
カテリナたち、ポラリスのメンバーは各地を転々とする忙しい毎日を送っている。引き受けている仕事は全て指名依頼。依頼の詳細内容を聞く目的もあって依頼主に挨拶に行き、任務地に向かい、依頼を達成した後はまた、完了報告の為に依頼主に会いに行く。依頼主が貴族であると報告は一日では終わらない。数日、パーティー等に付き合わされることになる。
それも終わり、ようやく解放されたとなっても、またすぐに次の依頼だ。名が売れれば売れるほど指名依頼は増える。実力を認められて、という理由は勿論のこと。有名パーティーに依頼すること、そのものをステータスのように考える貴族も少なくない。人気はそのまま依頼料の高さ。有名パーティーに指名を引き受けさせることは、自分の財力と人脈を誇示することになる。実際にどうかは別にして、そう考える貴族は多いのだ、
今の状況は、社交性があるとは言い難いフェザントが複雑な思いを抱いていることを除けば、おおむね望ましい状態。Aランクパーティーとしては、勇者ギルド全体で見ても際立った名声と対価を得られているのだ。不満を抱くのは贅沢というものだ。
「新しい剣はかなりいい感じのようだね?」
「ええ。私の魔法と相性が良いみたいだわ」
カテリナが手に入れた剣は、広義の魔法剣。魔力の伝導効率が良い金属で作られている剣だ。ただし、よくある魔法剣とは異なり属性は付与されていない。カテリナの光属性魔法の効果がそのまま剣に付与される作りになっている。
相性が良いのは当然で、カテリナ用に作られた剣だ。それも彼女が頻繁に使用する光属性攻撃魔法レイ・フラッシュに合わせた剣となっている。カテリナが自分の二つ名だと思っている千刃嵐舞から得た発想で作られた剣だ。
「装備もかなり整ってきた。次は移動手段の確保かな?」
カテリナたちは依頼で得た報酬を武装強化につぎ込んできた。装備の充実も強くなる方法の一つ。その為の金を惜しむ気持ちは彼らにはない。カテリナに関しては依頼主からの贈り物がほとんどだったりするのだが。
「翼竜ね? どれくらいで買えるものなのかしら?」
移動が多いポラリスだ。セーヴィングの言う移動手段の確保についてはカテリナも賛成だった。
「翼竜は購入費用だけでなく維持費も考えなくてはならない。ギルドから借りるのと、どちらが得かは良く考えたほうが良い」
フェザントは二人とは違う考えだ。魔獣は購入したあとも金がかかる。翼竜となると餌代だけで結構な金額になることが予想出来る。移動中以外の時に繋いでおく場所の確保も必要。普通の馬でも宿は金を取る。翼竜も当然、タダではないはずで、普通の馬よりも高額であることは間違いない。
そうなると、翼竜のレンタル料は高額だが、必要な時だけ使うほうが結果として安く済む可能性は高いとフェザントは考えているのだ。
「それはそうだけど……」
いちいち借用の手続きをするのが面倒。他の人が使っていて、借りたい時に借りられないこともないわけではない。なんといっても自分の翼竜を持てているというのは、人に羨まれることだ。
「それと、装備に間してはまだまだ上がある。まあ、カテリナのはオーダーメイドのかなり良い代物みたいだが、それでもそれが最高ってことはないはずだ」
フェザントの装備は、金を惜しまず良い物を揃えているつもりだが、あくまでも既製品としては上級品ということ。最高の武具職人が最高の素材で作った装備。それに既製品が敵うはずがないのだ。
「フェザントの言うことは間違いではないが、そういう装備を入手するには、まず素材が必要だよ? その辺で替える程度の素材では既製品と大差ないものになる」
そんなことはない。優れた武具職人が作れば、同じ素材でもより良い品になる。それに技術とは別に、身に着ける人に合わせた装備になるのだ。戦闘力強化の効果は既製品とは比べものにならないはずだ。
「特別な素材ってどうすれば手に入れられるの?」
