
クリテリオンの町の近くにあるダンジョンは、アークたちが潜っていたグレンオードの洞窟とはまったく違っている。魔王軍の地下砦として使われていたのは間違いないと断言できるほど、人工的な造りになっているのだ。発見されたのは三年前。実際に魔王軍の地下砦であったとすれば、二百年近く、埋もれていたことになる。
こういう状態である為、魔王軍の残党が隠れ潜んでいる可能性を考え、調査は慎重に進められている。アークとミラはこういう危険度が高いダンジョン調査に投入されたのだ。
勇者ギルドの出張所があるクリテリオンは小さな町だ。村とされてもおかしくない規模。名産品があるわけでもなく、決して豊かとはいえない町だ。だからこそ、発見されたダンジョンへの期待は大きい。ダンジョンが近くにあると魔獣や妖魔に襲われる危険が増す。だがそのリスクを超える恵みがある。魔獣や妖魔から採取出来る素材は、どういう魔獣や妖魔がいるかにもよるが、貴重で、その貴重な素材が採取できることで店が増える。ダンジョンでの依頼を目当てに勇者候補も集まってくるなど、町を栄えさせてくれるのだ。
「……そういうものですか」
なんていう話をアークとミラは町に到着して早々に聞かされた。何故、こんな話をされたのか聞いた後も分からない。
「ですが、国や町の期待も空しく、調査は遅々として進んでいません。これは大問題です」
ダンジョン調査は順調とは言えない。すでに三年が経過しているが、基礎調査も終わっていない。少なくとも入口近くの一定範囲の地図、どういう魔獣、妖魔が住み着いているかが明らかにならなければ、一般公開はされない。一般公開がされなければ勇者候補が集まらない。素材も商業を栄えさせるほどの量にならない。
「……原因はどこにあるのですか?」
ようやく自分の仕事に関係がある話になりそうだとアークは思った。調査を阻害する要因があるのであれば、それを取り除くこともここでの仕事になるはずなのだ。
「ひとつは人手不足です。近年、魔獣や妖魔の動きが活発になっています。勇者候補たちは自分が所属する支店の仕事をこなすことで精一杯で、この地に人を集められないのです」
「俺たちは送られてきましたけど……?」
ハイランド王国支店の仕事でいっぱいいっぱいでもなかった。出張所の職員の話とは違っている。
「お二人は……支店近くの洞窟が封鎖されたからではありませんか?」
「……そういうことか」
グレンオード近くの洞窟は閉鎖されている。アークたちのせいだ。洞窟に住み着いているゴブリン、オークはその数を大きく減らした。これ以上の減少は絶滅に繋がる可能性がある。絶滅しては素材が得られなくなる。ある程度、数が戻るまで閉鎖することが決められたのだ。
常時依頼で食いつないでいた低ランク勇者候補たちにとっては、大変な問題だ。
「それと……これも調査が進まない理由の一つですが、勇者候補に犠牲が出ています。それだけ中にいる敵が強いということです」
「……それは洞窟の入口に近い場所でもですか?」
「いえ、地下第三層からです。地下第三層に入ると異常に強くなることが分かっております」
これが調査が進まない最大の原因だ。強敵がいる第三層を突破するには、Sランク勇者候補の投入が必要。だが、ハイランド王国支店のSランク勇者候補はホープしかいない。他国にいるSランク勇者候補は所属拠点が離れることを許してくれない。他国もSランク勇者候補は希少な存在。長期間、他国に送ることは上得意が許さない。
「どうしてそうなるのですか?」
「第三層には特別強い魔獣がいます。それが他の魔獣にも影響を与えていると考えています。その第三層の魔獣が第二層に現れる可能性も否定出来ません」
だから第二層までに限定しての一般公開も出来ない。今求められているのは地下第三層の魔獣や妖魔が異常に強い原因を探ること。そして、それを排除すること。その為には危険な第三層を動き回る必要がある。それが出来る強力なパーティーが必要なのだ。
「……結局、俺たちは何をすれば良いのですか?」
