月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第8話 下っ端から始める

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 寮の敷地内になる共有棟。全寮生が自由に使えるスペースとして、キッチンと食事スペース。休憩スペースがあることは知っていた。そこを利用するのは平民出身者だけ。勝手にそう思っていた。貴族家の従者がキッチンで料理をし、それを主人が食べている姿など、想像出来なかったのだ。そもそも実際に訪れたことがない。自炊なんてする気はない。その暇もない。これで結構忙しいのだ。
 中に入って驚いた。想像していたのとは真逆だった。平民の学生なんて一人もいない。ダイニングスペースは貴族家の従者たちに占拠されていた。まるで彼らの為の休憩所だ。
 考えてみれば、こうなるのは当然だ。上階には上級貴族たちがいる。そんな建物に平民の学生が足を踏み入れるはずがない。使われないスペースを従者たちが使っているだけだ。彼らも主の側に一日中いては疲れるだろう。といっても上階から呼び出されるのかもしれないが。
 階段を昇る。二階から上は全て、どうやら貴族家が普段使う部屋とは別に借りている部屋。恐らくは階数と爵位の並びは同じだ。最上階に王子様、公爵家と侯爵家がいるというのは、そういうことだ。
 足が重い。出来ることなら引き返したい。でもそういうわけにはいかない。せめて望むのは王子様や侯爵家のお坊ちゃまに出会わないこと。さらに気持ちが重くなってしまう。
 部屋は階段を昇って、一番手前。間違いようがないのだが、念のために扉の紋章を確認する。この為にわざわざ事前に調べてきた。間違いはない。アッシュビー公爵家の紋章だ。
 扉をノックする。すぐに開いて中から護衛騎士だろう男が顔を出した。


「カイトと申します。クリスティーナ様とお約束があって参りました」


「……どうぞ」


 一度、中に顔を向けてから騎士は扉を大きく開いた。通して良いか確認したのだろうことは、分かる。
 部屋の奥。正面に男がいる。そのすぐ横にクリスティーナ。男が兄であろうことが推測出来る。他にも人がいる。学生だ。これは予想外。従者がいるのは分かっていたが、三人で話をするものと思っていたのだ。
 ゆっくりと前に進む。どこまで近づくことが許されるのか分からない。と思っていたら、従者だろう男性が椅子を運んできてくれた。それに座れば良いのだと分かった。ありがとうございます。心の中で御礼を告げた。


「カイトと申します」


 椅子に座る前に名乗る。これくらいの礼儀はわきまえている。仕事をしていると貴族と接触することが意外と多い。派遣先の責任者は領主、貴族なのだからそうなるのだ。最低限の礼儀は自然と覚えた。間違えると嫌な顔をされたので。


「パトリオット=アッシュビーだ。訪れてくれたこと、嬉しく思う」


「……いえ、お招きいただいたことに感謝しております」


「うむ。座ってくれ」


 パトリオットは満足そう。自分は応えを間違えなかったようだ。椅子に腰かける。ここから先、どうすれば良いか分からない。自分から口を開くべきなのか。恐らくは違うと思った。


「さて、早速だが返事を聞かせ貰いたい」


 いきなり本題。それも答えを求めてきた。貴族たるもの、もっと遠まわしに、回りくどく、話を進めるべきではないのか。
 普段は喜ぶところなのだが、心の準備が出来ていない今は困ってしまう。といっても長居するのも御免だ。


「まずは見習いからということでいかがでしょうか?」


「見習い? その必要はないと思うが?」


「いえ、私にはパトリオット様が求めるお役目を果たす自信がありません。恥をかかせてしまうかもしれないとも思っております」


 引き受けても良いかと思った。だが。やはり抵抗がある。そもそもここで騎士になると約束してもそれは嘘になる。卒業すれば自分は元の立場に戻るのだ。アッシュビー公爵家に仕えることは出来ない。


「うむ……」


「私が失敗しても見習いだからで済みます。責任逃れをしようというのではありません。パトリオット様がそれを言い。私を首にしていただければ良いかと」


 ろくに仕事が出来ない騎士を抱えるのは、抱えた側の恥になる。これは見習いにしてもらう為の口実ではなく、本当にこう思っている。もちろん、逃げ出したくなれば、わざと失敗することになる。


「……クリスティーナはどう思う?」


「私はカイト殿であれば兄上の期待に応えられると思います。ですが、カイト殿が望まれるのであれば、それも仕方がないことだと思いますわ」


 見習いであれば、この話はなし、とはならなかった。彼女としては、とにかく数を揃えたいというところなどだろうと、勝手に推測した。この部屋にいる他の人たち。制服を着ている学生たちもアッシュビー公爵家、次男のパトリオットの騎士たち、今の段階ではあくまでも騎士候補かもしれないが、だろう。


≪スキル<鑑定>がレベル4からレベル5になりました≫


≪条件を満たしました。スキル<解析>はステータス解析が可能になりました≫


 正直、自分のことは棚に上げてだが、優秀な人がいそうもない。これで全てではないのかもしれないが、公爵家の騎士としては質が悪すぎる。
クリスティーナは人柄だけで選んでいるのかもしれないが。騎士団は強くなければならないはず。弱小騎士団なんて抱えては、結局、恥をかくだけだ。
 ……そうだと思っていたけど、神様の声って他の人には聞こえないのだな。ここにいる人を片端から鑑定したらレベルが上がった。今だけではなく、何度も鑑定を繰り返した成果でもあるだろうけど。
 <解析>は<鑑定>の上位互換ではなかったようだ。<鑑定>がレベルアップしたら<解析>でステータス解析が可能になった。<解析>を強化するのに必要なスキルだったということだ。これで<鑑定>は用済み、にするかは要検討。今の<鑑定>は制約になっていた術式を消した部分に、<隠蔽>から術式を一部引用し、展開している状態が周囲から見えなくなっている。結果、こうして相手に気付かれずにステータスを調べることが出来る。名前と加護、ランクしか見られないのはそのままなので、意味あるかは微妙だが。
 <解析>でのステータス解析が楽しみだ。ここで使えば、バレるので使わないが。


「……おい、聞いているのか?」


「あっ、はい」


「……ニヤニヤして。気持ち悪い奴だな」


 スキルを考えることに没頭してしまっていた。ニヤニヤしていたのか。自分はこういうことを考えているのが好きなんだな。


「失礼しました。パトリオット様にお仕えできると思うと、喜びが抑えられず」


「おっ、おう。そうか」


「本日はこれで失礼させていただこうと思うのですが、今後はどうすれば?」


「時間がある時は可能な限り、ここに来るように。今はまだそれくらいだ」


 意外と楽。言葉通りに受け取れば、ほとんど拘束されることはないということだ。ただ「今はまだ」という言葉は気になる。先々は何かあることを示している。
 初年度のこの時期から人を集めようとしているのだ。それが必要な何かがあるのだろう。


「承知しました。では、失礼いたします。クリスティーナ様も……失礼します」


 クリスティーナの視線に厳しさが加わっている。何か失敗したのか。心当たりはひとつだけだ。クリスティーナにも<鑑定>を行った。それに気付かれたのかもしれない。
 能力の高い人であれば、自分に魔法がかけられたことに気付いてもおかしくない。きっとそうだ。気を付けよう。クリスティーナに対しては手遅れだが。

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