
王立騎士養成学校での生活はかなり忙しい。朝早くから起きて鍛錬。これは剣を振れるようになってから、ずっと続けていることだ。軽く汗を流し、食堂で朝食をとったら、三食食べれらるのは素晴らしい、授業時間。実は王立騎士養成学校には必須授業というものがない。自分の個性を伸ばすのに最適な授業を選ぶのだ。貴族の学生は入学前に基礎教育を終えているからという理由もあるようだ。
コルテス君は自分も貴族のくせに身分制度に批判的だ。身分制度というより、貴族が優遇される制度に批判的というのが正しい。平等の精神は間違いだと思わないが、少し心配になる。この世界で長く生きているわけではないが、力が全ての世界だと思う。力は力でも暴力ではなく権力。コルテス君の実家は、詳しく知らないが、有力貴族ではない。自分の主義主張を押し通す力はないはずだ。
授業はもっぱら座学。初年度はそういうものなのかと思っていたが、そうではなかった。近々野外授業が行われる。魔物を狩る実戦訓練ということだ。
参加は自由。希望者だけが参加する授業だ。授業はグループ単位で行われる。日にちと場所は同じなのだが、活動がグループ単位ということだ。つまり、有力貴族とその有力貴族が集めた騎士候補がひとつのグループとして行動することになるのだ。
クリスティーナが、実際の頭は兄のパトリオットだが、騎士候補を集めていた理由が分かった。この野外授業に参加するメンバーを集めようとしていたのだ。
ということで、時間がある時と言われたので、数えるほどしか顔を出していなかったアッシュビー公爵家の部屋を訪れることになった。
避けていたわけではない。最初に言った通り、自分は忙しい。放課後は図書館に行って調べもの。それが終わると本来の立場に戻る。学校の敷地内の巡回だ。怪しいところはないか。悪魔が侵入した形跡がないか。実際に侵入された場合は討伐することになる。入学後はまだないが。
「カイトです」
「入れ」
部屋を訪れるとすでに他の学生たちがいた。自分が遅刻したわけではない。彼らは、この部屋に入り浸っている。自分の目でその様子を見たことはないが、彼ら自身がそう言っている。パトリオットに、アッシュビー公爵家に気に入られる為ということで、自分にそれを勧めてきた。
落ちぶれたとはいえ、公爵家。取り入ろうという学生はいるのだ。本音はウォーリック侯爵家あたりの騎士になりたいのだろうが、相手にされない人たちだ。数回会っただけで、こんなことまで分かるようになった。
「揃ったな。では、早速会議を始めよう」
これで全員のようだ。初日に見た顔ぶれと同じ。もしパトリオットがアントンに対抗しよう考えていても。これでは無理だろう。まだアントンの戦力は確かめていないが、それでも分かる。それなりに実戦を、悪魔相手だが、経験している自分だ。<鑑定>や<解析>を使わなくても、強さはなんとなく分かるのだ。
「来週、野外授業が行われる。当然だが、我々も参加する」
野外授業についての会議。これは知っていた。この会議を行うから絶対に部屋に来いと、パトリオットの次に偉そうにしている奴に言われたから顔を出したのだ。
「参加者は五名。私とクリスティーナは確定なので、あと三人を選ばなくてはならない」
全員が参加するわけではなかった。まあ、数の制限がなければ大勢集めているグループが有利になるということだろう。どの程度の強さの魔物を相手にするのか分からないが、自分は数よりも質が大事だろうと思うが。
「希望者はいるか?」
と言われても誰も手を上げない。自分ももちろん立候補しない。悪魔の迷宮で暮らしていた時以来になる魔物との実戦経験には興味がなくもないが、今は勉強する時間が欲しい。幼い頃から実戦ばかりの自分にとって、様々な知識を得られる今の環境はありがたい。王立騎士養成学校にいる間に学べるだけ学んでおきたいのだ。
「誰もいないのか?」
まあ、それは不機嫌になるだろうな。まったく頼りにならない味方ばかり。そういうことなのだから。
「パトリオット様。今回の野外授業は経験を与える場にすべきと思います」
「ん? それはどういうことだ?」
「未熟な仲間に経験を積ませるのです。あくまでも“授業”ですから」
なんてことを言いだす奴だ。普通に考えればランクの上から選ぶべき。そうであるのに。この男は真逆のことをしろと提案している。
絶対に自分が選ばれないようにする為だ。パトリオットの次に偉そうなこの男。まるで副官のように振舞っているのだがら、本来は真っ先に手を上げなければならない立場だ。
「……未熟といっても」
跳び抜けて強い仲間がいるわけではない。それはパトリオットも知っている。最上位がクリスティーナ、次がパトリオット本人。あとは、ランク上は、ドングリの背比べだ。
「まずは新入りのカイトは確定として」
「はっ?」
こいつは最初からこれを考えていた。だから自分に絶対に参加しろと言って来たのだ。欠席裁判は、恐らく、クリスティーナが認めない。彼女はそういう性格だ。これも分かってのことだろう。
「うむ……カイト、どうだ?」
「お役に立てるか、かなり不安です」
「……だからこそ、経験を積ませるか……そうかもしれないな」
小さな抵抗は、軽く流された。謙遜すればするほど、「未熟な者に経験を」という言葉が生きてくる。では謙遜を止めるか。だが大口を叩いても、それを証明することは出来ない。口だけと思われるだけだ。
「良し、カイトは決まりだ。あと二人だな」
参加決定。抵抗は諦めた。ここで抗っても意味はない。所詮は野外授業に参加するだけのことだ。勉強の時間は睡眠時間を削って作れば良いのだ。それに学校の警備の仕事は、問題があれば学校側が適当に理由を作って、俺を参加させないはずだ。
残りは二人。、そのうちの一人は自分をはめた奴に決まった。副官を気取っている男だ。選ばれるのは当然だろう。
野外での魔物相手の実戦訓練。行くと決まったら、楽しみが湧いてくる。魔物との戦いは久しぶり。自分の成長を確かめられるかもしれない。そうであって欲しい。