
王立騎士養成学校の授業は意外と座学が多い。騎士養成学校なんて言うから、てっきり、厳しい鍛錬の毎日だと思っていたのだが、そうではないようだ。
実際、座学で学ぶことは沢山ある。まずは<加護>について。教授が「神が与えたもうた恩寵」なんて言い方をしていた通り、神様によって与えられるものとされている。ちなみにこの世界は多神教だ。多くの神様が存在し、その神がそれぞれ恵みを与えてくれる。豊穣の神であれば農業に役立つような加護といった具合だ。結果、加護には膨大な種類がある。良く全てを調べたものだと授業の最初に思ったが、実際はまだ知られていない加護も多くあるそうだ。そんなものだろう。思うのは膨大な数の加護を考えた神様の頭脳と勤勉さ。神様なのだからそれくらい出来て当然かもしれないが、与える時はどうやって選ぶのだろうと疑問に思った。
さらに加護にも序列があることが分かった。≪XXX神の加護≫が最上位。神が直々に加護してくれるということになっている、下位には≪XXXの御使いの加護≫、御使いというのは天使のことだろうか、や≪XXX精霊の加護≫などがあるようだ。下位になると序列はあいまいになると教授は教えてくれた。とにかく神様が直々に加護を与えてくれるのが凄いということだ。
この辺りまではまだ興味を持って聞けたが、具体的な加護の内容になったあたりからは退屈を持て余すことになった。そんなものを覚えて何になるのか。こう思ってしまったせいだ。実際、知識として持っていて何の役に立つのだろうかと思う。必要がある時に調べれば良い。それは講義を受けなくても、図書館に行けば済むことだ。
個別の加護で真面目に聞いたのは≪戦神の加護≫と≪勇者の器≫について。実際にそれを持っているウィリアム第二王子を知っているからというのもあるが、教授がそれまでとは違い、熱弁を振るいだしたことのほうが大きい。自国の王子を褒め称えている気持ちなのだろうと、勝手に思った。
内容を聞けば。それは褒め称えたくもなるだろうと思えた。どちらもステータス上昇効果を持つ加護。どのくらいの上昇効果があるのかの説明はなかったが、仮に二割増し程度だとしても、そこから更に二割増しだ。見事なチート。卑怯な加護だ。
さらにカリスマ性に関するような効果があるとも言っていた。これで主人公でなければ何なのだ。闇堕ちして魔王になる可能性はゼロではないかもしれないが、まずない。この世界にはすでに魔王がいる。カンバリア魔王国の国王がそうだ。
魔王がいて、勇者がいて、聖女になると言われている女がいる。よくある設定だ。この世界がゲームシナリオの制約を受ける世界である可能性は、やはりある。
自分に出来ることはゲームの登場人物に関わらないこと。ゲームシナリオに巻き込まれないこと。だったのだが、すでに登場人物に出会って、話をしてしまった。それもどう考えても悪役の立場で。とてもマズイ状況だ。なんとか今の流れから抜け出さなければならない。せめて学院パート、ではなく学校だが、が終了するまで無事でいること。彼らが卒業してしまえば、ストーリーから自然に外れるはずだ。
(……ゲームシナリオか……実際、あるのかな?)
自分は転生者だ。この世界で特別な存在だ。本来のゲームシナリオに関わらずにいられるのか。ゲームシナリオを壊す為に転生したのではないか。こんな思いも湧いてくる。
(悪役令嬢の逆転物語じゃないよな……俺、男だし)
自分は何のためにこの世界に転生したのか。これまでは生きるだけで精一杯。あまり考えてこなかった。そもそも転生に意味はあるのか。傍観者でいられる可能性だってないわけじゃない。
(……あれ? 転生したの、俺だけなのか?)
