
想定外の結果に終わった盗賊討伐依頼。依頼達成の報告と、若干の不満を伝える為にカテリナたちポラリスのメンバーは依頼主の屋敷を訪れた。
指名依頼は一般の依頼に比べて信頼性が高い。そうであるはずなのに今回、ただの盗賊討伐のはずが、相手は魔法を使うような強敵であり、かつ魔人族までいるというあり得ない戦いになったのだ。文句のひとつも言いたくなるのは当然だ。
だが文句を伝えて、それで相手が反省するかといえば、そうはならなかった。
「魔人族が……それは素晴らしい!」
「……はっ?」
依頼主の反応はカテリナが予想していなかったもの。まさかの感嘆の言葉に彼女は呆気に取られてしまう。
「魔人族を倒してしまうなんて……さすがは期待の新鋭といったところ。Sランクへの昇格も近いですね?」
「それは……そうなりたいですけど……」
さらに依頼主からおだてられて、カテリナは満更でもない様子。魔人族がいたことへの文句を重ねて伝えられるような状態ではなくなっている。
「どうして盗賊のアジトに魔人族がいたのですか? そのような情報はまったく聞いておりません」
代わりにセーヴィングが依頼主を追及した。今回は勝てた。だが次はどうなるか分からない。依頼主の過ちを曖昧なままにしておくことは、過去に依頼中に仲間が命を落とし、そのせいでパーティー解散という結果になった経験を持つセーヴィングには出来ないのだ。
「……どうしてでしょう? 盗賊の中に魔人族がいるという話は私も聞いておりませんでした。あり得るとすれば……その魔人族に操られていたということでしょうか」
「操られて、ですか?」
「ええ。魔人族の中には人の心を操る種族もおります。実際に盗賊をしていた者共は、操られていただけかもしれません」
具体的にどの種族が人を操ることが出来るのかと聞かれても、依頼主は答えられない。この説明は作り話なのだから。
「だから、あんな風に……」
カテリナたちはその質問を思いつかなかった。彼女たちにとっては、依頼主の説明は納得いくものだった。心当たりがあるのだ。
「あんな風にというのは?」
「盗賊たちは倒しても倒しても立ち上がってきて、戦い続けました。死ぬことをまったく恐れず、傷の痛みなど感じていないようでした」
そんなはずはない。彼らは致命傷に近い傷の痛みに苦しみながら戦っていた。確かに死ぬことを恐れていなかった。彼らには自分の命よりも大切な、守るべきものがあったからだ。
自分たちに正義の心を思い出させてくれた二人、ミルファとアビスを庇護する為に彼らは命を捨てた。一度は失った家族を再び得られたと二人のことを想って、命を懸けて戦った人もいた。
「……なるほど。それでは間違いありません。そうなると盗賊たちも憐れですね?」
「はい。人から意思を奪って悪事を働かせるなんて許せません」
「その許されざる悪党を貴方たちは討ったのです。素晴らしい結果ではありませんか」
またカテリナたちを称える依頼主。会話の流れは完全に彼が望む状況。会話の流れだけでなく、依頼の結果も大満足だ。自分の悪事を暴く証拠を握っていた者たちは皆殺しにされた。証拠である魔人族の子供も、盗賊の黒幕という汚名を着せて殺すことが出来た。依頼主にとってまさに「素晴らしい結果」なのだ。
「ありがとうございます」
「これで貴方たちは魔人族を倒す力があることを証明したことになります。ますます依頼の数は増えることになる」
「……いえ、まだまだ力不足です」
このカテリナの言葉は謙遜ではない。魔人族は強かった。だが、死の恐怖を感じるほどではない。戦ったのは初めてであっても、全ての魔人族があの程度の強さではないことは明らか。「自分たちには魔人族を倒す力がある」なんて誇れるものではない。
だが依頼主の言う通り、魔人族と戦い、勝ったという事実は残った。ポラリスの名はさらに多くの人々に知られることになる。カテリナは着実に自分の夢に向かって進んでいる。これは間違いとは言えない。
◆◆◆
魔人族に絡む、もしくは結果として絡んだ依頼は全て勇者ギルド本部に詳細な報告が届くことになっている。全ての魔人族が魔王に忠誠を誓うわけではないことは勇者ギルドも知っている。だが、どの事件が魔王絡み、といっても魔王を名乗る者がいない今は信奉者が起こすことだが、かなど分からない。全ての情報を集め、それを分析することで本当の意味での魔王絡みの事件がないかを調べているのだ。
また起きるかもしれない魔王との戦いは、どんなことから始まるかなど誰も知らない、分からない。些細なきっかけを見逃さないように気を付けなければならない。人魔大戦終結から二百年が経った今も、少なくとも形の上では、勇者ギルドに油断はない。魔王と戦う勇者を育てるというのが勇者ギルドの存在する理由となっているのだから、当然ではある。
