月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

継ぐ者たちの戦記 第42話 次の出張先に到着しました

異世界ファンタジー 継ぐ者たちの戦記

 アークたちの新しい任務地はターコネル。ハイランド王国東部、国境近くにある町だ。クリテリオン同様、新たに見つかったダンジョンがあり、勇者ギルドの出張所が設けられることになった。アークたち、ブレイブハートの仕事もクリテリオンと同じ。解放前のダンジョン調査だ。
 ただクリテリオンとは異なり、勇者ギルドの出張所はすでに営業を開始していた。ターコネルではダンジョン調査以外にも依頼がある。国境に近いターコネル付近では魔獣や妖魔が頻繁に出没する。隣国との国境となっている山地に魔獣や妖魔が多く住み着いているせいだ。
 元々、魔獣や妖魔の脅威は地方のほうが大きいのだ。山地や深い森は魔獣や妖魔が生息するに適している。平野が広がる王都近くよりも数が多いのだ。前回の任務で行ったクリテリオンもそう。ただクリテリオンの場合は住む人が少なく、旅人の往来もほとんどない。魔獣や妖魔に出会う機会が少ないので、実害としては少ないというだけだ。一方でターコネルは国境に近いので旅人の数が多い。その分、襲われるリスクが高く、元々討伐依頼や護衛依頼のニーズがあったのだ。

「ん……?」

 扉を開けて建物の中に入ったアークとミラ。沈黙の中、人々に一斉に視線を向けられて戸惑うことになった。

「……何だ?」

 だがそれはわずかな時間。すぐに人々はアークたちに興味を失った様子で、雑談を始めたり、食事をしたりしている。間取りが違い、そこにいる人数はかなり少ないが、ハイランド王国支店でいつも見ているような光景だ。

「おう! こっちだ!」

 入口で立ち止まっているアークたちに声をかけてきた男がいた。ホープだ。今回の依頼でもホークと一緒。先にこの地に来ていたホープに二人が合流する形だ。
 ホープを見つけ、彼が座っているテーブルに向かって歩く二人。

「久しぶりだな? なんだか雰囲気が変わったな」

「ああ。装備を一新しました。かなり良い装備で気に入っています」

 アークは黒い軽鎧を身に纏っている。その上にミラと同じ黒いマント。ただマントは前から持っていた物で、ホープも見ている。

「そんな物が買えるようになるとは、かなり稼いでいるようだな?」

「違います。これは倒したキングスアーマーベアで作ってもらった鎧です。軽くて柔らかくて動きやすいのに、攻撃には強い良い素材です」

 新しく手に入れた軽鎧は倒したキングスアーマーベアの硬化皮膚を加工して作られた物。それをホープに説明した途端、建物内のざわめきが大きくなった。

「キングスアーマーベアって……」
「じゃあ、あの若いのが千刃嵐舞なのか?」

 キングスアーマーベアを倒し、二つ名を手に入れた勇者候補。彼らはこの噂を聞いていた。その勇者候補がこの地に現れることも。アークたちが建物に入った時、全員に視線を向けられたのはこれが理由だ。
 二人が若いので別人だと勝手に思われたのだが、キングスアーマーベアを倒したという話で、アークがその人であることが人々は分かったのだ・

「なるほど……剣も変えたか? ていうか二本……予備も用意したのか?」

 鎧が変わっただけではない。アークは剣も変えている。それもホープには分かった。

「二つとも貰い物です。こっちはシムラクルムのシエロさんに譲ってもらいました。もとは仲間の人の剣だったようなので、遠慮したのですけど……」

 シエロが「剣術馬鹿」呼ばわりした仲間の剣。キングスアーマーベアと戦う時に借りた剣をアークはそのまま譲られた。形見を譲られるというのはどうかと思ったのだが、シエロに、シエロ以外のシムラクルムのメンバーにも「アークに使ってもらったほうが喜ぶ」と言われて、譲り受けることにしたのだ。

「……そうだったのか」

 ホープはその亡くなった人物のことを知っている。アークと同じように、ただただ強くなることだけを考えていた勇者候補。それも剣での戦いに特化して。そういう人物が命を落としたことはホープも残念に思っている。

「もう一本はマッキンレー伯爵に褒美として貰いました。ただ……」

「イマイチなのか? 伯爵様がケチりやがったか?」

「そういうわけでは……悪くないのですけど、切れ味はわずかに」

 手に持った感触、振った感覚も悪くない。だが切れ味はシエロから譲られた剣に及ばないのだ・

「……研ぎに出してみればどうだ? ちょっと見せてみろ」

 切れ味だけの問題であれば、鍛冶師にメンテナンスを頼むという手がある。それで驚くほど切れ味が蘇ることは珍しいことではない。伯爵から貰った剣もそうである可能性はあるとホープは考えた。

