
魔族、もしくは魔人族、とひとくくりに呼ばれているが、実際はいくつもの種族が存在する。大きくは二つに分かれ、魔人種と獣人種に分けられる。
ただし、この分け方は学問的な分類というより、差別に近い。獣人種を半分は獣で亜人種、完全な人ではない種族に近いという見方からの分け方だ。人族の考えでは人族、人種が最上位で、魔人種、獣人種、亜人種と続く。さらに下位は魔物だ。これが魔人種の魔族の考えだと人種と魔人種が入れ替わって魔人種が最上位という具合だ。見た目も序列に関係する非科学的な分け方なので、詳しく論じる意味はない。
魔族の共通点は魔力を当たり前に使えること。体内を血液が流れているのと同じように魔力が体の隅々まで行き渡るようになっている。意識することなく、そうなる体の作りになっているのだ。そしてもう一つの共通点は繁殖力が弱いこと。獣人族は、勝手なイメージで、多産だと見られているが実際はそうではない。身体的に強者である種族は繁殖力が低く、そうではない種族は繁殖力が強い。質と量の争いだ。結果、人族は数の力で魔族に優り、支配地域を広げた。数は弱者の証であるとすれば、種族で序列をつけることに意味はないということだ。
「……何の話ですか?」
ソニード自治区長の話を聞いていたアークは、ポカンとした顔をしている。何故このような説明をされているのか、まったく分からないのだ。
「ああ、すみません。話が逸れましたね? つまり、人族は魔族のように魔力を上手く扱えていない」
「はあ……知っています」
常識だ。魔力の扱いにおいて人族は魔族に及ばない。その差を補う為に人族は様々な工夫をしてきた。魔法、魔道を学問として研究し、体形化し、効率化するなどの工夫を重ね、魔族に対抗できるようにしたのだ。現実には個で比べると互角とは言えないが、数と数を揃えた上での分業で魔族に優ることが出来るようになった。、
「だが鍛えれば上手く扱えるようになれる。問題はどうやって鍛えるかです」
「……もしかして、俺の鍛錬ですか?」
「もちろん。ここにいる、いえ、ここで暮らしているのは全員、魔族ですから」
ここにいる人族はアークだけ。こう言おうとしたソニード自治区長だが、途中で変えた。ミラはまだアークに自分が魔族であることを話していない。これを思い出したからだ。正直、「話さなくても分かるだろう」と思っている。この場所でも二人は一つ屋根の下で寝泊りしているのだ。
「魔力を上手く扱う……言葉では分かるのですけど、なんというか、イメージが」
「そうなのです。そこが我々と人族の違い。我々は生まれ落ちた時から当たり前に出来ているので、どうすれば、なんて考えたことがないのです」
「とにかくやってみるしかないだろ? 今の話だと魔法ではなく、体を動かすことの鍛錬だ。そうであれば俺の出番だな」
アークの鍛錬相手に名乗り出たのはライアン族のレオン。ライアン族はアークと同じで魔法が使えない。魔力により身体機能を、特になにかするわけではなく、高めて、その力で戦うのだ。
「意識しなくても出来るお前に教えることが出来るのか?」
「それは俺だけの問題ではない」
「分かっている。魔力の制御に長けている種族となると……ヴァンパイオ族か」
ミラがヴァンパイオ族。すでにアークは魔力制御が得意なミラに教わっているということだ。
「ソニードのアルヴ族だってそうだろ?」
「我らの魔力の使い方は少し違う」
「ああ、そういうことか」
アルヴ族の魔力の使い方は、他種族とは異なっている。体の外にある魔力、自然界に存在する魔力を使って魔法を行使するのだ。それは人族であるアークには絶対に出来ないこと。他の種族でもそれは同じだ。
「さて、どうするか?」
「だから言っている。良い方法がすぐに思いつかないのだから、とりあえず、やってみるしかないだろ? 実戦に近い鍛錬だからこそ、得られるものもある」
「なるほど……少しは考えていたのだな?」
レオンは、ただ自分が戦いたいから「やってみるしかない」と言っているわけではなかった。だからといって、実際に効果があるかは分からないが。
「お前……前から思っていたけど、俺のことを脳筋だと思っているだろ? 力が突出しているのは、そういう種族だからだ」
「いや、ライアン族にも知的な人はいる。お前、個人の問題だ」
「喧嘩売っているだろ?」
「そういうところだ。すぐ力に訴える」
