月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第5話 先輩も出来た

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 王立騎士養成学校の図書館はとんでもない規模だ。霞んで見える、なんていう言葉も過言ではないほど広い部屋に本棚がずらりと並んでいる。広さだけではない。身長の何倍もの高さの本棚。「あんな高いところにある本を、どうやって取るのだ?」と思ってしまう高さまで、びっしりと本が並んでいる。どれくらいの冊数があるか想像も出来ない大規模図書館だ。
 このどんでもなく大きな図書館で目的の本をどうすれば見つけられるのだろう、と思いながら立ち尽くしていたら、声を掛けてくる人がいた。
 書士さん。図書を管理する人で、どこに何の本があるかも教えてくれる。「本当に分かるの?」なんて考えたことは失礼だった。
 教えられた本棚の場所に行き、棚番号で探すと目的の本、魔道術式に関する本はすぐに見つかった。ただ、分かっていたことだが、数が多い。知りたいのは<鑑定>の魔道術式だが、冊数もページ数も多い関連書の中から、それを探すのは一苦労だ。
 しかもパラパラとめくっているだけでも興味を引く記述があったりする。


(……微妙に違うよな。あの老いぼれ爺、嘘を教えてないだろうな?)


 自分には師匠がいる。魔道術式も剣術も体術も、全般的な戦い方もその師匠から教わった。戦い方に関しては、養母とブラザーたちにも教わっているが、こちらはより実戦的な内容。実用的ともいえる。
 とにかく師匠からは様々なことを教わった。嘘を教えたことを疑う言葉は冗談だ。自分は師匠を信頼している。師匠であり、命の恩人であり、育ての親であるあの人を。


(……なんか……久しぶりに思い出したな。ずっと王都にいるせいか?)


 家族のことをしみじみと思い出すことは、これまでほとんどなかった。今回ほど長く離れていることがなかったからだと思う。まだ王都での暮らしは三年近く続く。その長さを改めて実感することになった。


「……鑑定」


 寂しい思いを薄れさせる為に、意味もなく<鑑定>を使ってみた。何度も使うともしかするとレベルが上がるかもしれない、なんてことも考えて。


≪名前:リーコ≫


≪加護:叡智と技の神の加護≫


≪ステータスランク:C≫


(…………あれ? ランクまで……スキルを持っていないのか?)


 少し先で集中して本を読んでいる赤髪の男子学生。確認出来たのは名前と加護だけ。スキルは見えなかった。


(そんなはずないか。神の加護ってことは上位の加護だ。叡智と技……知識と技? 魔道具師に適した加護かな?)


 スキルを何も持っていないような加護には思えない。神の加護なのだ。しかも「叡智」なんて普通の「知識」より凄そう。そうなると、自分の<鑑定>に問題があることになる。自分のは詳しく見られるけど他人のステータスになると限られたものしか見えない。ありそうなことだ。
 レベルが足りないのか、術式が足りないのか。


(う~ん……この空間に何か記述を……あっ、<解析>と比べてみるか?)


 自分は<解析>というスキルを持っている。師匠から学んだスキルで、これを一定程度、使いこなせるようになる、つまりレベルが上がると<術式魔法>が使えるようになる。さらに最初に取得した<無詠唱魔法>のスキルとのセットで魔法の威力があがるとも教わった。師匠であり養父は、王立騎士養成学校の教授に負けないくらい博識なのだ。
 <解析>の術式を展開して、<鑑定>と見比べてみる。


(あれ? もしかして<解析>は<鑑定>の上位互換なのか?)


 <解析>のスキルを自分は魔道術式の解析に使っている。魔道術式を解析し、それを完璧に理解し、自分の魔力で再構築する。師匠は「魂に刻み込む」なんて大仰な言い方をしていたが、そんな感じで、それを取り出すだけで、つまり無詠唱で魔法が発動するのだ。威力があがるのは詠唱を省略している分を術式で補完しているから。<術式魔法>を取得する前の自分の無詠唱魔法は、ただ力任せに投げつけているだけ。師匠にそう言われた。
 話が脱線した。今は術式解析に使っている。だが本当は他の用途にも使えるのではないか。他人の能力の<解析>にも。この仮説が正しければ<鑑定>は放っておいて、<解析>のレベル上げを試みたほうが良いことになる。