「……盗賊の黒幕が魔人族。たんに盗賊団があって、その頭がたまたま魔人族だったということではないのか?」
ポラリスが引き受け、成功させた依頼についてもギルド本部に伝えられた。だがギルドマスターであるバーダンは、あまり深刻に受け止めなかった。魔人族に洗脳された人族が盗賊をしていたという報告内容が、事実とは思えないのだ。
「より正確には妖魔討伐であったはずの依頼が、現地に言ってみると魔人族に率いられた盗賊団との戦いになったということです」
秘書のスターリリーはより詳細な説明をバーダンに向かって行った。この一件は彼女の判断でギルドマスターに直接報告しているのだ。そうでなければ分析を行う部署止まりで終わっていたかもしれない情報だ。
「妖魔が盗賊を?」
「いえ、盗賊をしていたのは人族です。依頼主は妖魔と人族の区別もつかない愚か者のようです」
「直接被害を受けたわけではない依頼主ではないのか?」
依頼主が実際に盗賊を見ていない人物である可能性をバーダンは考えた。おかしなことではない。盗賊によって皆殺しにされていれば目撃者はいない。襲われた事実は残っているので、それをもって依頼を行う依頼主というのは珍しくない。
「情報では依頼主は直接被害を受けております。人的被害はほとんどなかったようですので、生きた目撃者がいてもおかしくありません」
「……何を疑っている?」
「依頼内容が虚偽である可能性です。初めから盗賊討伐をさせるつもりだった可能性を考えております」
盗賊討伐依頼であれば勇者ギルドは依頼を受け付けない。それは国軍か貴族家軍の仕事。勇者ギルドの出番ではない。そういう切り分けが出来ている。個人からの依頼では自分に見えているものだけで判断して依頼されることが多い、というかほとんど。一カ所の盗賊団を討伐したことで別のアジトにいた盗賊団の仲間が報復に動くなんてこともある。
では、そうなった場合は勇者ギルドはどう出るか。新たに動き出した盗賊団討伐の依頼を待つことになる。それでは事態を悪化させておいて傍観していることになる。そう思われることは勇者ギルドとしては避けたいのだ。
「……ハイランド王国支店の案件だったな?」
「はい。指名されたパーティーはポラリス。ハイランド王国開催の交流戦に参加していたパーティーです」
「……確か、光属性魔法の使い手がいた」
ポラリスについてはバーダンも覚えている。光属性魔法の使い手という珍しい勇者候補がいるパーティーとして。逆に言えば、その程度の記憶だ。強くはあってもAランクパーティーであれば当たり前程度の強さ。バーダンを驚かせるほどの戦いではなかったのだ。
「交流戦以降、ポラリスへの指名依頼が増えております。顧客に向けては、かなりのアピールになったのでしょう」
珍しい光属性魔法の使い手であり、かなりの美貌。ある種の人間にはうけることになる。それ事態はスターリリーも否定するものではない。通常依頼に比べれば高額な指名依頼が増えれば、その分、勇者ギルドの売上が増える。否定どころか大歓迎だ。
「馴れ合いが生まれていなければ良いが」
そこに不正がなければ。何かのきっかけで名が売れ、多くの顧客がつき、結果、舞い上がってしまう勇者候補は少なくない。一時のことであれば良い。それは人として仕方のないことだと思える。だが、舞い上がりが思い上がりになり、傍若無人な振る舞いが増えるようになると問題だ。自分は特別などという思いが規則を破らさせ、不正行為に繋がっていくのだ。
「まだその段階ではないと思いますが、注視は必要かもしれません」
さすがに思いあがるには早すぎるとスターリリーは思う。まだポラリスはハイランド王国内で多少、名が売れた程度なのだ。
「そうだな……依頼についての調査は進める必要があるな」
「すでに監察部が着手しております」
「なるほど。もう何か分かったのか?」
この場には監察部のシーバスもいる。監察部を同席させる意図をバーダンは分かっていなかったのだが、今の話で事情が分かった、と思った。
「いえ、まだ手を付けたばかりですので。今分かっておりますのは依頼主はかなり評判の悪い人物ということ。調べるまでもなく分かっていたことです」
「そうか……では、他に報告があるのか?」
「はい。ただ、まずはスターリリー殿のお話を」
シーバスがこの場にいるのは別の案件での報告があるから。だがギルドマスターであるバーダンに問われたからといって、話し始めるわけにはいかない。スターリリーからの報告があり、彼女から促される形で報告を行うことになっている。スターリリーは秘書という立場だが、それ以上の影響力があることをシーバスは、本部で働く職員のほとんどは分かっているのだ。
「話というのは?」
「はい。各地のダンジョン調査についてです。ハイランド王国支店から完了の報告が届きました。異常は発見出来なかったという報告です」
