
都市国家などの小国を除く各国には最低でも一カ所、魔人族の居留地が存在する。人族からの差別や偏見から魔人族を守り、安心して暮らせる場所を国の負担で確保しているのだ。
これは建前ではない。事実だ。だが事実であるにもかかわらず、多くの人族は建前だと受け取っている。居留地は危険な魔人族を隔離している場所。こう認識しているのだ。
居留地外で暮らす魔人族は少ない。より正確に言うと、居留地外で暮らす”善良”な魔人族は極めて少ない。差別や偏見、さらには迫害をはねのけられる力がある魔人族というのはそういるものではない。力には力で、というやり方で跳ね除けられる魔人族であれば多くいる。だがそれを行えば、多くの場合、魔人族の側が一方的に罪に問われる。犯罪者にされてしまうのだ。
それが嫌であれば人族との関わり合いを避けること、居留地で暮らすことだ。その選択を行わない魔人族は、力を用いなくても人族が手出し出来ない権威を持つ者か権威に守られている者、もしくは犯罪者になることを厭わない魔人族だ。
居留地外に住む魔人族は後者が圧倒的多数。それがさらに人族の悪感情を強めてしまうという悪循環になっているのだ。
「……自分たちで戦えば良いのではないですか?」
カテリナたち、ポラリスのメンバーはハイランド王国内にある魔人族の居留地にやってきた。勇者ギルドからの指名だから仕方なく引き受けた依頼。やる気はまったくない。
「我らは戦うことを禁じられております」
カテリナに依頼の詳細内容を説明しているのは、この居留地のリーダーであるソニード。正式な肩書はハイランド王国特別自治区長だ。ハイランド王国の居留地は自治区となっている。戦いを禁じるなどの制約はあるが、日々の暮らしに関わることについては自治が認められているのだ。
「それは聞きましたけど……そもそも襲ってくる人たちなどいるのですか?」
ポラリスの任務は特別自治区の安全確保。そこに住む人々の命を脅かそうという存在から守ることだ。だが、この特別自治区には百を超える魔人族が暮らしている。強力な魔人族がこれだけ揃っているこの場所を襲おうなんて存在がいるとはカテリナには思えなかった。
「近頃は頻度が増えております」
「……その都度、勇者ギルドから来た人たちが討伐をしてきたのですか?」
この依頼は初めてのものではない。常に誰かがこの自治区に派遣されてきたことをカテリナは聞いている。
「……話し合いで終わらせることが多かったと思います」
「話し合いで? どうして?」
襲ってきた者たちを説得して引き揚げさせる。どうしてそのような選択が行われたのかカテリナは分からない。殺さないで済ませることは悪いことではない。だが、それで根本解決になるとは思えないのだ。実際にこの特別自治区は襲われ続けている。
「それは……それぞれのご判断かと」
魔人族の為に命を賭けて戦おうという勇者候補は少ない。魔人族の為に人族を殺すことを受け入れられない勇者候補だ。確実に勝てる相手であってもあえて戦いを避けることが多い。自治区にある価値ある物を差し出させようとする勇者候補までいる。
それでも自治区の人たちは大人しく従うしかない、戦いになれば人族の敵というレッテルを貼られる。自治区にいられなくなる。
「良く分からないけど、依頼については理解しました……一番近い町はどの辺りにあるのでしょうか?」
「一番近い村で、翼竜で二日ほどになります」
「二日? では私たちはどこで寝泊まり……まさか、この中で?」
「まさか」なんて言葉を使うことではない。自治区の警護役という任務なのだ。自治区に滞在するのは当たり前のことだ。
「……一軒家を用意しております。ご自由にお使いください」
すでに自治区長はカテリナたちに期待するのを止めている。カテリナには魔人族に対する嫌悪感がある。それを隠そうともしていない。他のメンバーも表情や態度から同じ感情であろうことが分かる。
そうであれば、何事もなくカテリナたちが帰還する日が訪れるのを願うしかない。
「……その襲ってくる集団どいうのは、どこにいるのかしら?」
「……はっきりとは分かりませんが、そう遠くない場所にアジトをかまえているのではないかと考えております」
襲撃者の一番の目的は魔人族の殺害、ではなく挑発。自治区に住む魔人族を戦いに引きずり込んで、王国の保護対象でなくすことだ。その次がたかりだ。戦いになりそうもないと見ると、護衛として駐在している勇者候補と交渉し、食料や財宝を差し出させようとする。
結果、襲撃では戦死者が出ることは滅多になく、同じ人族が何度もやって来ているのだ。
「分かりました。ではそのアジトを逆に襲撃しましょう」
「なんと? それは依頼内容から外れる行動です」
カテリナの言葉に大きく目を見開いて驚いている自治区長。魔人族に嫌悪感を抱き、嫌々、この地にやってくる勇者候補は珍しくない。だが依頼そのものを放棄しようとする勇者候補は、それなりに長く生きている自治区長も、初めて出会ったのだ。
「襲撃者がいなくなれば、護衛も必要なくなります。根本的に問題を解決するには、そうする必要があります」
