
味方の半数が討たれたところで襲撃してきた者たちは総崩れになった。遅すぎる決断だ。彼らは寄せ集め。指揮系統はあるようでない。指揮官役はいても、その男も将としての教育を受けているわけではない。彼らは勇者候補くずれ、さらには勇者候補経験もない野盗が群れていただけなのだ。
襲撃者が退却に移ったところで戦いは終わり、にはアークはしなかった。徹底的な追撃。襲撃者たちが散り散りになって逃げ出しても追撃は止めない。翼竜を使って空から追い立て、討ち取っていった。一人も逃がさない。そのつもりで追い続けたのだ。
とはいえ、実際に一人残らず打ち倒すことは、さすがに出来なかった。逃げる敵が広範囲に散らばり、日も暮れて、見つけ出すことも困難になったところでアークは追撃を諦め、自治区に帰還した。
「……さすがに疲れた。今日は終わり」
「今日はって……明日も追いかけるつもり?」
「まだ四百近くはいるだろうからな。そうしたいけど……さすがに見つからないかもしれない」
再度の襲撃を考えることも許さないほどのダメージを与えたい。三百という数はそれに届いていないとアークは考えている。だが、明日になってから追撃を行っても、どれだけの敵を見つけることが出来るか。かなり難しいことが予想出来る。
「一戦で終わらせないで、何度も攻めさせた方が良かった?」
「そうかもしれないけど、そんな余裕はなかった。さすがに、あの数はきつい」
徐々に削って、最後にとどめ。それであれば、もう少し減らせたかもしれないが、この作戦は実行不可能。アークには相手の被害を考えながら戦うなんてことは出来なかった。とにかく、次々襲ってくる目の前の敵を倒すこと。それだけを考えて戦い続けていたのだ。
「よく勝てたわね? アークは頑張った」
「そうだろ? 何度か、これは死んだと思ったけどな」
「……ごめんなさい。私が失敗したから」
ミラにとってもあの数は対応するのが困難だった。同時に発動できる数は、制御が出来るという条件付きで、十程度。その数では相手の攻撃に完全に対応出来なかった。防御魔法が何度か遅れることになった。
「いやあ、あれは無理だろ。俺自身が反応出来なかったのだから離れた場所にいるミラが完璧に対応できるはずがない」
「そうだけど……」
アークを守る責任が自分にはある。どんな理由があっても、完璧に支援しなければならないとミラは思っているのだ。
「こんな戦いは二度と御免だけど、戦い方は考えておいたほうが良いな。ポーションはもっと多く持っておかないと」
「全部使ったの?」
「手持ちだった分は全部使った。貰ったのは……あれ? あれは貰ったのか? 借りただけだとしたら……」
どれだけの金額を請求されてしまうのか。以前に比べれば余裕が出来ているアークたちだが、高額なポーションをまとめ買いするほどの資金力はない。まったくないというほどではないのだが、他に優先すべき資金用途がある。今回のような戦いがまたすぐにあるはずがない。あっては困る。
「あれはお譲りしたものです。お返しいただく必要はございません」
「そうですか。良かった。あっ、そうだ。これはお返ししないと」
はめていた指輪を外して、ソニード自治区長に差し出すアーク。
「それもお譲りします」
「いや、そういう訳には。それにこの魔道具、色々と収納されているみたいです」
取り出した剣はすでに戻してある。翼竜に投げつけた剣が回収出来たので、使う必要がなくなったのだ。間違いなく自分の物よりも優れた剣。良過ぎる剣を使い続けていて、自分の剣に不満を持つようになっては困る、なんてことも考えてのことだ。
「収納されているものも含めて、貴方に」
「自治区長。我々が勝手に決めて良いことでは……」
ソニード自治区長は全てをアークに渡そうと考えた。だがそれを制する者がいた。アークは知らないが、自治区長の側近。副官のような立場の男だ。
「……確かに。では、こうしましょう」
部下の言うことは間違いではない。自分たちだけで譲渡を決めることは許されないことなのだ。ソニード自治区長はアークから受け取った指輪を使って、中から剣を取り出した。取り出した後の指輪を、またアークに渡した。
