月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第11話 初めての野外授業

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 カイト=メル。王国北部に領地を持つメル男爵家の三男。言葉は悪いですけど、田舎領主の出。父親のメル男爵との面識はなし。王都を訪れる機会を得ない立場だと報告を受けた。珍しいことではない。王国貴族で王都で暮らす、暮らしていなくても陛下に召されて王都を訪れる機会を得られる方は、極一部。それだけ多くの貴族家がミネラウヴァ王国にはいる。
 カイト殿は三男。小領主家の三男となれば、父親から受け継ぐものがほとんどないはず。騎士として身を立てようと考えるのは当然だ。王立騎士養成学校に入学する貴族の多くは同じような立場。雇う側に立つアッシュビー公爵家のほうが特別なのだ。
 特に怪しいところはない。<鑑定>という特別な魔法を使える、それも相手に気付かれずに発動出来るという点を除けば。
 実際に彼が使った魔法が<鑑定>なのがは分からない。感覚が、かつて<鑑定>を受けた時と同じように思えただけ。六歳の時なので、もう九年も前のこと。間違っている可能性はある。
 彼を知ったのは偶然。アントンたちに絡まれているのを見て、放っておけなくて介入した。でも、逆に私が助けられることになった。彼はアントンの追及にまったく怯むところがなかった。こういう人に、パトリオット兄上に仕えてもらうべきだと思った。
 パトリオット兄上は自分の加護にコンプレックスを持っている。神ではなく。格下とされる御使いの加護だから。
 気にするなとは言えない。貴族は序列を重んじる。爵位だけでなく、加護も同じだ。上位の加護を与えられることが貴族の証。こういう考えもある。貴族は神に強く愛されている存在。だから平民には与えられない特権が許される。これを否定することは貴族制度を否定することになる。
 それでもパトリオット兄上には頑張ってもらわなければならない。このままではアッシュビー公爵家は衰退の一途を辿る。家臣、領民を苦しめ続けてしまう。誰かが止めなければならない。変えなければならない。それが出来るのはパトリオット兄上だけなのだ。
 次男で、特別な加護を与えられたわけでもないパトリオット兄上が公爵家を継ぐ。実績で証明するしかない。その実績をあげる為には、優秀な部下が必要。そういう人たちを王立騎士養成学校で見つけなければならない。


「……スライムか? 良いだろう、まずは私が見本を見せてやるから、君たちは控えていろ」


 この彼は駄目ね。公爵という爵位だけでパトリオットに近づいてきたことが、もう分かっている。パトリオットの下であれば、自分でも頭に立てる。こう話しているのを偶然聞いてしまった。


「どうだ!?」


 スライムを倒して自慢気な彼。スライムは、魔物の中で最弱。倒したからといって威張れる相手ではない。


「おおっ! 先輩、凄いですね!」


(……えっ?)


 まさかのカイト殿が、感嘆の声をあげた。彼はおべっかを使うような人ではないと持っていたのに、どうやら見誤っていたようね。


「……お前、馬鹿にしているのか?」


 さすがに彼もカイト殿の言葉を嫌味ととらえたよう。それはそう。スライムは最初に戦う相手として選ばれる。人によって多少の違いはあっても、八歳になるくらいには必ず戦っている魔物ですもの。


「とんでもない。スライムを一撃で倒すなんて……いや、凄い」


「お前、本気で言っているのか?」


 カイト殿の態度は嫌味を言っている人のそれではない。私もそう感じる。嫌味でなければ何なのか。分からなくなった。


「えっ? 本気でなければ、何ですか?」


「まさかと思うが、お前、スライムと戦ったことがないのか?」


「いえ、あります。宿敵と言っても過言ではない相手です」


 スライムが宿敵。これも本気なのでしょうか。彼はこれまでどういう生き方を、鍛え方をしてきたのか。田舎だと、また事情が違うのかもしれない。格差というものだ。


「……スライムは物理攻撃に強い」


「ええ、知っています。でも先輩は一撃で倒しました」


「それは核を正確に突けば……お前、スライムと戦ったことがあるというのは嘘だろ?」


 スライムには物理攻撃は通じない。でも核は例外。核を壊せば、スライムは倒せる。大きく成長したスライムだと核との間の弾力のある体が厚くなり、少し狙うのは難しくなるけど、現れたスライムは普通の大きさ。王立騎士養成学校に入学出来る実力があれば、余裕のはず。


「嘘ではありません。かれこれ……千回? いやもっとかな? 数えきれないほど戦っています」


「絶対に嘘だ。だったら倒せるだろ? あれを倒してみろ」


 話をしている間に、またスライムが現れた。この辺りはスライムの生息地なのかもしれない。スライムで唯一、厄介なのはこの一カ所に集まっていること。数の力は馬鹿に出来ない。魔法を使えば簡単に倒せるスライムも、魔力切れを起こすくらいの数になると戦いは厳しくなる。