フェザントの主張をセーヴィングは否定したつもりなのだが、カテリナは興味を持ってしまった。すでに彼女が見つけている装備のほとんどは彼女の為に作られたオーダーメイド品なのだが、それで満足出来ないのがカテリナだ。勇者パーティーが装備していた唯一無二の最強装備。そういう物を自分も手に入れたいのだ。
「……未開のダンジョンで手に入れるとか?」
「もしかして、この間、行ったダンジョンにもあったのかしら?」
「どうだろう? あったのかもしれないね。ただ倒した魔獣は強くはあったけど珍しいものではなかった。そういう魔獣がいるという話も聞けなかった」
例えば、まず遭遇することはなく、万一遭遇すれば殺されるだけだろうが、本竜から採れる素材。そういう素材で作られた物が伝説的な武器になる。だが、彼らが潜ったダンジョンではそういう話は聞かなかった。
当然だ。まだ地下何階まであるかも分からない未開拓な状態なのだ。
「もっと深くまで潜る必要があったのね?」
興味を失わせようというセーヴィングの試みは、今のところ、失敗。カテリナの口から出る言葉は悪い方向に進んでいる。
「……深く潜るのは危険だ」
ポラリスにはヒーラーがいない。カテリナは回復魔法を使えるがその効果は初級レベル。大怪我してしまった場合は治療出来ない。それではダンジョンを奥まで進むことは危険過ぎる。
この理由の詳細をセーヴィングは口にしない。そうであればメンバーを変えれば良い。カテリナにこんな風に考えさせない為だ。
「私の治癒魔法では不安?」
ただカテリナも勇者候補として当たり前の知識を身に着けてきている。以前であれば騙された嘘も、今では通用しないのだ。
「正直、もう一ランク上でないと厳しいね」
「……じゃあ、回復薬、ポーションを沢山持って行くのは?」
回復魔法と同等効果を持つ薬がある。奇跡レベルとも言われる上級回復魔法には遠く及ばないが、かなりの傷は治せるものだ。
「それは……」
カテリナの言う通り、大いに助けになる。元々、中級以上の回復魔法の使い手は希少な存在。一般のパーティーでは回復薬が頼りなのだ。消耗品で安くはない品なので、大量買い出来るようになるには上位Aランクの稼ぎが必要だが。
「細かい話になりすぎだ。ポーションがあればそれで良いというものではない。食料だって必要。寝る時の道具も。そういう何週間も生きていけるだけの大量の物資を抱えてダンジョンに潜る奴なんていない。だからダンジョン探索は専門家の仕事なのだ」
答えに困ったセーヴィングを助けたのはフェザント。ポーションを沢山持って行くだけでダンジョンを探索できるのであれば、一攫千金を夢見て、もっと多くのパーティーがそれを行っている。そうなっていない理由があるのだ。
「荷物か……」
フェザントの言う通りだとカテリナも思った。特に食料だ。携帯が楽な食料となると干し肉くらいしかカテリナは思いつかない。数週間も干し肉だけというのは、ちょっと耐えられそうにない。
「それでもどうしてもと思うのであれば、次の任務地で収納魔法の魔道具がないか聞いみろ」
「それって……」
「理屈はまったく分からないが、多くの物を目に見えないどこかに収納できる魔道具だ。重さも感じないらしい。それがあれば荷物を大量に運べる」
フェザントはダンジョン探索を否定しない。装備をより充実させる為に必要であれば、挑むべきだと考えている。だが、何の準備もなく挑んではただの自殺行為。必要な物をまず揃えることから始めるべきだと思っているのだ。
「そんな便利な魔道具が……でもどうして次の任務地にそれがあるの?」
「この後、報告するつもりだったのだが、依頼が割り込んできた。勇者ギルドからの指名依頼だ」
フェザントはこのパーティーの窓口役になっている。依頼主以外の、という条件が付くが。なんだかんだこのメンバーの中で一番の事情通である彼が適任なのだ。