「えっと……?」
「この剣はお譲り出来ませんが、他の物はどうぞ。ポーション以外は大した物は入っておりませんので」
「いや、この魔道具がとても高価なものではないですか?」
剣はかなり高価なものだと思う。まず間違いなくアークには手が出ないほどの金額。だがその剣を除いたとしても、魔道具そのものがかなり価値あるもののはず。アークはこう思った。
「人族の方はそう思われるでしょうが、我らにとってはそれほど貴重な物ではございません。空間魔法を利用した収納は生活魔法なのです。遠慮は無用です」
生活魔法というのは日常生活を便利にする魔法。初級も初級の魔法だ。松明替わりに使う火魔法、殺傷能力のないただ水を生み出すだけの水魔法などが代表的だ。
「……えっと……では、お言葉に甘えて」
遠慮は見せたものの、本音は「喉から手が出るほど欲しい」だ。邪魔にならずに荷物を運べて、いつでも取り出せる。こんな便利な魔道具はない。戦闘でも役立つことは、今回の戦いで証明されている。
「……こちらの剣、使ってみてどうでしたか?」
「ああ、最初は驚きました。魔力を吸い取られて、呪いの剣なんてものが現実にあるのかと思いました」
全ての魔力を吸い取られて自分が動けなくなるのではないか。剣を抜いて魔力を吸い取られた瞬間、アークはこんなことを思ったのだ。呪いの剣ではなくても、魔力量が膨大な魔人族が使うべき剣なのかとも、これは後からだが、思った。
「特殊ではありますが、呪いの剣ではございません。ご安心を」
「今は心配していません。自分を助けてくれた剣ですから。ポーションを取るつもりがその剣が出てきて。運が良かった。呪いどころか幸運の剣です」
「貴方を助けたかったのでしょう」
取り出せるはずのない剣なのだ。その資格がない者がどれだけ強く望んでも取り出すことは出来ない。ソニード自治区長は取り出すことは出来るが、鞘から抜くことは出来ない。そういう剣なのだ。
アークにはその資格があった。鞘から剣を抜くことが出来た。二百年、一部の魔人族が待ち望んでいた存在が現れたのだ。戦乱の予兆とも考えられるので、喜ぶべきことかは微妙だが。
「……とにかく助かりました。ありがとうございます」
ソニード自治区長の言葉に違和感を覚えたアークだが、流した。すごく気になる、というほどではないのだ。
「いえ、助けられたのは我々ですので。もっと御礼をしたいところですが、今日はお疲れでしょう。お休みください」
「あっ、死体の後始末が……」
多くの死体が地面に転がったままだ。それをそのままにしておくわけにはいかないとアークは考えた。
「死体の始末はお任せください。それに少しくらい放置しておいても、魔獣が集まってくるくらい。問題はありません」
「魔獣が集まっても問題ない……戦えるということですか?」
人が暮らす場所の近くに妖魔や魔獣が集まってくるのは大問題だ。だから討伐依頼では必要な素材を確保したあとは、残った死体は出来るだけ焼く。焼却が無理な場合は埋める。
だがソニード自治区長はまったく気にしていない様子。それは妖魔や魔獣はこの自治区にとって脅威ではないということだ。
「ええ。我らが禁じられているのは人族と争うことです……この辺りの事情については、興味がおありでしたら、別途ご説明いたします。とにかく今日はもうお休みください」
「分かりました。そうさせてもらいます」
実際に疲れている。怪我はポーションで治っても、その為に消費した魔力、生命力はすぐには回復しない。何度もポーションを使って回復させて戦い続けた、それでもまだこうして普通に動いているアークが、人族としては、異常なのだ。
自治区内に用意されている宿舎に向かうアークとミラ。その行く手を遮る者がいた。
「……あれ? 君は確か……?」
アークには見覚えがあった。カテリナに殴りかかろうとした男の子だ。
「……強くなりたい」
「はっ? どういうこと?」
「僕は強くなりたい。強くなるにはどうすれば良い?」
彼は、アビルはアークの戦いを見ていた。最初は「勇者候補が自分たち、魔人族を守るはずがない」なんて思いを抱きながら。戦いが始まってからは「憎い勇者候補なんて殺されてしまえ」と思いながら。
