
ブレイブハートにはいくつかの課題がある。ひとつは遠距離攻撃能力がないこと。その能力を持った仲間を増やすことが一番だが、アークとミラにはそのつもりがない。そうなると方法はひとつ。二人のいずれかが遠距離攻撃が出来るようになることだ。だが、ミラが攻撃魔法を使うという選択はしなかった。アークが議論にもしなかった。ミラであれば可能だと思っているが、出来ることをやらないことには訳があるはず。彼はこう考えたのだ。
結果、アークが弓矢の訓練をすることになったのだが、今はそれほど時間を割いていない。幼い頃は弓矢の練習もしていたので、まったく使えないわけではないことと、喫緊の課題というごどではないことが理由だ。矢を射ている時間があれば、一気に間合いを詰めて、接近戦に持ち込めば良い。今、戦っている相手はそれで充分。弓矢ではなく、さらに剣術の技を高めることにアークは力を入れている。
もうひとつの課題はミラの近接戦闘能力。護衛役として従魔獣のクッキーを味方にしたが、それだけに頼るわけにはいかない。多くの敵に囲まれるような事態になれば、ミラ自身も戦う必要があるはずなのだ。さらにこれは、いつ顕在化してもおかしくないリスク。出来るだけ早く解決しなければならない課題だ。
ということで、ミラは近接戦闘能力を強化する為の鍛錬に時間を割くようになっている。
「……もう一度、言ってもらえるか?」
ミラに教えているのは勇者ギルドの指導員。魔導士が持つ杖を使った近接戦闘技、杖術を教える指導員だ。
「まずはオークナイトを倒せるようになることが目標です」
「えっと……君、魔導士だよな?」
魔導士が魔法ではなく杖でオークナイトを倒す。そんな話は、少なくともこの指導員は、聞いたことがない。しかもミラは「まずは」と言った。さらに上を目指しているということだ。
「そうですけど?」
「……ま、まあ、君は魔導士にしては力がある。オークナイトを倒せるようになるくらいは出来るだろう」
ミラの運動能力は高い。これは少し動きを見ただけで分かるくらい明らかだ。きちんと鍛錬すればオークナイトを倒す力を身に付けられるだろうと指導員も思う。
「ありがとうございます。頑張ります」
「ただ杖術では無理だと思う」
「えっ?」
「少なくとも私の杖術は敵を倒すことよりも守りに主眼を置いている。詠唱の時間、それか味方の救援が来るまでの時間稼ぎだ」
前線で戦う魔導士などいない。前線で戦う力などない。これが常識で、その常識に基づく杖術が指導員が教えているものだ。群がる敵を杖で屠るなんて技ではなく、敵の攻撃を防ぐ為の技。それで隙が作れれば魔法で反撃。それが無理でも味方が来るまでの時間稼ぎを目的とした技だ。
「はあ……でも……」
魔導士が持つ杖はただの棒切れではない。魔道具で、魔法の威力を高める補助効果などが付与されている。その杖を手放して、槍や剣に替える。これはさすがにミラも考えていなかった。
「一応、私のほうでも攻撃的な杖術の流派がないかは調べておく。ただ、この支店にそれを教えられる人がいないことは間違いない」
「……分かりました。ありがとうございます」
ミラにとっては想定外の事態。アークと同じ、とまでは言わないが、少しでも近づく強さを身に付けたかった。だが、それは今のところ、難しい。目標を下方修正することも考えなければならない。
自分の身を守る技を身につけるだけでも意味はある。だが結局はアークに頼らなければならないのが申し訳なく、悔しくもあった。
「……おばあ様に相談してみようかな?」
困った時の祖母頼み。ミラは自分の祖母が勇者の仲間であったことを知らない。教えられていない。それでも祖母の知識、経験が普通ではないことは分かっている。ミラの魔法の師は祖母だ。教わっている中で並みの人ではないことはすぐに理解した。
「えっ?」
訓練場を出ようとするミラの前を遮る者たちがいた。
「貴女、アークとパーティーを組んでいるのよね?」
「……ええ」