襲撃者がいなくなれば護衛依頼は達成。魔人族に怯えながら、この自治区で寝泊りする必要はなくなる。カテリナはこう考えているのだ。依頼達成条件を自分たちの都合の良いものに変えてしまっているのだ。
「勇者ギルドの依頼はこの場所の守りです。攻めることではありません」
「ですから、ただ敵が攻めてくるのを待っているだけでは根本解決にならないと言っているではありませんか」
「仮にそうだとしても、勇者ギルドは討伐依頼を出しておりません。貴方がたが引き受けた依頼は、この自治区に決められた期間滞在し、何か起こった場合には適切な対処を行うことです」
近くにあるアジトを壊滅してしまえば、それで全て解決、というわけではない。今の状況は長い人族と魔人族との対立、近年であれば、人族からの一方的な差別、迫害がもたらしているもの。アジトにいる人族を排除しても、また別の人族が同じことをするだけだ。
「それは……ですが」
「カテリナ。これ以上、話しても時間の無駄です」
「ミレット……そうね」
自治区長の訴えに対して、反論を思いつけなかったカテリナ。だが、ミレットがそんな彼女に助け舟を出した。助け舟といっても強引に話を終わらせようとしているだけだが。
「アジトの捜索には時間がかかるかもしれません。これ以上、話し合いをしている時間は私たちにはありません」
「ちょっと待ってください! 貴方たちの考えは間違っている!」
会話を打ち切って、この場所から離れようとするカテリナたち。自治区長は慌てて、それを止めようとしたのだが。
「……これで本当に良いのかしら?」
「ええ、正解です。魔人族と一緒にいては、何をされるか分かりません。気付かないうちに洗脳されていたなんてことにはなりたくないでしょう?」
「そうね。行きましょう」
カテリナたちの考えは変わらない。ここに来る前からこうすると決めていたのだ。自治区長の話を聞いてもその考えは変わらなかった。
翼竜にまたがり、飛び立っていくカテリナたち。その彼女たちを強引に制止することも自治区長には出来ない。
「……なんということだ……あんな勇者候補を何故、ギルドは……」
「勇者ギルドに報告したほうがよろしくないですか?」
「勿論だ。すぐに報告を行う。しかし……大事にならなければ良いのだが……」
勝手に出て行って、勝手に討伐をしてくるだけで終わるのであればまだ良い。最低の勇者候補と判定し、それを勇者ギルドに伝えるだけだ。だがそれだけで終わるのか。
特別自治区への襲撃は近頃、異常な頻度で行われるようになっている。魔人族に悪感情を持つ人族の嫌がらせというレベルではなくなっている。何かが変わっているのだ。その何かが、事態を大きくしてしまうことを自治区長は恐れている。
◆◆◆
この地にたどり着けたのは奇跡だ。ただ一人の家族である姉を失い、家族同然に思っていた人たちも失い、宛もなく山中をさまよっていた。魔獣に怯え、食を求め、ひとつところに留まることなく、歩き続けていた。何よりも避けなくてはならなかったのは人族。人族がいる集落を、街道を避け、森や山の中を移動し続けた。
まだ力のない彼では食料の確保も簡単ではない。それでも飢え死にすることなく、生きていられたのは彼が魔人族であるから。生まれた時から持つ、普通の人族に比べると膨大な魔力が彼を生かしたのだ。
それでも限界はある。その限界を迎えた彼は、避け続けていた村に近づいた。また奴隷にされることを覚悟して、半ば生きることを諦めて。逃げ続けていてもどうせ死ぬ。そう考えたのだ。
だが彼は殺されることも、奴隷にされることもなかった。彼が近づいた村で暮らしているのは魔人族だったのだ。奇跡といえることだった。
「お待ちください!」
「襲撃者は全滅させたわ。もうこの場所が襲われることはありません」
そしてもう一つの奇跡が彼に起こった。
「そうかもしれません! そうかもしれませんが、期限まではここに留まるべきです!」
「だから、その必要はないと言っています! もう襲撃してくる人はいないのです!」
「では、せめて勇者ギルドからの連絡をお待ちください!」
この場所の責任者、自治区長と呼ばれる男性が勇者候補と揉めている。事情は聞いた。勇者候補たちの仕事は決められた期間、この自治区に駐在して、何かあった時に備えること。そうであるのに彼女たちはこの地を去ろうとしているのだ。
「勇者ギルドには私たちから無事に依頼を達成したことを説明します!」
自治区長が何を言っても、女性の勇者候補は受け入れようとしない。人族の基準では美形とされる容姿。だが彼にはひどく醜悪に見えた。
魔人族の、彼の種族の基準が人族と大きく異なるわけではない。その女性、カテリナを醜いと見るのは彼の感情がそうさせているのだ。
(……奴らだ。間違いない。絶対に奴らだ)
彼は以前にもカテリナたちに会っている。といっても離れた場所から後退していく後ろ姿を見ただけ。だがカテリナがまとう目立つ純白のマントは彼の脳裡に焼き付いている。彼女の声も。
