月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い プロローグ 天国から地獄2

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 意識を取り戻し、最初に目に入ったのは美しい女性だった。金色の髪に青い瞳。どうして自分のベッドの横に外国人がいるのか疑問に思った。
 だがその疑問はすぐに頭から追い出され、衝撃で思考が混乱することになった。その美しい女性は軽々と自分を抱き上げたのだ。同級生に二足歩行の豚と罵られている太った体を。
 何かがおかしい。女性に抱きしめられて狭まった視界。それでもなんとか周囲の様子を確かめようとした。
 その結果、日本人は誰もいないことが分かった。
 周囲の会話に耳を澄ます。言葉は分かった。いつか自分を知る人が誰もいない国に行って暮らす。そう願って英語を勉強した成果、ではない。周囲の人たちが話しているのは英語ではない。日本語に聞こえる。
 さらに分かったことがある。自分の体がかなり小さくなっていること。事故で病院に運ばれたわけではなかった。これも分かった。
 そうなると、まさかまさかの異世界転生。状況を把握したところで、この思いが頭に浮かんだ。自分は元の世界で死に、異世界に生まれ変わった。それもどうやらかなり裕福な家に。
(……はあ……なんて喜んだ時もあったなぁ)
 幸せな日々、なんて感じる出来事はなかった。転生を喜ぶ時間はすぐに終わりを告げた。心地良いベッドの上を離れた自分は、悪人面の男に渡された。そこから先は元の世界と同じ。その男に何か不機嫌になることがあると殴られ、蹴られ、ろくな食事、といっても固形食を食べられるとは思えないが、も与えられない毎日になった。
 異世界に転生しても自分の人生は変わらない。それどころか生まれてすぐに暴力を振るわれる人生では、元の世界より酷い。少なくとも元の人生では、母親が家を出ていく小学校五年生までは普通の生活だったのだ。
(……結局、異世界転生ではなく地獄に落ちたってことか)
 この場所がどういうところかは男たちの話を聞いて、おおよそ分かっている。これから自分がどうなるのかも。
 この場所で自分はじわじわと死んでいく。飢えの苦しさは知っているが、飢え死にの苦しさまでは、生きているのだから当たり前だが、知らない。限界を超えたあと、どれほどの苦しみが自分を襲うのか。絶望の中で死んでいくと、心はどうなるのか。
(……やっぱり、死ぬのは怖いのか……それとも苦しい思いをするのが嫌なのか?)
 家庭でも学校でも暴力に晒された。人生を諦めた時もあった。自分は死に恐怖など感じないものと思っていた。だが、どうやらそうではなかった。明日か明後日か、それとも一週間後かもう少し先か、分からないが自分は死ぬ。それを思うと恐怖が心に広がっていく。自分は生きたいと思っていることが分かる。
(……ん? 何かいる?)
 足に何かが触れる感覚。なんとも言えない感覚。気持ち悪くも気持ち良くもある。
(……ぷにぷにした何かって……げっ!? まさか、スライム!?)
 ゲームの世界での最弱キャラ。だが今の自分はさらに弱い。歩くことも出来ない赤ん坊なのだ。
(えっ、えっ!? スライムって何してくるの!? 俺は食べられるの!?)
 ゲームやアニメでは知っているスライム。だが、どうやって人を殺すのか自分は知らない。スライムに人が殺される場面を見た記憶がなかった。
(あ……痛い。足が痛い……もしかして……溶かされている!?)
 痛みを感じる。鋭い痛みではない。スライムが触れているのであろう部分に痛みが広がっている。噛まれた感触ではないのは間違いない。では何の痛みなのか。自分の足が溶かされている可能性を考えた。
(溶けて死ぬ……い、嫌だ……そんな死に方は嫌だぁああああ!)
 完全な拷問だ。飢え死によりは短い時間であるのは間違いないが、じわじわと殺されることになる。確実に来る死の恐怖に怯えながら。
(何かないか? なんでも良いから助かる方法はないのか? これって一応、転生だろ!? 転生チートとかないのかよ!?)
 すでに死の恐怖で頭の中はパニック。あり得ない望みを求める以外に足掻きようがない。ハイハイもしたことがない赤ん坊では逃げ回ることも出来ないのだ。
≪スキル:火属性魔法を取得しますか? 必要スキルポイントは100になります≫
(えっ……?)
≪……それともスキル:火炎属性魔法を取得しますか? 必要スキルポイントは1000になります≫
(……はい)
 頭に流れてくる言葉。なんだか分からないが、自分に選択の余地はない。
≪スキル:火炎属性魔法レベル1を取得しました≫
(……使い方は?)
≪…………≫
(おい! 使い方を教えろよ!)
 魔法を取得した。だが魔法の使い方が分からない。分からなければ何の役にも立たない。
(火! 火、出ろ! そもそも俺は赤ん坊だぞ! 詠唱なんて唱えられるわけないだろ!)
 叫んでも謎の声は応えてくれない。やはり転生ではなく、地獄に堕ちたのだ。謎の声は、一度希望を持たせた上で落とすという拷問なのだと思った。
(死ぬ! 死ぬだろ! 俺は死にたくない! なんとかしろ!)
 死の恐怖が自分を狂わせる。心の中で叫ぶことしかできない。それでどうにかなるはずがない。それでも、叫び続けることしか出来ない。それしか考えられない。
 生きたいのだ。これほど生きたいと思ったのは生まれて初めてかもしれない。もちろん、元の世界での人生で。