カテリナたち、ポラリスのメンバーだ。彼女に話しかけられるのは、これが初めて。良くない話であることは、カテリナの声の調子と態度で分かる。
「貴女のことはギルドで聞いたわ。何度も仲間が亡くなっているのよね?」
「…………」
案の定、ろくな話ではない。ミラ以外、全員が依頼の中で死んでしまった話。ミラにとってトラウマと言えるような過去の出来事だ。
「どうして、そんなことになるの? 何度も貴女以外の全員が命を落とすなんてあり得るのかしら?」
「……私には分からない」
「分からないって、貴女、当事者でしょ? 貴女のせいで仲間は死んでしまったのよ?」
まったく事情を知らないくせに、ある点では真実を突くカテリナ。自分のせい。これはミラがずっと想っていること。思い出す度に心の傷をえぐる事実だ。
「私は……私は……」
続く言葉は見つからない。償いの言葉を口にするのは違う。その気持ちはあってもカテリナ相手に話すことではない。否定も出来ない。自分の責任を否定することは亡くなってしまった仲間への裏切り。許されることではないとミラは思っている。
何も語ることが出来ない。謝罪も弁解も出来ない。言葉として吐きだせない想いは、涙となって零れた。
「何をしている?」
「……アーク?」
「遅い。待ち合わせ時間を忘れたのか?」
カテリナたちの存在をまったく無視して、アークはミラに文句を言う。約束の時間より遅れているのは事実。これ以上、時間を無駄にしない為には無視するのが一番だと考えたのだ。
「行くぞ」
「アーク!」
ミラと二人、歩き去ろうとするアークを呼び止めようとするカテリナ。
「……約束がある。用があるなら、またいつか」
「ちゃんと話を聞いて。私は貴方のことを心配しているの」
「…………」
予想していなかったカテリナの言葉。本気では受け取っていない。今更、何を心配しているというのか。本気で心配しているのではなく、自分を正当化する口実だろうくらいにアークは考えている。
「彼女の噂を聞いたわ。死神と呼ばれているのね?」
「…………」
これもまた予想外。自分の非を認めない話をするのかと思えば、ミラを貶める話。アークの心が一段と冷えることになった。
「多くの味方が死んでいるの。私はアークも同じ目に遭うのではないと思って、心配で」
だから何なのか。これはカテリナ以外のポラリスのメンバーの思いだ。アークとミラを引き離そうとしているのは明らか。それは何のためなのか。カテリナはアークをどうしたいと思っているのか。仲間であるポラリスのメンバーにとっても、ろくなことではないのは想像出来る。
「……死んでいない」
「えっ? そんなことないわ。彼女の仲間は」
「俺は死んでいない。この先も死ぬつもりはない。ミラが一緒に戦ってくれれば、俺は絶対に死なない」
ブレイブハートの戦いの中では、ミラが共に戦っている時は、自分は絶対に死なない。これはアークの誓いだ。いつの間にかこんな想いが心に生まれていた。ようやく見つけた仲間。自分にとってミラがそうであるように、ミラにとっての自分もそうであるはずだとアークは思っている。もう二度と彼女に仲間を失う悲しみを経験させるわけにはいかないのだ。
「……で、でも」
「ミラ、行こう。本当に遅刻だ」
「うん」
いつもアークは自分の心を温めてくれる。傷ついた心を癒してくれる。今もそう。冷えきっていた心がアークの言葉で暖まった。それがミラは堪らなく嬉しかった。先を歩くアークを追いかけ、横に並んで歩く。これからもずっと彼の横を歩き続ける。これがミラの望みだ。
◆◆◆
アークとミラが約束していた相手。それは勇者ギルドのモードラック支店長だ。二人はモードラックの執務室に呼び出されていたのだ。二人だけがこのような形でモードラックに呼び出されるのは初めてのこと。とりあえず、嫌な予感しかしない。二人とも、こういう特別扱いを喜ぶ性格ではないのだ。
「しゅっこう……何ですか、それ?」
「クリテリオンに勇者ギルドの出張所がある。そこで仕事をしてもらいたい」
モードラックからの話は出向について。ハイランド王国支店所属のまま、クリテリオン出張所で勇者候補としての仕事をしてほしいという依頼だ。