「ギルドから? それはどういう依頼なの?」
勇者ギルド直々の指名依頼。ようやく自分にもそれが回ってきたとカテリナは喜んでいる。この点についてはアークたちに先を行かれている。彼らのほうがギルドの評価は上なのかと、ずっと気にしていたのだ。
「……居留地を知っているか?」
「知らないわ。それはどういう場所なのかしら?」
「魔人族が暮らしている場所だ」
「えっ……?」
特別居留地は魔人族が暮らしている場所。国に保護されている魔人族の居留地だ。それを知って、カテリナが言葉を失った。どれだけの魔人族が暮らしているのか、この時点では分からないが、一人二人でないのは確実。かなり危険な場所だと認識した。
「依頼はそこで暮らす魔人族を外敵から守ること。期間は一か月だ。場合によってはさらに伸びる可能性があるとも聞いている」
「どういうこと? 魔人族を守るって……外敵って何?」
魔人族は倒すべき敵。その敵を守る仕事。カテリナには理解出来なかった。
「俺も詳しく知らなかったのだが、そこに住む魔人族は一切の戦いを禁じられているそうだ。たとえ相手が自分たちを殺そうと考えている相手でも。俺たちの任務は戦えない魔人族の代わりに敵と戦うこと、。敵が誰かは分からない」
「……どうして、そんな依頼が私たちに?」
「要は囚人と同じなのです」
「ミレット?」
割って入ってきたのはミレット。こういった話し合いに、まったく口出ししてこないミレットが発言したことにカテリナは驚いた。
「駐留地は危険な魔人族を隔離しておく場所です。だからそこにいる魔人族は戦いを禁じられている。犯罪者がさらに人殺しを行うようなものですから」
「……どうして、そんな魔人族を守らなければならないの?」
意外なことにミレットは特別居留地について詳しかった。そうだから会話に入ってきたのだとカテリナは理解した。
「魔人族が囚人であれば、私たちは看守。囚人たちを大人しくさせる為の見張りです。建前では王国は魔人族を保護しなければなりませんので、看守とはしないのです」
「……では外敵というのは?」
ミレットの説明は分かりやすい。だがその隔離されている囚人の敵とは何なのか。それが分からない。
「それは私にも分かりません。人を送り込む口実かもしれませんし、実際に攻めてくる敵がいるのかもしれません」
「そう……」
「ギルドからの指名依頼だ。引き受ける以外にない。詳しいことは現地に行けば分かるだろう……多分」
詳しいことも何も、ハイランド王国が保護している魔人族に危害を加えようという存在を排除する。依頼の内容はこれだけだ。魔人族が住む場所ということで、カテリナたちは考えなくても良いことを考えて、迷っているだけなのだ。
ただ隠されている事実もある。これはAランクパーティー、それも上位Aランクパーティー全てが経験すること。勇者ギルドの目的は、依頼内容以外にあるのだ。
◆◆◆
アークとミラは旅立ちの準備を始めている。初めてのハイランド王国以外での仕事。一般公開前のダンジョン探索の指名依頼を引き受けた、というより、引き受けさせられたのだ。勇者ギルドの指名依頼だ。万人が納得する理由がなければ、断ることなど出来ない。アークたちはその万人が納得する理由を持たなかった。
旅立ちの準備といっても実際は大した準備はない。着替えや日用品を普段よりも少し多く持って行くだけ。足りない者があれば現地で調達すれば良い。ダンジョンの近くには勇者ギルドの出張所があり、生活出来る環境も整っているのだ。
アークとミラの準備は荷物を揃えることではない。次はいる会えるか、もうあえないかもしれない者たちに挨拶することだ。
「ということで、言葉が通じているか分からないけど、しばらく国を離れることになる」
「ぐ」
「まあ、俺たちがいなくても寂しくなるわけではないと思うけど、縁が出来たわけだから、お別れの挨拶をな」
「ぐおお」