「……核はどこに?」


「はあ!? あるだろ!? 体の真ん中に!」


「……あれ、核なのですか? 消化中の何かでなくて?」


 カイト殿はスライムの核が分かっていない。戦ったことがあるというのは嘘であることがこれで分かった。少し残念。彼はこういう嘘をついて、自分を誇張してみせるような人ではないと思っていた。


「あっ? 核が大きいほど、強いスライムということですか? さては、あれはキングスライムとかいう強敵ですね?」


「普通のスライムだ!?」


「あっ、そうですか……分かりました」


 ようやくカイト殿はスライムと戦う気になったよう。ただ、無警戒が過ぎる。無造作に近づいていけば。


「カイト殿……えっ?」


 予想通り、スライムはカイト殿に跳びかかった。普段は動きの遅いスライムだけど、実際には瞬発力は高い。全身を使って、高く跳びあがることが出来る。実際に、スライムはその動きを見せた。見せたのだけど。


「……本当だ。この核を突くだけで倒せるのですね?」


 カイト殿は空中に跳びあがったスライムの核を正確に突いてみせた。いえ、核を壊すことなく、スライムの体から切り離してみせた。そうやってそれを行ったのか。私には見えなかった。わずかに魔力の気配を感じただけ。


「……そ、そうだ。良くやった。私の指導のおかげだな」


「はい。先輩のご指導のおかげです。しかし……これがスライム……だとすると、私は何と戦っていたのでしょう?」


「知るか!?」


 カイト殿が言う、千回戦った魔物はスライムではなかった。少なくとも、そう彼が思うくらいの違いがあるということ。そうであれば、まず間違いなく、スライムよりも強い魔物だということだ。


「……先輩」


「なんだ!?」


「ちょっとヤバそうなのが来ますけど……どうします?」


 カイト殿が何を言っているのか、私にも分からない。言葉の内容からスライムとは異なる強い魔物が近づいてきているだろうことは分かる。それを彼は感じ取っている。


「お前は何を言っている? 魔物であれば倒す。これはそういう授業だ」


「では……悪魔であれば?」


「皆、下がりなさい! パトリオット兄上を守って!」


 私にも分かった。魔力の気配、魔物とは思えない、魔物であってもかなり危険な魔物が近づいてきていることを。気配を感じた瞬間、恐怖が湧き上がるような危険な存在が。


「クリスティーナ様もお下がりください!」


 前に出てきたのはパトリオット兄上に仕える騎士候補、ではなく、アッシュビー公爵家の騎士。王立騎士養成学校への入学にあたって付けられた護衛騎士たちだ。彼らは護衛任務の為、同行してきていた。
 私とパトリオットそれぞれの護衛騎士、計四人が前に出る。その時には敵も姿を現していた。額から伸びる角は鬼人族の証。悪魔というのは魔族の別の呼び方。各地で犯罪を繰り返す魔族を、魔族の国カンバリア魔王国は自国民と認めていない。自国の関りを否定する為にカンバリア魔王国が悪魔と呼び始めた。どう呼ぼうと種族は同じで、鬼人族は魔族のひとつ。身体能力に優れた種族だ。


「黒髪ということは……アッシュビー公爵家の御令嬢か。ということは兄もいるな」


 相手は私が誰か分かっている。目的は私、そしてパトリオット兄上ということ。


「あとは雑魚……あっ、ぎぁああああっ!!」


 突然、悪魔の体が黒い何かに包まれた。叫び声をあげているということは、何らかの攻撃。恐らくは魔法。でも、誰が。詠唱の声は私の耳には届かなかった。


「おい!? 大丈夫か!?」


「あ、あれは……まさか……こ、黒炎じゃないよな?」


「な、なんだって? そんな馬鹿な!?」


 鬼人族たちがいきなり狼狽え始めた。何を言っているのかは良く聞こえない。分かるのは動揺していること。彼らにとって想定外の何かが起きたということ。それが黒い魔法であることは明らかね。


「髪が、い、いや、あの瞳の色は……どうする?」


「どうするって……俺たちレベルで敵う相手じゃないだろ? 逃げろ!?」


「……えっ?」


 鬼人族は後ろを向いたかと思うと、いきなり駆け出して行った。「逃げろ」という言葉は、はっきりと聞こえた。つまり、逃げた。まだ戦ってもいないのに。


「……何をしたかったのかしら?」


「人間違いだったのでは?」


「えっ? カイト殿……?」


 いきなりかけられた声。カイト=メルがすぐ後ろにいた。護衛騎士を除く、他の人たちはパトリオットを守るという口実で後ろに下がるどころか逃げ出していったのに。それに怒りは覚えない。悪魔が現れたのだから逃げ出しても仕方がない。残っている彼が異常なのだ。


「……人間違いだとすると……狙いは王子様なのかな……?」


「えっ?」


「……ちょっと様子を見てきます」


「カイト殿!?」


 駆け出していくカイト殿の後を私も追った。見る見るうちに遠ざかっていく背中を必死で追いかけた。森の中を駆ける彼の速さは常人のそれではない。足場の悪さなどまったく関係なく、獣のように駆け去っていく。その背中を私は追った。

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