教えてくれる。
悪魔、魔族、とにかくスライムとはまったく比べものにならない脅威が姿を現した。それも三人だ。
「隊列を整えろ!」
戦闘態勢を整えるように指示を出す。現れた悪魔がどれほどの強さなのかは分からない。だが油断が許される相手ではないことは明らか。
「殿下はお下がりください!」
前衛に出ようとした私を遮ったのは近衛騎士。万が一に備えて同行してきた騎士だ。最前列にその近衛騎士とアントンの護衛騎士が並び、その後ろに私とアントン。後衛はエミリーとイーサンの二人だ。結果として悪い陣形ではない。
エミリーの詠唱の声。<聖女の祈り>という強化魔法であることを私は知っている。エリア内にいる味方に各種身体強化と魔法耐性強化の効果を及ぼす魔法。かなり高度な、おそらくは彼女だけの固有魔法だ。さらにイーサンの詠唱。水属性の上級攻撃魔法が悪魔たちに襲い掛かる。
魔法の着弾とほぼ同時に前衛の二人が斬りかかった。だが、その攻撃は悪魔には届かない。力任せに殴りつけられ、二人とも大きく吹き飛んだ。
「うぉおおおおっ! くらえ、ファイアスラッシュ!」
アントンが剣を振るう。振り下ろされた剣の先から悪魔に向かって伸びる炎の刃。彼の保有スキル<魔法剣>だ。私の保有スキルでもある。
「レイスラッシュ!」
光の刃が悪魔に向かう。
「何……?」
だがアントンと私の魔法の刃まで弾き飛ばされた。魔族特有の強力な魔法耐性。そういうことだろう。
「……噂通り、いや、噂以上の力だな」
「だが今なら、ぎりぎり一人くらいは殺れるのではないか?」
「どうだろうな?」
敵はこちらの力を評価している。嬉しくは思わない。人数だけでいえば、六体三。味方は倍の数がいる。悪魔相手であれば当然、確実に勝つにはもっと多く揃えるべきだが、勇者がそれで良いのか。それで魔王に対抗できる力を持っていると言えるのか。言えるはずがない。
「……私が前に行く」
離れた場所からの魔法攻撃では致命傷を与えられない。そうであれば、前に出る。接近戦で倒す。こう考えた。今の自分の実力で、どこまで通用するのか。これを知りたいとも思った。
「おい、お前ら!」
「なっ? 新手だと!?」
さらに悪魔が現れた。人数は二人。数はほぼ同数になった。勝てるのか。不安が胸をよぎる。
「逃げるぞ!」
「何だと!? お前らがいれば、確実に殺れるだろ!?」
「黒炎だ! 黒炎がいる!」
悪魔が口にした「コクエン」という言葉。何のことか分からない。悪魔たちが焦っている理由が分からない。
焦っているどころではない。悪魔は、いきなり背を向け、駆け出して行った。一瞬、何が起きたのか分からなかったが、遠ざかっていく背中を見て、事態を把握した。
悪魔は撤退したのだ。何かに怯えて。
何に怯えたのか。後から現れた悪魔たちが走ってきた方向に視線を向ける。そこにいたのは、クリスティーナだった。ここまで駆けてきたのだろう。かなり息苦しそうだ。
何故、彼女がいるのか。何が起きたのか。この時は分からなかった。クリスティーナは私に一瞥をくれただけで、駆け去って行ってしまったのだ。