(俺は死にたくない! こいつを殺せ! スライムを燃やせ!燃えろ! 燃えてしまえぇええっ!!)
 目の前に炎が立ち昇った。謎の声は無言のまま、俺の望みを叶えてくれた。この瞬間はそう思った。
(……死んでいない? スライム、死んでいないだろ!?)
 足の痛みは続いている。魔法による火傷ではない。触れている感触が広がっていることでそれは分かる。
(燃えろ! 燃えろ! もっと燃えろ! 燃え尽きろ!)
 さらに炎が立ち上がる。心の中で叫びながら、その炎は自分の体から立ち上がっていることに気が付いた。魔法なのだから当たり前といえば当たり前だが、熱くないのだ。
≪経験値が規定値に達しました。レベルが上昇しました。各種能力基準が上昇しました≫
≪スキル:無詠唱魔法を入手しました≫
 また謎の声が聞こえてきた。「レベルが上昇しました」という言葉からスライムを倒せたことが推測出来た。
(……スライムを一匹倒しただけでレベルアップ? 緩いゲームだな?)
 最弱の敵スライムを一匹倒しただけでレベルアップした。レベルアップということは強くなったはずだから喜ぶべきことだが、ありがたみが感じられなかった。最弱な魔物を倒しただけでレベルアップする自分の弱さに悲しくなった。
(……うえ……死体消えないのか)
 痛みは薄れたが、スライムが触れている感覚は、柔らかくはなったが、そのまま。ゲームや多くのアニメのように消えてなくなるわけではなかった。
(……ゲーム世界転生ってことか……しかもデスゲームだな)
 スライムは倒せた。運良く、だ。もっと強い魔物が現れれば、自分には為す術がない。実際はどうか知らないが、動きが遅そうなスライムからも逃げられない。魔物ではなく猛獣でも一噛みで自分は死ぬことになる。
 まずないだろうが、この先、魔物が現れないとしても。
(……スライムって食えるのか?)
 食べ物がなく、飢えて死ぬことになる。
(お約束は、瀕死の状態にはなるけど何かの耐性を得られる、か……)
 良くあるパターンでは魔物の体は毒で、それを食べて死にそうになるが耐性を得られ、その耐性によって毒の体も問題なく食べられるようになるというのがある。では、このスライムはどうなのか。
(……お約束と分かっていても選択肢はないんだな)
 「毒だと分かっていてどうして食べる? 馬鹿じゃね?」なんて突っ込みを入れていた自分が愚かしい。食べなくても死ぬのだ。誰だって食べるほうを選ぶ。
(……ゼリーよりも柔らかい……意外とご都合主義かも)
 毒かどうかは別にして、赤ん坊の自分でも食べられそうな柔らかさ。これに関しては、追い込まれているのか、救いの手を差し伸べられているのか、微妙なところだ。
(……臭い……でも味は酷くない)
 美味しくはない。だが匂いを我慢すれば食べられないことはない。栄養があるのかは分からないが、空腹は満たせそうだ。
 ただ残念ながら耐性は得られなかった。
(……ステータス……ステータスオープン……鑑定……駄目か……)
 レベルアップが出来る世界だと分かれば、自分のステータスが気になる。だが、確かめる方法が分からない。小説やアニメで得た知識でその方法を試みてみるが、どれも反応しない。
(……そういえば……お~い、謎の、いや、神様? それとも天の声さん? とにかく得られるスキルを教えてくださ~い)
 謎の声はスキルポイントという言葉を話していた。それと引き換えに魔法を与えた。そうであれば他にも得られるスキルがあるはず。その中にステータスを見られるスキルがあるかもしれないと思った。
(…………いやいやいやいや。それってどうなの? そちらの都合の良い時しか話してこないって。これで俺はどうやって成長していくの?)
 得られるスキルが分からなければ取得出来ない。良く考えて見ればスキルポイントとやらがどれだけ残っているかも分からない。それでどうやって強くなっていけるのか。必要なスキルを次々に手に入れて、生き残り、強くなっていくのがゲーム世界転生のはずだ。
(嘘だろ……?)
 謎の声は沈黙したまま。ステータスも、≪火炎属性魔法≫と≪無詠唱魔法≫以外に自分がどのようなスキルを持っているかも分からない。
(……眠い……もしかして、これが魔力切れ)
 ではない。赤ん坊は眠るのが仕事だ。起きていられる時間はそれほど長くない。これは後で分かったことだ。実際はどうかなんて分からないけど。
(……や、やばい……こんな……ところ、で……寝たら……)
 寝ている間に殺されてしまう。だが必死に抵抗しても眠気に抗えない。意識が遠くなってしまう。視界が黒に染まる。視界が閉ざされてしまっては近づいてきた影に気付けない。

(……この赤子は……もう、これほどの魔素を吸収したのか……怪我も癒えて……いや、怪我が癒えたところで、これで生きていられるのか……?)
 赤子では、この迷宮内で一時間も生きていられない。そもそも魔力とは徐々に体内で増えていくもの。そうして魔力、魔素への耐性が出来ていくものなのだ。
 その慣れの為といえる期間なしに、いきなり多くの魔力を体内に宿せば、普通は死ぬ。体が魔力に耐えられないはずなのだ。
(……ふむ……消え去る日を待つのみの我が身だが、最後に少し面白いものが見られそうだ)

 ――助かるはずのないこの迷宮で、この赤ん坊は育つことになる。これがこの世界に転生した彼の宿命、ではない。宿命から外されてしまった彼の生きる道だ。

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