「地下第三層の調査です。お二人にはシムラクルムのパーティー,、それと領主軍と共に行動して頂く予定です」
「領主軍?」
勇者ギルドの仕事に何故、領主軍が出てくるのか。こういう依頼の形をアークたちは経験したことがない。
「この地のご領主であるマッキンレー伯爵も焦っているみたいで」
調査が進まないとダンジョンは公開されない。公開されなければ収益が生まれない。ダンジョン発見時から領地の発展を期待し続けてきた領主も、いよいよ我慢しきれなくなったのだ。
「そうですか……」
領主、つまり貴族が関わる依頼。初めてのことであり、さらに経験のない形。他パーティーと協力しての仕事というだけでも抵抗を感じていたのに、貴族まで関わってくるとなると、まさますアークの気持ちは重くなる。
「早速、シムラクルムのメンバーを紹介します」
「……はい」
そのシムラクルムのメンバーたちは、先ほどからずっと近くにいる。近くにいてアークたちに何度も視線を向けている。それは二人も気付いていた。「どうしてジロジロ見られるのだろう」と気になっていた疑問がギルド職員の説明で解消された。
ギルド職員の声が届くとろこにいたシムラクルムのメンバーは、すぐに近づいて来た。
「シムラクルムのリーダーをやっているシエロだ」
最初に名乗ったのは鎧をみにつけたがっしりとした体つきの茶髪の男性。
「私はビビット」
「俺はシャッテンだ」
続いて、魔法士らしい服装の金髪の女性とシエロに比べると軽装な剣士らしき黒髪の男性が名乗ってきた。
「ブレイブハートのアークです」
「ミラです。よろしくお願いします」
「……若いな。その若さで、ダンジョン調査を何度も経験しているのか?」
ダンジョン調査は特殊職のようなもの。それに合わせた能力を持ったメンバーでパーティーは構成される。討伐専門に比べると一般的には戦闘力は落ちるとされていて、それはつまり勇者を目指すパーティーではないと見られる。先を見極めた、割と経験豊富な勇者候補でパーティーが組まれているのだ。
「いえ、一度だけです」
「一度だけ? それでどうして選ばれた?」
「それは俺たちにも分かりません。もっと高ランクのパーティーを選んだほうが良いと、今も思っています」
指名依頼ということでここまで来たが、今もまだ乗り気ではない。引き受けなくて済むのであれば、そうしたいのだ。
「……君たち、ランクは?」
「Bランクです。二人とも」
「何だって!? 馬鹿な!? なんでBランク勇者候補なんかが!?」
「シエロ」
アークたちがBランクだと知って、怒りの声をあげたシエロ。その彼にビビットが声をかけた。
「あっ、ああ……すまない。君たちに不満があるわけではないのだ。ただ、ここのダンジョンはとても危険だ。我々はすでに仲間をやられている」
「……そうでしたか」
不満があるのは事実だろうとアークは思った。だがそれを指摘しても相手をさらに怒らせるか、困らせるだけ。意味はない。それよりも大事なのは、やはり危険な仕事だったということだ。
「悪いことは言わない。諦めたほうが良い。ペナルティはあると思うが、命を落とすよりはマシだ」
「そうしたいのですけど、これは指名依頼で」
「なんだって……?」
シエロは指名依頼である可能性を考えていなかった。最初はそうだと思っていたのだが、アークたちがBランクだと知って、その可能性を頭から消していた。Bランクパーティーにこの危険なダンジョンの調査への指名などあるはずがないと考えたのだ。
「話が来た時に断ろうとしたのですけど、駄目だと言われました」
「ギルドは何を考えている?」
シエロの問いはアークたちに向けられたものではない。二人に依頼について説明していたギルド職員に向けられたものだ。
「私は答えを持ちません」
だが現場のギルド職員に事情が分かるはずがない。この職員は出張所の受付、事務を担当しているだけ。決められたことを決められた通りに行っているだけなのだ。
「……それはそうだな。すまなかった」