「ええっ!?」


「えっ……?」


 図書館では控えるべき大声。それが耳に届いた。声の主はさきほど<鑑定>を行った、確か、リーコさん。熱心に本を読んでいたのに何を驚いているのだろう、と思ったのだが。


「君……それって?」


 驚かせたのは自分だった。それは分かったが、何に驚いているかまでは分からない。


「何か?」


「魔道術式を二つ同時に展開している?」


「ああ、展開しているだけです。発動まではさせていません」


 複数魔法の同時発動。これを自分が行ったと勘違いしたようだ。是非出来るようになりたいのだが、残念ながら今は無理。師匠にもそれは相当難しい、というか危険だと言われた。もっと魔法の技術レベル、熟練度を上げないと試みるべきではないと。だからしばらくは挑戦も保留だ。


「どうすればそれが出来るのかな?」


「えっ……あ、ああ。恐らくですが、<術式魔法>と<解析>のスキルがあるからだと思います」


 実際のところは良く分からない。魔道術式を自分の中で構築しようと思えば、展開して記述を確かめながら行うことになる。何も考えないで、自然と出来ていたのだ。


「解析……それは<術式解析>のことかな?」


「……自分は術式の解析に使っています」


 微妙に言っていることが違うような気がする。だが、そこは無視だ。王立騎士養成学校の授業で気付いたが、自分が教わったことは微妙に違う。その原因には見当がついている。師匠とは<悪魔の迷宮>で出会った。ずっとそこで育ててもらった。人族ではないのは明らかだった。


「そうか……<術式解析>は僕も持っているのだけど<術式魔法>は……君、凄いスキルを持っているね?」


「それだけです。それだけでここまで来たようなものですから、まあ、良いスキルです」


 無詠唱で詠唱ありと同じ威力の魔法が使える。これはかなり自分を助けてくれた。このスキルがなければ、きっと自分はとっくに死んでいる。悪魔に対抗出来るのは、これくらいなのだ。対抗といってもせいぜい互角までだが。


「今は何を調べているのかな? 差し支えなければ教えて欲しいのだけど」


「それが<鑑定>のスキルを最近取得したのですけど、中途半端で。術式が足りないのか、レベルが足りないのか調べています」


「<鑑定>まで……術式を見せてもらっても良い? 僕は使えないけど、魔道術式について、まあまあ勉強してきているから」


 やはり、リーコさんの加護≪叡智と技の神の加護≫は魔道術式関連の加護。<術式魔法>は使えないようなので戦闘職ではなく、魔道具師が適職だろう。制服から最上級生であることは分かる。知識は自分よりもあるはずだ。


「どうぞ」


 展開している術式をリーコさんに向ける。それにも少し驚いた様子だ。だが、すぐに術式を読むことに集中している。知識もあり、興味もあるのだろう。そうでなければ見知らぬ人に話しかけてこない。少なくとも自分は無理だ。


「……明らかに抜けている個所があるね?」


「そこは鑑定出来る範囲に制限をかけているような記述だったので消しました」


「消した? へえ……」


 術式を書き換えたことにも驚いた。と思ったが、少し違うようだ。きっとリーコさんも魔道術式の書き換えは当たり前に出来る。自分のことを、同じ進路を進む下級生だと思っているのだろう。そんな雰囲気だ。


「問題点は?」


「名前と加護しか鑑定出来ません」


 他人のものは。これは隠した。解析を手伝ってもらうのであれば、隠すべきではないのだろうが、これを伝えると他人で試したことがバレてしまう。なんとなく駄目な気がする。


「……断言は出来ないけど、範囲の制限を外すだけでなく、逆にどういう内容を確認したいのか、明確に記述したほうが良いかもしれない」


「それはどういう記述なのでしょう?」


「調べないと分からない。名前と加護に関する記述であれば<隠蔽>のスキルを使えるから分かるけど、その二つは鑑定出来ているのだからね?」


「名前と加護を……隠蔽、ですか?」


 <隠蔽>のスキルを自分は持っていない。言葉から<隠密>のスキルに似たようなものかと思ったが、名前と加護を隠蔽という意味が分からない。<隠密>は気配を消すスキルなのだ。