元の世界での最後の記憶。それは学校の教室だ。授業中だった。落書きと破かれてボロボロになった読めない教科書を、教師に怒られるので、一応は開いて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
(そういえば、あの野郎……今になってムカついてきた)
そう。教師はボロボロになった教科書を開くことを強要した。一目見て、虐めだと分かる証拠の教科書を。知っていて見て見ぬふりをしていた。最低の教師だった。良い教師なんて知らないが、あいつが最低であることは間違いない。
思考が逸れた。外を見ていたので何が起きたのか分かっていない。同級生が騒ぎ出したのは知っている。騒ぎに関わっても虐めのきっかけを作るだけ。そう思って自分も見て見ぬふり、聞こえているのに聞こえていない振りをした。
これが最後の記憶だ。なんだか分からないが教室で何かが起きた。そうだとすれば、他にも転生した奴がいるかもしれない。それどころかクラスまとめて転生パターンかもしれない。
気持ちが重くなった。生まれ変わってまで奴らに関わることになるなんて、真っ平御免だ。転生したとしても別の世界。百歩譲って別の国であることを願う。
(……主人公とメインキャラか)
もしかして、そういうことなのか。ゲームの主要キャラにしか思えない奴らは転生者なのではないか。自分が知っている、二度と会いたくない奴らなのではないか。
最悪の可能性だ。
(……そうだ。忘れていた)
どうにかして調べる方法はないか。これを考えて、大切なことを思い出した。調べる手段を手に入れられるかもしれない。元々は自分の強さを調べる為に手に入れたかったものだ。
(……えっと……これだ)
目の前に魔道術式が展開された。展開しただけ、効果は表れていない。そうならないように止めているのだ。
(…………ん? この術式、わざと制約をかけているのか)
展開した魔道術式は入学時にランク判定をした魔道具のもの。それをコピーしたものだ。あの魔道具ではランクしか分からなかった。王立騎士養成学校が使うにしてはショボい魔道具だと思っていたが。あえてそうしていることが術式を見て分かった。
(そうなると……この制約部分を消せば……スカスカだな。何か加える必要がありそうだ)
自分には魔道術式の知識がある。といってもそれほど深い知識ではない。王立騎士養成学校で仕事をすることになって、唯一楽しみに感じたのは魔道術式の講義だった。もっと深い知識を得られると期待しているが、まだ講義は始まったばかり。内容はすでに知っていることばかりだ。
(……どうなるか試してみるか)
足りない術式がある。それは分かっている。だが、とりあえず起動させてみることにした。その結果で何が足りないか分かるかもしれない。
「……鑑定」
詠唱、というほどではないが起動の言葉は術式を読んで分かった。
≪名前:カイト(本名:久住(ヒサズミ)海斗(カイト))≫
「いや、これ、あかんやつ」
頭にステータスが、といっても名前だけだが、浮かんだ。本名、元の世界の名前が出ている。駄目な情報だ。<鑑定>の魔法が使える人に、自分が異世界人だと分かってしまうかもしれない。
≪加護:なし≫
≪ステータスランク:D≫
≪スキル:黒炎魔法レベル8、無詠唱魔法、闇属性耐性、精神攻撃耐性、闇視、念話、獣速レベル7、立体軌道レベル7、剣術レベル5、体術レベル4、隠密レベル4、探知レベル4、結界レベル3、解析レベル5、収納魔法、術式魔法……≫
「おお……」
次々と頭に浮かんでくるスキル。ようやくゲーム転生らしさを感じることが出来た。だから何だって話だが。
スキルは全て既知のもの、記憶していたものと差がない。隠れスキルは持っていなかったのは残念。それ以上に残念なのは。
「加護なし……」
加護を持っていなかった。転生者なのだからこの世界の神様から恩寵を与えられないのは当然、とは思えない。かなりショックだ。
「逆に考えれば、加護を得られれば今よりもずっと強くなれるってことだ。俺って可能性の固まり。はっはっはっ……はあ」
加護を二つも与えられている奴がいるのに、自分はなし。世の中は不公平だ。異世界でもそれは同じだった。
そもそも相手は王子様で、自分は捨て子。さらに薄給でこき使われている身。加護以外でも差があり過ぎる。
自分の主人公ルートはなし。諦めきれないが、固執するのは危険だ。もし本当にストーリーがある世界であれば、それを歪めようとする自分は排除されることになるに違いない。恐らくは、世界に。
「それよりも……」
諦めきれない思いを断ち切る、でもないが、声に出して考えることを変えてみた。これも重要なことだ。元の世界での名前。これは隠せるものなら隠したい。というか抹消したい。過去の自分など消し去りたいのだ。
「……どうすれば良いのだろう? 鑑定って何を見ている?」
隠すにしても何をどうすれば良いのかが分からない。<鑑定>の知識もほとんどない。何にどう作用としてステータスを知ることが出来るのか。これが分からなければ、その作用を躱す方法だって思いつけない。
「……勉強が必要だな」
今の自分の知識ではどうにもならない。そうであれば新しい知識を得れば良い。なんといっても王立騎士養成学校は魔法と魔道術式においても王国最高の教育機関であり、研究機関でもある。調べる方法は必ずあるはずなのだ。