「……ふむ。なるほどな」

「何がなるほどなのですか?」

「これは魔法剣だな。本来の性能はこうして」

「うわっ!?」

 いきなり燃え上がった剣に驚いたアーク。何の心の備えもしていないところで、剣が火を吹いたのだ。誰でも驚く。実際に周囲からもどよめきが怒った。

「本来の性能はこうしないと出ないのではないか?」

「それでは俺は使えません」

 魔法を使えないアークでは魔法剣は宝の持ち腐れ。そう思ったのだが。

「魔力を流すだけでも変わるだろ? ああ、それが出来ないのか?」

「出来ませんが……魔法ではなく魔力ですか?」

 魔法と魔力は違う。ミラから何度も教えられたことだ。魔法剣に魔力を流すだけで性能が上がるというホープの話はおかしいとアークは思ったのだ。

「魔法剣は言い方を変えれば魔道具だ。術式が刻み込まれた魔道具に魔力を与えれば魔法になるだろ?」

「なるほど……練習次第か」

 アーク自身が魔法を使う必要はない。剣が魔力を何らかに変換させて魔法効果を生み出すのだ。それであれば自分も使えるかもしれないとアークは思った。今は魔力の動きをかなり把握出来るようになっている。それをもっと発展させれば良いということだ。

「アークに比べて、ミラは変わらないな?」

「私も靴を貰いました」

 軽く足をあげてマッキンレー伯爵からもらった靴をホープに見せるミラ。オーダーメイドだけあってミラの足にぴったりで、デザインも彼女の好みが反映されている。普通の靴ではあるが、ミラはかなり気に入っているのだ。

「普通の靴だろ? ミラはケチられた、痛っ! いきなり何だ!?」

 ミラに蹴られて怒るホープだが。

「こうして攻撃も出来る良い靴です」

 怒っているのはミラのほうなのだ。

「攻撃って……蹴っただけだろ?」

「もう一度試しますか?」

「……お前……怖い女になったな? さてはアークと寝て大人の女になったか?」

「死ね!!」

 さらにホープはミラを怒らせることになった。

 

 

◆◆◆

 ダンジョンが一般開放されたことでクリテリオンの村は賑わっている。新しいダンジョンにとにかく一度は潜ってみようという勇者候補が集まっただけではない。その勇者候補たちが集めてくる様々な素材目当てでクリテリオンを訪れた人のほうが数は多い。
 勇者候補がダンジョンで手に入れた素材は、基本、勇者ギルドで買い取られる。勇者ギルドはそれを、書類上の商流では領主を通して、素材を扱う商人や加工業者に卸す。村にある武具屋や魔道具屋に直接卸す場合もある、出来上がった商品を売るだけでなく武具職人や鍛冶師、魔道具師がいて、自ら加工が出来る店に限っての話だ。
 素材を売った金額から勇者候補への報酬や職員の給料他、経費を支払い、さらに領主に販売利益という名目の税金を納めて、残ったお金が勇者ギルドの純利益だ。
 領主の場合はギルドが治める税金以外にも加工業者や素材や加工品を売る商人からも税金を徴収出来ることになる。いかに領地内で加工から販売までの流通全般を領内で完結出来るかが収入額を大きく変えることになり、優れた職人や商人の領地への勧誘を積極的に行うことになる。余談だ。

「今日はお疲れ様」

 ダンジョンで一仕事終えて、カテリナたちはギルドの出張所に戻ってきた。アークたちがクリテリオンにいた時より、出張所も拡張されている。迎える勇者候補が増えることは分かっていたので、元々計画されていたこと。遅れていた増床計画がダンジョン開放がようやく実現して、進められたのだ。

「グレンオードの洞窟とは比べものにならない強敵ばかりだな」

 すでに酒の入ったグラスを持っているフェザント。建物に入ると同時に注文していたのだ。

「正直、今更、ダンジョンの常時依頼なんてどうかと思っていましたが、手ごたえがありましたね?」

 セーヴィングも満足そうだ。実際には依頼の難易度で言えば、これまで受けてきた指名依頼のいくつかのほうが高い。彼が言う「手応え」は、何のプレッシャーもない中で、ただ魔獣と戦うことに専念出来たことを指している。気分転換には丁度良いと思っているのだ。