姉を、家族同然だった人たちを殺した勇者候補として。
(……殺す……殺す)
まさか、これほど早く見つけられるとは思っていなかった。これは奇跡だ。だがこの奇跡は彼にとって良いことではない。彼は強くなっていない。まだ子供なのだ。
(絶対に殺す)
それでも彼は行動を起こした。不安そうに自治区長とカテリナのやり取りを見守っている人々をかき分け、カテリナに襲い掛かった。
「カテリナ!」
「えっ……」
だが、彼の拳はカテリナには届かない。その前に、襲撃に気付いたセーヴィングの体当たりを食らって、吹き飛ばされた。
「貴様……これが貴様らの本性だろ!?」
彼がカテリナに危害を加えようとしたのは明らか。セーヴィングはそれに驚くことなく、ある意味、納得している。魔人族は敵。この考えは間違いでなかったことが証明されたのだ。
「……殺す……お前ら全員殺してやる!」
こう叫ぶ彼だが内心では復讐を諦めている。感情が爆発してカテリナに襲い掛かったが、それはあっさりと防がれた。大人たちが勝てなかった奴らを、今の自分が殺せるはずがない。自分もまた憎い彼らに殺されることになる。早すぎる再会だったのだ。
「死ぬのはお前だ!」
剣が振り下ろされる。何故か彼にはそれがゆっくりに見えた。死を目前にして特別な感覚になったのだ。頭に浮かんだのは先に亡くなった姉の顔。姉と共に自分を可愛がってくれた大人たちの顔。
もうすぐ会える。そう思った時だった。
「なっ!?」
セーヴィングの驚きの声。それを聞いた彼は我に返った。死の瞬間が訪れなかったことを知った。
「防御魔法だと!? 誰だ!?」
「攻撃に備えろ!」
セーヴィングの剣を阻んだのは物理防御魔法。それを知ったポラリスのメンバーは慌てて、戦闘体勢に入る。周囲を囲む魔人族が襲ってくると思ったのだ。
だが、そうではなかった。
「翼竜!?」
翼竜が降りてくる。魔法はその翼竜に乗った何者かが放ったもの。彼らはそう考えた。正解だ。
「……アーク。どうして。ここに?」
翼竜から飛び降りてきたのはアークだった。ミラも別の翼竜に乗っている。この場所にいるはずのない二人が現れたのだ。
「……ギルドの依頼だ」
カテリナに襲い掛かろうとした魔人族の男の子、アビルの前に降り立ったアーク。アークはどちらかといえば小柄だが、その背中はアビルには大きく見えた。
「どういうこと? どうしてここにいるの? それにどうして魔人族を庇うの?」
「だからギルドの依頼だと言っている。とにかく急いでここに向かえと言われたので別の依頼を放り出して来た。それで? お前たちは何をしている?」
アークたちは詳しい話を聞いていない。緊急依頼という連絡だけを受けて、別の任務地から直接ここに来たのだ。
「私たちは……指名依頼で」
「お前たちがいるのに俺たちをここへ? まさか、お前らの尻ぬぐいをさせられるのではないだろうな?」
その「まさか」だ。自治区長から報告を受けた勇者ギルドは、とにかく別のパーティーを送ることに決めた。選ばれたのが、隣国ではあるが距離的には近い場所にいたブレイブハートだったということだ。
「アーク。彼らは危険よ。私たちと一緒に戦いましょう」
「……俺たちが受けた依頼は、この場所にいる人たちを守れというもの。お前たちがこの人たちを殺そうとしているのであれば、お前たちが討伐対象ということだな」
「なっ、何を言っているの?」
想定していなかった返答。アークの言い分ではカテリナたちは勇者ギルドの討伐対象ということになってしまう。そんな事態は、彼女たちにとっては、あり得ないことだ。
「もう一度聞く。お前たちはここで何をしている?」
「わ、私たちは……」
「任務を終えて帰るところだ。丁度入れ替わりだな。いや、引き継いでもらったのか。知った顔で俺たちも安心だ」
動揺しているカテリナに代わって、フェザントが口を開いた。ここでアークたちと争うという選択はあり得ない。彼らが受けた依頼内容は分からないが、もし本当に自分たちが討伐対象となっているのであれば、まずは逃げることだ。自分たちから魔人族に危害を加えたわけではない。それであれば、なんとでも言い訳出来る。言い訳するしかない。勇者ギルドの討伐対象に指定されて逃げ切れるとは、フェザントには、思えないのだ。
「……引継ぎ。そういうことなら良い」
アークも積極的に戦おうと思っているわけではない。必ず勝てるという自信がない。今、聞いている依頼内容であれば、この場所に到着したことだけで対応は済んでいる。カテリナたちを去らせても問題にはならないはずだ。
まだ何か言いたげなカテリナの腕を引っ張ってフェザントは翼竜がいる場所に向かう。他のメンバーもそれに続いた。
「……詳しいことは聞いていないので、俺たちはここで何をしなければならないのか教えてもらえますか?」
カテリナたちが飛び去ったところで、アークは自治区長に話しかけた。自治区長のほうから近づいてきたのだ。
「分かりました。ご説明いたします」
アークたちの仕事はまだ終わっていない。これからが本番なのだ。