
色々と状況を整理してみる。クリスティーナとの話し合いが終わった後、厄介事に巻き込まれた自分にコルテス君が情報を与えてくれた。より詳しい有名人物たちと、その関係性の情報だ。どうしてここまで情報を得ているのかと驚くほどのボリューム。コルテスは<忍者の神の加護>か<スパイの神の加護>でも与えられているのに違いない。こんな加護は聞いたことがないが。
まずコルテス君がもっとも注目しているウィリアム第二王子とクリスティーナ、そしてエミリーの三角関係。コルテス君だけでなく、学校全体で注目されていることだ。スキャンダル系のネタが大好きなのは、どの世界でも変わらないらしい。
ただ注目は集まっているが、周囲が期待しているほど進展はないらしい。積極的に動いているのはエミリー。そもそも稀有な光属性魔法の使い手とはいえ、実家は男爵家に過ぎないエミリーがどうしてウィリアム第二王子に近づけたのか。これにはアントンと宰相の息子、ようやく名前を覚えたイーサンが関わっているらしい。二人が先にエミリーと仲良くなり、ウィリアム第二王子に紹介した。そこから三角関係が始まったということだ。
そうだとすればアントンとイーサンには、クリスティーナへの悪意がある。ウィリアム第二王子と彼女の婚約を、エミリーを使って、破談にさせようとしているということになる。
動機は何なのか。コルテス君にも分からないそうだ。アッシュビー公爵家とウォーリック侯爵家の関係は良くはないが悪くもない。アッシュビー公爵家には少し対抗意識があるようだが、ウォーリック侯爵家は相手にしていないという状態だ。宰相とアッシュビー公爵家との関係も同じ。宰相職にあるものがわざわざ貴族家と対立する構図を作るはずがない。内心ではどう思っていようと、公平中立の立場を崩さないはずだ。
この分析力。やっぱり、コルテス君は<スパイの神の加護>を持っているか、そういう家に生まれたに違いない。
では、家同士の問題でなく、個人的な関係なのかということになる。ウィリアム第二王子とクリスティーナ、アントンとイーサンは生まれ年が同じか一年違い。幼馴染の関係だ。幼馴染だからといって仲が良いとは限らない。近しい関係にあったからこそ、トラブルがあった可能性がある。
だが個人の関係で自国の王子の婚約を破談させようと思うか。普通はしない。破棄されるクリスティーナが恥をかくだけではない。ウィリアム第二王子も評価を落とすことになる。王家の婚約というのは重いもの。気に入らないから、他に好きな女性がいるから婚約破棄なんて勝手なことは世間に受け入れられないのだ。
どうにも理解出来ない。これがコルテス君の現時点での分析結果だ。
これはつまり、コルテス君の分析力を高く評価するなら、常識から外れたことが起こっているということ。それはそうだろう。爵位だけを考えれば、王家と貴族の爵位としては最下位の男爵家の結婚だ。調べたわけではないが、いくつもの前例があるとは思えない。
(異世界人の俺から見ると、テンプレだけどな)
身分違いの恋。しかも二人は勇者と聖女。この先、世界を巻き込む戦乱が起き、それを治め、平和をもたらす二人。世界中が二人の結婚を祝福するハッピーエンド。自分個人としては、好みではないストーリー。もっとひねくれたのが良い。ストーリーがそうであれば、大切なのはキャラ設定。魅力的な登場人物を……は今、考えることじゃない。
やはりこの世界にはストーリーがあるのか。
何度も考えたこと。考える度に気が重くなる。誰も自分を知らない国、ではなく異世界に転生出来た。そこで自由に生きようと思った。だが、出来ていない。その上、さらにストーリーの縛りがある。この世界で生きようとする気力が衰えてしまう。
「はあ……王都に来る仕事なんてなければな」
出会うことはなかった。出会ってしまい、なんとか遠ざかろうと足掻く必要もなかった。王都に来る仕事がなければ、何も考えず、ただ自由になることだけを目的に生きていられた。
「何か嫌なことでもあったのか?」
「知っているだろ? お前のご主人様のせいだ」
話しかけてきた声は悪魔のもの。クリスティーナの従魔となった悪魔だ。話しかけられる前から気配を感じていた。隠すつもりはなかったのだろう。
「……その件で頼みがある」
「すでに貸しがあるはずだけど?」
そんなことだろうと思った。こいつはクリスティーナに忠実な従魔だ。自分に会いに来たのは彼女の為。気配を感じた時から分かっていた。
「クリスティーナ様の求めに応えて欲しい」
「それをして俺に何のメリットが? すぐ側でお前の監視が出来るくらいだ」