「どうしてですか?」
「クリテリオンには三年前に見つかったダンジョンがある。そのダンジョンの調査を手伝ってもらいたい」
「……Bランクパーティーの俺たちに?」
おかしな依頼だ。洞窟調査を行った経験はある。だがそれはSランク勇者候補のホープを手伝っただけい。調査に必要な能力を持つ人が他にいる状況でアタッカーを任されただけだ。ブレイブハート単独での仕事ではない。
「少し異例だが、そうだ」
「前回と同じで他の人たちと共同で仕事するということですか?」
アークとミラ、二人だけでのダンジョン調査は難しい。ダンジョン調査には探知探査系魔法の使い手と回復魔法の使い手がいることが望ましい。それなしでは奥深くまで進むことは厳しい。それは、当たり前だが、勇者ギルドも分かっているはずだ。
「恐らくはそうなる。ただ誰と組むかは現地に行かないと分からない」
「……そんなものですか?」
モードラックは支店長だ。その彼からの説明にしては内容が荒い。どのパーティーが、勇者候補の誰がそこで働いているか全て認識していて当たり前だとアークは思っている。
「……これは本部からの指名依頼だ。クリテリオンの近くにあるダンジョンはまだ調査途上で、本部の許可なく入ることは禁じられている。出張所も本部の運営なのだ」
クリテリオン出張所は本部直轄。ダンジョンはまだ一般公開禁止状態。勇者ギルドとして営業を開始していないのだ。本部管理である、そこの情報は支店長であるモードラックであっても、詳細は入手出来なくなっている。
「本部の……ますます意味が分かりません」
どうして本部が自分たちを指名してくるのか。さらにこの依頼に対する疑念が深まることになった。
「私も分からん。だが指名依頼だ。拒否は出来ない」
何かのきっかけで二人は本部から注目されることになった。その「何か」については心当たりは一つ二つではない。アークたちには「分からない」とモードラックは言ったが、実際は「いよいよか」という思いだ。
「でも、クリテリオンです」
指名依頼は規則では拒否できる。ただ拒否すれば依頼主の印象が悪くなり、以後、依頼が来なくなる。だから拒否する勇者候補がいないだけだ。ただ今回は勇者ギルド本部からの指名であり、場所はクリテリオン。クリテリオンはこの町から通えるような場所ではないのだ。
「住居はギルドで用意する。家賃はいらない。だから負担が増えることはない。あと依頼達成報酬以外に日当が出る。食費にも困らないはずだ」
「そうですね」
今回が特別なのではなく、達成までに長期間かかる依頼の場合、日当が約束されることがほとんどだ。そうでなくては引き受ける勇者候補はいない。長期間に及ぶ依頼を遂行中、稼ぎがないのでは暮らしていけなくなってしまう。
「倒した魔獣や妖魔に応じた報酬もある。討伐数制限のない常時依頼だと思えば分かりやすいはずだ」
「何が出てくるか分からない常時依頼ですね? 珍しくもないですけど」
「お前たちにとってはな……条件は、ああ、これは伝えておかなければならないな。分かっていると思うが依頼達成ポイントは途中では与えられない。これはデメリットだ」
依頼達成ポイントは、あくまでも依頼達成後に与えられる。前払いのような制度はない。これがダンジョン調査依頼は人気がなく、中途半端になっている原因のひとつだ。金は稼げるが依頼達成ポイントは貯まらない。ランクアップが出来ないことを嫌がられるのだ。もっともある程度のランクに達成していないと調査依頼は達成出来ないだろうが。
「……俺は良いですけど、ミラは大丈夫か?」
どれだけの期間になるか分からない長期でグレンオードの町を離れることになる。家族で暮らしているミラは、それが許されるのかアークは心配になった。
「仕事だから大丈夫」
「心配するな。部屋は一人一部屋を用意されるはずだ」
「「当たり前だ(です)!」」
アークが心配していたのは家族と離れることであって、モードラックの思っているようなことではない。