だが、そんな思いはすぐに消えた。圧倒的な数の敵に立ち向かうアーク。アビルが憧れる「強さ」がそこにあった。自分たちを守る為に命を賭けて戦うアークに、姉と自分を救い、守り続けてくれた男たちが重なった。
「……強くなって……いや、良い。強くなる為の努力を続ける。相手も努力していれば、それを超える努力を続けるだけだ」
この男の子はどうして強くなりたいのか。それは初めて見た時の行動が示している。理由まではアークには分からないが、カテリナたちを殺したいのだ。
そんな目的であれば無視しようと思ったが、気が変わった。無謀な試みであっても本人が強く望むことを他人が否定するべきではないと思った。アーク自身がそうなのだから。
「努力……」
「……絶対に強くなれるとは約束出来ないけど、努力の仕方くらいは教えてやる。但し……明日以降。今日は疲れた」
「……分かった。じゃあ、明日」
「ああ、明日」
アビルと約束をして、また宿舎に向かって歩き出すアーク。
「大丈夫?」
その足取りはかなり怪しい。さきほどまでは、まだ心配するほどではなかったのだが、今は明らかにふらついている。
「……気が抜けたせいかな?」
ソニード自治区長と別れたところで、すでに緊張の糸が切れていた。それまでは気力を振り絞って動いていたのだ。外傷は多くないが、それはポーションによる治療のおかげ。ポーションは、治癒魔法もそうだが、癒される側の魔力、生命力と呼ぶべきものも使って傷を癒すものだ。傷は消えても別のダメージが体に残ってしまうのだ。
「しようがないから肩を貸してあげる」
「ミラじゃあ、俺を支えられないだろ?」
「全体重を預けろとは言っていないから」
「それはそうか……じゃあ、借りる」
意地を張ることなくミラに頼ろうとするアーク。それほど辛いということだ。ミラの肩に腕を回し、彼女の負担にならない程度に体を預けて歩くアーク。
「……ごめんね。私がもっとちゃんと出来ていれば」
「さっきも言ったけど、ミラはちゃんとやってくれた。相手の数が多すぎただけだ」
「そうだけど……」
自分がもっと戦いに参加出来ればとミラは思ってしまう。アークを支援するだけでなく、自らも危険に身を晒して戦うべきだと。そうでなくても、攻撃魔法を身に着けて、磨いておくことは出来たはず。それを怠ったのは自分の我が儘だと思ってしまうのだ。
「落ち込むな。あれだけの数の敵と戦って、こうして無事でいるのだから、逆に誇って良いくらいだと思う」
「……頑張ったのはアークだから」
「何度も言わせるな。ミラがいてこその俺だ。ミラのおかげで俺はこうして生きていられる」
「アーク……」
アークの言葉は嬉しい。彼は自分を認めてくれる。必要としてくれる。それだけで、たまらなく嬉しい。
「……それでも納得いかないなら、もう少し世話してもらうかな?」
「良いよ。何をしてほしいの?」
「とりあえず、扉を開けてくれ」
「もう……そんなのお世話じゃないから」
駐在する勇者候補の為に用意されている建物に到着。入口の扉を開けて中に入る。
「あっ、何か食べる?」
「そうだな……じゃあ、ミラに世話してもらってから」
「えっ? だから私が作るよ?」
食事の用意もお世話をすること、アークが何を望んでいるのかミラには分からない。
「それ普通。俺が望むのはもっと特別なお世話だから」
「特別って……えっ!? ち、ちょっと!?」
肩を借りる、ではなく、両腕で抱きしめてきたアーク。予想外の行動にミラは驚きの声をあげてしまう。
「……ああ、生きているな、俺」
「アーク?」
「まだミラと一緒にいられる」
死を覚悟した。なんとか生き残れた。やり残したことはまだあるのにと考えた。その時、頭に浮かんだのは行方不明の姉ではなく、ミラの顔だった。もっとミラと一緒にいたいと思った。そんな気持ちを自分が持っていることをアークは知った。
「アーク……私は……」
「ずっと一緒にいような?」
「……うん」
ずっと一緒にいられるのだろうか。いても良いのだろうか。こんな思いもミラの頭によぎった。それでも問いの答えは了承だ。ミラも同じ想いなのだから。