ソニードはこの特別自治区の区長。だがそれはハイランド王国が決めたこと。ここで暮らす人たちの主ではない。魔族はそれぞれの種族に王、王のような立場の人がいる。他種族との間に、原則は、上下関係はないのだ。
だから人族の勢力拡大を許したと言える。魔族は人族以上にまとまりがない。唯一、まとめられるのが魔王。力による支配なのだ。
「あの……それで俺は、結局、どうすれば?」
「ああ、申し訳ありません。では……レオンと鍛錬を」
「……分かりました」
どうして鍛錬の仕方まで指定されなくてはならないのか。好意でやってくれていることだと分かるので拒絶はしないが、なんだか納得出来ない。
「では、始めるか。まずは軽く、といってもこちらが軽くやるので、それに付いてこい」
「はい。分かりました」
「彼女の魔法はなしだからな?」
「やっぱり……頑張ります」
そうだろうとは思っていた。これはアーク自身の基礎能力を高める為の鍛錬。彼らの話を聞いていれば、それは分かった。問題は素の状態で、魔族と、それも一対一で、どこまで戦えるのか。普通に考えれば、互角に戦えるはずがないのだ。
「気を抜くと怪我するからな。守るべき場所に魔力を集中させることを意識する。最終的には無意識にそれが出来るようになることだ」
「……はい」
それは魔族だから出来ることではないのか。そういう話をさっきまでしていたはずだ、と思ったが、これは口に出さない。彼らの好意を、今のところは、拒否出来ない。
「行くぞ」
「速っ!」
「行くぞ」と言い切った瞬間にレオンの姿が視界から消えた。
「おっ?」
「……止まった」
だが反応は出来た。それに驚きはない。今の動きで完全に見失うようでは、これまでの戦いで死んでいる。二人が驚いているのは、レオンの拳をアークが完璧に受け止めたから。レオンは、手は抜いているが、体を吹き飛ばすくらいの威力は込めたつもりだ。アークもそれは覚悟していた。
「お前……魔力の操作、出来ていないか?」
「ああ、出来るようになったみたいです」
「いやいや、今の一撃で出来るようになるなら、お前、とっくに世界最強だろ?」
「もちろん、今ではありません。借りた剣を使った時に魔力を吸い取られて、その時の感触を体が覚えていて」
収納魔法から出てきた剣。それを鞘から抜いた瞬間、魔力をごっそり抜き取られた感覚があった。実際に抜き取られた。その時の感覚で、体内の魔力を動かしてみたのだ。
もちろん、今初めて行ったことではない。ミラに言われていた鍛錬を続けていて、その日以降。出来ている手応えを感じていたのだ。
「なるほど……では、少しずつ強度を高めていく。遅れるな。怪我する」
「分かりました」
レオンの「怪我する」はただの警告ではなかった。この日以降、アークは毎日、怪我することになる。重傷にならなかったのはレオンの戦闘能力のおかげだろう。「おかげ」とアークが思えるようになるには、時間が必要だったが。
これまでとは比較にならない厳しい鍛錬の日々だったのだ。それはそうだ。毎日、魔族と一対一で、何度も、何人もと戦い続けたのだから。
◆◆◆
カテリナたち、ポラリスは謹慎中。依頼を引き受けることは許されていない。いつもの彼女たちであれば、処罰を受けているのだとしても、文句を言い続けていることだろう。だが今回は、大人しく勇者ギルドの指示に従って、謹慎が解けるのを待っている。
彼女たちが大人しくしているのには理由がある。謹慎が長引いているのは、彼女たちがそうさせているのだ。
「スペイサイド大将軍も勇者ギルドに要望書を出してくれることになりました」
「まあ、それはありがたいわ」
ミレットの報告を聞いて、カテリナの顔に笑みが浮かぶ。スペイサイド大将軍はハイランド王国軍部の重鎮。その意向は勇者ギルドも、ハイランド王国であっても、無視出来ないはずだ。
彼女たちは自分たちの上客、ハイランド王国の関係者に自分たちの処分を軽くする為の働きかけを頼んでいる。そのおかげで処分が決まらない。そうであれば文句など言えない。
「処分の軽減は間違いないと思います」
「それはそうよ。私たちに重い処分なんてあり得ないわ。代わりを務められるパーティーなんてないのだから」
「実力はもちろん、稼ぎもだね?」
カテリナだけでなく、セーヴィングも自信満々だ。実際に稼ぎにおいて、ポラリスはハイランド王国支店内では突出している。彼女たちほど指名依頼を受けているパーティーは他にないのだ。
「逆に今回の件で勇者ギルドも私たちの価値を理解したのではないかしら? これだけ多くの人に支持されているのだもの」