彼女の兄の騎士なって良いことなど何もない。行動の制約を受ける。あるかもしれない、その可能性が高い、ストーリーに巻き込まれる可能性もある。それは自分が求める自由とは真逆の状態だ。
「クリスティーナ様への攻撃が日に日に激しさを増している。お前に盾になってもらいたい。頼む」
「……攻撃? 戦争でもしているのか?」
「嫌がらせだ。だが嫌がらせは精神を傷つける。我らのような存在にとっては、攻撃されていると同じだ」
「なるほど……」
悪魔は実体があるが精神体に近い存在。体の大部分を失っても精神が健在であれば、復活出来るとされている。実際にどうかは知らないが、こいつの言い方だと精神は肉体と同等かそれ以上に守るべきものだということが分かる。
「自分が傷ついているのにクリスティーナ様は兄を守ることだけを考えている。そのお姿は見ていて苦しくなるほどだ」
「お前が……いや、お前の存在が知られたら、更なる攻撃のネタになるだけか」
「……そうだ」
悪魔を従えている。これは褒め称えられることではない。従えている本人も悪魔と同様の存在。そんな風に言われる可能性がある。悪意を抱いている相手であれば、そう決めつけて、攻撃してくるだろう。主が苦しんでいるのに何も出来ない。こいつもまた苦しんでいるのだ。
「どうして攻撃されるのだろう?」
コルテス君も分からなかったこと。すぐ側で彼女を見ている、こいつなら何かを知っているかもしれない。
「分からない。ただ……奴らはおかしい」
「それはおかしいだろ? やっていることは虐めだ。やってはいけないことをやる奴らがまともであるはずがない。狂っているんだ」
そう狂っている。自分を虐めて、それを喜んでいる奴らが、いつからか狂人に見えてきた。彼らの笑みは不気味だった。正気とは思えなかった。それに本人たちは気が付いていない。それがまた不気味だった。
「お前……いや、そういうことじゃない。揺らいでいるのだ」
「揺らいでいるって、何が?」
「精神が、魂と言い換えても良い。安定していない。彼らの精神の色は変わる。そんなことあり得ない」
「…………そういうのが見えるのか。ちなみに俺はどう見える?」
言っていることは良く分からない。精神の色が変わると言われても、何のことやら分からない。だが、もしかしてというのはある。精神ではなく。魂の色が変わると言われたなら、思うところがある。
「お前は……見えない。お前は普通ではない」
「そうか……じゃあ、良い」
普通ではないだろう。自分は転生者なのだから。だが彼らは見ることが出来る。そうなると自分と同じ転生者ではないということになる。勘違いだったのだ。勘違いで良かった。
「頼む。クリスティーナ様を守ってくれ」
「……そういえば、お前どうやって中に入れた。学校の周囲には結界が張ってあるはず。お前のような存在が侵入すれば。気付かれるはずだ」
悪魔が校内で自由に動いている。これが不思議だった。王立騎士養成学校には優れた魔法師がいる。魔道具師もいる。危険な存在の侵入を許さない防御策が施されていると聞いている。
「そんなことは」
「良いから答えろ」
「……敷地内に入る時はクリスティーナ様の馬車に守られていたようだ。馬車に防御結界が張られていて、それが結果として学校の結界から守ってくれた」
「……そうなのか……学校は知っているのかな?」
意外な侵入方法、これであれば誰でも真似出来る。もちろん、馬車が敷地内に入る時にチェックは受けるだろうが、それを通過出来る者であれば、悪魔を連れ込めるということだ。
「敷地内は手薄だ。ところどころ探知魔道が置かれているようだが、場所が分かれば避けられる」
「一度、侵入を許せば脆いってことか……分かった。これで貸しは返してもらった。あとはまた貸すか……考える時間は明日まであるな」
どうして悪魔である、こいつの為に何かしてやらなければならないのか。少なくとも見逃してやった最初の貸しは返してもらわなければならない。侵入者から見た敷地の防御対策の不備。これはお返しとしては十分な情報だ。仕事を無事に終える為には、有益な情報なのだから。
「……すまない。ありがとう」
「まだ、引き受けると決めていない。考えるくらいはしてやると言っているだけだ」
「それでも……ありがとう。この借りも必ず返す」
簡単に御礼を言う奴だ。精神体に近いというのであれば、安易に借りは作るべきではない。約束なんてするべきではない。平気で嘘をつき、人を騙す人間、この世界では人族、とは違うのだろうから。