「早いな……調査は十分に行われているのか?」
調査結果が届いたのは、まだハイランド王国支店からのみ。バーダンの感覚でも早すぎる。ダンジョン調査なんてものは半年かかっても終わらない場合がある。異常を発見したという報告であればまだ分かるが、異常なしと判断できるとは思えなかった。
「最深部近くに繋がる裂け目があり、そこから潜ったようです。発見したのはゴブリンの集落。それとオークが集まっているエリアとのこと。階層もひとつだったという結果です」
「ゴブリンとオークが共生出来ている理由は?」
ハイランド王国支店に調査依頼が行ったのはこれが理由。ダンジョン内では勢力争いが行われ、その勝者が支配者になる。共生出来るのはその支配者がそれを許すから。かつて魔人族がその役割を担っていた。。魔人族が支配者でそれに従ういくつもの妖魔がダンジョンで共生するという形だ。
「上手くバランスが取れていたからという報告になっています」
「それを信じろと?」
「そのバランスが崩れ、オークがゴブリンの集落を襲う状況になっていたようです。そうなったことが上位の支配者がいない証かと」
もし洞窟に魔人族がいれば、ゴブリンとオークの争いを放置しておかないはず。自分に従う者たちが潰し合いを行うのを許すはずがないという考えだ。
「なるほど……説得力はある。それで? そろそろ出番か?」
ここまでの話では監察部のシーバスが同席している理由は分からない。しかも内容はハイランド王国支店でのダンジョン調査依頼についてだ。他でも行われている調査で、ハイランド王国支店だけが終わったことをわざわざ報告してくる理由があるはずだとバーダンは思った。
「……はい。では私から報告いたします」
スターリリーに視線を向けて、了承の意を確認してからシーバスは口を開いた。
「話を少し戻しますが、ゴブリンとオークのバランスが崩れたのは、それ以前の事件が原因と考えられます。ADUが関わったとされる勇者候補暗殺未遂事件です。その時、ゴブリンロードの討伐が確認されております」
「ゴブリンロードが殺されたことでゴブリン側は弱体化した……あり得るな」
「その事件が起きた討伐依頼に参加していたメンバーがそのまま、正確には新たに一人、ヒーラーを加えてですが、調査依頼に参加しております」
シーバスはハイランド王国支店での一連の事件を調べていた。その調査状況をこの場で説明するためにスターリリーから同席を求められたのだ。
「……確かに。調査依頼にも同行させていたのか……」
スターリリーが用意した資料を良く見れば、確かに調査依頼に参加したメンバーの情報が記載されている。Bランクパーティーであるブレイブハートを参加させたという、普通であれば驚く情報が。
「さらに調査依頼以後、あちこちに出来ている洞窟に繋がる裂け目などを調べる指名依頼にも参加しております。ただし、ブレイブハート単独で」
「……何がおかしい?」
今の話だけでは異常な点は分からなかった。洞窟に繋がる裂け目を探すという地味な依頼だ。Bランクパーティー単独で行ってもおかしくはない。
「こちらで調べた結果、外から見つけることは困難ということで中で探している模様です。中というのは洞窟の中という意味です」
「ブレイブハートには洞窟の中を自由に動き回れるだけでの力があると?」
「これはまったく証拠がない私個人の推測ですが、最初にゴブリンロードを倒したのもブレイブハートであることを疑っております」
「……珍しいな。お前が推測で話すなんて」
監察部は調べた結果が全て。個人の感情、想いなどは全て排除して、得られた情報に基づく判断を下すのが仕事だ。シーバスは、バーダンが知る限り、それを徹底してきた。その彼が個人の考えを口にしたことは、バーダンにとって、かなりの驚きだ。
「申し訳ございません。しかしながら、逆の意味でランクと実力が見合っていない勇者候補というのは普通ではありません。意図してそうされているのだとすれば、その理由を明らかにすべきと考えます」
監察部の仕事は異常を見つけ出し、その原因を突き止め、改善すること。勇者ギルドの目的が強者を見出し、しかるべき待遇を与えて、その人物を抱え込むこと、というのはシーバス個人の理解だが、であるならランクを実力未満に抑えることは異常ということになる。
「そうか……確かにそうだな」
アークについてはバーダンも気になっていた。彼がウィザム将爵家の人間であることが気にする理由だが、それも実力があってこそ。交流戦で対戦相手を圧倒した実力はどれほどのものなのか。シーバスの話では思っていた以上の実力である可能性が見えた。
そうであれば、シーバスの言う通り、確かめなければならない。何故、ブレイブハートはBランクなのか。彼らの本当の実力はどれほどのものなのか。こう思わせることがスターリリーの目的。バーダンはこう思った。