「いえ。ブレイブハートの御二人の参加は明日からになります。明日朝八時に、こちらに集合してください。当然、シムラクルムの皆さんも」
「……分かった」
アークたちに不満があっても、出来るのは文句を言うことくらい。ギルド本部にその文句が届くこともなく、何も変わらない。この五人で依頼を行うしかないのだ。
「分かりました。それで宿は?」
「そうでした。宿はこの建物を出て、右。三軒隣の建物です。一階は食堂になっていますので、よろしければ夕食はそこで」
シエロが怒っているので、早々に説明を終わらせようとしていたギルド職員。宿についての説明を忘れていた。
「すぐ近くですね?」
「はい。便利ですので、今はギルドのほうで丸々借り上げていて、社宅のようになっています。一階の食堂も割引されますのでお得ですよ。ああ、鍵も渡さないと。どうぞ」
宿は一棟借り上げ状態。調査を開始して、しばらくしてからギルド職員の為に勇者ギルドが借り上げたのだ。そこに依頼を受けた勇者候補も泊まれるようになっている。
「ありがとうございます……えっと……?」
「えっと?」
「鍵をもうひとつ」
渡された鍵はまだ一つ。ギルド職員はまた忘れている、とアークは思った。
「もうひとつ……どうして?」
「どうして? 必要だから」
「……ああ、そうですよね? お二人なのですから部屋も二つ。では、明日からで良いですか?」
実際にギルド職員は忘れていた。鍵を渡すことではなく、二部屋必要であることを。
「……明日から?」
「えっと……領主軍の方たちにも貸していまして……でも明日には別のところに移ってもらいますから」
「つまり……今晩は部屋が空いていない?」
「そうなりますね?」
「「ええっ!?」」
◆◆◆
宿の部屋はひとつ。支店長のマードックに諮られたと思ったアークだが、さすがにそんな真似はしない。出張所の職員のミスだ。シムラクルムの人たちが自分の部屋を譲ると言ってくれたが、初めて会った人たちに甘えるのは気が引けるということで、結局、一つの部屋で寝ることにした。あまり騒いでいると、逆に下心があると思われてしまいそうで、嫌だったというのも早々に諦めた理由のひとつだ。
それに宿でひとつの部屋に泊まるのは初めてだが、野宿はある。ここまでの移動でも日暮れ前に街や村が見つからず、何度も二人で野宿しているのだ。屋根がある部屋だと騒ぐのもおかしいと、どうでも良いことだが、思った。
「……当たり前だけど、厳しそうな依頼だな」
「そうだね?」
食事を終え、ここまでの旅の汚れjも落として、すっきりした。あとは寝るだけというところで、アークはまた依頼の話を始めた。
「シムラクルムの人たち、強いのかな?」
「……強いことは強いでしょ? でも、仲間を失くしたと言っていたね?」
「そうだな……強い敵がいるのか」
当たり前のことを口にするアーク。わざとそうしているのだ。仰向けに寝ているミラ。寝る前なので眼鏡は外している。瞳は閉じられているが、まつ毛の長さは分かる。整った鼻筋。小さなピンク色の唇。眼鏡を外しただけで、かなり印象が変わることをアークは今回の移動で知った。
「う~ん……きっとね……」
「勝てるかな?」
「……きっと……ね……」
徐々に会話が成立しなくなる。アークにとってもこれで良いのだ。
「……頑張らないとだな?」
「…………」
返事は寝息。ミラのはうが先に眠ってしまった。それを確認したアークは立ち上がって、部屋の灯りを消す。暗くなった部屋にミラの白い肌が浮かぶ上がって見える。
「……子供だな」
自分のように緊張することなく先に眠ってしまったミラ。変に意識している自分のほうが馬鹿みたいだとアークは考えた。そう思うと、馬鹿らしくなった。音を立てないように静かにベッドまで移動し、ゆっくりと横になる。
すぐにアークの寝息jも聞こえてきた。それと同時にミラの寝息が静かになった。
「……ガキ」
小さな呟きは寝ているアークには届かない。自分の寝顔をミラの赤い瞳が見つめていることも気が付かない。