「もしかして持っていないの? だったら取得したほうが良い。難しいスキルじゃないから」


「どういうスキルなのですか?」


「自分のステータスを隠すスキル。僕は知られてもそれほど困らないのだけど、騎士になる人は自分の手の内は隠す必要があるからね?」


 リーコ先輩に感謝。このスキルを取得すれば元の世界での名前を隠すことが出来るはず。絶対に取得しなければならない。
 ただ、そうなると<鑑定>の術式には実は欠陥がない可能性が出てきた。隠されているから見えないだけの可能性だ。


「分かっていると思うけど、絶対じゃないからね? 相手の<鑑定>が自分の<隠蔽>を上回れば、隠すことは出来ない」


「はい。分かっています……そういえば、ずっと気になっていることがあります」


「何かな? 僕に分かることであれば良いけど」


「スキルを取得するってどういうことなのかと。魔道術式を解析出来れば、全ての魔法を使えるようになってもおかしくないのに、きっとそうではない」


 魔道術式を理解し、再構築すれば、その魔法、正確には魔道を使えるようになる。そうであれば、スキルの取得というのは何の意味があるのか。突然、スキルが使えるようになるのはどうしてなのか。これを疑問に思っていた。


「それかあ……それは僕も考えた」


 リーコさんの顔に笑みが浮かんだ。なんだか嬉しそうだ。実際のところどうなのかは分からないが、笑みの意味は分かるような気がする。自分と同じ疑問を持つ人がいる。簡単に言えば、話が合いそうな人に会った。その喜びだと、勝手に、思っている。


「その答えは学問的ではない」


「答えを持っているのですか?」


「一応。真実かは分からないよ。証明出来ない。神様に関わることだから」


 ここで神様が出てきた。神の奇跡なんて話になるのであれば、確かに学問的ではない。証明だって出来ない。科学的に証明出来ないから神の奇跡なのだ。


「スキル取得は神の許可という説だよ」


「神様の許可ですか?」


「そう。魔道術式を理解しても使えるようになるわけではない。展開しても発動しない。それは何故か。神様が許していないから」


「……許可があれば、魔道術式を理解していなくても使える? 実際に使えます」


 使えるのだ。「スキルを取得しました」という謎の声、この説だと神様の声が聞こえた瞬間に使えるようになる。詠唱を知らないと発動は難しい。でも使える。これを自分は知っている。実際に経験している。
 神様の許可という説は、馬鹿げた話ではないのかもしれない。


「加護にも関係がある。与えられた加護で許可されるスキルが決まる。全てではないことは実例があって、証明されているけどね」


 例外はある。でも特定の加護を与えられていないと絶対に取得できないスキルは確実に存在する。加護はパッケージ。使えるスキルをあらかじめパッケージされたものかもしれない。ちょっと神様に失礼な考えだ。


「こういうことを考えていると面白いよね?」


「そうですね」


「君は魔道具師、じゃないね。君には戦う力がある」


 そもそも自分は学びに来たのではない。仕事で来たのだ。ただ面白いとは思う。魔道術式をもっと勉強しようと思った。


「カイトです。カイトと呼んでください」


「そうだ。自己紹介がまだだった。僕はリーコ。学校は四年目だ」


「えっ?」


 王立騎士養成学校は三年で卒業のはず。どうして四年生なんているのか。リーコ先輩は留年するような阿保ではないはずだ。


「ここは騎士養成学校だからね。僕には騎士になる能力がない、だから残って勉強を続けている」


「ああ……魔道具師として働くわけではないのですか?」


「もちろん将来はそうしたいと思っているよ。でも誰かに弟子入りするよりも、ここで勉強していたほうが成長出来ると思って」


 この世界で魔道具師として独立するにはどうすれば良いのか。自分は知らない。ただ少なくとも、いきなり独り立ちするのは簡単ではないのだろう。工房を開くには金がいる。お客をゼロから集める状態だと、開店出来ても、しばらく赤字だ。これくらいのことは社会人経験がなくても、今は社会人なのかもしれないけど、分かる。
 友達ではなく先輩だが、面白い人に出会えた。得るものが多かった日だ。

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