アークとミラが挨拶の為に訪れたのは洞窟内のゴブリンの村。何故、わざわざここに、となると時間が余ったからが答えだ。すでに指名依頼を引き受けている状態で別の依頼を引き受けることは出来ない。鍛錬だけで時間を潰すのもどうかと思う。ハイランド王国を長期間離れることなど、二人ともこれが初めてなのだ。少し特別なことをしたいと、なんとなく思ったのだ。
「これはお別れの挨拶と友好の記として受け取ってくれ、貰い物で悪いけど」
アークたちは贈り物まで用意してきた。前回のダンジョン探索で手に入れた物や褒美としてもらった物の中で、自分たちは使わないと思った物。つまり、貰い物で余り物を持って来ただけだ。
「……あーぐ」
「ん?」
「あり、が、と」
「ええっ!? お前、話せるのか?」「うそぉっ!?」
聞きづらくはあるが、間違いなく共通人語。ゴブリンが共通人語を話すところなど初めて見たアークとミラは大いに驚いている。
「……やっぱり、ゴブリンロードになるのだな?」
「そうね」
普通のゴブリンとは違う。これは以前から分かっていたことだ。さらに共通人語を話すことで、間違いなくゴブリンロードになって、この群れを率いる立場になるのだろうと二人は思った。
「……こんなこと言える立場ではないけど、出来れば人とは争わないでいて欲しいな」
これだけの知性があるのであれば、戦いを避けられるのではないかとミラは思った。人に害をなすことを行わなければ討伐されることもない。素材採取の常時依頼は残るだろうが、それもその場所に行かなければ、ある程度は避けられる。最深部近くにある自然に出来た入口は塞いだことになっている。、
「そうだな……なあ、俺たちの言っていること分かるか? 出来るだけ人とは関わらないようにしろよ。俺たちはもうこの洞窟で戦う気はないけど、勇者候補は他にも大勢いるから」
本当は出口は塞がなければならない。ここを訪れるのはこれが最後かもしれないと二人が考えているのは帰りに塞ぐつもりだったから。だがこのゴブリンの集団が人に危害を加えないのであれば、そのままにしておいたほうが良いと考えた。森で活動出来るようになることで人里に近づかなくて済むようになるのであれば。
「ぐうううう……」
ゴブリンはなにやら考えている様子。二人の話を理解しているのだ。
「食べ物なら、ほら、森に出れば何かあるだろ? 木の実だけでなく川も、上流には湖もあると聞いているから魚が採れる。ああ、狩りが出来るならイノシシとかウサギとかも食料に出来る」
「……ん」
「分かってくれた……ということで。じゃあ、俺たちはこれで。元気でな……お前、名前あるのか?」
「な、まえ……ない」
さすがに名前はない。ゴブリンに親が子に名前をつける習慣はない。名前がなくても生きていくのには困らないのだ。
「そうか……じゃあ……ゴローは?」
「却下」
アークの案を間髪入れずに否定したのはゴブリンではなくミラだった。
「はっ? どうしてミラが却下する?」
「どうせゴブリンロードを縮めただけでしょ? そうするにしてもゴローはない。せめて……ゴードとか?」
ミラのセンスも似たようなものだった。
「同じだろ? じゃあ……ゴードン。ゴードンは人の名前にあるだろ?」
「……彼が良ければ。ゴードンという名でも良い?」
「ん。俺、ゴードン」
ゴブリンはゴードンの名を受け入れた。彼自身はどのような名でも良いのだ。どのような名であろうと名を持ったということに意味があるのだから。
「よし。じゃあ、ゴードン。これでお別れだ」
「元気でね、ゴードン。仲間たちと幸せに」
「……アークとミラも元気で。また会える日を楽しみにしている」
「いきなり流暢だな……でも良いことだ。そうだな、また会えると良いな。それまでお互いに元気で!」
これがゴブリンロードのゴードンとの別れ。再会の時は、今とは違った形で訪れることになる。まだずっと先の話だ。