「グレンオードの洞窟の閉鎖が続けば、皆、ここに流れてくるのではないかしら?」

 ハイランド王国支店があるグレンオードの近くにある洞窟は閉鎖が続いている。洞窟以外での討伐依頼も、自然に出来た洞窟を塞いでいっているせいで、減っている。カテリナからすれば稼げない場所になっているのだ。

「Cランクは無理だろう? 第一層でもあれだけの強さだ」

「そうね……そうなると下位の勇者候補はグレンオード。上位になるとここに移るということになるのかしら?」

「ああ……それはあるかもな」

 こう思うのはポラリスがグレンオードの洞窟で上位の妖魔と戦っていないから。洞窟にはオークナイトがいて、ゴブリンロードもゴブリンナイトもいた。低位ランクの勇者候補でどうにか出来る妖魔ではないのだ。
 今は閉鎖中だが、また数を増やし、それらが表に出てくるようになれば状況は変わってくるはずだ。それでもクリテリオンが上位ランクでなければ対応出来ないことは変わらないだろう。

「ダンジョンは何層まであるのかしら?」

「分かっていないらしい。調査は第六層に降りたところまでしかされていないそうだ」

 場所が変わっても情報収集役がフェザントであることは変わらない。ここでも彼は積極的に他の勇者候補やギルド職員と話をして、色々ろ情報を得ている。

「だとすれば、せめて第六層は攻略したいわ」

「気持ちは分からなくはないが、少し難しいかもな」

「第六層にはそんなに強い魔獣がいるの?」

 自分たちでは対応出来ないほどの強い魔獣。いくつも指名依頼を達成して、強さには自信を持っているカテリナとしては、フェザントの言葉は抵抗を覚えるものだった。

「魔獣は関係ない。何日も連続でダンジョンに潜っているのは大変だという意味だ」

「でも、三層まで一気に行けたわ」

「それは地図が出来上がっていたからだ。俺たちは寄り道することなく下に降りて行った。それでも第三層までの片道で一日が終わった」

 帰りは勇者ギルドが設置した短距離転移魔道陣を使えば、出口近くまで移動出来る。決められた場所に一瞬で行ける魔道具だ。かなり高度な、つまり高価な魔道具で、すでに五層まで調査済のこのダンジョンでも第三層一カ所にしか置かれていない。常時依頼として開放されているのが第三層までだからだ。
 この先、増設される可能性は高いが、すぐではない。充分な利益を生む前に多額の経費を使うわけにはいかないのだ。

「何が必要なの?」

 カテリナはすぐには諦めない。自分の思い通りに物事が進まないことが許せない性格なのだ。

「回復系魔法。怪我の治療だけでなく、毒や麻痺などの状態異常を治すのも必要だ」

 怪我の治療であればカテリナが光属性の治癒魔法を使える。だが状態異常回復の魔法は、今はまだ、使えない。フェザントはそれを知っている。この地に来たのは気分転換の為。正解だったとフェザントも思っているが、長居する場所ではないのだ。

「他には?」

 それでもまだカテリナは諦めない。状態異常回復魔法は、これまで必要性が低かったから取得していなかっただけ。必要になったのであれば取得すれば良い。その為の金も人脈もカテリナは持っているつもりだ。

「……探知探査系魔法。魔道具でもかまわない。だが数を揃える必要があるはずだ。ずっと使い続けていることになるからな」

 魔道具も魔力が切れれば使えなくなる。魔力の補充は誰にでも出来るものではない。カテリナのメンバーに出来る者はいない。そうなると、いくつも持っていくことになる。

「いくつくらい必要になるのかしら?」

「それは聞いてみないと分からないな。それに問題はまだある。引き受けるのを常時依頼からダンジョン調査依頼に替える必要がある。そうなると依頼で決められた階層まで調査を終えないと未達ということになる」

 ダンジョン調査は思いつきで引き受けられるものではない。何か月もそれに費やす覚悟が必要。覚悟を決めても成功するか、成功しても採算が合うか分からない。専門職と見られる理由だ。

「そう……それでは難しいわね?」

 ここまで聞いて、ようやくカテリナも諦めた。何か月もこの地にとどまっているわけにはいかない。気分転換が終われば、また元の生活に戻る。それが自分の夢を叶えることに繋がるとカテリナは考えている。
 もっともっと有名になる。ハイランド王国だけでなく、全世界で活躍する勇者候補になる。そしていずれは勇者に。歩みを止めるわけにはいかないのだ。

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