多くの人たちというのは間違いだ。ポラリスの指名依頼はスペイサイド将軍の他、ハイランド王国貴族など裕福な何人かから依頼を受けているだけ。一般庶民でポラリスを知る人はほとんどいない。まだカテリナが駆け出しで、アークとパーティーを組んでいた頃に引き受けた低ランク依頼の依頼主が、かろうじて覚えているくらいだろう。
「軽い処分で終われば、すぐに依頼を引き受けられる。立ち止まってしまった分を取り返さないとだね?」
「ええ。あと一歩でSランク。勇者に認められるのも夢ではなくなったわ」
もう処分はないものになった。そんな言い方だ。ここまでくると見事と表現したくなるくらいの思い上がり。カテリナは「立ち止まった」のではなく「脱落した」のだ。勇者ギルドが彼女を勇者と認めることはない。この結果を彼女は分かっていない。
分かっていない彼女に苛立っている仲間の存在に気が付いていない。
「カテリナの活躍は素晴らしいからね? 私も頑張って支えてきた甲斐があるよ」
セーヴィングも同じ。ただ彼の場合は意識してこのような発言を行っている。彼の心の奥底には劣等感がある。一度失敗してしまった経験を、悪い意味で、引きずっている。虚勢を張ってしまうのだ。
「そうだ。今回の失敗を挽回できないかしら?」
「……どういうことかな?」
「支店長の話だと、まだ他にもアジトがあるのよ。それを全て潰してしまえば、完全に脅威を取り払える。依頼を果たしたことになるわ。もちろん、無償で。どうかしら?」
処分は大したものにはならない。こう確信はしているが、失敗が消えるわけではない。カテリナはそれが嫌なのだ。勇者になる自分に、そんな失敗尾があってはならない。これは無意識にだが、思っているのだ。
「……カテリナがそうしたいと言うなら、私は反対しないよ」
ただ働きというのは気に入らない。だが、ここで「無償は嫌だ」とはセーヴィングは言えない。カテリナがどう反応するかは分かっている。
「では、そうしましょう。他の皆も良いわよね?」
他のメンバーにも同意を求めるカテリナ。
「必要ない」
だがフェザントは否定で返してきた。
「必要ないって……報酬がない仕事が気に入らないのは分かるけど、自分たちの失敗は自分たちで挽回するべきよ」
「そうではない。すでに倒さなければならない敵はいないという意味だ」
「……すでに逃げ出しているということ?」
「結局、何があったか調べていないのだな?」
自分たちが去ったあと、特別自治区で何があったのか。モードラック支店長にもそれを指摘されていたのだが、カテリナたちは調べていなかった。それにフェザントは苛立っている。
どこから情報が洩れるものなのか。すでに支店内では噂が広がり始めている。噂を聞いた勇者候補たちは。これまでのカテリナたちの会話をどんな思いで聞いているのか。
「……何があったのかしら?」
「他のアジトにいた奴らがまとまって特別自治区を襲撃しようとしたそうだ。その数は千」
「えっ……?」
「俺たちが討ったのはどれくらいだ? 二十か、三十か? ほんの一部だったということだな」
カテリナたちが見つけたアジトは、もっとも特別自治区の近くにあった見張り小屋程度の場所。多くが常にいるアジトではなかったのだ。
「それで、自治区は?」
「守られた。俺たちが去った後に残ったパーティーによって。どのパーティーかは言う必要はないだろ?」
ブイレブハート、アークたちであることをフェザントははっきりと言わない。もうウンザリなのだ。何か問題が起きると、その後に必ずアークたちの名が出てくる。常に上を行かれている気分だ。「逃した魚は大きかった」ではないが、アークをパーティーから追い出してしまった自分たちの愚かさを責められているような気分になる。
「……魔族も手伝って」
「いや、魔族は一切、手出ししていない。それが禁じられているのは知っているはずだ」
「…………」
「今更、特別自治区に行っても何もすることはない。ああ、ひとつあるか。自治区にいる魔族に謝罪することだ」
ではそれをするのか。するはずがない。なんだかんだでカテリナは、セーヴィングも自分たちの行いを反省していない。さらにミレットも、意外とそちら側だった。そうであることを今回、フェザントは知った。
カテリナの返事を待つことなく席を立つフェザント。これ以上、恥ずかしくてカテリナたちと同じテーブルにいたくなかったのだ。